ブラックホールからX線の偏光を初観測~ブラックホール近傍のコロナの位置や形状が明らかに~

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2022-11-25 理化学研究所,広島大学

理化学研究所(理研)開拓研究本部 玉川高エネルギー宇宙物理研究室の北口 貴雄 研究員、玉川 徹 主任研究員、広島大学大学院 先進理工系科学研究科の张 思轩 大学院生、同宇宙科学センターの水野 恒史 准教授らの共同研究グループは、銀河系内にあるブラックホール[1]と恒星の連星系「はくちょう座X-1[2]」の観測から、ブラックホール近傍から放射されるX線がわずかに偏光[3]していることを発見し、ブラックホール近傍にある高温のプラズマ[4](コロナ[4])の位置と形状を明らかにしました。

本研究成果は、今後、ブラックホール近傍における強重力場下の物理の検証や、ブラックホールの自転速度の測定につながると期待できます。

ブラックホール連星系のブラックホールの周辺には、恒星からの物質がブラックホールの強い重力に引かれてできる渦巻き状の高温の「円盤」と、円盤よりも高温の「コロナ」と呼ばれるプラズマが存在します。

今回、共同研究グループはX線偏光観測衛星IXPE[5]を用いて、ブラックホール連星系はくちょう座X-1を観測したところ、X線の振動方向がブラックホールから放出される「ジェット[6]」と呼ばれるプラズマ噴出流の方向にわずかに偏っている(偏光している)ことが分かりました。このX線の偏りとその強さから、コロナはジェットの方向には存在せず、円盤の両面を覆っているか、もしくは円盤の内縁とブラックホールとの間に位置していると考えられます。このようなブラックホール近傍の物質の位置関係は、従来のX線望遠鏡では遠すぎて分解できず、偏光を観測することで初めて明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Science』オンライン版(11月3日付)に掲載されました。

背景

宇宙空間には、ブラックホールと恒星が互いの周りを回っている連星系(ブラックホール連星系)が存在します。ブラックホール連星系では、恒星から放出される物質がブラックホールの強い重力に引き寄せられて、ブラックホールの周りに100万℃程度の高温のプラズマから成る薄い「円盤」が形成され、円盤は強いX線を放射します。

さらに高エネルギーX線の観測から、「コロナ」と呼ばれる約10億℃に達する高温プラズマの存在も示唆されています。しかし、コロナがどのような形状で、ブラックホール近傍のどこに位置しているのかは、これまでのX線望遠鏡では分離して観測することができませんでした。

X線は波長の短い電磁波であり、電磁波は電場と磁場が交互に振動して空間を伝わります。それぞれのX線の電場はある方向を向いていますが、多数のX線の電場が特定の同じ方向を向いている場合は「直線的に偏光している」と表現します。このような偏光はX線が物質を通過し、ある確率で反射するときに生じることから、偏光の強さを測定すると、観測者から見たX線の放射源と反射物質の位置関係が分かります。

2021年12月8日、世界で初めてX線偏光観測に特化した望遠鏡を搭載したIXPE衛星が打ち上げられました注1)。米国航空宇宙局(NASA)とイタリア宇宙機関(ASI)の共同ミッションで、理研を含む日本グループも主要観測装置の一部を提供するとともに、X線偏光観測とデータ解析に参加しています注2)

注1)2021年12月8日お知らせ「ブラックホールを観測する新しい手段の開拓
注2)2021年4月23日プレスリリース「X線偏光観測衛星IXPEで紐解くダイナミックな宇宙

研究手法と成果

共同研究グループはIXPE衛星を用いて、非常に強いX線を発する、つまりX線で最も明るく輝く天体の一つであるブラックホール連星系「はくちょう座X-1」を2022年5月15日から21日まで観測しました。はくちょう座X-1は、はくちょう座の方向、地球から約7,000光年の位置にあり、太陽質量の21倍のブラックホールと太陽質量の41倍の青色超巨星[2]から成ります(図1)。

図1 ブラックホール連星系はくちょう座X-1の想像図

中央に位置するブラックホールは、左に見える青色超巨星から物質を重力で引き寄せて、ブラックホール近傍で渦巻く円盤を形成する。引き寄せられた物質の一部は、ジェットとして円盤の垂直方向に細く射出される。(Credit: John Paice)

ブラックホール連星系は、その状態が観測時期によって変化することが知られています。測定されたX線スペクトルから、今回観測したはくちょう座X-1はコロナから放射されたX線で明るく輝いている状態にあることが判明しました。従って、この時期のX線偏光を測定することで、X線放射源であるコロナと、それを反射する物質である円盤との位置関係が分かります。データ解析の結果、X線はわずかに偏光しており、その方向はブラックホールからの「ジェット」と呼ばれるプラズマ噴出流の方向(円盤の垂直方向)とそろっていることが明らかになりました。このX線偏光の強さから、コロナはジェット方向には存在せず、円盤の両面を覆っているか、もしくは円盤の内縁とブラックホールとの間に位置していると考えられます(図2)。

ブラックホール周辺のコロナの位置と形状の可能性の図

図2 ブラックホール周辺のコロナの位置と形状の可能性

黒丸はブラックホール、赤の帯が円盤、水色がコロナを表す。左はコロナが円盤の両面を覆っているモデル、右はコロナが円盤とブラックホールの間に位置するモデルを示している。

今後の期待

本研究では、X線の偏光を測定するという新しい天体観測手法を用いて、ブラックホール近傍のコロナの形状および場所を初めて明らかにしました。同様の手法は、中性子星[7]と恒星などのブラックホール以外の連星系にも応用でき、さらなる発見が期待できます。

また、今回のはくちょう座X-1の観測はコロナからのX線が明るい時期に行いましたが、コロナがほとんど見られず、円盤からのX線が非常に明るくなる時期もあります。この場合、X線を放射する円盤はブラックホールのより近傍まで引き込まれるため、その強力な重力場により生じた時空のひずみにより、X線偏光が変化すると予想されます。この変化をIXPE衛星で観測することで、近い将来、ブラックホール近傍における強重力場下の物理の検証や、ブラックホールの自転速度の測定が可能になると期待できます。

補足説明

1.ブラックホール
太陽の30倍以上重い恒星が、一生の最後に爆発した後に残される高密度な天体。強い重力のために、光さえも逃げ出すことができない。

2.はくちょう座X-1、青色超巨星
はくちょう座方向に地球から約7,000光年先にある、太陽の21倍の重さを持つブラックホールと、41倍の重さを持つ青色超巨星という恒星から成る連星系。青色超巨星からの物質は、ブラックホールの重力に引かれて、ブラックホール近傍に約100万℃の円盤を形成し、強いX線を発する。青色超巨星は、太陽よりも重く大きく高温のため、青色で明るく輝く。

3.偏光
電磁波が持つ性質の一つ。電磁波は電場と磁場が直行して交互に振動して空間を伝わる波であり、その電場がある方向を向いている状態を偏光という。電場方向が無規則の場合は無偏光という。

4.プラズマ、コロナ
プラズマは、原子が電離して陽イオンと自由電子に分かれた状態のこと。コロナは、ブラックホール近傍に存在する約10億℃のプラズマであり、ブラックホール近傍の円盤よりも高温で、高エネルギーX線で明るく輝く。

5.X線偏光観測衛星IXPE
2021年12月9日に米国航空宇宙局(NASA)とイタリア宇宙機関(ASI)によって打ち上げられた、世界初の高感度X線偏光観測衛星。日本グループは、主要観測装置の一部を提供するとともに、マグネターをはじめとするさまざまな天体のX線偏光観測とデータ解析に参加している。IXPEはImaging X-ray Polarimetry Explorerの略である。

6.ジェット
ブラックホールに流れ込む物質の一部が、ブラックホール近傍から細く絞られて射出されるプラズマ噴出流で、電波を放つ。

7.中性子星
太陽質量の10~30倍程度の恒星が、一生の最後に大爆発した後に残される、宇宙で最も高密度な天体。主に中性子からなる天体で、太陽の1.4倍程度の質量を持つ。ブラックホールと異なり、半径10km程度の表面が存在する。一般に強い磁場を持つものが多い。

共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究本部
玉川高エネルギー宇宙物理研究室
研究員 北口 貴雄(キタグチ・タカオ)
主任研究員 玉川 徹(タマガワ・トオル)
榎戸極限自然現象理研白眉研究チーム
理研白眉研究チームリーダー 榎戸 輝揚(エノト・テルアキ)

広島大学
大学院先進理工系科学研究科
大学院生 张 思轩(ジャン・シシュアン)
宇宙科学センター
准教授 水野 恒史(ミズノ・ツネフミ)

山形大学 理学部
教授 郡司 修一(グンジ・シュウイチ)

名古屋大学大学院 理学研究科
講師 三石 郁之(ミツイシ・イクユキ)
名誉教授 田原 譲(タワラ・ユズル)

大阪大学大学院 理学研究科
准教授 林田 清(ハヤシダ・キヨシ)

中央大学 理工学部
助教 岩切 渉(イワキリ・ワタル)

研究支援

本研究は、科学研究費助成事業基盤研究(C)「X線偏光測定による宇宙ジェットのエネルギー源の解明(19K03902、研究代表者:北口貴雄)」、同基盤研究(A)「X線偏光観測による回転するブラックホールの時空構造の解明(19H00696、研究代表者:郡司修一)」、同基盤研究(S)「X線・ガンマ線偏光観測で開拓する中性子星超強磁場の物理(19H05609、研究代表者:玉川徹)」、稲盛財団研究助成(三石郁之)、小笠原科学技術振興財団一般研究助成事業(三石郁之)、ウシオ電機株式会社寄付金(三石郁之)による助成を受けています。

原論文情報

Henric Krawczynski, Fabio Muleri, Michal Dovcˇiak, Alexandra Veledina, Nicole Rodriguez Cavero, Jiri Svoboda, Adam Ingram, Giorgio Matt, Javier A. Garcia, Vladislav Loktev, Michela Negro, Juri Poutanen, Takao Kitaguchi, Jakub Podgorný, John Rankin, Wenda Zhang, Andrei Berdyugin, Svetlana V. Berdyugina, Stefano Bianchi, Dmitry Blinov, Fiamma Capitanio, Niccolò Di Lalla, Paul Draghis, Sergio Fabiani, Masato Kagitani, Vadim Kravtsov, Sebastian Kiehlmann, Luca Latronico, Alexander A. Lutovinov, Nikos Mandarakas, Frédéric Marin, Andrea Marinucci, Jon M. Miller, Tsunefumi Mizuno, Sergey V. Molkov, Nicola Omodei, Pierre-Olivier Petrucci, Ajay Ratheesh, Takeshi Sakanoi, Andrei N. Semena, Raphael Skalidis, Paolo Soffitta, Allyn F. Tennant, Phillipp Thalhammer, Francesco Tombesi, Martin C. Weisskopf, Joern Wilms, Sixuan Zhang, Iván Agudo, Lucio A. Antonelli, Matteo Bachetti, Luca Baldini, Wayne H. Baumgartner, Ronaldo Bellazzini, Stephen D. Bongiorno, Raffaella Bonino, Alessandro Brez, Niccolò Bucciantini, Simone Castellano, Elisabetta Cavazzuti, Stefano Ciprini, Enrico Costa, Alessandra De Rosa, Ettore Del Monte, Laura Di Gesu, Alessandro Di Marco, Immacolata Donnarumma, Victor Doroshenko, Steven R. Ehlert, Teruaki Enoto, Yuri Evangelista, Riccardo Ferrazzoli, Shuichi Gunji, Kiyoshi Hayashida, Jeremy Heyl, Wataru Iwakiri, Svetlana G. Jorstad, Vladimir Karas, Jeffery J. Kolodziejczak, Fabio La Monaca, Ioannis Liodakis, Simone Maldera, Alberto Manfreda, Alan P. Marscher, Herman L. Marshall, Ikuyuki Mitsuishi, Chi-Yung Ng, Stephen L. O’Dell, Chiara Oppedisano, Alessandro Papitto, George G. Pavlov, Abel L. Peirson, Matteo Perri, Melissa Pesce-Rollins, Maura Pilia, Andrea Possenti, Simonetta Puccetti, Brian D. Ramsey, Roger W. Romani, Carmelo Sgrò, Patrick Slane, Gloria Spandre, Toru Tamagawa, Fabrizio Tavecchio, Roberto Taverna, Yuzuru Tawara, Nicholas E. Thomas, Alessio Trois, Sergey Tsygankov, Roberto Turolla, Jacco Vink, Kinwah Wu, Fei Xie, Silvia Zane, “Polarized x-rays constrain the disk-jet geometry in the black hole x-ray binary Cygnus X-1”, Science, 10.1126/science.add5399

発表者

理化学研究所
開発研究本部 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
研究員 北口 貴雄(キタグチ・タカオ)
主任研究員 玉川 徹(タマガワ・トオル)

広島大学
大学院先進理工系科学研究科
大学院生 张 思轩(ジャン・シシュアン)
宇宙科学センター
准教授 水野 恒史(ミズノ・ツネフミ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
広島大学 広報室

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