紙の100倍以上の高熱伝導性を持つ木質バイオマス素材を実現 ~放熱性能を要求される高分子材料の代替え材として期待~

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2022-10-26 東京大学

1.発表のポイント

◆セルロースナノファイバー(Cellulose Nano Fiber, 以下CNF)を用いた製品の多くは、引っ張り強度やチクソ性などの機械的特性を利用したものですが、分子スケールの構造を通じた物性の制御性を考えると、CNFにはさらなるポテンシャルがあります。

◆流体プロセスを活用してCNFを分子スケールで配向させ、酸を用いて固めて作製した糸材が、セルロースナノペーパーなどの高熱伝導性を有する先端木質バイオマスの5倍以上、紙など従来の木質バイオマスの100倍以上の高熱伝導性を示すことを発見しました。
◆木質バイオマスは熱伝導率の低さからこれまでは断熱材などに用いられてきましたが、従来の木質バイオマスと比べて飛躍的に熱伝導率の高い素材(CNF糸)を実現したことで、放熱性能を要求される高分子材料の代替え材としての応用が期待されます。

2.発表概要

東京大学大学院工学系研究科の塩見淳一郎教授、東京都立産業技術高等専門学校の工藤正樹准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の齋藤継之教授、スウェーデン王立工科大学のLundell Fredrik教授、Söderberg Daniel教授らの研究グループは、木質バイオマスから得られるバイオ系ナノ材料であるCNF(注1)を流体プロセスによって分子スケールで配向させながら酸を用いて固めた糸材が、セルロースナノペーパーなどの高熱伝導性を有する先端木質バイオマスの5倍以上、紙など従来の木質バイオマスの100倍以上の高熱伝導性を示すことを発見しました。

これまでCNFはその集合体や複合材からなるバルクCNF材を利用した製品に活用されてきました。その多くが、CNFの高い引っ張りやチクソ性(注2)を活かした包装やボールペンなどの機械的特性を利用したものです。一方で、元来CNFには分子スケールの構造を通じた物性制御が可能という利点があることを考えると、より多様で付加価値の高い物性を発現するポテンシャルがあります。

本研究グループはCNFの水分散液をフローフォーカシング流路(図1a、注3)に注入しCNFを高度に配向させたのち、流路に別途注入した酸を用いて固めて自然乾燥することでCNF糸を作製しました。さらにT型熱伝導率計測法(図2a、注4)を用いてCNF糸の熱伝導率を測定しました。その結果、特定の酸を用いた糸では熱伝導率が14.5(W/m·K)に達することを発見しました。加えて、CNFの配向度(注5)が一定のレベルに達している条件において、CNF間を繋ぐ水素結合(注6)が多く、残留応力(注7)によって生じるCNF内の構造不秩序性が低い方が、高い熱伝導率が得られることを明らかにしました。

木質バイオマスは熱伝導率の低さからこれまでは断熱材などに用いられてきましたが、従来の木質バイオマスと比べて飛躍的に熱伝導率の高い素材(CNF糸)を構築する技術を発見できたことで、今後は放熱性能を要求される高分子材料の代替材としての応用が期待されます。

本研究成果は、2022年10月25日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Nano Letters」のオンライン速報版で公開されました。

3.発表内容

<研究の背景と経緯>

地球温暖化の防止や循環型社会基盤の構築に向けた取り組みとして、木質バイオマスを汎用および先端素材に蓄積・利用する動きが加速しています。その中で特に注目されているCNFは鋼鉄より軽くて強く、耐久性に優れ、環境適合性のあるプロセスにより製造可能であることから、優れた新規バイオ系ナノ素材としてその潜在性が広く認められています。さらにカーボンニュートラルの実現に向けて、CNFの高い安全性や生分解性に着目して、「脱プラスチック」を実現する代替材料の一番手としても注目度が増しています。従来から、CNFの集合体やその複合材からなるバルクCNF材を利用した製品開発が進められてきましたが、その多くが高い引っ張り強度を活かした包装や紙おむつなどや、チクソ性を活かしたボールペンなどの機械的特性を利用したものでした。一方で、CNFには分子スケールの構造を通じた物性制御が可能という利点があることを考えると、より多様な物性を発現するポテンシャルがあります。そこで、最近になって、CNFをエアロゲル(注8)にして断熱材にするなど、高付加価値化を狙った研究が盛んに行われるようになってきました。木質バイオマスならびにそこから得られるバイオ系ナノ材料の高付加価値化は、環境問題の解決のみならず、経済性にもとづく森林産業などの活性化を目指す上で非常に重要です。

<研究の内容>

本研究グループは、CNFの水分散液をフローフォーカシング流路に注入しCNFを高度に配向させて、流路に別途注入した酸を用いて固めることでCNF糸を作製しました。さらに、T型熱伝導率計測法を用いて自然乾燥したCNF糸の熱伝導率を測定しました。その結果、特定の酸を用いた糸では熱伝導率が14.5(W/m·K)に達し、これはセルロースナノペーパーやセルロースナノクリスタルといった高熱伝導性を有する先端木質バイオマスの5倍以上、さらに紙など従来の木質バイオマスの100倍以上になることを発見しました。また、CNF糸が細いほど高い熱伝導率が得られることがわかりました。これらのメカニズムを明らかにするべく、ラマン分光法(注9)や赤外線分光法(注10)を用いてCNF糸の化学構造、さらには糸内部の配向度、結合状態、結晶化度や残留応力を評価しました。その結果、CNFの配向度が一定のレベルに達している条件において、CNF間を繋ぐ水素結合が多く、残留応力によって生じるCNF内の構造不秩序性が小さい方が、熱伝導率が高くなることが明らかになりました。固体の熱伝導はフォノン(注11)と呼ばれる原子の振動が担っており、CNF間の水素結合が多い方がCNF間の界面をフォノンが透過しやすく、CNF内部の構造の不秩序性が小さいほどフォノンが伝搬しやすく、熱伝導率が高くなります。フローフォーカシング流路では、酸がCNF糸の表面から内部に拡散していくことで、水素結合が形成されますが、直径が小さい糸の方が、より全体に均一的に水素結合が形成するため、高熱伝導率を示すと言えます。

<今後の展開>

木質バイオマスは熱伝導率の低さからこれまでは断熱材などに用いられてきましたが、従来の木質バイオマスと比べて飛躍的に熱伝導率の高い素材(CNF糸)を見出すことができたため、今後は放熱性能を要求される高分子材料の代替材へのCNF糸の活用が期待できます。例えば候補の1つとしてフレキシブルプリント基板があります。ロボットやスマートデバイスに用いられており、これらの普及とともに需要が高まっています。従来のフレキシブルプリント基板にはポリイミド等の高分子材料が用いられていますが、これらは再生処理が難しく、環境負荷が高いという問題があります。CNFの有するカーボンニュートラル性や高強度、低熱膨張といった既知の特性を活用し、かつCNF糸の有する高熱伝導性を通して高放熱性能を有するプリント基板を開発し、環境負荷の高い高分子材料を代替することで環境問題への貢献が期待できます。また、学術的には、木質バイオマスの熱伝導性を飛躍的に向上させ、かつそのメカニズムを特定したという本研究の成果は、他のバイオマス材料の熱伝導性を向上する際の1つの指針になると思われます。なお、本プロセスはまだ最適化されておらず、現在取り組んでいる流体プロセスを自動化し、さらに機械学習を交えて自律化するマテリアルズ・インフォマティクスによって、プロセスパラメータを最適化すれば、さらなる性能向上が期待できます。

<謝辞>

本研究の一部は、科学研究費補助金・挑戦的研究(萌芽)「超高熱伝導セルロースナノファイバーの開発」(課題番号:19K21928)および、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)「未踏探索空間における革新的物質の開発」(課題番号:JPMJCR21O2)の支援を受けて行われました。

4.発表雑誌

雑誌名:「Nano Letters」(オンライン掲載:10月25日)
論文タイトル:Enhanced High Thermal Conductivity Cellulose Filaments via Hydrodynamic Focusing
著 者:Guantong Wang, Masaki Kudo, Kazuho Daicho, Sivasankaran Harish, Bin Xu, Cheng Shao, Yaerim Lee,Yuxuan Liao, Naoto Matsushima, Takashi Kodama, Fredrik Lundell, Daniel Söderberg, Tsuguyuki Saito, Junichiro Shiomi*
DOI番号:10.1021/acs.nanolett.2c02057

5.研究グループの構成

王 冠瞳(東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 博士課程)
工藤 正樹(東京都立産業技術高等専門学校 機械システム工学コース 准教授、
東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 客員研究員)
大長 一帆(研究当時:東京大学 大学院農学生命科学研究科 博士課程)
Sivasankaran Harish(東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 主幹研究員)
許 斌(東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 特任助教)
邵 成(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 特任研究員)
李 禮林(東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 助教)
Liao Yuxuan(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 特任研究員)
松嶋 直人(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 修士課程)
児玉 高志(東京大学 大学院工学系研究科機械工学専攻 特任准教授)
Lundell Fredrik(スウェーデン王立工科大学 KTH Mechanics Linné FLOW Centre 教授
Söderberg Daniel(スウェーデン王立工科大学 KTH Mechanics Linné FLOW Centre 教授)
齋藤 継之(東京大学 大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 教授)
塩見 淳一郎(東京大学 大学院工学系研究科附属総合研究機構/機械工学専攻 教授)

6.用語解説

注1)セルロースナノファイバー(Cellulose Nano Fiber, CNF)
主に木などの植物から得られ、数十本のセルロース分子が配列して束になった結晶構造から構成される物質。

注2)チクソ性
応力を印加すると粘度が低下する性質。

注3)フローフォーカシング流路
液体に分散した高分子を縮流により配向させる二次元の微小流路。

注4)T型熱伝導率計測法
直径がマイクロメートルスケールで絶縁性を有する棒状物質の熱伝導率を計測する手法。

注5)配向度
結晶性物質が特定の軸方向にそろった度合い。

注6)水素結合
電気陰性度の高い「ドナー」原子または基に共有結合している水素原子と、単独電子対を持つ電気陰性度の高い原子(水素結合受容体)との間の、主に静電気的な引力のこと。

注7)残留応力
物体に作用する外力や拘束がないのに物体内に生じている応力(単位面積あたりの力)のこと。

注8)エアロゲル
ゲル中に含まれる溶媒を超臨界乾燥により気体に置換した多孔性の物質。

注9)ラマン分光法
物質に光を照射して入射光と異なった波長をもつ散乱光の性質を調べることにより、物質の分子構造や結晶構造などが判る分光法。

注10)赤外線分光法
赤外光の透過または反射光を用いて物質の評価を行う分光法。対象の部分的な分子構造や化学結合の状態が判る。

注11)フォノン
結晶中における格子振動の量子(準粒子)。

7.添付資料

fig1

図1 CNF糸の製造方法とCNF糸について。

(a) フローフォーカシング流路の概略図、(b) 自然乾燥させたCNF糸の断面写真(走査型電子顕微鏡で撮影)。

fig2

図2 CNF糸の熱伝導率の計測手法とその測定結果について。

(a) T型熱伝導率計測法の概略図、(b) CNF糸の熱伝導率と糸の直径の関係。

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