植物の隠れた能力を見える化できる栽培計測プラットフォームの構築~多様な気候条件下での未利用遺伝子発掘により、新しい作物開発が可能に~

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2022-10-06 農研機構,かずさDNA研究所,株式会社テックス,株式会社ビュ-プラス,株式会社日本医化器械製作所

ポイント

農研機構を中心とする研究グループは、屋内環境下で植物の栽培管理や画像および環境情報の取得を自動で行える栽培計測プラットフォームを構築しました。本プラットフォームでは屋内の人工気象室で干ばつなどの極端な栽培環境を再現し、植物の様子を天井に設置した複数のカメラにより遠隔地から観察できます。本プラットフォームでは、ストレス応答など、わずかな植物の変化を可視化・記録できます。野生植物の持つこれまで見つかっていなかったストレス耐性遺伝子などの発見が可能であり、将来の劣悪な地球環境を想定した作物開発などへの活用が期待できます。

概要

IoTとセンサ技術などを活用し、屋内環境下で植物の栽培管理や画像および環境情報の取得を自動で行える栽培計測プラットフォーム「iPUPIL(あいぴゅーぴる : IoT-based Platform of Unmanned Phenotyping with Imitated Land condition)」を構築しました。

近年、地球規模の環境変化により、干ばつや土壌の荒廃が世界中の農地で起こっています。国内においても、降雨の極端化現象をはじめ、近年の肥料価格の高騰など、農業を取り巻く自然環境や経済状況は大きく変化しており、これらの変化に迅速に対応できる品種開発(育種)が求められています。

iPUPILは、季節を問わず、屋内の人工気象室で任意の気象・環境条件を再現し、収穫までの作物生育の様子を室内の天井に設置した可動式のカメラ制御システムにより無人で観察できます。また、人工気象室内に設置した個々のポットは、栽培制御システムにより目的に沿った土壌環境(水や肥料条件)を再現できます。また、ポットごとに照度や温湿度、土壌水分含量、地温などの局所環境データを計測できます。本プラットフォームは、栽培や撮影条件を設定すると自動管理・遠隔操作ができることから、栽培管理や計測のたびに担当者が扉を開閉する必要がありません。そのため、開閉による室内環境の変化がほとんどなく、より正確な植物の生長データの取得が可能です。

本プラットフォームは、干ばつや冠水被害に強い品種や少ない肥料でよく育つ品種など、将来の不良環境に適応した品種を評価する栽培環境を提供します。また、iPUPILはゲノム編集技術などの新しい育種技術を活用した品種開発を加速できると期待されます。

本プラットフォームは、ムーンショット型農林水産研究開発事業「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」の支援を受け、未利用遺伝資源の発掘やサイバーフィジカルシステムを活用した作物デザイン技術の構築をサポートするために設計・開発しました。

本プラットフォームは研究用のプロトタイプのため、製品化は現時点では未定です。今後他の研究者や民間企業の方に広く利用していただけるように、改良を重ね製品化を検討する予定です。

関連情報

予算 : ムーンショット型農林水産研究開発事業「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」
農研機構2021年10月27日プレスリリース「自然環境の干ばつを再現した自動潅水制御システムを開発」
https://www.naro.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nics/144391.html

問い合わせ先

研究推進責任者 :
農研機構作物研究部門 所長石本 政男
かずさDNA研究所 所長田畑 哲之
株式会社テックス 代表取締役箕輪 秀男
株式会社ビュ-プラス 代表取締役桑島 茂純
株式会社日本医化器械製作所 代表取締役雉鼻 一郎

研究担当者 :
農研機構作物研究部門 作物デザイン研究領域 グループ長宇賀 優作
研究員相馬 史幸
かずさDNA研究所 先端研究開発部 研究員七夕 高也
株式会社テックス 技術部長山崎 宗一
株式会社ビュ-プラス 技術川島 俊男
株式会社日本医化器械製作所 技術統括西 智行

広報担当者 :
農研機構作物研究部門 研究推進部 研究推進室田口 文緒

詳細情報

開発の社会的背景

現在、地球規模の環境変化により、干ばつや土壌の荒廃が世界中の農地で起こっています。国内でも高温ストレスや降雨の極端化現象による農作物への被害が頻発しています。さらに、近年の資源高による肥料価格の高騰など、農業を取り巻く自然環境や経済状況はますます厳しくなっています。そこで、このような状況に迅速に対応できる品種開発(育種)が必要とされます。

従来の育種では、1年に1回、畑や水田において、その年の気象・栽培環境下で系統選抜を行います。そのため、100年に1度起こるような極端な栽培環境に適応した品種を開発することは難しい課題です。つまり、将来予想される不良環境を想定した新たな作物開発の仕組みが必要となります。

研究の経緯

農研機構を中心としたグループは、これまでに、将来予想される不良環境を想定した新たな作物開発をサポートする屋内環境でのプラットフォームを整備してきました。2021年度には、任意の土壌水分に自動制御できる底面潅水システム(iPOTs)を報告しました(関連情報)。このシステムは、屋内の制御環境下で屋外の干ばつや湛水ストレス状態を模した栽培を可能にしますが、植物のストレス応答などの生育状況を計測する機能はなく、計測装置が設置された場所に植物を移動するか、担当者が施設内に入って植物の生長を手作業で計測する必要がありました。どちらの方法も植物の移動または接触があるため、ストレス応答などの繊細な植物の変化を計測する際にはデータの精度に影響する可能性がありました。

本課題を解決すべく、iPOTsをベースに改良した自動栽培制御システムに、カラーカメラや遠赤外線カメラなど複数のカメラを用いた植物の自動撮影制御システムを組み合わせ、栽培計測プラットフォーム(iPUPIL)を構築しました。

研究の内容・意義

iPUPILは、植物の生育とその周辺環境のモニタ、さらに、水管理を一体運用できる栽培計測プラットフォームです(図1・左上イメージ)。本プラットフォームでは一度条件設定を行えば、すべて自動で運用できます。また、遠隔地からの管理も可能であり、担当者が近くにいなくても、植物の状態をモニタできます。

1.iPUPILの構成
①複数カメラを同期撮影できる「自動撮影制御システム」
本装置は、任意の植物個体を任意の時刻に撮影でき、かつ、多視点映像を撮影・収録できるシステムです。人工気象室の天井を前後に直線移動する駆動部に複数のカメラを設置できます(図1・右写真)。PCにインストールした専用ソフトウエアで撮影条件を設定すると、指定した時間間隔で連続的に複数カメラが移動・同期撮影を繰り返すことができます。最短2cm間隔の高精細の画像データを得ることができます。複数種のカメラによる同期撮影が可能なため、複数種の画像を重ね合わせ、植物体の経時的な生長を高精度で解析することができます。例えば、カラーカメラによる形態や葉色の変化、遠赤外線カメラによる葉面温度を用いた光合成能力の日変化などを同時に解析できます(図2)。本自動撮影制御システムは、目的に合わせて他の種類のカメラへの交換や更新などができます。
②収穫期までの生長をサポートする「栽培制御システム」
iPUPILでは、イネなどの様々な作物で収穫期までの生育を計測可能にするため、2021年度に報告したiPOTsを改良し、長期運用に耐える頑健性を付与しました。具体的には、個々のポットの環境モニタリングができる仕様はiPOTsを継承しつつ、長期の試験に欠かせない水位センサ土壌センサを増設し、万が一センサに不具合が生じても、試験の中断や、データの欠損が起こりにくいシステムに改良しました。

2.来予想される栽培環境を人工的に再現
iPUPILは国内外の任意の気象・栽培環境を再現し、イネ、ムギ、ダイズなどの作物の能力を評価できるプラットフォームです。人工気象室では、温度(20~45°C)、湿度(30~50%)、照度(LED使用で任意の照度)、CO2濃度(大気圧~3,000ppm)をそれぞれ制御できます。将来予想される高温、乾燥、高CO2条件などを設定し、どのような品種・系統が環境ストレスに強いかを評価することができます。

3.iPUPILで未利用遺伝資源のパフォーマンスを探る
iPUPILを用いた研究の一例を紹介します。本プラットフォームにより干ばつ環境を再現し、栽培イネと野生イネを栽培しました。干ばつ時の葉の状態をカラーカメラと遠赤外線カメラで撮影したところ、栽培イネよりも干ばつに強かった野生イネは葉面温度が低いことが分かりました(図2・右写真)。植物は光合成が行う際に、葉の気孔を開き二酸化炭素を取り入れます。この時、気孔から体内の水分が同時に出ていくため、打ち水効果により葉面温度が低くなります。一方、干ばつ時には気孔からの蒸散を抑えるために気孔を閉じます。その結果、葉面温度は高くなります。このことから、本野生イネは栽培イネよりも干ばつに強く、気孔を閉じずに光合成ができていることが分かります。本野生イネはこれまで品種改良に利用されていませんが、今後干ばつに強い栽培イネを改良する際の有用な遺伝資源になることが期待できます。手動で撮影する場合、いつ頃このような現象が起こったのか詳細には把握できませんが、本プラットフォームを使えば植物の変化を見過ごすことなく、正確な情報を得ることができます。

今後の予定・期待

iPUPILは、干ばつや冠水の被害に強い品種や少ない肥料でよく育つ品種など、これからますます重要となる国内外の食料生産の課題に対応した迅速な品種開発をサポートするプラットフォームになることが期待されます。本プラットフォームはゲノム編集技術などの新しい育種技術を活用した品種開発の加速化にも貢献することが期待されます。また、多様な気候条件を再現できることから、日本にいながら海外の現地と同じ条件で作物開発の支援を行うことが容易になります。

従来の栽培種だけを利用した品種開発には限界があります。そこで、農研機構ではこれまで利用されてこなかった未利用遺伝資源からこれまでにない有用な遺伝子を見出し、画期的な品種の開発を進めています。iPUPILは通年を通して同じ環境条件で植物を評価できることから、正確な植物の生育情報を得るうえで強力な研究プラットフォームとなります。

参考文献

Numajiri Y., Yoshino K., Teramoto S., Hayashi A., Nishijima R., Tanaka T., Hayashi T., Kawakatsu T., Tanabata T., Uga Y. (2021) iPOTs: Internet of Things-based pot system controlling optional treatment of soil water condition for plant phenotyping under drought stress. The Plant Journal 107: 1569-1580. doi.org/10.1111/tpj.15400

参考図

図1. 栽培計測プラットフォーム(iPUPIL)の全体イメージ図と仕様図2. カメラ制御システムにより得られる画像データの一例

干ばつ区 : 播種後29日目に強制排水し、潅水を停止した8日目のイネの様子。水色破線枠は干ばつに強い野生イネ系統を示す。熱画像から野生イネは葉面温度が低いことが分かる。

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