2022-09-22 分子科学研究所
発表のポイント
キラルな金ナノ微粒子を円偏光で光トラッピングを行い、光の力(光勾配力)の偏光に対する依存性を調査した。円偏光が右回りか左回りか、また光トラップされるナノ微粒子が右巻きか左巻きかによって、光勾配力の大きさが異なることを見出した。本成果により、構造のキラリティに応じた物質の分離が、光の力を利用することで実現する可能性が示された。
概要
分子科学研究所の山西絢介特任助教、AHN Hyo-Yong特任助教、橋谷田俊博士(現 中央大学)、岡本裕巳教授、大阪府立大学(現 大阪公立大学)の山根秀勝助教(現 北里大学)、大阪大学・大阪府立大学(現 大阪公立大学)の石原一教授、ソウル国立大学校のNAM Ki Tae教授らの研究グループは、キラル(1)な金ナノ微粒子(2)を円偏光(3)で光トラッピング(4)することで、右巻きと左巻きの粒子に対する光トラッピングの力(光勾配力)の特性の違いを観測することに成功し、右巻きと左巻きのナノ微粒子が区別できることを示しました。
この成果は、「Science Advances」のオンライン版に2022年9月22日(日本時間)に掲載されました。
研究の背景
キラリティとは物質の構造が、その鏡写しにした構造と同じにならない性質を表します。こういったキラルな物質の特徴の一つとして、右回りの円偏光と左回りの円偏光に対して異なる応答を示すこと(光学活性)が知られています(図1)。一方、物体に強い光を照射すると光の力(5)が働きますが、キラルな物質に働く光の力も右回りと左回りの円偏光の光に対して異なると、理論的に予想されていました。
研究の成果
共同研究グループは、光トラッピングの技術を用いて、キラルな金ナノ微粒子(図2)に働く円偏光に依存する光勾配力の観測を行いました。キラルな金ナノ微粒子には右巻きと左巻きの構造のものがあり、その両方を用いて実験を行いました。キラルなナノ微粒子に働く光勾配力は理論的には予想されていましたが、実際に観測された例はありませんでした。同研究グループは、そのキラルな金ナノ微粒子を右回りと左回りの円偏光で光トラッピングすることで、キラリティに由来する光勾配力(左右の円偏光による光勾配力の差)を観測することに成功し、右巻きの微粒子と左巻きの微粒子で光勾配力が異なることを示しました(図3)。また用いる光の波長に対する依存性から、そのメカニズムについて、これまで知られていない効果があることを見出しました。
今後の展開・この研究の社会的意義
本研究結果において、キラルな金ナノ微粒子の運動に与える円偏光依存の光勾配力の特徴が解明されたことで、キラルな物質の光の力による分離の可能性が示されました。今後は、ナノ構造体上に発生する局所的に強い光で光トラッピングを行ったり、他のメカニズムによる光の力も利用したりすることで、キラルな物質の分離の応用展開が期待されます。
図1 キラルな物質(乳酸)の円偏光に対する応答(光学活性)。D体の乳酸の右円偏光に対する応答とL体の乳酸の左円偏光に対する応答は、等価な応答になる。L体と右円偏光、D体と左円偏光の応答も等価になる。
図2 キラルな金微粒子の走査型電子顕微鏡像。
図3 キラルな金微粒子に働く左右円偏光による光勾配力の差(光の波長に対する依存性を表示)。上半分(0以上)は左円偏光が右円偏光より大きな光勾配力を与えることを、下半分は(0以下)は右円偏光が左円偏光より大きな光勾配力を与えることを表す。
キラルな金微粒子の光トラッピング
キラルな金微粒子には、右円偏光と左円偏光で、異なる光勾配力が働く。
用語解説
(1) キラル,キラリティ:
物質の構造や、物理現象が,それを鏡写しにしたものと重ならないとき,その構造や現象はキラルであるという。また鏡写しと自身が重ならない性質のことを、キラリティという。右手と左手は互いに鏡写しの関係にあるが、重ならない構造となっているので、キラルな構造である。
(2) ナノ微粒子:
大きさがナノメートルサイズの微小な粒子をナノ微粒子と呼ぶ。特に金で作製されたものを金ナノ微粒子という。光の波長の半分より十分小さなナノ微粒子には光勾配力が働きうる。
(3) 円偏光:
光の電場・磁場が、進行方向に直交する面内で円を描くように回転するとき、その光は円偏光と呼ばれる。回転方向に右回りと左回りがあり、右円偏光、左円偏光という。右円偏光と左円偏光は互いに鏡像関係にある螺旋状の電場・磁場をもち、互いに重ならない構造を持つので、円偏光はキラルな光である。
(4) 光トラッピング:
光ピンセットともいう。レーザー光などの強いビーム状の光をレンズなどで集光すると、集光点で最も光の強度が大きくなる。マイクロメーター以下の微粒子は、光の強度が最大となるレーザー光の集光点に捕捉される場合がある。これを光トラッピングという。集光点付近の空間では光の強度には大きな勾配があり、この勾配によって集光点に向かう力が微粒子に働くこと(光勾配力)が、その起源である。
(5) 光の力:
物体に強い光を照射すると、物体に光から力が加わる場合がある。大きく分けて、光の進む方向に加わる力(光散乱力)と、光の強度が位置によって異なる時に光の強い方向に向かって加わる力(光勾配力)がある。光トラッピングは光勾配力による。ソーラーセイルなどの光子ロケットは光散乱力による推進力を利用している。
論文情報
掲載誌:Science Advances
論文タイトル:”Optical Gradient Force on Chiral Particles”(キラルな微粒子に働く光勾配力)
著者:Junsuke Yamanishi, Hyo-Yong Ahn, Hidemasa Yamane, Shun Hashiyada, Hajime Ishihara, Ki Tae Nam, and Hiromi Okamoto
掲載日:2022年9月22日(日本時間・オンライン公開)
DOI:10.1126/sciadv.abq2604
研究グループ
分子科学研究所
大阪大学
大阪府立大学
ソウル国立大学校
研究サポート
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(JP21H04641)、挑戦的研究(JP21K18884)、新学術領域研究(JP16H06505)、および学術変革領域研究(A)(JP22H05135)等の支援を受けて実施されました。
研究に関するお問い合わせ
岡本 裕巳(おかもと ひろみ)
分子科学研究所 メゾスコピック計測研究センター 教授
山西 絢介(やまにし じゅんすけ)
分子科学研究所 メゾスコピック計測研究センター特任助教
報道担当
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当