氷期の南極の硫酸エアロゾルはどこから飛来したのか? ~南米アタカマ砂漠からの寄与~

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2021-12-13 名古屋大学,北海道大学,国立極地研究所

国立大学法人東海国立大学機構名古屋大学大学院環境学研究科の植村立准教授、松井仁志准教授、藤田耕史教授らの研究グループは、国立極地研究所、北海道大学、琉球大学との共同研究で、南極ドームふじアイスコアに含まれる硫酸エアロゾルの硫黄同位体比(δ34S)の分析を行い、その供給源地域を解析しました。

硫酸エアロゾルは南極における主要な水溶性エアロゾル成分であり、海洋生物活動、海塩、陸域の表面など複数の起源があります。一方で、「なぜ南極の硫酸エアロゾルの沈着量は、氷期と間氷期で大きく変化しないのか?」や「氷期に陸域からの硫酸エアロゾルの供給が多いとすれば、どの地域が起源なのか?」等の未解明の問題も残されています。

本研究では、南極ドームふじアイスコア(注1)の硫黄同位体比の分析結果から、最終氷期では「陸域」を起源とする硫酸エアロゾルの寄与が大きかったことを明らかにしました。この結果は、最終氷期における硫酸エアロゾルの起源は、海洋生物活動であったという従来の有力な説と異なります。さらに、同位体比データから、南米のアタカマ砂漠(注2)周辺の高地が最も有力な供給源地域であることが分かりました。これらの結果から、極度に乾燥した低・中緯度の砂漠に存在する水溶性物質が、南極の硫酸エアロゾルの供給源の一つであることを明らかにしました。

本研究成果は、2021年12月3日付地球科学分野の国際学術誌「Earth and Planetary Science Letters」に掲載されました。

ポイント

・南極ドームふじアイスコアから、最終氷期における硫酸エアロゾルの硫黄同位体データを得た。
・最終氷期では、「陸域」を起源とする硫酸エアロゾルの寄与が大きかったことを明らかにした。
・陸域起源の硫酸エアロゾルの供給源は、南米のアタカマ砂漠の高地が有力であることが分かった。
・これまで考慮されていなかった低・中緯度の砂漠からの微粒子を、氷期の南極への硫酸エアロゾルの供給源として考慮すべきである。

研究背景と内容

大気中のエアロゾルは、放射及び雲との相互作用を通じて地球の放射収支を変化させることで、気候に影響を与えています。南極アイスコアを用いた分析によると、約2万年前の寒冷な氷期の南極大陸は、現在の間氷期に比べて「埃っぽい」環境であることが示されています。例えば、不溶性ダストの沈着量は、氷期には現在よりも10〜25倍も多かったことが分かっています。

硫酸エアロゾルは南極域における主要な水溶性エアロゾルであり、主に海洋生物活動、海塩、陸域の表面等の複数の起源をもっています。興味深いことに、南極アイスコアに保存された海塩起源を除いた硫酸イオンの沈着量は、氷期-間氷期(注3)のサイクルの中でほとんど変化していません。現在の気候では、南極氷床上への硫酸エアロゾルの主な起源は海洋プランクトンからの代謝物の分解物であるジメチルスルフィド(DMS)です。このことから、「なぜ南極氷床における硫酸エアロゾルの沈着量が氷期-間氷期サイクルで大きく変動しないのか?」という問題は、一般的には南極氷床に近い海域でのDMS排出量の変動が小さかったからであると解釈されています。

最近の研究では、氷期には陸域の硫酸カルシウム(石膏(CaSO4・2H2O)や無水石膏(CaSO4))が硫酸エアロゾルの起源であったという説も提唱されています。一方で、平均的には陸域の硫酸カルシウム存在量は非常に低く、「仮に氷期に陸域からの硫酸エアロゾルの供給が多いとすれば、その供給源はどこなのか?」は未解明の問題でした。

本研究では、これらの問題に新しい知見を得るために、南極ドームふじアイスコアの硫酸エアロゾルに含まれる硫黄の安定同位体比(δ34S)を分析しました。硫黄同位体比は起源によって異なる値を取るため、起源の推定に活用できます。分析の結果、硫黄同位体比は、現在の温暖な気候では海洋生物起源のDMSの値と一致するのに対し、寒冷な氷期に向かうにつれて低い値を持つことを明らかにしました(図1)。この結果は、δ34Sが低い特徴を持つ陸域起源の硫酸エアロゾルの供給量は氷期に増加し、δ34Sが高い海洋生物活動起源の硫酸エアロゾルの供給量は減少したことを示唆しています。したがって、南極の硫酸エアロゾルの沈着量が、氷期・間氷期サイクルにおいて比較的安定している原因は、陸域起源の増加と海洋生物起源の減少のバランスがもたらした結果であると説明することができます。

さらに「氷期に増加した陸域起源の硫酸エアロゾルはどこから飛来したのか?」について検証しました。南極ドームふじアイスコアから得られたデータからは、硫酸イオン/カルシウムイオン比が地表の平均値よりも異常に高いことが分かりました。このことは、石膏などの硫酸カルシウムが豊富にある地域が起源であることを示唆しています。降水がある地域では、地表の石膏は降水によって、地下水などに少しずつ溶出してしまいます。しかし、降水量が少ない砂漠のような乾燥した地域では、石膏は溶出せずに地表に偏在しています。そこで、南半球の様々な乾燥地域の石膏を比較・検証したところ、南米のアタカマ砂漠の高地に存在する石膏が、硫黄同位体比の低さなど、氷期の南極ドームふじアイスコアの化学的特徴と一致することが分かりました。他の地域からの寄与を否定することはできないものの、氷期には遠く離れた砂漠表面に存在する水溶性の物質(水溶性塩)が南極氷床に飛来していたことを示唆しています。したがって、南極アイスコアのイオンデータを解釈する際には、これまで軽視されてきた遠方の砂漠起源の寄与を考慮する必要があります。

図1:アイスコアの硫黄同位体比とその起源。

図2:砂嵐が発生した際のダスト沈着量のシミュレーション。本文中にある地域名称を示した。

成果の意義

これらの結果は、ドームふじという南極氷床の高標高地域と世界で最も乾燥した砂漠であるアタカマ砂漠がリンクしている可能性を示しており、大気中の物質輸送という観点から興味深いです。これまでの研究では、南極内陸部への不溶性ダストの供給源は、主には南米パタゴニア地域と考えられていました。本研究の結果は、エアロゾルの特定成分に注目すると、より遠方で中低緯度地域からの供給の可能性があることを示しています。このようなエアロゾル供給源地域の推定は、アイスコアに記録された、硫酸エアロゾルの沈着量と気候との関係の解釈に影響します。将来的には、石膏等の鉱物の地域分布を考慮した気候モデルと組み合わせることで、過去の大気大循環のパターン(亜熱帯ジェット気流の位置や強度など)を推定する際に重要な制約を与えるデータとなります。

注1:アイスコア
南極や北極の氷床を掘削して得られた円柱状の氷試料のこと。本研究で使用したドームふじアイスコアは、南極地域観測事業により掘削された。

注2:アタカマ砂漠
南米アンデス山脈の高地に位置する砂漠(図2)。南極北極を除くと、世界で最も降水量が少なく、乾燥した地域として知られる。

注3:氷期-間氷期サイクル
過去約100万年間にわたって、地球が長い寒冷な気候(氷期)と相対的に短い温暖期(間氷期)を約10万年周期で繰り返していた現象のこと。

発表論文

掲載誌:Earth and Planetary Science Letters
タイトル:Soluble salts in deserts as a source of sulfate aerosols in an Antarctic ice core during the last glacial period

著者:
植村立(名古屋大学大学院環境学研究科)
眞坂昂佑(琉球大学理学部)
飯塚芳徳(北海道大学低温科学研究所)
平林幹啓(国立極地研究所)
松井仁志(名古屋大学大学院環境学研究科)
松本理誠(琉球大学理学部)
植村美希(琉球大学理学部)
藤田耕史(名古屋大学大学院環境学研究科)
本山秀明(国立極地研究所)
DOI:10.1016/j.epsl.2021.117299
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0012821X21005550
論文公開日:2021年12月3日(オンライン公開)

お問い合わせ先

(研究内容について)
東海国立大学機構 名古屋大学大学院環境学研究科 准教授 植村 立(うえむら りゅう)
北海道大学低温科学研究所氷河・氷床研究グループ 准教授 飯塚 芳徳(いいづか よしのり)

(報道について)
東海国立大学機構 名古屋大学管理部総務課広報室
北海道大学総務企画部広報課
国立極地研究所広報室

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