炭素繊維の力学特性を簡便に精度よく評価する手法を開発

ad
ad

リサイクル炭素繊維の品質評価による活用促進に期待

2021-03-25 産業技術総合研究所

ポイント

  • 炭素繊維の束を用いた引張特性試験手法を開発
  • 繊維束の本数や長さの制限が少なく、リサイクル炭素繊維の品質評価をはじめ、さまざまな繊維の強度分布評価に適用可能
  • 繊維間の摩擦を考慮した解析法により、繊維の表面状態の影響も把握可能

概要

新構造材料技術研究組合【理事長 岸 輝雄】の組合員である国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)マルチマテリアル研究部門【研究部門長 吉澤 友一】ポリマー複合材料グループ 今井 祐介 研究グループ長、杉本 慶喜 研究員らは、国立大学法人 京都大学【総長 湊 長博】大学院工学研究科 機械理工学専攻 北條 正樹 教授と共同で、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(以下「NEDO」という)のプロジェクトにて、リサイクル炭素繊維の力学特性を簡便に精度よく評価する手法を開発した。

この手法は、数千~数万本の数多くの繊維からなる繊維束の引張試験を高精度に実施し、繊維の強度や表面間の摩擦に関するパラメーターを抽出することができる。この手法により、これまで評価が難しかったリサイクル炭素繊維などの品質保証や、繊維製品の開発や生産段階での強度分布評価が可能になり、リサイクル炭素繊維の普及や繊維製造技術の向上など幅広い分野への応用が期待される。

なお、この手法の詳細は、Journal of Materials Research誌に2021年1月12日にオンライン掲載された。(https://doi.org/10.1557/s43578-020-00043-y

概要図

炭素繊維の資源循環に資する特性評価技術の開発

開発の社会的背景

炭素繊維複合材料(CFRP)は高強度・高弾性率・軽量という特徴を持ち、宇宙航空分野をはじめ自動車分野、スポーツ分野に至る幅広い分野で使用されており、今後需要のさらなる増大が予想されている。これに伴ってCFRP製品の製造時に発生する端材や廃棄されるCFRP製品が増えてくるため、リサイクルにより再活用していくことが求められている。

現在主流のリサイクル法では、CFRPからマトリックスとなっている樹脂を熱分解などにより除去して炭素繊維だけを取り出す。リサイクルプロセスが適切でなければ、樹脂除去の過程で炭素繊維にもダメージが加わり、繊維強度が低下してしまう可能性があるため、リサイクルされた炭素繊維を再度強化繊維として使用するには、新品と同等の強度を保持していることを確認する必要がある。そこで、リサイクルされた炭素繊維の引張強度特性を簡便に評価する手法が必要とされている。

研究の経緯

産総研は、リサイクル炭素繊維の活用を促進するため、リサイクル炭素繊維の品質評価につながる評価手法の開発を進めている。炭素繊維は脆性(ぜいせい)材料であり広い引張強度分布(ワイブル分布)を示すため、信頼性を担保する観点から強度分布評価は非常に重要である。しかしながら、既存のJISで定められた評価手法は、リサイクル材の簡便な評価手法としては課題があった(表1)。そこで、リサイクル炭素繊維の性状を考慮して、繊維束の引張試験に基づく力学特性評価手法の開発に取り組んだ。

なお、この開発は、NEDOの委託事業「革新的新構造材料等研究開発(平成26~令和4年度)」による支援を受けて行ったものである。

表1:既存の繊維強度に関する評価規格と開発手法の比較

試験手法 利点 欠点 適用用途
単繊維引張試験
JIS R 7606:2000
  • 繊維強度分布を評価可能
  • 連続繊維、不連続繊維に適用可能
  • 測定にかかるコストが非常に大きい
  • 研究開発用途
樹脂含浸ヤーン引張試験
JIS R 7608:2007
  • 簡便な測定が可能
  • 強度分布評価不可
  • 連続繊維が必要
  • 繊維-樹脂間の接着性によって強度が変化
  • 炭素繊維製造工程の品質管理
今回開発した手法
  • 簡便な測定が可能
  • 繊維強度分布を評価可能
  • 連続繊維・不連続繊維に適用可能
  • リサイクル炭素繊維など、脆性破壊する繊維の研究開発や品質管理

研究の内容

繊維束の引張試験から引張強度分布を評価できることは理論的に知られていた。しかしながら、実際に試験を行う際には「複数の繊維を同時に引っ張ることができる試験法」、「正確な繊維ひずみの測定」、「繊維間の摩擦の影響の除去」が必要であり、それらをすべて解決した手法がなかった。

今回の開発では、図1に示すように、繊維束の両端をタブに接着剤で固定することで、複数の繊維を同時に引っ張ることを実現した。引張試験後は、繊維はすべて破断しているが、繊維間の摩擦により絡まって束が膨らんだ状態になる。また、測定系の最適化に加え、繊維束以外の測定系の伸びを補正する手法により、正確な繊維ひずみの測定を実現した。さらに、繊維束の断面形状の影響を考慮した理論式により、繊維束を構成する繊維の本数が異なる場合でも同様の補正手法を適用可能とした。また、繊維束の応力-ひずみ線図全体を理論式でフィッティングすることにより、引張強度分布を精度良く評価する手法を開発し、理論式に繊維間の摩擦を記述する項を導入して、摩擦の影響も考慮した解析を実現した(図2)。

図1

図1 (a) 繊維束の引張試験試料の作製手順
(b) 開発した試験手法の試験片(上)引張試験前(下)引張試験後

図2

図2 (a) 繊維束引張試験の実測データ例(〇)と理論式によるフィッティング曲線。(b)~(e)フィッティングにより得られた繊維弾性率、摩擦応力成分、繊維強度のワイブル分布に関するパラメーター。点線は同じ繊維の単繊維引張試験により得られた値。
https://doi.org/10.1557/s43578-020-00043-y


今回開発した繊維束の強度分布評価手法は、従来の試験方法に比べて試験片作製に必要な繊維の長さの制限が少ないため、連続繊維だけでなく不連続繊維にも適用できる。繊維間の摩擦の影響を考慮して解析できるため、例えば、リサイクル炭素繊維の表面状態の影響なども把握することができる。本手法の適用範囲はリサイクル炭素繊維に限定されるものではなく、新品の炭素繊維にも適用可能である。また、炭素繊維以外にも脆性(ぜいせい)的な破壊を示す繊維への適用が期待される。

今後の予定

さまざまな状態のリサイクル炭素繊維への適用可能性を検証し、手法の改善を図るとともに、評価手法の標準化に向けた取り組みを進める。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
マルチマテリアル研究部門 ポリマー複合材料グループ
研究員  杉本 慶喜

用語の説明
◆炭素繊維
炭素90 %以上から構成される繊維。ポリアクリロニトリル(PAN)繊維を原料とするPAN系炭素繊維は産総研の前身の大阪工業技術試験所で開発された。日本の生産量が世界シェア70 %近くを占める。
◆炭素繊維複合材料(CFRP)
樹脂を炭素繊維で強化した材料。炭素繊維の高い力学特性によって樹脂単体の場合よりも高い力学強度を示す。樹脂としてはエポキシ樹脂、ナイロン、ポリプロピレンといった樹脂が多く使用されている。
◆ワイブル分布
脆性的な材料の強度分布の解析に使用される分布で、最も弱い部分から材料が破壊するという最弱リンク説から導かれる。シェイプパラメータ―とスケールパラメーターという二つのパラメーターにより強度分布を表現する。
◆タブ
試料(今回の場合は繊維束)を直接引張試験機のつかみ具に取り付けるとつかみ具内で試料が破損してしまう懸念がある場合に、安定的に試料をつかめるように試料に取り付ける板。ガラス繊維強化樹脂、厚紙、アルミ板などが用いられる。
◆測定系の伸び
引張試験で測定される伸びには、繊維束の伸びだけではなく、治具部の伸びや繊維束のタブへの固定に使用した接着剤部分の伸びなどが含まれる。繊維束以外の伸びを測定系の伸びと呼ぶ。
ad

0505化学装置及び設備
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました