2020-01-08 核融合科学研究所
核融合発電を実現するためには、高温のプラズマを磁場で閉じ込めて維持することが必要です。ところが、プラズマ中に混入する不純物は、プラズマのエネルギーを吸収し光として放出してしまうため、不純物の量が増えるとプラズマの温度が下がってしまいます。そのため、高温プラズマ中の不純物の振る舞いを明らかにして、不純物を制御する方法を確立することが、核融合発電実現に向けた重要課題の一つとなっています。
高温プラズマ中の不純物の振る舞いを調べるために、プラズマの外部から意図的に不純物を注入し、それを追跡(トレース)するという方法が用いられます。このような不純物をトレーサー不純物と呼びます。トレーサー不純物は、その量を正確に把握して、高温プラズマ中の調べたい場所に直接注入することが求められます。核融合科学研究所では、このような高精度の注入を実現するために、トレーサー内蔵固体ペレット(TESPEL)という技術を開発してきました。ペレットは小さな固まりのことであり、TESPELはトレーサー不純物をプラスチックの外層で包み込んだ2重構造をしています。TESPELは細い管を使って吹き矢の原理で秒速・数百メートルの速さにまで加速させてプラズマに注入しますが、この際、磁場で閉じ込められた高温のプラズマの中に進入する前に、その周りにある比較的低温のプラズマを通過します。その低温プラズマを通過している間は、外層部のプラスチックの部分だけが溶けるので、内蔵しているトレーサー不純物を全て高温プラズマ中に注入することができるのです。内蔵するトレーサー不純物の量は予め正確に決めることができるうえに、外層部のプラスチックの厚みを調節することで、プラズマ中に注入する位置を変えることができます。TESPELによって、トレーサー不純物の高温プラズマ中での振る舞いを高精度で調べることができるようになりました。核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD)ではTESPELを用いて、それまで知られていなかった、プラズマ中の不純物の振る舞いを明らかにしてきました(バックナンバー227, 289をご参照ください)。
不純物の振る舞いを更に詳しく理解するためには、異なる装置における実験結果と比較することも重要です。正確な比較を行うためには、同じ方法を用いて得られた実験結果でなければなりません。そこで、核融合科学研究所では、国際共同研究プロジェクトとして、TESPELをスペインのエネルギー環境技術研究センターの中型ヘリカル装置TJ-IIなどに導入してきました。そして、2018年には、LHDと同規模のヘリカル型プラズマ実験装置である、ドイツのマックス・プランクプラズマ物理研究所のWendelstein 7-X(W7-X)にTESPELを導入しました。これにより、LHDとW7-Xという世界最大級のヘリカルプラズマ中の不純物の振る舞いを比較できる環境が整いました。そして、W7-Xで生成されたプラズマにTESPELを使って鉄を注入する実験を行いました。注入された鉄は、電子がはがれてイオンになり、そのイオンの価数(はがれた電子の数)によって異なる波長の光を発します。また、高い価数のイオンができるためには、高いプラズマの温度が必要です。W7-Xのプラズマからの光を観測したところ、TESPELによって鉄が注入された直後から、高い価数の鉄イオンからの発光が起こっていることが分かりました。これは、TESPELによって鉄がプラズマの温度が高い領域に直接注入されたことを意味しています。これにより、W7-XにおいてもTESPELがうまく機能していることが確認できました。
今後、LHDで得られている実験結果とW7-Xでの実験結果との詳細な比較を行って、ヘリカルプラズマにおける不純物の振る舞いの理解を深めることで、核融合発電実現に不可欠である、不純物の制御方法の確立に貢献していきます。
以上
図1 トレーサー内蔵固体ペレット(TESPEL)の模式図
図2 W7-Xに取り付けられたTESPELをプラズマに入射するための装置の写真。TESPEL格納ディスクに装填されたTESPELは、後方に取り付けられた加速ガス噴出弁から瞬間的に噴き出す30気圧という高圧のヘリウムガスによって加速、押し出され、プラズマに向けて飛んで行きます。一方、加速ガス自体は不要なので、プラズマに入れないようにするために、TESPELが通っていく途中には、加速ガスを排気するための真空容器と真空ポンプの組合せを3系統設けています。