高温ガス炉による水素製造が実用化へ大きく前進

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実用工業材料で製作した水素製造試験装置を用いた熱化学法ISプロセスによる150時間の連続水素製造に成功

2019-01-25  日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 水素製造のための熱化学法ISプロセスの研究開発は国際的な競争になっている。我が国では、2016年2月に実用工業材料製の水素製造試験装置による水素製造の試運転に成功した。しかし、機器の腐食や閉塞が見られたことから、これらへの対策が新たな課題となっていた。
  • 今回の試験では、装置の改良を行い、長時間運転の目安となる150時間の連続水素製造に成功した。本試験の成功により工業材料製機器の実用化に見通しをつけ、高温ガス炉へ接続する実用ISプロセスの完成に向けて大きく前進した。
  • ISプロセスにより水素を安定的に、かつ合理的な価格で供給することで、「水素社会」の構築に大きく貢献することが期待できる。

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)では、大洗研究所において、高温ガス炉1)の熱を利用する熱化学法ISプロセスによる水からの水素製造技術の研究開発を実施しています。本プロセスは、950℃の高温の熱を供給できる高温ガス炉と組み合わせることで、温暖化の原因となる二酸化炭素を排出することなく、大量の水素を高効率・低コストで製造するシステムを構築することが期待されます。

熱化学法ISプロセスは、ヨウ素(I)と硫黄(S)を用いた3つの化学反応を組み合わせて、水を分解して水素を製造する化学プロセスであり、3反応工程(硫酸分解工程、ブンゼン反応工程、ヨウ化水素(HI)分解工程)で構成されます。ISプロセスでは腐食性のある流体を用いるため、実用化を見据え、3反応工程毎の環境に耐え得る工業材料(金属、セラミックス等)を用いて反応器を開発しました。また、これらの反応器を3反応工程へそれぞれ組み込んだ世界最先端の水素製造試験装置を製作しました。2016年2月に、この装置を用いて、3反応工程を連結した水素製造の試運転(約10L/時、8時間)に成功し、実用化に向けた研究開発が大きく前進しました。

ISプロセスの原理

一方で、この試運転及びその後の運転により、ヨウ素の析出による機器の閉塞やヨウ化水素や硫酸などによる腐食が新たな課題として浮き彫りになったことから、これらの課題への対策を、1年半余りかけて徹底的に行いました。このたび、装置の一連の改良が終了し、3反応工程を連結した水素製造試験を行ったところ、水素発生量30L/時で150時間の安定した連続運転を実現しました。本水素製造試験装置は50時間が1サイクルであり、150時間(3サイクル分)の長期運転に成功したことで、ISプロセスの実用化に向けて大きく前進したことになります。この結果は世界で開発が進められている熱化学法ISプロセスでは初めてのものであり、改めて日本がこの分野のトップランナーであることが示されました。また、工業材料製機器の実用化に見通しをつけたことで、高温ガス炉へ接続する実用ISプロセスの完成に向けて大きく前進しました。

今後は、運転データをさらに取得して、運転制御性に着目しISプロセスの自動運転制御など、大量の水素を二酸化炭素の発生なしに安定的に製造できるシステムの実用化に必要な研究開発を進めていきます。さらには、HTTR(高温工学試験研究炉)2)からの熱を用いて、世界で初めて原子力による水素製造を実証することを目標としています。

【研究開発の背景】

原子力機構では、高温ガス炉の熱を利用する熱化学法ISプロセスによる水素製造技術の基盤技術の確立を目的とした研究開発を実施しています。

950℃の高温の熱を供給できる高温ガス炉は、高効率発電に加え、水素製造、化学・石油プラントでの熱利用、低温排熱を利用した海水淡水化、地域暖房など、多様かつ高効率の熱利用が期待されています。エネルギー基本計画(2018年7月閣議決定)においても、「水素製造を含めた多様な産業利用が見込まれ、固有の安全性を有する高温ガス炉など、安全性の高度化に貢献する原子力技術の研究開発を、海外市場の動向を見据えつつ国際協力の下で推進する。」とされています。

水素は次世代エネルギーキャリアとして期待されていますが、現在の一般的な水素製造法である化石燃料を用いた水蒸気改質法では、温暖化ガスである二酸化炭素を排出するという問題があります。また、再生可能エネルギーを用いた水の電気分解で水素を製造する場合、二酸化炭素は排出されませんが、一般的にコストや安定供給の面での課題が指摘されています。他方、熱化学法ISプロセスは、これらに変わる新たな水素製造法として注目されています。このプロセスは、高温の熱を用いて化学反応のサイクルを駆動して水を分解する「熱化学水素製造法」であり、ヨウ素(I)と硫黄(S)を用いることからISプロセスと呼ばれます。本プロセスでは、原料水をヨウ素や硫黄の化合物と反応させ、生成するヨウ化水素(HI)及び硫酸(H2SO4)に熱を加えて分解し、水素と酸素を製造します。ヨウ素と硫黄はプロセス内で循環するため、環境中に廃棄物を出しません。また、高温ガス炉と組み合わせることで、温暖化の原因となる二酸化炭素を排出することなく、大量の水素を製造することができると期待されます。

熱化学法ISプロセスによる水素製造試験装置
(3反応工程で構成)

【得られた成果】

原子力機構では、2004年に、ガラス製機器の実験室レベルの水素製造試験装置による1週間の連続水素製造に世界で初めて成功しました。熱化学法ISプロセスは、作動流体として極めて腐食性が強い硫酸やヨウ素を、室温から900℃と広い温度範囲、気液と多様な相状態で取り扱うため、実用化には、ガラス製機器の次段階として、実用工業材料により耐食・耐熱性を持たせた反応器3)での試験が必須です。

これらの反応器をそれぞれ、硫酸分解工程、ブンゼン反応工程、HI分解工程の3反応工程へ組み込み、プロセス全系に工業材料(金属、セラミックス等)を用いて反応器、配管に耐熱・耐食性を持たせた世界最先端の水素製造試験装置4)を2013年度に製作しました。それ以降、プロセスを構成する3つの反応工程(硫酸分解工程、ブンゼン反応工程、HI分解工程)毎の工程別試験を進め、各反応器による分解反応機能(HI分解反応による水素生成など)やガス化機能(HIガスの蒸留分離など)等の確認後、2016年2月16日~17日に、3つの反応工程を連結した水素製造試験装置の試運転(約10L/時、8時間)に成功しました。また、プロセス流体として装置内を流動させるヨウ素やヨウ化水素に起因する熱交換器への固体析出防止などが、より安定的な水素製造運転を行う上で重要であることを明らかにしました。

技術検討によって示された課題に対して、品質管理を向上させたガラスライニング(鞘管)の採用による腐食対策や数値解析によるヨウ素が析出しない運転制御範囲の明確化や加熱方法の見直しによる固体析出対策など、1年半余りをかけて十数項目に亘る改良を一つ一つ進めていき、2019年1月18日~25日に、水素発生量約30L/時で連続150時間の運転を達成し、世界で初めて実用工業材料によって構成したISプロセス装置による安定かつ長期間の水素製造に成功しました。

【今後の予定】

今後、より長期間かつ安定的に3反応工程の連結状態を維持した水素製造を目指し、運転データをさらに取得して、長期的な組成変動を制御するためのデータベースを構築するとともに、ISプロセスの自動制御システムの構築、自動制御運転の確証など、実用化に向けた技術、信頼性の確証をさらに進める計画です。

原子力機構では、HTTRに熱利用施設(水素製造施設とガスタービン発電施設)を接続し、高温ガス炉熱利用システムの総合性能を検証すること、水素製造施設の接続時の安全基準策定、安全基準に適合する設計対策を確立することを最終的な目標としています。

950℃の高温の熱を供給できる高温ガス炉は、熱化学法ISプロセスを利用した水の熱分解による大量の水素製造を可能とし、将来的に水素を安定的に合理的な価格で供給することで、我が国における「水素社会」の構築に大きく貢献することが期待されます。

【参考資料】

1)高温ガス炉

高温ガス炉は、①冷却材に化学的に不活性なヘリウムガスを用いているため、冷却材が燃料や構造材と化学反応を起こさないこと、②燃料被覆材にセラミックスを用いているため、燃料が1600℃までの高温に耐え、核分裂生成物(FP)の保持能力に優れていること、③出力密度が低く(軽水炉に比べ1桁程度低い)、炉心構造物に高熱伝導・大熱容量の黒鉛を用いているため、万一の事故に際しても炉心温度の変化が緩やかで、かつ、自然放熱による冷却が可能であることから、燃料の健全性が損なわれる温度に至らないこと等の安全性に優れた原子炉です。また、950℃の高温熱を原子炉から取り出せることから、発電効率に優れるとともに、水素製造等の発電以外での利用等、原子力の利用分野の拡大に役立つ原子炉です。

図1 高温ガス炉の特長

2)HTTR(高温工学試験研究炉)

我が国初の黒鉛減速ヘリウムガス冷却型原子炉(高温ガス炉)で、熱出力30MW、原子炉出口冷却材最高温度は950℃です。1998年11月10日に初臨界、2001年12月7日に熱出力30MW及び原子炉出口冷却材温度850℃、2004年4月19日に原子炉出口冷却材温度950℃、2010年3月13日に950℃、50日間高温連続運転を達成しました。

HTTRは、現在、試験研究炉の新規制基準への適合性確認の審査を受けており、安全確保を最優先として、早期の運転再開を目指しています。

図2 HTTR(高温工学試験研究炉)

3)耐食耐熱性を有する工業材料製反応器
  1. ①硫酸分解工程
    金属材料の適用が困難な最も高温(〜900℃)の硫酸分解器(酸素を生成)には炭化ケイ素(SiC)セラミックスを主材料とし、SiC製の管を耐食グラスライニング配管上に固定した簡素な構造ながら、本反応器内で硫酸の蒸発から分解反応までを複合一体化しました。高温域のシール部を持たず、腐食性流体の漏えいの可能性を低減し、また、SiC内管を通して高温の硫酸分解ガスから低温硫酸へ熱回収する機能を持たせています。
  2. ②ブンゼン反応工程
    低温域(〜100℃)のブンゼン反応器(硫酸とHIを生成)には、ノズル数が多いなどの複雑形状に適用可能で施工性および配管割付が容易などの組み立て性に優れたフッ素樹脂ライニング材を用いました。本反応器に複数ある機能要件(混合、生成、除熱、分離)を、循環ポンプにて反応溶液を外部循環させ、管型反応器(静的混合器により気液の混合を促進)、冷却器、貯槽と、各機能をそれぞれ独立した機器に受け持たせることによって、確実な反応分離操作ができるようにしました。
  3. ③ヨウ化水素(HI)分解工程
    高温(〜400℃)のヨウ化水素(HI)分解器(水素を生成)には、耐熱・耐食合金のニッケル基合金を用い、原料ガスと触媒を均一に接触させ、偏流による反応率低下を低減し、確実な反応操作を狙いとするラジアルフロー・固定層型を適用しました。HI濃縮器(水素生成のためのHIを濃縮して供給)は、陽イオン交換膜を電極で挟み込んだセル構造で、陽極と陰極で生じるヨウ素の酸化還元反応を用いてHIの濃縮を行います。電極材料には、導電性かつ耐食性を有する不浸透黒鉛を用い、処理量の向上を狙いとし、これら膜及び電極を複数積層したスタックを開発しました。

図3 工業材料製反応器の概要

4)工業材料製水素製造試験装置

本水素製造試験装置は、ISプロセスを構成する3反応(硫酸分解工程、ブンゼン反応工程、HI分解工程)を統合しています。3反応工程毎の環境に耐え得る工業材料(金属、セラミックス等)を用いて反応器を開発し、装置の全系に、耐食性、耐熱性を有する工業材料が用いられています。主要材質は、接液部がフッ素樹脂ライニング材、グラスライニング材、SiCセラミックス、不浸透黒鉛、接ガス部がニッケル基合金(ハステロイC276)、ステンレス(SUS316)です。機器は安全に配慮し全面をパネルで覆った鉄骨製架台に配置し、反応機器への加熱には電気ヒータを用いて、高温ガス炉からのヘリウムガス加熱を模擬しています。

本水素製造試験装置による研究開発は、工業材料製の耐食・耐熱性を有する反応器の開発、 反応器を3反応工程へそれぞれ組み込んだ工業材料製水素製造試験装置の製作、反応工程別試験および3反応工程を連結した水素製造試験装置の試運転まで進捗しています。今後、3反応工程を連結した状態を維持したより安定的な水素製造を目指して当該装置の改良を行い、本格的な試験(運転制御性、長時間運転安定性、機器の耐食性を確証する試験を実施)を行っていきます。

図4 工業材料製水素製造試験装置の概要

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2003核燃料サイクルの技術
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