2019-10-25 京都大学
矢崎一史 生存圏研究所教授、棟方涼介 同博士課程学生(現・仏国・ロレーヌ大学研究員)、アラン・ヘーン ロレーヌ大学教授らの研究グループは、国産の野生植物カワラヨモギから、アルテピリンCを作る酵素遺伝子を見出すことに成功しました。
このユニークな酵素は、単独でフェール基質のp-クマル酸に2つのプレニル基を導入することのできる初めての植物酵素であることが明らかとなりました。実際に本遺伝子を使い、ブラジル産植物の主成分であるアルテピリンCを酵母で生産させることに成功しました。
脱化石資源社会における人間の健康維持や生活の質の維持向上にとって、植物の生産する多様な二次代謝産物は、中心的な役割を果たすものとして大きな期待されています。特に、抗菌・抗酸化活性等を持つ多様な化合物のグループであるプレニル化フェノールのうち、ブラジル産植物に含まれるアルテピリンCは、肥満やメタボリックシンドロームなどの改善効果が期待できるとして注目されています。
本研究成果は、2019年10月18日に、国際学術誌「Communications Biology」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
書誌情報
【DOI】https://doi.org/10.1038/s42003-019-0630-0
【KURENAIアクセスURL】http://hdl.handle.net/2433/244385
Ryosuke Munakata, Tomoya Takemura, Kanade Tatsumi, Eiko Moriyoshi, Koki Yanagihara, Akifumi Sugiyama, Hideyuki Suzuki, Hikaru Seki, Toshiya Muranaka, Noriaki Kawano, Kayo Yoshimatsu, Nobuo Kawahara, Takao Yamaura, Jérémy Grosjean, Frédéric Bourgaud, Alain Hehn and Kazufumi Yazaki (2019). Isolation of Artemisia capillaris membrane-bound di-prenyltransferase for phenylpropanoids and redesign of artepillin C in yeast. Communications Biology, 2:384.
詳しい研究内容について
アルテピリン C 合成酵素の発見とその生産
―雑草の遺伝子から生理活性物質の生産へ―
概要
脱化石資源社会における人間の健康維持や生活の質の維持向上にとって、植物の生産する多様な二次代謝産物は、中心的な役割を果たすものとして大きな期待が寄せられています。特に、「プレニル化フェノール」と 呼ばれる化合物のグループは、多様性に富み、抗腫瘍、抗炎症、抗菌、抗酸化活性など人にメリットのある化合物が数多く見出されています。中でも、ブラジル産のバッカリスという植物に含まれる「アルテピリン C」 は、上記の活性に加え、肥満やメタボリックシンドロームなどの改善効果が期待できるとして注目されていま す。
京都大学生存圏研究所 矢崎一史 教授、棟方涼介 同博士課程学生(研究当時、現: ロレーヌ大学研究員)、 ロレーヌ大学アラン・ヘーン教授らの研究グループは、国産の野生植物カワラヨモギから、アルテピリン C を 作る酵素遺伝子を見出すことに成功しました。このユニークな酵素は、単独でフェール基質の p-クマル酸に 2つのプレニル基を導入することのできる初めての植物酵素であることが明らかとなりました。実際に本遺伝子を使い、ブラジル産植物の主成分であるアルテピリンC を酵母で生産させることに成功しました。
本成果は、2019 年 10 月 18 日に英国の国際学術誌:「Communications:Biology」にオンライン掲載されまし た。
1.背景
● 脱化石資源社会における人間の健康維持や生活の質の維持向上にとって、植物の生産する多様な二次代謝 産物はセンタープレイヤーとして大きな期待を背負っています。我々は、植物の作る有用な生理活性成分のう ち、プレニル基と呼ばれる修飾を持った天然物:「プレニル化フェノール」の生合成研究を専門としています:(図 1)。研究の過程で、抗腫瘍、抗炎症、抗菌、抗酸化活性など人の健康維持に役立つ活性を持つ「アルテピリ ン C」の生合成遺伝子を探索しました。この化合物は最近、経口投与で脂肪細胞を熱産生性細胞に変化させる ことが見出され、肥満やメタボリックシンドロームなどの改善効果が期待できるとしても熱い注目を集めてい ます。
● 植物由来の生理活性物質として注目されるプレニル化ポリフェノールの研究において、プレニル化酵素が その鍵を握っています。これまでフラボノイドやクマリンなど、ここ数年で様々な化合物をプレニル化する酵 素遺伝子が同定されてきました。しかし、ブラジル産プロポリスの薬効成分である:「アルテピリン C」のよう なフェニルプロパノイド特異的なプレニル化酵素遺伝子は1例たりとも報告がなく、 半世紀近く謎のままで した(図2)。そこでこの遺伝子の探索に挑むこととしました。
図1 プレニル化酵素は生理活性物質生産の鍵酵素
図2 プレニル化酵素遺伝子発見の年表
2.研究手法・成果
● 有用物質:「アルテピリン C」はブラジル産低木のバッカリスが生産します。我々は、名古屋議定書の問題 を避けるため、国内産の植物が生産する数多くの代謝産物を検索し、キク科の野生植物カワラヨモギがアルテ ピリン C に似た(さらに代謝された)化合物を作ることを見出しました(図3)。そこでカワラヨモギの発現 遺伝子データから独自のパラメータを使って遺伝子を絞り込み、AcPT1 と名付けた遺伝子を同定しました。 生化学的解析により、これは膜結合型プレニル化酵素の遺伝子であること、そして驚くことに、本酵素は1遺 伝子で2つのプレニル基を導入できる世界初の植物遺伝子であることが明らかとなりました(図4)。
図3 アルテピリン C 生合成遺伝子を含むカワラヨモギの特定
図4 カワラヨモギの AcPT1: によるプレニル化反応
● 1遺伝子で基質の p-クマル酸に2つのプレニル基を入れ、一気にアルテピリン C を作る酵素が手に入っ たことで、ブラジル産バッカリスが生産するアルテピリン C を、酵母を使って作ることがはじめて可能となり ました。そこで合成生物学に研究を展開し、4遺伝子を同時導入することで、アミノ酸のフェニルアラニンか らアルテピリン C を作ることに成功しました。
3.波及効果、今後の予定
● このプロジェクトでは、世界初が2つあります。1つ目は:「フェニルプロパノイド特異的なプレニル化酵 素」であること、そして2つ目が植物初の:「ジプレニル化酵素」であったことです。本プロジェクトは、基礎 研究面からは酵素タンパク質の基質認識の分子機構や、複数のプレニル基を段階的に導入する:「生合成マシナ リーの解明」につながることが期待されます。応用研究としては、アルテピリン C が植物の「スマートセル」 ともいうべき「腺鱗」に蓄積する有用物質であることから(図5)、現在開発中の腺鱗増加技術と組み合わせ ることで、植物における生産向上につなげられることが期待されます。今後の課題は、特に酵母の研究におい てアルテピリン C の生産量を商業レベルで利用できるよう、さらに上昇させることが必要となってきます。
図5 「腺鱗」は有用物質の生産工場「スマートセル」
● ブラジル産プロポリスが世界最高品質と言われる所以は、活性本体がアルテピリン C であることにありま す。しかし、原料植物は南米原産であるため、応用・実用化研究に展開しようとすると、名古屋議定書のハー ドルが障害となっていました。今回、国産の野生植物を遺伝資源にしたことから、この問題は回避されました。 酵母を使って植物の有用物質を生産させる「合成生物学」は、今や世界の一大トレンドです。日本ではまだ 遺伝子組み換え生物に後ろ向きの風潮が残っていますが、石油資源に頼らない持続可能な社会に向けては、こ うしたアプローチを避けては通れないと思います。
4.研究プロジェクトについて
●本研究は、文部科学省科学研究費助成金(基盤研究 B、新学術領域:「生合成リデザイン」)、NEDO スマート セルプロジェクト、AMED、京都大学生存圏研究所ミッション研究予算のサポートを受けて実施しました。
<研究者のコメント>
● プレニル化ポリフェノール類は、ヒトの健康維持に多大なポテンシャルを持つ天然の生理活性物質の宝庫 です。これまでそれらの生合成を担う遺伝子が見つからなかったことで、応用展開がなされずに来ましたが、 この遺伝子が同定されたことで、具体的にアルテピリン C あるいはドゥルパニンの微生物生産が可能となりま した。今後、本研究成果を社会実装に向けていくのは私たち基礎研究者の力では難しく、産業界と手を組んで 進められたらと期待しています。
<用語解説>(五十音順)
カワラヨモギ:キク科の多年草。高さは1メートルほどになり、よく分枝する。葉は細かく裂けて糸状になる。 夏にヨモギに似た小さな花を多数つける。漢方では、花を「インチンコウ(茵蔯蒿)」と称し、解熱、 肝臓機能改善、消炎などの目的で使う。
p-クマル酸:フェニルプロパノイドの一種で、ベンゼン環状に水酸基を1つ持つ。フラボノイドの生合成にも 必要な化合物で、植物界の分布は広い。ただし、大量に蓄積することはあまりない。
合成生物学:植物特有の成分を、植物遺伝子を使って微生物に生産させようという代謝工学の一種。現在、世 界で一大ブームとなっている。米国のベンチャー企業「アミリス社」がアルテミシニンの前駆体を酵 母に作らせた例が有名。
腺鱗(せんりん):植物の表面にできる毛の一種で、大きさは 0.1:mm: 前後。内部に高濃度の化合物をためて いる。ミントやバジルのようなシソ科の香りは、すべて葉の上にできる腺鱗の中だけにたまっている。 アルテピリン C も腺鱗にたまる。
名古屋議定書:遺伝資源の利用と利益配分を着実に実施するための手続きを定める国際文書。2010 年(平成 22 年)に開催の生物多様性条約第 10 回締約国会議(COP10)で採択されており、開催地の名古屋に ちなんでこの名前がある。日本も批准している。
バッカリス:キク科のバッカリス属植物の総称で、低木となるものと草本のものとがある。ブラジルなど南ア メリカ大陸に広く分布する。特に、Baccharis:dracunculifolia (低木)は、ブラジルのミツバチが集 めるプロポリスの原料植物。
フェニルプロパノイド:植物界に広く分布するフェノール性化合物のグループで、ベンゼン環に炭素鎖3つが ついた化合物の総称。シナモンの香り(新なむアルデヒド)、アネトール(アニスの香り)、ユーゲノ ール(丁子の香り)はこのグループの化合物。また擦りおろしたリンゴが茶色くなる原因のクロロゲ ン酸もコーヒー酸というフェニルプロパノイドの誘導体。
プレニル:炭素数5つのイソプレンユニットのことを指す。上記の図中では赤い線で示した部分。
プロポリス:ミツバチがワックス成分を多く含む植物組織をかじり取ったもので、ミツバチは巣の目張りや修 復に利用している。産地によって、使われる植物はまちまちだが、養蜂場の地域や巣箱が置かれた位 置により、通常は1種類の植物の限られた部分だけが使われる。ロウ状の物質として巣箱から回収さ れ、機能性食品やサプリメントとして世界中で利用される。原料植物が産地によって異なるため、成 分や生理活性は大きく異なり、ブラジル産のものが効果が強いため、世界的に評価が高い。
<論文タイトルと著者>
タイトル: Isolation of Artemisia capillaris membrane-bound di-prenyltransferase:for phenylpropanoids and redesign of artepillin C in yeast (カワラヨモギからフェニルプロパノイドの膜結合型ジプレニル化 酵素の単離と酵母におけるリデザイン)
著 者: Munakata, R., Takemura, T., Tatsumi, K., Moriyoshi, E., Yanagihara, K., Sugiyama, A., Suzuki, H., Seki, H., Muranaka, T., Kawano, N., Yoshimatsu, K., Kawahara, N., Yamaura, T., Grosjean J., Bourgaud, F., Hehn, A., Yazaki, K.
掲 載 誌: Communications Biology (Nature Publishing Group)
DOI。 10.1038/s42003-019-0630-0