高活性な白金サブナノクラスター触媒の創製と構造決定に成功

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白金使用量を低減した燃料電池への応用に期待

2019-10-17 分子科学研究所

慶應義塾大学理工学部の角山 寛規 准教授、中嶋 敦 教授、およびトヨタ紡織株式会社の大沼 明 主任らは、分子科学研究所のArchana Velloth 研究員、江原 正博 教授、千葉大学大学院工学研究院の一國 伸之 教授および名古屋大学 シンクロトロン光研究センターの田渕 雅夫 教授らと共同で、白金原子6個からなるサブナノクラスター※1)の酸素還元反応(ORR; Oxygen Reduction Reaction)※2)の触媒活性が、燃料電池で用いられている現行の白金標準触媒に比べて、1.7倍程度高い質量活性※3)となることを発見し、広域X線吸収微細構造(EXAFS; Extended X-ray Absorption Fine Structure)※4)の測定と密度汎関数理論(DFT; Density Functional Theory)計算※5)により、活性の高い白金6量体の構造が双四面体※6)であることを明らかにしました。
数個から千個程度の原子・分子が集合したナノクラスターは、原子・分子より大きく、バルク※7)よりも小さく、そのどちらとも違った性質や機能をもっています。その性質が、原子数や組成、荷電状態によって制御できるため、触媒、電子デバイス、磁気デバイスなどへの応用が期待されています。特に、貴金属元素の触媒では、構成原子のほとんどを表面原子とするナノクラスターによる高活性化とともに、希少貴金属の使用量を低減させる技術が注目されています。しかし、これまで気相合成 ※8)されたナノクラスターの生成量が極めて微量であったため、その触媒活性を燃料電池に応用するという視点から評価することは極めて困難でした。
本研究グループは、サブナノスケールの白金原子の集合体である白金サブナノクラスターを大量に気相合成し、その酸素還元反応(ORR)活性と構造を評価しました。その結果、この白金6量体のサブナノクラスターが白金標準触媒に比べて高い活性をもつことを見出すとともに、その構造を実験と理論との両面から明らかにしました。これらの結果は、燃料電池の基盤技術として利用価値が高いと考えられます。本研究成果は、2019年9月26日(英国時間)に英国王立化学会の学術誌「Chemical Communications」で公開されました。

本研究のポイント
  • 燃料電池の電極触媒に用いられる白金は希少な貴金属元素であるために使用量の低減が求められてきた。
  • 数個から数百個の金属原子から構成される金属ナノクラスターの大量気相合成が可能となった。
  • 新しい合成手法により白金6量体を炭素基板に固定した担持触媒では酸素還元反応(ORR)の質量活性が白金標準触媒に比べて1.7倍程度高いことを発見した。
  • 広域X線吸収微細構造 (EXAFS; Extended X-ray Absorption Fine Structure)の測定と密度汎関数理論(DFT; Density Functional Theory)計算とから、担持白金6量体の構造が双四面体であることを明らかにした。
  • 燃料電池の低コスト化とその普及が期待される。
研究背景

新しい機能をもつナノメートル(ナノは10億分の1)サイズの構造体「ナノ物質」の創製は、科学・技術の発展を牽引する重要な基盤技術です。「ナノクラスター」と呼ばれる1ナノメートル程度の大きさのナノ物質では、バルクには見られない新しい構造様式 (化学結合状態) に基づく新奇な物性の発現が期待でき、豊かな社会を実現する物質科学を発展させる上で重要な物質群です。ナノクラスターの有望な機能の1つとして、ナノクラスターの触媒への利用があります。特に、希少な白金元素を用いる燃料電池では、その白金使用量の低減が必要であり、カソード(正極)での酸素還元反応(ORR)において、活性の高い白金ナノクラスターの電極触媒への利用が期待されていました。

本研究グループでは、金属ナノクラスターをパルスマグネトロンスパッタリング法※9)(nanojima®)によって気相中で合成する手法を駆使して、原子数が数個から数百個のナノクラスターを固体基板上にソフトランディングさせて担持させ、その物性や機能を解明する研究を進めてきました。このナノクラスターの興味深い性質の1つは、その構成原子のほとんどが表面に露出しており、反応気体と接触できることです。このため、金属原子の構成原子数が1個異なるだけで反応活性が大きく変化する特徴に加えて、金属元素の反応への利用効率が高く、ナノクラスターを触媒単位として利用すれば、希少な金属原子の使用量を大きく低減できる特徴をもっています。しかし、これまでに開発された技術では、有機合成された特殊な化合物を利用して金属クラスターを作成するために、低コスト化に制約があるばかりでなく金属クラスター本来の触媒活性が有機化合物によって損なわれる点が課題でした。この課題を克服するためには、配位子のない清浄な白金ナノクラスターを構成原子数によって精密に峻別して基板上に担持する手法によって、白金ナノクラスターの本来の触媒活性を評価して、その構造を決定することが求められていました。

研究内容・成果

◆白金ナノクラスターの担持触媒の創製と触媒活性の評価
本研究グループで開発したパルスマグネトロンスパッタリング法を用いた気相ナノクラスター作製装置(nanojima®)によって(図1)、配位子のない清浄な金属ナノクラスターを高効率で気相合成する技術を開発してきました。合成した白金ナノクラスターを四重極質量選別器※10)によって、構成原子数を精密に峻別して真空中で炭素基板上にソフトランディングすることで、白金ナノクラスター担持基板を作製します。この手法によって、白金原子6個から構成されるサブナノスケールの白金サブナノクラスターを担持した基板を、電極触媒に用いることが可能になりました。

酸素還元反応(ORR)での活性を、1気圧の酸素下の過塩素酸水溶液中において、回転ディスク電極法による対流ボルタンメトリー※11)を用いて評価しました。作成した担持白金 6量体は、現行の白金標準触媒 (粒子径: 約2-3 nm) に比べて、1.7倍程度高い質量活性 (Mass Activity (MA ) = 520 A/gPt) を示しました。
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図1 ナノクラスター合成装置の模式図

金属ナノクラスターをパルスマグネトロンスパッタリング法によって生成し、四重極質量選別器によって構成原子数を精密に峻別して真空中で固体基板上にソフトランディングする。Reprinted with permission from Zhang C.-H., Tsunoyama H., et al. J. Phys. Chem. A 117, 10211-10217 (2013). Copyright 2013 American Chemical Society.

◆白金ナノクラスターの構造評価
白金原子に関するEXAFS(図2)によるスペクトルを周期的DFT計算による構造と比較することによって、高い質量活性を示す白金6量体の構造が、双四面体(図3)であることを明らかにしました。DFT計算による電荷分布解析から、図3の構造においては、配位数の小さい白金原子上の負電荷が増大し、丸で示した2つの白金原子上のd軌道のエネルギーレベルがバルク状態に比べて上昇していました。このことから、白金6量体の高い活性は、炭素基板上への吸着によって電荷分離が生じ、ナノクラスター内の特定の白金原子のd軌道エネルギーレベルがバルク状態に比べて上昇することによって、酸素分子の吸着が起こりやすくなることに起因していると考えられます。
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図2 白金6量体のEXAFSスペクトル(青)と理論計算で得られた構造によるシミュレーション(黒)

実測スペクトルに現れる振動周期が、理論計算によって最適化された構造(図3)に基づいて得られるものによって、広い範囲で再現されている。
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図3 DFT計算による白金6量体のサブナノクラスターの構造

炭素基板上に担持された白金6量体の構造のうちで、図2のEXAFSスペクトルを再現する双四面体構造。数字は電荷分布を示しており、赤丸で囲んだ2個の白金原子は他に比べて負電荷が大きい。

今後の展開

本研究成果により、6個の白金原子のサブナノクラスターが、従来の白金標準触媒を越える活性をもつことから、白金使用量の少ない白金ナノクラスターを燃料電池の電極触媒に応用する道が拓かれました。今後は、6量体以外のサイズに対して原子数を精密に峻別した白金ナノクラスターの触媒活性を詳細に評価することによって、清浄な白金ナノクラスターがもつ触媒活性のサイズ依存性を解明する研究へと展開していきます。
白金ナノクラスターの電極触媒への利用は、白金使用量の低減を実現しつつ燃料電池が普及することを加速させる上で有効な手法です。特に、パルスマグネトロンスパッタリング法(nanojima®)によって気相中で合成する手法によって、白金ばかりでなく様々な金属元素に対して配位子のない清浄な金属ナノクラスターへの展開が図れます。本研究成果を契機として、多様な金属ナノクラスターの合成が可能となり、触媒利用をはじめとするナノクラスター物質科学の幅がますます広がることが期待されます。

※本成果は、以下の研究プロジェクトの一部として得られました。

  • 日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(A)「機能ナノクラスター単層膜の複合界面制御とその電子物性の解明」(研究代表者:中嶋敦、2015年4月~2019年3月)
  • 日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(A)「超原子周期律による精密層界面の機能物性科学」(研究代表者:中嶋敦、2019年4月~2022年3月)
  • 日本学術振興会科学研究費補助金 挑戦的研究(開拓)「ケージ状ナノクラスター複合薄膜の創製とその熱電変換特性の解明」(研究代表者:中嶋敦、2017年7月~2020年3月)
  • 日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(A)「サイズ・構造を制御したナノクラスター固定化触媒による触媒機能-構造相関の解明」(研究代表者:角山寛規、2015年4月~2018年3月)

<原論文情報>
学術誌名: Chemical Communications
論文タイトル:“Enhanced Oxygen Reduction Activity of Platinum Subnanocluster Catalysts through Charge Redistribution”

著者:Hironori Tsunoyama1, Akira Ohnuma2, Koki Takahashi1, Archana Velloth3, Masahiro Ehara3, Nobuyuki Ichikuni4, Masao Tabuchi5, and Atsushi Nakajima1
1慶應義塾大学理工学部、2トヨタ紡織株式会社、3分子科学研究所、4千葉大学大学院工学研究院、 5名古屋大学 シンクロトロン光研究センター
URL:https://doi.org/10.1039/C9CC06327G

<用語説明>

※1)白金ナノクラスター、サブナノクラスター
白金(Pt)の金属原子を数個から数百個集合させて形成される超微粒子。本研究ではPt原子6個のサブナノスケールのクラスター(サブナノクラスター)を取り上げている。

※2)酸素還元反応(ORR; Oxygen Reduction Reaction)
燃料電池の空気極であるカソード(正極)で生起する反応で、酸素分子(O2)が電子を受容してプロトン(H+)とともに水分子を生成する反応をさす。反応式では、O2+4H++4e → 2H2Oと表す。

※3) 質量活性
白金の単位質量当たりの触媒活性をさす。英語表記ではMass Activity(MA)。

※4) 広域X線吸収微細構造 (EXAFS; Extended X-ray Absorption Fine Structure)
X線吸収スペクトルにおいて、吸収端の高エネルギー側に現れる微細構造をさし、1000 eV以上にわたって徐々に減衰しながら振動する様相が現れる。X線を吸収した白金原子から生じる光電子の波が、周囲にある他の原子で散乱されると、散乱された光電子の波が白金原子のX線吸収を変調する。この変調による振動構造を解析することによって、原子の数や原子間の距離などの情報が得られる。

※5) 密度汎関数理論(DFT; Density Functional Theory)計算
電子密度から分子や原子集合体などの多体系の電子状態や構造などを計算する理論的手法をさす。この手法によって多体系は電子密度の汎関数として表現され、実験によるパラメーターを用いない第一原理計算をすることができる。現在、分子科学や物性物理の分野で広く用いられる精度の高い計算手法となっている。

※6) 双四面体
2つの四面体の一辺を共有する構造体で、三角柱に類似した構造。

※7)バルク
原子や分子が多数集合して固体や液体となった物質のことを指し、表面や界面の影響が乏しいと見なせる。

※8)気相合成
液体中に目的とする物質が存在する状態で合成する液相合成に対し、ヘリウムガスなど気体中にイオンやプラズマなどが存在する状態で合成する方法を気相合成と呼ぶ。極めて純度の高い条件下で溶媒のない雰囲気下で反応させるので不純物が混入しにくいうえ、触媒活性の高い金属元素のナノクラスターの合成に適用でき、原子数や構造を精密に制御する合成に適している。

※9)マグネトロンスパッタリング法
真空下で磁場中に置かれた金属材料(ターゲット)に、高エネルギーの気体イオンを照射して ターゲットから原子を「たたき出す」技術をさす。

※10) 四重極質量選別器
4本の金属棒の電極を同一円周上に等間隔に配置させて、これらの金属棒に互いに異なる極性の高周波電圧と直流電圧を印加することで、電極に囲まれる内部空間を通過できるイオン種の質量を選別する手法をさす。電圧の大きさを調節することで、特定の質量のイオンだけを通過させることができる。

※11)回転ディスク電極法による対流ボルタンメトリー
溶液内での対流による物質輸送の影響をできる限り避けて電気化学測定を行う方法で、ディスク形状の電極を一定速度で回転させながら電気化学測定を行うことによって、再現性の良い測定ができる方法をさす。

※ご取材の際には、事前に下記までご一報くださいますようお願い申し上げます。
※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、岡崎市政記者会、千葉県政記者クラブ、名古屋教育記者会、各社科学部等に送信させていただいております。

研究内容についてのお問い合わせ先

慶應義塾大学 理工学部 化学科 准教授 角山 寛規(つのやま ひろのり)

トヨタ紡織株式会社 新領域開拓部 主任 大沼 明(おおぬま あきら)

分子科学研究所 教授 江原 正博(えはら まさひろ)

千葉大学大学院工学研究院 教授 一國 伸之 (いちくに のぶゆき)

名古屋大学シンクロトロン光研究センター 教授 田渕 雅夫(たぶち まさお)

慶應義塾大学 理工学部 化学科 教授 中嶋 敦(なかじま あつし)

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