複数のプローブを同時に画像化する「MI-IP」を開発 ~ベータ線とガンマ線の同時計測が鍵~

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2019-12-27   理化学研究所,名古屋大学

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター健康・病態科学研究チームの福地知則研究員、渡辺恭良チームリーダー、名古屋大学大学院医学系研究科の山本誠一教授らの共同研究グループは、これまで単一のプローブ[1]しか解析できなかったベータ線イメージング装置[2]にガンマ線[3]を捉える検出器を組み込むことで、複数のプローブを同時に解析できる新装置「MI-IP(Multi-Isotope Imaging Plate)」を開発しました。

本研究成果は、高感度で定量性に優れたベータ線イメージングの応用範囲を広げ、創薬を含むライフサイエンスや植物生理学、工学等の分野で複数のプローブを解析できることにより、研究をより高度にすると期待できます。

少量の放射性プローブを画像化できるベータ線イメージングは、PET[4]による全身撮像後の組織切片観察や、植物内の低分子やミネラルの動態解析など、他の手法ではアプローチが難しい研究に力を発揮します。プローブとして用いるベータ線放出核種にはさまざまな種類の元素があり、人工的な原子核変換により作られる核種も含めるとほぼ全ての元素がプローブとして利用可能ですが、これまでの装置は複数のプローブを同時に画像化することはできませんでした。

今回、共同研究グループは、ベータ線[5]を放出する核種のうちの多くが、ベータ崩壊[5]に伴いエネルギー値が核種に固有であるガンマ線も放出することに着目し、ベータ線とガンマ線を同時計測[6]することで、複数のプローブを区別して同時に画像化する装置の開発に成功しました。

本研究は、米国の科学雑誌『Medical Physics』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(12月4日付)に掲載されました。

背景

ベータ線イメージング装置は、ベータ線を放出するプローブの分布をベータ線の入射位置検出により画像化します。近年の放射線計測技術では、ベータ線検出器に数十マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1ミリメートル)サイズのピクセル加工を施すことが可能となっており、細胞サイズ(平均20μm程度)の解像度で画像を取得できます。また、検出器を撮像対象に密着させることで高感度を実現し、試料中のごく少量の放射性プローブを観察できます。特にPET(陽電子放出断層撮影)撮像との組み合わせでは、個体レベルの薬物動態を解析した後に、切片を作製して組織レベルでのPETプローブ[4]の集積を観察できます。また、炭素や窒素、ミネラルの放射性同位体を用いた、植物の元素動態の研究にも利用されています。

ベータ線イメージング装置でプローブとして用いるベータ線放出核種にはさまざまな種類の元素があり、人工的な原子核変換により作られる核種も含めるとほぼ全ての元素を可視化できます。したがって、応用範囲が非常に広く、ライフサイエンス分野だけでなく工業分野などにもさまざまな用途で利用されています。しかし、これまでの装置はベータ線放出核種の種類を区別して検出できなかったため、複数のプローブを同時に撮像しても1種類のシグナルとしてしか画像化できませんでした。これは、ベータ崩壊においては、ベータ線とともにニュートリノ[7]が放出され3体の崩壊となるためベータ線のエネルギーは連続分布[5]となり、ベータ線検出器にエネルギー分解能を持たせても、エネルギー値による核種の識別ができないためです。

生体の内部では、複数の分子やミネラルが複雑な相互作用をしながら生命機能を維持しており、単一のプローブのみの画像化では解析に限界があります。そのため、少量のプローブで高解像度の画像が得られるベータ線イメージング装置により、複数のプローブを同時解析できる技術が望まれていました。

研究手法と成果

共同研究グループは、ベータ線(電子あるいは陽電子)を放出する核種の多くが、ベータ崩壊に伴いエネルギー値が核種に固有であるガンマ線も放出することに着目しました。ベータ崩壊には、電子を放出する「ベータマイナス崩壊」と、陽電子を放出する(または軌道電子を捕獲する)「ベータプラス崩壊」があります。

このうちベータマイナス崩壊にはニつのパターンがあり、ベータ崩壊に伴い電子のみを放出し娘核の基底状態に遷移する核種は、ガンマ線の放出を伴いません(図1A)。一方、ベータマイナス崩壊後に娘核の励起状態に遷移する核種は、娘核の励起状態から基底状態に遷移する際に「脱励起ガンマ線」と呼ばれる核種に固有のエネルギーを持つガンマ線を放出します(図1B)。また、ベータプラス崩壊では、放出された陽電子は近傍の電子と対消滅[8]を起こし、「対消滅ガンマ線」と呼ばれるエネルギーが511keV[9]のガンマ線を生成します(図1C)。したがって、これらのベータ崩壊に伴い放出されるガンマ線(脱励起ガンマ線、もしくは対消滅ガンマ線)をベータ線と同時計測することで、核種を特定できると考えられます。

ベータ崩壊の様式とそれに伴い放出される放射線の図

図1 ベータ崩壊の様式とそれに伴い放出される放射線

ベータ崩壊によるエネルギー遷移の模式図。ベータ線放出核種の親核の原子番号をZで表す。(A)電子のみ(ニュートリノ除いて)を放出するベータマイナス崩壊。(B)電子に続けて脱励起ガンマ線(核種に固有のエネルギー)を放出するベータマイナス崩壊。(C)陽電子を放出するベータプラス崩壊。放出された陽電子は近傍の電子と対消滅を起こし、対消滅ガンマ線(エネルギー511keV)が2次的に放出される。
したがって、ベータ粒子のみを放出する崩壊モードは(A)のみである。なお、いずれのベータ崩壊でもニュートリノ(反ニュートリノ)が放出されるが、ニュートリノは小さく電荷を持たないため、通常の放射線検出器では測定できない。

そこで、ベータ線イメージング用のピクセル検出器にガンマ線検出器を追加し、同時計測を可能とした「MI-IP(Multi-Isotope Imaging Plate)」のプロトタイプ装置を開発しました(図2)。この装置では、ベータ線イメージング検出器として、1枚のLa-GPSシンチレーション検出器[10](35x35x1mm3)にダイシングソーと呼ばれる加工機を用いて100μm幅の溝を掘ることで、300μm角にピクセル化したものを使用しています。また、ガンマ線検出器としては、43x43x16mm3のBGOシンチレーション検出器を使用しています。

開発したMulti-Isotope Imaging Plate(MI-IP)のプロトタイプ装置の図

図2 開発したMulti-Isotope Imaging Plate(MI-IP)のプロトタイプ装置

撮像対象をベータ線ピクセル検出器に密着させ、ベータ線の解析から対象物内のプローブ分布を検出する。さらに、上部に備えたガンマ線検出器により、ベータ線と同時に放出されたガンマ線を解析し、核種の違いを判別する。

このプロトタイプ装置を用いて、電子のみを放出する核種(カルシウム-45、45Ca)と、陽電子および消滅ガンマ線を生成する核種(フッ素-18、18F)を分布させた対象を撮像しました。ベータ線の検出イベントは、ガンマ線の同時計測を伴うものと伴わないものがランダムに生じますが、ガンマ線の同時計測を伴わないベータ線検出イベントを画像化した場合は、両方の核種が現れます(図3A)。これに対してガンマ線の同時計測を伴うイベントを抽出すると、18Fのみの画像が得られました(図3B)。これらの結果から、画像化された2種類のベータ線放出核種のうち、陽電子放出核種の特定が可能であることを実証できました。

MI-IPによる2核種(18Fと45Ca)のイメージングの図

図3 MI-IPによる2核種(18Fと45Ca)のイメージング

18Fと45Caで描いた縦18mm×横14mmの大きさの理研ロゴをイメージングした結果。ガンマ線の同時計測をせずベータ線のみで描出した画像(A)と比較して、ガンマ線の同時計測をした画像(B)では、ガンマ線を放出しない核種(45Ca)の像が消えている。

また、ともにPETプローブとして使われ、陽電子を放出するニつの核種18Fとナトリウム-22(22Na)を用いた実験では、どちらの核種も対消滅ガンマ線(511keV)を生成しますが、22Naはベータプラス崩壊後に脱励起ガンマ線(1,275keV)も放出します。そのため、ガンマ線検出器のエネルギー閾値(検出できるエネルギーの下限値)を1,000keVに設定することで22Naの脱励起ガンマ線を同時計測し、22Naの分布のみを抽出することに成功しました(図4)。

MI-IPによるPETプローブ2核種(18Fと22Na)のイメージングの図

図4 MI-IPによるPETプローブ2核種(18Fと22Na)のイメージング

(A)では両核種の分布が現れているのに対して、22Naの脱励起ガンマ線(1275keV)の検出を伴うイベントによる画像(B)では、22Naのみの分布が現れている。

今後の期待

今回開発したMI-IPは、複数のプローブの挙動を追跡する高度な解析技術として、さまざまな研究分野での応用が期待できます。共同研究グループはこれまでにも、従来のPET装置を改良し、一度の撮像で2種類のPETプローブを画像化する新しいイメージング装置「MI-PET(Multi-Isotope PET)」の開発に成功しています注)。MI-PETとMI-IPを組み合わせた解析を行えば、複数のPETプローブの動態を個体レベルから組織・細胞レベルまで同一個体で観察することが可能となります。これにより、例えば周辺の分子環境が創薬候補化合物の動態に与える影響といった、多様で複雑な生体内の分子の挙動を複数のプローブで解析することで、薬剤の作用機序に基づく合理的な化合物設計の実現が期待できます。

今後、今回のプロトタイプ装置をベースとして、より高解像度かつ撮像視野の広い装置の開発も計画しています。将来的には医療機器メーカーなどと協力し、日本発の新しいイメージング装置として製品を世界に送り出していくことで、放射線イメージング技術の高度化に資するとともに、産業界の発展にも貢献できると期待しています。

注)2017年2月15日プレスリリース「複数のプローブを同時追跡できる「MI-PET」を開発

補足説明

1.プローブ
ライフサイエンス分野においては代謝経路や細胞状態の変化、一般には分子の分布や移動などを調べるために用いられる物質の総称。蛍光物質を利用した蛍光プローブや、放射性同位体を利用した放射性プローブなどがある。

2.ベータ線イメージング装置
ベータ線は物質透過力が低いために、位置感度を持つ放射線検出器にイメージング対象を密着させることにより、ベータ線放出核種の分布を画像化することができる。フィルム式のベータ線量の積算値を画像化するものや、ベータ線一つ一つをオンラインで計測できるものなどさまざまな種類があるが、これらを総称してベータ線イメージング装置と呼ぶ。

3.ガンマ線
放射線の一種で、高エネルギーの(振動数の高い)電磁波である。原子核の励起状態が基底状態に戻る際に放出される「脱励起ガンマ線」や、陽電子-電子の対消滅などにより放出される「対消滅ガンマ線」がある。放射線の中でも、荷電粒子(陽子、電子)などと比較して物質の透過率が高い。

4.PET、PETプローブ
PET(Positron Emission Tomography;陽電子放出断層撮影)は、陽電子を放出する核種をプローブとして、生体内のプローブ分布を非侵襲で生きたまま3次元画像を得る手法。PETで利用できる陽電子放出核種、または陽電子放出核種で標識した化合物は、PETプローブと呼ばれる。薬剤などをPETプローブ化することで、薬剤の臓器への分布を個体レベルで解析したり、疾患部位に集積するPETプローブを用いて疾患診断を行ったりできる。

5.ベータ線、ベータ崩壊、(ベータ線のエネルギーの)連続分布
原子核は陽子と中性子から構成されているが、陽子と中性子の個数のバランスが悪い核種は崩壊する。中性子の数が多過ぎる核種は、高速の電子を放出して中性子が陽子に壊変する。このような崩壊をベータマイナス崩壊と呼ぶ。また、陽子の数が多過ぎる核種は、高速の陽電子を放出するか原子の軌道電子を原子核が捕獲することで、陽子が中性子に壊変する。このような崩壊をベータプラス崩壊と呼ぶ。放出される陽電子もしくは電子をベータ線と呼び、いずれの場合もニュートリノ(もしくは反ニュートリノ)を同時に放出するため3体の崩壊(娘核、ベータ粒子、ニュートリノ)となり崩壊で生じるエネルギーを分け合うため、ベータ線のエネルギーは定まらず連続的な分布となる。

6.同時計測
一つの原子核の崩壊現象で複数の放射線が発生する際、間に寿命の長い過程が入らない限り、それらの放射線はほぼ同時に放出される。これらを複数の放射線検出器により捉え、検出時刻が同じ場合、一つの崩壊現象に起因する放射線であるとする計測方法。

7.ニュートリノ
物質を構成する基本粒子(素粒子)の一つ。ベータ崩壊で放出される電子のエネルギー分布が連続となる観測事実(エネルギー保存則)から物理学者エンリコ・フェルミにより予言された。非常に小さく電荷を持たない中性であるため観測が難しく、予言から20年以上経って1956年に発見された。ベータ崩壊の際に放出されるニュートリノには、ベータプラス崩壊の際に放出される反電子ニュートリノとベータマイナス崩壊の際に放出される電子ニュートリノがある。

8.対消滅
粒子と反粒子が衝突して消滅し、エネルギーが他の粒子に変換される物理現象。陽電子が反粒子である電子と衝突すると消滅し、主に2本のほぼ180度反対方向に飛行する対消滅ガンマ線となる。このとき、対消滅ガンマ線のエネルギーは、電子と陽電子の静止質量をエネルギーに換算した511keVとなる。

9.keV
放射線のエネルギー単位。電子(e)を1ボルト(V)の電圧で加速したときのエネルギーが1eV(エレクトロンボルト)と定義される。1keVは1,000eVのことである。

10.シンチレーション検出器
ある種の結晶に放射線が入射すると発光する現象を利用した放射線検出器。用途に合わせてBGO(ゲルマニウム酸ビスマス)やNaI(ヨウ化ナトリウム)などさまざまな素材がある。現在も新しい素材の開発が行われており、La-GPS(ランタン置換パイロシリケート型結晶)は新しく開発された高発光の結晶である。

共同研究グループ

理化学研究所 生命機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム
研究員 福地 知則(ふくち とものり)
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)
チームリーダー(研究当時) 榎本 秀一(えのもと しゅういち)

名古屋大学大学院 医学系研究科
教授 山本 誠一(やまもと せいいち)

早稲田大学 理工学術総合研究所
教授 片岡 淳(かたおか じゅん)

東北大学 未来科学技術共同研究センター
准教授 鎌田 圭(かまだ けい)
教授 吉川 彰(よしかわ あきら)

研究支援

本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究B「脱励起ガンマ線計測による複数プローブ同時イメージング陽電子断層撮影法の開発(研究代表者: 福地知則)」および挑戦的萌芽研究「陽電子消滅の物理計測による新規陽電子断層撮影法の研究(研究代表者:福地知則)」の支援を受けて行われました。

原論文情報

Tomonori Fukuchi, Seiichi Yamamoto, Jun Kataoka, Kei Kamada, Akira Yoshikawa, Yasuyoshi Watanabe, Shuichi Enomoto, “Beta-ray Imaging System with γ-Ray Coincidence for Multiple-Tracer Imaging”, Medical Physics, 10.1002/mp.13947

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究ンター 健康・病態科学研究チーム
研究員 福地 知則(ふくち とものり)
チームリーダー 渡辺 恭良(わたなべ やすよし)

名古屋大学大学院 医学系研究科
教授 山本 誠一(やまもと せいいち)

お問い合わせ先

理化学研究所 生命機能科学研究センター センター長室 報道担当
山岸 敦(やまぎし あつし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

名古屋大学 総務部総務課広報室

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