加熱“その場”X線タイコグラフィを実証~合金粒子の融解過程をナノスケールで観る~

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2020-10-23 理化学研究所,東北大学

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター理研RSC-リガク連携センターイメージングシステム開発チームの高橋幸生チームリーダー(東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター教授)、石黒志客員研究員(同助教)らの共同研究チームは、微小加熱ヒーター機構付き試料メンブレンを用いた「加熱その場X線タイコグラフィ[1]により、スズ-ビスマス(Sn-Bi)合金粒子[2]の融解過程のナノスケール観察に成功しました。

本研究成果は、X線タイコグラフィを用いた触媒系・電池系などさまざまな実用材料系の反応・作動時のその場イメージング[3]に貢献すると期待できます。

X線タイコグラフィの高い空間分解能は、試料周辺の温度変化による熱ドリフト[4]を抑制することで実現されています。しかし、熱ドリフトの抑制は、高温条件下における試料観察の妨げにもなっていました。

今回、共同研究チームは、X線タイコグラフィの高空間分解能を維持しつつ、加熱条件下で試料を計測するため、試料加熱部分を最小限にした微小加熱ヒーター機構付き試料メンブレンを新たに作製しました。大型放射光施設「SPring-8[5]において、Sn-Bi合金粒子をこのメンブレンに担持させ、室温から267℃まで加熱しながらX線タイコグラフィ計測を行い、得られたデータを位相回復計算[6]により画像再構成しました。その結果、加熱によってSn-Bi合金粒子内部の共晶組織の相界面が移動、消失し、最終的に粒子が融ける様子を25ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の分解能で観察できました。

本研究は、科学雑誌『Microscopy and Microanalysis』に(8月28日付)に掲載されました。そのほか、科学雑誌『Microscopy Today』の11月号のHighlights from Microscopy and Microanalysisで紹介される予定です。

加熱その場X線タイコグラフィによるSn-Bi合金粒子融解過程のナノスケール観察の概念図の画像
加熱その場X線タイコグラフィによるSn-Bi合金粒子融解過程のナノスケール観察の概念図

背景

X線の可干渉性(コヒーレンス)[7]を利用したイメージング技術である「X線タイコグラフィは、高い空間分解能と広い視野を実現できるX線顕微法であり、放射光施設を中心に研究開発が進められています。X線タイコグラフィは、レンズを用いて試料像を結像する従来のX線顕微法とは異なり、試料の回折強度パターンに位相回復計算を実行して試料像を再構成します。そのため、これまでレンズ性能によって制限されてきたX線顕微法の空間分解能を飛躍的に向上させることができます。

これまで理研では、X線タイコグラフィによる試料の高空間分解能観察を目指した研究を推進し、世界最高水準の性能を実現してきました注1)。高空間分解能の達成のためには、試料周辺の熱ドリフトを抑制するために、試料の温度を精密に管理する必要がありました。近年、放射光計測では、触媒系や電池系などが実際に反応している際の試料の構造変化を観察する「その場(In situ/Operando)計測への応用が展開されており、多くの場合、試料を数百℃以上の温度に加熱することが求められます。したがって、試料を加熱する際、試料周辺の熱ドリフトをいかにして抑制するかが課題となっていました。

注1)2016年2月17日プレスリリース「コヒーレントX線の高効率利用法を提案・実証

研究手法と成果

今回、共同研究チームは、計測試料の加熱範囲を最小限に抑えるため、専用の微小加熱ヒーター機構付き試料メンブレンを新たに作製し、それを用いてX線タイコグラフィ計測を行いました。

図1に、作製した微小加熱ヒーター機構付き試料メンブレンの顕微鏡写真と加熱時の顕微サーモグラフィ画像を示します。通常試料のマウントに用いられる厚さ1マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)のシリコン窒化(SiN)薄膜メンブレンチップの透過窓領域の上に、ヒーターとして加熱される白金(Pt)の細線をイオンプレーティング法[8]により作製しました。このヒーター付きメンブレンチップに真空雰囲気下で直流電流を加えると、与えた電流量に応じてメンブレン透過窓部が再現性良く加熱されることが示されました。

微小加熱ヒーター機構付き試料メンブレンの図
図1 微小加熱ヒーター機構付き試料メンブレン

左:微小加熱ヒーター機構付き試料メンブレンの光学顕微鏡写真。

右:真空チャンバー中、外部直流電流を0~0.097 Aまで加えたときの試料メンブレンの顕微サーモグラフィ画像。この画像の中心温度から電流-試料温度の検量線を算出した。電流量に応じて、メンブレン透過窓部が再現性良く加熱されることが示された。


作製した微小加熱ヒーター機構付き試料メンブレン上に、スズ-ビスマス(Sn-Bi)合金粒子を担持したものを観察試料として、図2の概略図に示す実験構成により、大型放射光施設「SPring-8の理研専用ビームラインBL29XUで加熱その場X線タイコグラフィ計測を行いました。具体的には、外部直流電流を制御することで試料温度を室温から267℃の範囲で加熱しつつ、各温度でSn-Bi合金粒子400ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の走査間隔で二次元走査しながら回折パターンを測定しました。

加熱その場X線タイコグラフィ計測実験の概略図の画像
図2 加熱その場X線タイコグラフィ計測実験の概略図

左上:SPring-8 BL29XUビームラインでのその場X線タイコグラフィ計測系の概略図

右下:微小加熱ヒーター機構付き試料メンブレン上に分散担持させたSn-Bi合金粒子。その右下の四角形は、X線タイコグラフィ位置合わせ用に加工した参照穴。


得られた回折パターンデータに位相回復計算を実行すると、各試料温度でSn-Bi合金粒子の再構成位相像を25nm空間分解能で得ることができ、試料の熱ドリフトの影響を最小化することに成功しました(図3)。Sn-Bi合金は、室温付近でBiが多い相とSnが多い相が混在した共晶組織を形成することが知られており、室温でのSn-Bi合金粒子はその共晶組織を反映した位相コントラストを示した球形をしています。試料温度を室温から徐々に上げていくと、135℃では粒子の球形は維持されているものの、内部の共晶組織の界面の位置が動いていき、151℃で最終的に一つの均一な結晶相に変化する様子を観察できました。さらに加熱すると、167℃では粒子の球形が崩れ、Sn-Bi合金が外部へ融解していく様子を捉えることに成功しました。

 加熱融解過程におけるSn-Bi合金粒子の構造変化の図
図3 加熱融解過程におけるSn-Bi合金粒子の構造変化

上段:Sn-Bi合金粒子(初期状態)のSEM(走査電子顕微鏡)像とSEM-EDS(エネルギー分散型X線分析装置付き走査電子顕微鏡)像。SEM-EDS像の赤の部分はBiが多い相、緑の部分はSnが多い相を示す。

中段:加熱条件下でのSn-Bi合金粒子のその場X線タイコグラフィ再構成位相像。

下段:再構成位相像から算出した試料全体に対するBi原子数比イメージ。76℃と135℃で、黒矢印で示す共晶組織内のBiが多い相(黒)とSnが多い相(白)の界面が動いている様子が観察された。151℃では、共晶組織が完全に消失していることが分かる。中段の167℃では、合金粒子の球形が崩れ、外部領域に融解している様子が観察されている。

今後の期待

本研究では、微小加熱ヒーター機構付きメンブレンを用いたその場X線タイコグラフィ計測により、Sn-Bi合金粒子の融解過程のナノスケール観察に初めて成功しました。本研究では、その場計測の重要な要素のうち「加熱」についての実証を行いましたが、現在、X線タイコグラフィ計測の強みである高空間分解能を維持しつつ、特定の気体雰囲気下・電気化学操作下での計測を実現できる試料セルの開発を進めています。

今後、その場X線タイコグラフィは、さまざまな実用材料系の広視野・高分解能の環境イメージングへ応用されると期待できます。

補足説明

1.X線タイコグラフィ
コヒーレントX線回折イメージング手法の一つ。X線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各走査点からのコヒーレント回折パターンを測定する。そして、回折パターンに位相回復計算を実行し、試料像を再構成する手法。

2.スズ-ビスマス(Sn-Bi)合金
鉛フリーはんだの一つとして知られる共晶合金。Sn/Biの組成比に応じて幅広い融点の合金を作り出すことができる。

3.その場イメージング
イメージング装置の中で試料に反応を生じさせ、その様子をリアルタイムにイメージングすること。

4.熱ドリフト
試料や装置の温度が変化することによって、試料や装置が熱膨張、熱収縮し、観察領域が勝手に動くこと。

5.大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。その利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。

6.位相回復計算
光の強度情報から光の位相情報を回復する計算。反復法が用いられることが多い。

7.可干渉性(コヒーレンス)
波と波が重なり合うとき、打ち消し合ったり、強め合ったりする性質。

8.イオンプレーティング法
蒸発粒子をプラズマ中を通過させることで、プラスの電荷を帯びさせ、基板にマイナスの電荷を印加して蒸発粒子を引き付けて堆積させる成膜法。

共同研究チーム

理化学研究所 放射光科学研究センター
理研RSC-リガク連携センター イメージングシステム開発チーム
研修生 東野 嵩也(ひがしの たかや)
(研究当時 大阪大学 大学院 工学研究科 博士前期課程)
研修生 広瀬 真(ひろせ まこと)
(研究当時 大阪大学 大学院 工学研究科 博士後期課程)
客員研究員 石黒 志(いしぐろ のぞむ)
(東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 助教)
チームリーダー 高橋 幸生(たかはし ゆきお)
(東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授)

研究支援

本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(S)「多次元X線タイコグラフィによる次世代放射光顕微分光プラットフォームの構築(研究代表者:高橋幸生)」の支援を受けて行われました。

原論文情報
  • Nozomu Ishiguro, Takaya Higashino, Makoto Hirose and Yukio Takahashi, “Nanoscale Visualization of Phase Transition in Melting of Sn?Bi Particles by In situ Hard X-ray Ptychographic Coherent Diffraction Imaging”, Microscopy and Microanalysis10.1017/S1431927620024332
発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 理研RSC-リガク連携センター イメージングシステム開発チーム
客員研究員 石黒 志(いしぐろ のぞむ)
(東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 助教)
チームリーダー 高橋 幸生(たかはし ゆきお)
(東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東北大学 多元物質科学研究所 広報情報室

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