核変換のための基盤データの信頼性を大幅に向上

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原子核反応データと計算科学で放射性廃棄物の課題へ挑む

2019-08-30   日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 原子力発電に伴い発生する長寿命核分裂生成物(LLFP)の有害度低減・資源化に向けて、加速器を用いた核変換システムが注目されている。しかしLLFPは不安定な放射性核種であるため、核変換システムの概念設計で鍵となる「核反応の起こりやすさ(核反応断面積)」を定量的に把握することは困難であった。
  • 日本原子力研究開発機構を中心とする研究グループは、原子核の変形効果など、最新の核物理学からの知見を取り入れた新たな理論計算手法を開発し、LLFPに対する核反応断面積の計算予測精度を世界で用いられている従来手法と比べて2倍以上向上させた。
  • さらに、開発した理論計算手法を適用し、陽子・中性子を用いたLLFPの核変換研究に重要なデータの信頼性を高めた核反応データライブラリ「JENDL/ImPACT-2018」を整備・公開した。今後、LLFP核変換システムの概念設計に資する基盤データとして国内外で利用されることにより、高レベル放射性廃棄物の低減・資源化に向けたイノベーションの創出が期待される。

核変換のための基盤データの信頼性を大幅に向上

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)原子力基礎工学研究センター核データ研究グループの国枝賢研究主幹、湊太志研究副主幹らは、使用済み燃料中に存在する長寿命核分裂生成物(LLFP)1)と、照射する陽子・中性子との核反応の起こりやすさ(核反応断面積)を理論的に予測する新たな計算手法を開発し、従来手法と比較して信頼性を2倍以上向上させました。 また、この手法に基づいて算出した核反応断面積を収録した核反応データライブラリ「JENDL/ImPACT-2018」2)を整備しました。令和元年8月30日に、研究グループのホームページより一般に公開します。

本開発は、内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が2018年度まで主導した革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化(藤田玲子プログラム・マネージャー)」の一環として行われたものです。

長い寿命をもった不安定な放射性原子核へ、陽子や中性子等を照射することにより核反応3)を起こさせ、安定ないし短寿命の原子核に変換することを「核変換」と呼びます。この核変換を用いて、放射性廃棄物の一種であるLLFPの有害度を低減させることを目的とした基礎研究が国内外で行われています。また、核変換されたLLFPを資源化しようとする研究も進められています。

核反応断面積は、標的となる原子核の種類だけでなく、照射する陽子や中性子のエネルギーにも強く依存します。そのため、核変換に用いる陽子や中性子のエネルギーを適切に選択することが大切になります。その最適化には、シミュレーション計算に基づく検討が必須であり、その入力として信頼性の高いLLFPと陽子・中性子との核反応断面積が必要です。しかし、LLFPの核反応断面積を調べた測定実験は極めて少なく、LLFPに対する信頼性の高い核反応断面積データベースを整備することが困難でした。

この課題を解決するため、原子核の変形効果や中性子と原子核との反応で見られる共鳴効果など最新の核物理学の知見を反映し、核反応断面積の理論計算手法の改良に取り組むことで、核反応断面積を高精度に予測できる核データ評価4)手法を開発しました。開発した核データ評価手法により導出された核反応断面積は、本ImPACTプロジェクトの一環として理化学研究所で測定されたLLFPの核反応断面積を、これまで国内外で用いられてきた従来の評価手法よりも2倍以上高精度で再現しています。この手法を基に、陽子・中性子を用いたLLFPの核変換に重要な核反応断面積を収録したデータベース「JENDL/ImPACT-2018」を整備しました。JENDL/ImPACT-2018によって、核変換システムのシミュレーション計算による諸量評価の信頼性が高まり、LLFP核変換システム概念の最適化研究を進展させることが期待されます。また、本成果と計算科学に基づくシミュレーションを組み合わせることにより、国内外の研究機関、大学やメーカーにおいて、 高レベル放射性廃棄物の低減・資源化に向けたイノベーションを創出することが期待されます。

核反応データライブラリは以下のホームページより8月30日に公開する予定です。
https://wwwndc.jaea.go.jp/ftpnd/jendl/jendl-impact-2018.html

本研究成果は、「日本原子力学会英文論文誌 Journal of Nuclear Science and Technology」に掲載(電子版は8/30に公開)される予定です。

主な研究開発者

原子力基礎工学研究センター
核データ研究グループ
国枝 賢
原子力基礎工学研究センター
核データ研究グループ
湊 太志

本成果は、以下のプログラム・研究開発課題によって得られました。

内閣府 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)プログラム・マネージャー:藤田 玲子

研究開発プログラム:核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化

研究開発課題:長寿命核分裂生成物の標準的核反応評価データベースの構築

研究開発責任者:岩本 修

研究期間:平成26年度~平成30年度

<藤田 玲子 プログラム・マネージャーのコメント>

 

ImPACTプログラム「核変換による高レベル放射性廃棄物の大幅な低減・資源化」では、高レベル放射性廃棄物に含まれる長寿命核分裂生成物(LLFP)を分離回収し、核変換を行うことにより、廃棄物をリサイクルして資源化する日本独自の技術を提案することを目指して活動してまいりました。これまで、イノベーションに繋がる可能性のある数々の研究成果を上げており、今後も引き続き取り組むべき研究テーマであると考えております。

陽子・重陽子を用いた加速器により核変換を効率的に行うためには種々の入射エネルギーにおける放射性核種の核変換のデータを取得し、そのデータをデータベースとして保管、公開する必要があります。理研のRIBFを用いると放射性のLLFPターゲットを準備しなくてもLLFPのビームが得られるので逆運動学法により多くの核反応データを測定することができます。JAEAのJ-PARCやRIBFで測定した多くの重陽子・陽子などの核反応データをもとにデータベース“JENDL/ImPACT-2018”を世界で初めて開発し、公開しました。本成果は、高レベル放射性廃棄物の低減・資源化へ向けた大きな1歩になると考えています。

【研究開発の背景と説明】

原子炉の運転に伴って発生する使用済み燃料には、高い放射能レベルの素となる放射性同位体5)が含まれ、何世代にもわたって環境に害となる放射線が発生します。そのため日本では、人間が生活する環境から離れた安定な地層にそれらの放射性同位体を処分することになっています。一方で、長寿命の放射性同位体であるLLFPを放射能のない安定同位体へ核変換する研究やLLFPに含まれるジルコニウムやパラジウムなどの有用なレアメタル元素を有効利用する研究も行われてきました。

LLFPの核変換手法として、加速器で生成される陽子や中性子をLLFPに照射する方法があります(図1)。核変換システムの設計には、核変換効率を高めるための標的形状や照射する陽子・中性子のエネルギーの最適化、さらにはLLFP標的中の発熱分布や核変換による二次生成核種生成量など、諸量を検討する必要があります。

このような諸量評価を定量的に行うためには、LLFP標的中の陽子・中性子の輸送や核反応の頻度、さらに核反応生成物の発生量などを予測するシミュレーション計算が行われます。このような計算を適切に行うには、陽子・中性子のLLFP標的に対する信頼性の高い核反応断面積のデータが必要となります。しかし、LLFPや核変換による二次生成核種のほとんどは不安定であり高い放射線量を持っているため、核反応断面積の測定は困難で、測定データは皆無であるか、あっても信頼性は低いものでした(図2上)。このような背景から、LLFPおよび二次生成核種と、陽子・中性子との信頼性の高い核反応断面積を求めるため、新たな核データ評価手法を開発し、高精度の核反応データライブラリ「JENDL/ImPACT-2018」の作成に適用しました(図2下)。

図1 中性子や陽子によるLLFPの核変換イメージ図

図2 核変換システム概念設計におけるこれまでの課題と本研究による成果の概念図

【研究の手法と得られた成果】

LLFPや二次生成核種のように既存の測定データが少ない核反応断面積を評価するには、核反応の理論モデルを用いた数値計算によって核反応断面積を予測する必要があります。従来の理論モデルでは、安定な原子核から得られる半経験的な式やパラメータを用いていました。そのため、LLFPや二次生成核種などの不安定な原子核に対して、これまでの核データ評価手法が適用できるか否か不明でした。

そこで私たちは、最新の核物理学の知見に基づき、核反応に大きく影響する以下の3項目を理論モデルに導入することで、従来よりも高精度な核反応断面積を導出できる核データ評価手法を開発しました。

① 低いエネルギーを持つ中性子を照射させた時に起こる共鳴吸収の断面積を予測するために、中性子と原子核との共鳴に関する統計的性質を利用した疑似共鳴断面積6)を導入しました。

② 核反応に伴い瞬時に発生するガンマ線の生成確率を高い精度で予測するために、最新の核構造モデルを用いた計算結果を導入しました。

③ 原子核のエネルギー準位密度を予測するために、原子核の変形効果を考慮した新しい核構造モデルを導入しました。

さらに私たちは、本ImPACTプロジェクトにより最近理化学研究所で測定されたジルコニウム93(93Zr)およびパラジウム107(107Pd)ビームと陽子標的に対する核反応断面積の測定データをもとに、核反応モデルの改良を実施しました。

開発された核データ評価手法により導出した二次生成核種を生成する核反応断面積について、既存の核反応データライブラリ(TENDL-20177))および測定データを比較した結果を図3(107Pdビームによる陽子標的との核反応)に示します。従来のTENDL-2017と比べて、測定データをよく再現していることが分かります。同位体ごとの測定データとの差異から、本成果はTENDL-2017と比較して、2倍以上精度が向上していることが分かりました(補足資料)。

図3 理化学研究所で実施された107Pdビーム(196 MeV)を陽子標的に衝突させた時の二次生成核種を生成する核反応断面積(196 MeVの陽子ビームを107Pd標的に照射した場合と同等)
Wangらの実測データ(○)とJENDLの評価データ(赤線)は、よく一致している。

本研究開発では、このように信頼性を高めた核データ評価手法を適用し、93Zrと107Pdに加えて、さらにセレン79と(79Se)とセシウム135(135Cs)の核データ評価も実施しました。そして、陽子と中性子の入射エネルギー200 MeVまでを網羅する核反応データを収録したJENDL/ImPACT-2018を完成させました。このファイルの中には、LLFPのみならず、核変換で発生が予想される二次生成核種(159核種)の核反応断面積も収録されています。

図4は、例として、整備したJENDL/ImPACT-2018を用いて核変換のシミュレーションを行った結果です。107Pdを核変換した際に生成される安定核種や放射性核種の割合が、陽子のエネルギーによってどのように変化するかを示しています。シミュレーション計算には、粒子輸送モンテカルロシミュレーションコードPHITS8)を用いました。JENDL/ImPACT-2018によって、このような核変換シミュレーション計算が高い信頼性を持って行えるようになりました。今後は、入射粒子のエネルギーなどシステムを決定づける主要なパラメータを変化させ、シミュレーション計算を実施することで、陽子・中性子を用いたLLFP核変換システムの最適化が進展していくものと期待されます。

図4 JENDL/ImPACT-2018を用いた核変換シミュレーションの結果。107Pdを100 MeVおよび200 MeVの陽子によって核変換したときの二次生成核種の生成割合
LLFPである107Pdが核変換されたもののうち、その大部分(99%以上)が安定核種と半減期10年未満の短寿命の放射性核種となっていることが分かる。ただし、エネルギーが高くなると、半減期10年以上の放射性核種の生成割合が増加している。

【今後の予定】

今回開発したJENDL/ImPACT-2018は、陽子・中性子を用いた核反応による生成核種の予測精度を高めたものであり、LLFPの核変換システム研究や資源化研究に資することが期待されます。さらに、核物理学の最新知見を導入して開発した本評価手法はLLFP以外にも適用可能な汎用性の高いものであり、重陽子を用いた中性子源の開発研究や医療用陽子加速器施設の放射化量評価などに必要なデータベースの構築に反映させたいと考えています。

【論文名】

JENDL/ImPACT-2018: A New Nuclear Data Library for Innovative Studies on Transmutation of Long-lived Fission Products

Satoshi Kunieda1, Naoya Furutachi1, Futoshi Minato1, Nobuyuki Iwamoto1, Osamu Iwamoto1, Shinsuke Nakayama1, Shuichiro Ebata2, Toru Yoshida3, Kenji Nishihara1, Yukinobu Watanabe4 and Koji Niita3

1) Nuclear Data Center, Japan Atomic Energy Agency, Ibaraki 319-1195, Japan

2) Graduate School of Biomedical Science and Engineering, Hokkaido University, Sapporo 060-8638, Japan

3) Research Organization for Information Science and Technology, Tokai, Japan

4) Department of Advanced Energy Engineering Science, Kyushu University, Fukuoka 816-8580

【補足資料】

◎どのくらい予測精度が上がったのか?

図3を基に、核反応データライブラリ(JENDL/ImPACT-2018, TENDL-2017)と測定データとのずれの平均値 S(0に近いほど精度が高い)

を計算した。その結果、

となった。この結果からJENDL/ImPACT-2018は、TENDL-2017と比較して、2倍以上の精度向上を達成している。

<用語解説>

1) 長寿命核分裂生成物(LLFP)

核分裂生成物(FP: fission products)とは、中性子などをウラン235等の核分裂性核種に照射した際、分裂により生成される核種の総称であり、代表的なものにストロンチウム90やセシウム137がある。その中で特に半減期の長い核種のことを長寿命核分裂生成物(LLFP: long-lived fission products) と呼ぶ。主なLLFPとして、以下がある(カッコ内は半減期を表す)。

セレン79(32.7±2.8万年)
ジルコニウム93(161±5万年)
テクネチウム99(21.11±0.12万年)
パラジウム107(650±30万年)
スズ126(23.0±1.4万年)
ヨウ素129(1570±40万年)
セシウム135(230±30万年)

2) JENDL

JENDLは日本で開発している核データライブラリであり、放射線と原子核との核反応や原子核の崩壊に関するデータなどを収録している。原子炉のシミュレーションで必要となる中性子による核反応のデータを収録したJENDL-1が最初のバージョンとして1977年に公開され、2010年に最新版のJENDL-4.0が公開されている。また、原子炉以外の様々な応用のための核データライブラリも開発されて、特殊目的ファイルとして公開されている。これらのライブラリは、原子炉や加速器の安全設計等において国内外の研究機関や大学、メーカー等で利用されている(JENDL-4.0論文については、約900件の他論文から参照されている)。なお、本成果であるJENDL/ImPACT-2018も特殊目的ファイルの一つとなる。

3) 核反応

中性子や陽子などの入射粒子が、標的となる原子核と衝突して生じる反応の総称。代表的なものとして、散乱、吸収、核分裂がある。核反応の起こりやすさは、標的となる核種、核反応の種類、入射粒子のエネルギーに大きく依存する。一般的に入射エネルギーが大きくなると、複数の粒子が原子核から放出され、様々な種類の核種が生成される。これらの核反応過程は多様かつ複雑である。LLFPを標的とする核反応の測定データは極めて少なく、信頼性が乏しい状況にあった。なお、核反応の起こりやすさは、核反応断面積という面積の次元を持つ物理量で定量的に表現される。

4) 核データ評価

核データ評価とは、測定データや理論モデルの知見を組み合わせ、最適な核反応データを導出する過程の総称である。評価は、測定データが十分に存在する場合には、測定された値に基づいて行われる。しかし、測定データが十分でない場合には、理論モデルを用いて補間あるいは導出される。また、測定データには測定に関わる不確かさや、測定グループによって異なる値が与えられていることもあるため、統計学的手法を適用するとともに、測定データのある他の核反応との整合性を確認するなど、総合的な判断により核反応データは決定される。これら一連の過程を核データ評価と呼ぶ。評価された核反応データは、包括的なデータセットであるライブラリとしてまとめられ、シミュレーション計算に適用される。代表的な核反応データライブラリとして、我が国のJENDL、米国のENDF/B、欧州のJEFFがある。

5) 放射性同位体

ある元素の同位体のうち、不安定であるために崩壊して放射線を放出する同位体のことを指す。例えばパラジウム元素では以下のように質量数で分類される。

パラジウム元素の安定同位体:102、104、105、106、108、110(安定、天然に存在) パラジウム元素の放射性同位体:103、107、109など(不安定、核反応等で生成)

6) 擬似共鳴断面積

陽子および中性子と原子核の反応には、極端に核反応断面積が大きくなる特定のエネルギーが存在する。このときのエネルギーを共鳴エネルギー、その核反応断面積を共鳴断面積と呼ぶ。特に、中性子と原子核の反応の場合は、共鳴エネルギーとその共鳴断面積の幅がそれぞれ、ある統計分布に従って現れることが知られている。この統計分布と、モンテカルロ法用いたランダムサンプリングにより擬似的に求めた共鳴断面積のこと。

7) TENDL-2017

2017年に公開されたIAEAやスイスなどの研究者が共同で開発している放射線と原子核との核反応データを収録した核反応データライブラリのこと。核反応の従来理論モデルによる数値計算をベースにしており、安定な原子核のみならず、安定核から離れた多くの不安定な原子核の核反応データを収録している。

8) PHITS

標的に照射された陽子や中性子などは、ある確率をもって様々な反応を起こす。その反応過程は複雑であるため、粒子の飛跡を確率的に追跡するようなシミュレーションが必要となる。このシミュレーションの方法として、粒子輸送モンテカルロ法が広く使われており、PHITSはそのシミュレーションコードの一つである。

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