人工知能を用いた簡便な白血病の薬剤耐性検査法を開発

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2019-07-10   東京大学

小林 博文(化学専攻・特別研究員/Chan Zuckerberg Biohub・博士研究員)
雷 誠(化学専攻・特任助教/武漢大学工業科学研究院・教授)
安本 篤史(医学系研究科臨床病態検査医学分野・助教)
矢冨 裕(医学系研究科臨床病態検査医学分野・教授)
合田 圭介(化学専攻・教授/武漢大学工業科学研究院・非常勤教授)

発表のポイント

  • 毎秒百万細胞以上の細胞を無標識に高速撮影する特殊な明視野顕微鏡を開発し、その技術で撮影した画像を深層学習を用いて解析することで、血液の希釈や溶血を必要としない、採血した全血の白血病細胞の薬剤耐性評価を可能にした。
  • 本技術により、従来の検査法で必要であった希釈や溶血、分離、標識など多くの前処理を行わずに薬剤耐性の評価ができるようになった。
  • 迅速・簡便・安価な白血病の薬剤耐性検査への応用とともに、薬剤耐性を治療前に把握することで患者に合った投薬ができるため、個別化医療への展開が期待される。

発表概要

内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)、日本学術振興会研究拠点形成事業、日本学術振興会特別研究員奨励費、ホワイトロック財団研究開発助成の一環として、東京大学大学院理学系研究科の小林博文特別研究員、雷誠特任助教、合田圭介教授らは東京大学大学院医学系研究科の安本篤史助教、矢冨裕教授と協力して、マイクロ流体チップ(注1)上を毎秒百万細胞以上のスループットで流れる多数の血液細胞を特殊な高速明視野顕微鏡を用いて無標識で連続撮影し、抗がん剤によって生じた白血病細胞の微妙な形態学的変化(注2)を深層学習を用いて高精度に検出することで、白血病細胞の薬剤耐性を全血中で評価することに成功しました。これまでの血液検査で必要であった希釈や溶血、分離、標識などの多くの前処理を必要としない、迅速・簡便・安価な白血病の薬剤耐性検査を可能にする技術を確立しました。本技術を実際に白血病患者の血液検体の検査に応用したところ、白血病患者と健常人の間で白血球の薬剤耐性に差があることが見出され、臨床応用への展開が期待されます。

本研究成果は、2019年7月9日(英国時間)に王立化学会(Royal Society of Chemistry)のジャーナル「Lab on a Chip」のオンライン版で公開されました。

発表内容

① 研究の背景・先行研究における問題点
白血病治療では、極めて強力な化学療法を施す必要があり、患者の身体に大きな負担がかかります。慢性骨髄性白血病など一部の白血病では特異的遺伝子診断に基づく分子標的療法により、患者に優しい個別治療が可能となりましたが、他の多くの白血病では患者ごとに最適な治療薬を決めるための客観的な指標が存在しないため、依然、従来からの型どおりの化学療法が実施されています。そのため、薬剤の副作用による患者負担が大きく、治療適用可能な患者も狭められています。近年、個々の細胞の機能を直接測定するファンクショナル・アッセイが白血病の精密医療の一つとして注目されています。しかし、現在のファンクショナル・アッセイは蛍光標識した細胞を撮影するものが多く、様々な制約を受けることがあります。例えば、蛍光撮影は撮影速度が遅く、溶血や標的細胞の濃縮など前処理をする必要があるため、全血をそのまま測定することはできません。また、蛍光標識自体も高価であり、医療診断の一つとして利用するには、費用と時間、手間を必要とします。

② 研究内容
白血病の薬剤耐性検査法の全体的なワークフローを図1で示します。本研究ではまず、オプトフルイディック・タイムストレッチ顕微鏡(図2)と呼ばれる特殊な高速明視野顕微鏡(注3)を用いてマイクロ流体チップ上を毎秒百万細胞以上のスループットで流れる多数の血液細胞を無標識で連続撮影します。抗がん剤によって生じた白血病細胞の微妙な形態学的変化を,撮影した画像から深層学習により高精度に検出することで、白血病細胞の薬剤耐性を採血した全血中で評価することに成功しました(図1)。

人工知能を用いた簡便な白血病の薬剤耐性検査法を開発

図1. 白血病の薬剤耐性検査のワークフロー。採血した血液サンプルに抗がん剤を加え、24時間待ちます。その後、オプトフルイディック・タイムストレッチ顕微鏡を用いて白血病細胞の画像を取得し、深層学習を用いることで、白血病細胞の形態学的変化及び薬剤耐性を評価します。

図2. 高速明視野細胞撮影に用いたオプトフルイディック・タイムストレッチ顕微鏡。

さらに、深層学習を活用し、赤血球や白血球に混ざった白血病細胞を画像の中から識別できるようにしました。深層学習では、エンコーダー(Encoder)とデコーダー(Decoder)呼ばれる二組の畳み込みニューラルネットワーク(注4)を利用し、画像から特徴量を抽出することにより薬剤耐性を評価します。エンコーダーで抽出された特徴量が細胞の形を十分捉えていることを保証するために、デコーダーがこの特徴量を使ってもう一度入力画像を復元できるようにしています。特徴量の情報量は入力画像よりも遥かに少ないため、厳選された特徴量しか抽出されません。この方法を実際の白血病患者の血液適用し、白血病患者の白血球が健常人の白血球よりも薬剤応答性が高いことがわかりました(図3)。

図3. 高速明視野顕微鏡と深層学習による薬剤耐性検出と白血病細胞の識別。(a)薬剤耐性のあり/なしの2種類の白血病細胞をそれぞれ人の全血に混ぜて、高速明視野顕微鏡を用いて毎秒百万細胞以上のスループットで撮影しました。深層学習を用いて、薬剤による形態学的変化を評価し、薬剤耐性の有無を検出することに成功しました。(b)深層学習を用いて、赤血球と白血球に混ざった白血病細胞を識別することに成功しました。(c)白血病患者の白血球と健常者の白血球で形態学的変化の差を検出し、臨床での薬剤耐性検出の可能性を示しました。

この結果から、本研究で得られた技術は実際の臨床検体に対しても利用できることが示され、無標識による薬剤耐性検査の実用に向けた大きな前進となりました。

③ 社会的意義・今後の予定
本研究では、最もよく使われる1種類の抗がん剤に対して薬剤耐性の評価を行いましたが、本技術を用いて様々な薬剤に対しても同様に薬剤耐性評価を行うことができると期待されます。多くの薬剤に対して形態学的変化のデータベースを構築すれば、広範囲な無標識血液検査を行うこともできると期待されます。また、白血病患者以外の血液細胞に適用することにより、様々な疾患に対する迅速な検査の実現も期待されます。近年、深層学習の分野における進歩は凄まじく、高度な深層学習モデルを導入すれば、例えば、異なる薬剤を混合した際の効き目を評価するなどの、より高度な解析をすることもできます。本技術を用いることにより、患者ごとの薬剤耐性を無標識の血液サンプルから迅速に調べることができるため、これまでの個別化医療の定石であったバイオマーカー(注5)に頼らない、新たな個別化医療を可能とする技術として精密医療を促進させる可能性を秘めています。

本研究チームは、以下のメンバーで構成されています。

小林博文(東京大学大学院理学系研究科化学専攻・特別研究員/Chan Zuckerberg Biohub・博士研究員)、雷誠(東京大学大学院理学系研究科化学専攻・特任助教/武漢大学工業科学研究院・教授)、Yi Wu(トロント大学コンピューターサイエンス専攻修士課程・学生/インターン)、黃俊融(国立交通大学大学院光電所電気学院博士課程・学生/訪問学生)、安本篤史(東京大学大学院医学系研究科臨床病態検査医学分野・助教)、常名政弘(東京大学大学院医学系研究科臨床病態検査医学分野・副技師長)、李文軒(カーネギーメロン大学コンピューターサイエンス専攻学士課程・学生)、呉雲昭(東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程・学生)、Yaxiaer Yalikun(理化学研究所集積バイオデバイス研究チーム・客員研究員/奈良先端科学技術大学大学院物質創成科学領域・准教授)、姜逸越(東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程・学生)、郭宝山(東京大学大学院理学系研究科化学専攻・特別研究員)、孫家偉(国立交通大学大学院光電所電気学院・教授)、田中陽(理化学研究所集積バイオデバイス研究チーム・チームリーダー)、山田誠(京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻・准教授)、矢冨裕(東京大学大学院医学系研究科臨床病態検査医学分野・教授)、合田圭介(東京大学大学院理学系研究科化学専攻・教授/武漢大学工業科学研究院・非常勤教授)で構成されています。

発表雑誌

雑誌名
Lab on a Chip論文タイトル
Intelligent whole-blood imaging flow cytometry for simple, rapid, cost-effective drug-susceptibility testing of leukemia著者
Hirofumi Kobayashi, Cheng Lei*, Yi Wu, Chun-Jung Huang, Atsushi Yasumoto, Masahiro Jona, Wenxuan Li, Yunzhao Wu, Yaxiaer Yalikun, Yiyue Jiang, Baoshan Guo, Chia-Wei Sun, Yo Tanaka, Makoto Yamada, Yutaka Yatomi, and Keisuke Goda*

DOI番号
10.1039/C8LC01370E

論文URL

用語解説
注1 マイクロ流体チップ

断面の幅と高さが数十〜100マイクロメートルの流路を載せたチップを指す。ここでは、直径が数十マイクロメートルの細胞を高速に流すために使われる。

注2 形態学的変化

一般的に言えば、細胞の形の変化を指す。細胞に対して薬剤が効力を発揮すると、細胞の形に変化が起きる。本研究では、細胞の輪郭だけでなく、細胞内の模様なども含め、画像から出来るだけ情報を引き出し、細胞に起きた形の変化を評価する。

注3 高速明視野顕微鏡

明視野顕微鏡は、細胞に光を当て、細胞を通過した光から細胞の画像を得る顕微鏡を指す。市販の高速度カメラを使って高速明視野顕微鏡を構成することも可能だが、本研究では図1の模式図及び図2の写真で示されたオプトフルイディック・タイムストレッチ顕微鏡という特殊な顕微鏡を使うことで、市販の高速度カメラよりも広い視野と速い撮影速度を実現している。

注4 畳み込みニューラルネットワーク

畳み込み積分という計算をいくつも重ねた計算方法で、深層学習の根幹をなす部分である。

注5 バイオマーカー

疾患の種類や薬の効き目を反映して,その濃度などが変化する分子を指す。変化量を検出することで疾患や薬の効き目を予測することができる。通常、個別化医療には、疾患や薬剤に対応したバイオマーカーを予め知る必要があり、それを標識してバイオマーカーの量を測定する。本研究では、直接細胞と薬剤の相互作用を測定するため、バイオマーカーの知られていない疾患や薬剤に対しても応用可能である。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

 

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