トポロジカル物質で超伝導ダイオードを実現 ~トポロジカル超伝導体の電子状態解明に向けて~

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2019-06-21 理化学研究所,東京大学,東北大学金属材料研究所,科学技術振興機構

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの安田憲司客員研究員(マサチューセッツ工科大学博士研究員)、十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループは、トポロジカル絶縁体[1]の超伝導[2]界面において、超伝導電流の整流効果[3]を観測しました。

本研究成果は、トポロジカル超伝導体の電子状態の解明に貢献するほか、超伝導電流を効果的に制御する整流素子として活用できると期待できます。 トポロジカル絶縁体と超伝導体を接合したトポロジカル超伝導体[4]を用いることで、擾乱(じょうらん)に対して堅牢なトポロジカル量子計算[5]が可能になることが理論的に提案されており、現在盛んに研究が進められています。

今回、共同研究グループは、その電子状態を調べるため、トポロジカル絶縁体表面状態と超伝導が共存しているFeTe(Fe:鉄、Te:テルル)とBi2Te3(Bi:ビスマス、Te:テルル)の積層界面に着目しました。超伝導界面と平行(面内)に磁場を加えて抵抗を測定したところ、部分的に超伝導の発現した状態でのみ、電流の方向に依存して抵抗が変化する整流効果(ダイオード効果)が現れることが分かりました。詳細な測定と理論計算から、スピン運動量ロッキング[1]した表面状態の電子が特殊な超伝導状態を実現していることが明らかになりました。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(6月21日付け:日本時間6月21日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
客員研究員 安田 憲司(やすだ けんじ)
(マサチューセッツ工科大学 博士研究員)
強相関量子伝導研究チーム
特別研究員 吉見 龍太郎(よしみ りゅうたろう)
特別研究員 リィアン・ティアン(Liang Tiang)
強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
上級研究員 高橋 圭(たかはし けい)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)
(東京大学大学院 工学系研究科 教授)

東京大学大学院 工学系研究科
修士課程2年 安田 寛徳(やすだ ひろのり)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

※研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「二次元機能性原子・分子薄膜の創製と利用に資する基盤技術の創出」(研究統括:黒部篤)における研究課題「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表者:川﨑雅司)」などによる支援を受けて行われました。

背景

近年、数学に端を発するトポロジー(位相幾何学)の概念を物質科学に適用することで、特別な電子構造を持つトポロジカル物質が新たに発見され、その特異な物性やそれらを用いた新たな機能性が次々と明らかになっています。その代表的な例であるトポロジカル絶縁体は、物質内部は絶縁体ですが、その表面は電気を流す金属的な性質を持っています。特にその表面状態では、電子のスピンが電子の運動方向に対して必ず垂直方向を向くという、スピン運動量ロッキングと呼ばれる興味深い性質が知られています。

このような特殊な表面状態を磁石(磁性体)や超伝導体と組み合わせることで、これまでにない物性や機能性を生み出せると期待されています。実際、トポロジカル絶縁体に磁性の性質を持たせることで、既存物質の性能を超えるスピントロニクス機能性[6]や、エネルギー散逸の極めて少ない電気伝導が実現することが明らかになってきました。

一方で、トポロジカル絶縁体と超伝導体を組み合わせることにより、通常の超伝導体と異なるトポロジカル超伝導体の実現が予言されています。トポロジカル超伝導では、粒子とその反粒子が同一であるマヨラナ粒子[7]と呼ばれる特殊な粒子の発現が理論的に提案されており、これを用いることで擾乱に対して堅牢なトポロジカル量子計算が可能になると期待されています。しかし、適切な物質系の確立や電子状態の理解、並びに特殊な電子状態を用いた新機能性の制御等、未開拓な部分が多く、さらなる研究による解明が求められていました。

研究手法と成果

共同研究グループは、トポロジカル絶縁体と超伝導体の相互作用を研究するため、FeTe(Fe:鉄、Te:テルル)とBi2Te3(Bi:ビスマス、Te:テルル)の積層界面に着目しました。いずれの物質も単体では超伝導を示しませんが、これらの積層界面では超伝導を発現することが明らかになっています。さらに、この界面にはトポロジカル絶縁体表面状態が存在することから、その表面状態と超伝導との相互作用を研究することに適しています。分子線エピタキシー法[8]を用いてFeTeとBi2Te3の積層構造を作製し、試料を極低温で測定したところ、7K(約-266℃)程度で抵抗が0となり、界面において超伝導が発現していることを確認しました(図1a)。

そこで超伝導状態の理解を深めるため、界面に平行(面内)に磁場を加えた状態で、整流効果(ダイオード効果)を、図2の赤方向電流下での抵抗と青方向電流下での抵抗の差分に対応する、非相反抵抗を通して測定しました。常伝導状態では、非相反抵抗は0であるのに対し、部分的に超伝導に転移した温度では、有限な非相反抵抗が生じ、整流効果が現れました(図1b)。特に、磁場方向の反転に伴って、非相反抵抗の符号が反転する重要な性質を確認しました。これは、超伝導電流の流れやすい方向を外部から加える磁場の方向で制御できることを意味しています。

共同研究グループは、トポロジカル絶縁体と超伝導体の相互作用を研究するため、FeTe(Fe:鉄、Te:テルル)とBi2Te3(Bi:ビスマス、Te:テルル)の積層界面に着目しました。いずれの物質も単体では超伝導を示しませんが、これらの積層界面では超伝導を発現することが明らかになっています。さらに、この界面にはトポロジカル絶縁体表面状態が存在することから、その表面状態と超伝導との相互作用を研究することに適しています。分子線エピタキシー法[8]を用いてFeTeとBi2Te3の積層構造を作製し、試料を極低温で測定したところ、7K(約-266℃)程度で抵抗が0となり、界面において超伝導が発現していることを確認しました(図1a)。

そこで超伝導状態の理解を深めるため、界面に平行(面内)に磁場を加えた状態で、整流効果(ダイオード効果)を、図2の赤方向電流下での抵抗と青方向電流下での抵抗の差分に対応する、非相反抵抗を通して測定しました。常伝導状態では、非相反抵抗は0であるのに対し、部分的に超伝導に転移した温度では、有限な非相反抵抗が生じ、整流効果が現れました(図1b)。特に、磁場方向の反転に伴って、非相反抵抗の符号が反転する重要な性質を確認しました。これは、超伝導電流の流れやすい方向を外部から加える磁場の方向で制御できることを意味しています。

今後の期待

本研究結果から、トポロジカル絶縁体と超伝導体との接合によって、超伝導電流の流れる方向を効果的に制御できることが明らかになりました。これは、磁場で制御可能な超伝導電流のダイオードとして応用できると期待できます。

また、本研究によって、スピン運動量ロッキングと超伝導の相互作用の理解が深まったことで、トポロジカル超伝導体、マヨラナ粒子やトポロジカル量子計算の実現に向け、一層の研究が進展することが期待できます。

原論文情報

K. Yasuda, H. Yasuda, T. Liang, R. Yoshimi, A. Tsukazaki, K. S. Takahashi, N. Nagaosa, Masashi Kawasaki, Y. Tokura, “Nonreciprocal charge transport at topological insulator/superconductor interface”, Nature Communications, 10.1038/s41467-019-10658-3

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ
客員研究員 安田 憲司(やすだ けんじ)
(マサチューセッツ工科大学 博士研究員)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

安田 憲司
十倉 好紀
川﨑 雅司
塚﨑 敦

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

東京大学 大学院工学系研究科 広報室

東北大学 金属材料研究所 情報企画室 広報班

科学技術振興機構 広報課

JST事業に関すること

科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
中村 幹(なかむら つよし)

 

補足説明
  1. トポロジカル絶縁体、スピン運動量ロッキング
    トポロジカル絶縁体は固体内部では電気を流さない絶縁体であるが、物質表面でのみ電気を流す金属として振る舞う。表面を流れる電子は、そのスピンの方向が運動方向に対して常に垂直の方向に向くというスピン運動量ロッキングと呼ばれる性質を持っており、通常の金属や半導体、絶縁体とは異なる興味深い種々の物性が現れる。電子状態を位相幾何学的に特徴づけたときに特徴的なトポロジカル数を持つことからトポロジカル絶縁体と呼ばれる。
  2. 超伝導
    通常の導体と異なり、電気抵抗が0でエネルギー散逸なく電流が流れる状態。
  3. 整流効果
    電流の方向によって、電流の流れやすさ(抵抗)が異なる効果のこと。最も代表的なものにp型半導体とn型半導体を接合したpn接合ダイオード素子があるが、近年では固体中の電子の相対論的効果を用いることで、磁場で制御可能な整流効果を生じることが明らかになっている。
  4. トポロジカル超伝導体
    通常の超伝導体と異なるトポロジカル数を持つ超伝導体。トポロジカル絶縁体と超伝導体を接合することで実現できると考えられている。試料の端や位相欠陥にマヨラナ粒子と呼ばれる特殊な粒子が生じ、この粒子を操作することで擾乱に対して堅牢なトポロジカル量子計算が可能となることが理論的に提案されている。
  5. トポロジカル量子計算
    量子力学的な重ね合わせ状態を用いることで、大規模な計算を高速に行うことができるコンピュータを量子コンピュータという。量子コンピュータの実現に向けた大きな課題の一つに、外界からの擾乱によって重ね合わせが失われるデコヒーレンスの問題がある。トポロジカル超伝導体に潜むマヨラナ粒子を制御することで、デコヒーレンスの起こりにくい、擾乱に対して堅牢なトポロジカル量子計算が実現できると期待されている。
  6. スピントロニクス
    電子は電荷(e-)と磁石(スピン)の両方の性質を持つ。このうち電荷のみの性質が利用されてきた通常のエレクトロニクスと異なり、電荷と磁石の両方の性質を電子素子などに応用する技術や学問をスピントロニクスという。トポロジカル絶縁体は、表面状態にスピン偏極した電流が流れることから高効率なスピントロニクスに応用できることが明らかになっている。
  7. マヨラナ粒子
    物質を構成する粒子には、それに対となる反粒子が存在する。例えば、電子の反粒子は陽電子、陽子の反粒子は反陽子である。マヨラナ粒子は、反粒子が粒子と同一となるフェルミ粒子の性質を持つ。マヨラナ粒子は他の粒子と異なる統計性を示し、この性質がトポロジカル量子計算に利用できると期待されている。
  8. 分子線エピタキシー法
    高品質な薄膜を成長させる方法の一つ。超高真空(~10-7パスカル、Pa)中で高純度の単体を加熱蒸発させ、加熱した基板上で結晶成長させる。

FeTeとBi2Te3の積層構造の抵抗と非相反抵抗の図

図1 FeTeとBi2Te3の積層構造の抵抗と非相反抵抗

(a) 積層構造の抵抗の温度依存性。11K程度から抵抗が下がり始め、7K程度において抵抗が0となる。7K以下は超伝導状態であり、7~11Kは一部超伝導状態が発現している。
(b) 常伝導状態(温度 : 12K,図1(a)の青色三角で示した点)と部分的に超伝導の状態(温度 : 9.5K,図1(a)の水色の三角で示した点)における非相反抵抗の面内磁場依存性。常伝導状態(青色)においては、非相反抵抗は常に0なのに対し、超伝導状態(水色)では有限の磁場に比例する非相反抵抗が生じる。特に、面内磁場の方向に対して非相反抵抗の方向が変化し、超伝導電流の流れやすい方向が磁場の方向で制御できていることが分かる。

界面における超伝導と磁場下での超伝導電流の整流効果のイメージの図

図2 界面における超伝導と磁場下での超伝導電流の整流効果のイメージ

FeTeとBi2Te3の積層界面に平行(面内)に磁場(緑矢印)を加えた状態で、赤矢印方向電流下での抵抗とその逆向きの青矢印方向電流下での抵抗の差分(非相反抵抗)を測定した。これにより、電流の方向によって抵抗が異なる整流効果を調べることができる。また、図の電子スピン(緑色円内の黄色が電子、緑色矢印が電子スピン)は、その運動方向に対して垂直を向くスピン運動量ロッキングの性質を示している。

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