2019-06-18 東京大学
本山 央人(超高速強光子場科学研究センター 特任助教)
三村 秀和(工学系研究科精密工学専攻 准教授)
岩崎 純史(超高速強光子場科学研究センター 准教授)
山内 薫(化学専攻 教授)
発表のポイント
- 高精度な回転楕円ミラーを用いた軟X線(注1)集光システムを開発した。
- 波長10~20 nmの軟X線ビームを集光することにより、ナノビーム (350×380 nm2)の形成に成功した。
- 軟X線ナノビームによる高強度な光電場形成が可能となり、光と物質の間の非形相互作用 (注2) の観測につながることが期待される。
発表概要
近赤外領域のフェムト秒(注3)レーザーパルスを希ガスに集光することによって、フェムト秒からアト秒(注4)の極めて短いパルス幅を持つ軟X線領域の高次高調波 (注5)が発生します。この光をナノメートル (注6) サイズに集光して試料に照射することができれば、固体試料の微小領域で起こる光励起プロセスを高い時間分解能で計測することが可能となります。高次高調波を集光する場合、その広いスペクトル幅 (注7) の全域で十分に高い反射率を持つ斜入射光学系 (注8)が必要となりますが、そのために使われる曲率の大きな非球面ミラーを高い精度で加工することが困難であったため、その集光サイズは数マイクロメートルにとどまっていました。
本研究において、東京大学大学院理学系研究科と同工学系研究科の合同チームは、独自に開発した高精度な回転楕円ミラーを用いて、軟X線領域の高次高調波をナノメートル領域(350×380 nm2)に集光することに成功しました。従来の集光ミラーによる集光サイズより1桁小さい集光サイズが実現されたことになります。この回転楕円ミラーを用いた高次高調波集光システムを用いれば、半導体中の電子移動や磁性体中のスピン波の伝搬など、ナノメートルスケールで起きる様々な超高速現象の実時間計測が現実のものとなると期待されます。
発表内容
軟X線光源(波長1~30 nm)として、放射光軟X線、軟X線自由電子レーザー、レーザープラズマ軟X線、近赤外領域のフェムト秒レーザー光の高次高調波などが知られています。さまざまな軟X線光源の中で、近赤外領域のフェムト秒レーザーを希ガスに集光することによって発生させた軟X線領域の高次高調波(図1)は、そのパルス時間幅が極めて短い(1フェムト秒から100アト秒)という特徴を持ちます。この光をナノメートルサイズ(20~500 nm)に集光して試料に照射することができれば、極めて高い空間分解能と時間分解能を両立した計測が可能となるため、半導体中の電荷移動や磁性材料中のスピン波の伝搬など、ナノメートルスケールで起こる様々な超高速現象の研究が格段に発展するものと期待されています。
図1. 高次高調波軟X線ビームの発生方法。途中の金属フィルターにより赤外フェムト秒レーザーパルスはブロックされる。
軟X線領域の高次高調波のように広い波長スペクトル幅(~10 nm)を持つ光を集光するためには、表面をナノメートルレベル(~20 nm)の形状精度で加工した非球面ミラーが必要となります。しかし、十分に高い精度で非球面ミラーを加工することは不可能であったため、これまでに達成された集光サイズは数マイクロメートルが限界でした。
本研究では、高精度に加工された回転楕円ミラーを用いた、高次高調波集光システムを開発し、このシステムを用いることによって、波長10~20ナノメートルの高次高調波をナノメートル領域(350×380 nm2)に集光することに成功しました(図2)。集光に用いた回転楕円ミラーは、東京大学大学院工学系研究科の三村秀和准教授のグループが高精度加工プロセス技術を用いて製作したものです。本研究において達成した集光サイズは、軟X線領域において従来達成されていた集光サイズ(1~10 μm)と比較して1~2桁小さく、極めて高い時間分解能だけでなく極めて高い空間分解能を持つ計測が可能であることが示されました。
図2. 回転楕円ミラーで軟X線が集光される様子。左下は実際に実験で使用した回転楕円ミラーの写真。右下は、水平方向に計測した集光ビームの強度プロファイル。
この軟X線領域の高次高調波をナノメートルサイズに集光する技術は、原子・分子の多光子イオン化過程の研究などの基礎研究をはじめとして、固体物質の超微細加工などの応用研究を格段に発展させるものと期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名:Applied Physics Letters論文タイトル:Broadband nano-focusing of high-order harmonics in soft X-ray region with ellipsoidal mirror著者:Hiroto Motoyama, Atsushi Iwasaki, Yoshinori Takei, Takehiro Kume, Satoru Egawa, Takahiro Sato, Kaoru Yamanouchi,and Hidekazu MimuraDOI番号:doi.org/10.1063/1.5091587
用語解説
注1 軟X線
波長が1~30ナノメートルの光。
注2 非線形相互作用
光と物質の相互作用のうち、光の強度に対して非線形なふるまいを示す現象。
注3 フェムト秒
10-15秒。
注4 アト秒
10-18秒。
注5 高次高調波
高強度なフェムト秒レーザーパルスを希ガスなどの気体中に集光した際に発生する、入射レーザー光の奇数倍の光子エネルギーをもつ光。例) 波長800 nmのフェムト秒レーザーパルスの59次の高調波として、波長13.5 nmの光が発生する。
注6 ナノメートル
100万分の1ミリメートル(10-9 メートル)。
注7 スペクトル幅
光の波長スペクトルの広がりのこと。
注8 斜入射光学系
光をミラーの面に対して平行に近い条件で入射させる光学系。軟X線は可視光とは異なり、ミラーに対して垂直に入射したときの反射率が極端に低いため、軟X線を使った実験では、斜入射光学系が用いられる。
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―