量子磁性体でのトポロジカル準粒子の観測に成功

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トポロジカルに保護された磁性準粒子端状態の予言

2019-05-10  東北大学多元物質科学研究所,東京工業大学,日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター

【発表のポイント】

  • 量子反強磁性体Ba2CuSi2O6Cl2においてトポロジカル磁気準粒子状態を観測した。
  • 本物質においてトポロジカルに保護された端状態が生じることを提案した。
  • 今後端状態の物性を実験的にとらえることができれば、省エネルギー情報伝達材料の高度化にもつながることが期待される。

【概要】

東北大学多元物質科学研究所 那波和宏助教、佐藤卓教授、東京工業大学理学院 田中公彦大学院生(研究当時)、田中秀数教授、日本原子力研究開発機構 J-PARCセンター 中島健次研究主席らの研究グループは、化学式Ba2CuSi2O6Cl2で表される量子反強磁性体において、トリプロンと呼ばれる磁気準粒子がトポロジカルに非自明な状態を形成することを明らかにし、トポロジカルに保護された端状態の存在を提案しました。本物質はトポロジカル絶縁体の最も基礎的な電子模型であるSu-Schriffer-Heeger(SSH)模型を、磁気準粒子を用いて実現する初めての物質例です。本物質で実現する端状態の物性を実験的にとらえることができれば、将来的には省エネルギー情報伝達材料の高度化にもつながると期待されます。

本研究成果は、2019年5月8日(日本時間18時)「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。

【詳細な説明】

(背景)

近年、物質の性質をそのトポロジカルな(位相幾何学的な)特徴から理解しようという研究が急速に発展しています。代表的な研究対象であるトポロジカル絶縁体においては、物質の内部と外部の電子波動関数*1 の持つトポロジーの違いに起因して物質表面にトポロジカルに保護されたエネルギー散逸の無い電子流が生じることが知られています。無散逸な電子流は、画期的省エネルギー情報伝達材料*2を実現する可能性があり、現在精力的に研究されています。

トポロジカル絶縁体状態を実現する最も基礎的な電子模型として1次元格子上を電子が流れるSu-Schriffer-Heeger(SSH)模型が知られています[1]。模式図を図1に示します。この模型において、隣の原子への遷移確率が大小交互に並ぶ場合、電子は原子の対に束縛され絶縁体になります。遷移確率の配列には2種類が考えられますが、中段のように端原子を含む原子対間の遷移確率が大きな場合絶縁体状態は、トポロジカルな性質を持ちません。一方で、下段のように端原子を含む原子対間の遷移確率が小さな場合、端の電子が余り端状態*3 を生じます。この端状態は2次元・3次元トポロジカル絶縁体における表面状態に対応し、トポロジカルに保護されていることが知られています。このようにSSH模型は、トポロジカル絶縁体を理解する非常に単純な模型として受け入れられていました。

磁性体においては、電子スピン(電子の自転)の変動が結晶中を伝播することで、マグノンやトリプロン*4などの準粒子*5の流れが生じることが知られています。これらの磁気準粒子は、電子とは量子力学的統計性*6が異なるものの、同様のトポロジカルな性質を持つと期待されます。したがって、磁気準粒子を用いたSSH模型の実現の可能性が考えられますが、実際に観測された例はこれまでありませんでした。

(研究手法・成果)

今回、本研究グループは、Ba2CuSi2O6Cl2という反強磁性体*7中のトリプロンの波動を中性子非弾性散乱*8を用いて詳細に調べ、この物質においてトリプロン準粒子のSSH模型が実現していること、さらに、トリプロンの波動関数がトポロジカルな性質を持っており、端状態が存在することを突き止めました。

研究グループは、塩化ケイ酸バリウム銅(Ba2CuSi2O6Cl2 [2])の単結晶試料を育成し、中性子非弾性散乱を用いてトリプロンの分散関係*9を精密に測定しました。実験には大強度陽子加速器施設(J-PARC)*10物質・生命科学実験施設に設置された中性子非弾性散乱分光器AMATERAS*11を使用しました(図4)。中性子非弾性散乱によって観測された本物質のトリプロンの分散関係を図2に示します。詳細な解析を行うと、トリプロン準粒子の分散関係が2次元的に結合したSSH模型を用いて理解できることが明らかになりました。上側の1本の分散は2.6 meVにおいて小さなエネルギーギャップを伴う分裂を示しています。 このエネルギーギャップはトリプロンが隣のサイトへと動く確率が大小交互に並んでいることを示しています。ところで、SSH模型はXY成分のみをもつ仮想磁場中に置かれた1つのスピンの問題に置き換えられることが知られています。今回の実験で得られたSSH模型に対応する分散関係の計算結果とそれぞれの運動量における仮想磁場を図3に示します。運動量が左から右に変化するに伴い仮想磁場が1回転していることがわかります。この仮想磁場の回転はギャップ上下の準粒子に逆向きに回転する位相を与えます。この結果、準粒子の分散は非自明なトポロジーで特徴付けられることになり、試料端においてはギャップの中心に端状態が生じることになります。このように現実の磁性体においてSSH模型との対応を示した例は本物質が初めてです。以上の結果は本物質においてもトリプロンの端状態が存在しうることを示しています。

量子磁性体でのトポロジカル準粒子の観測に成功

図1:Su-Schriffer-Heeger(SSH)模型の模式図。上から順に、隣の原子への遷移確率が一様な場合、大小交互に並ぶ場合(トポロジカルな性質なし)、大小交互に並ぶ場合(トポロジカルな性質あり)。赤色は余った電子の波動関数の広がりを表す。

図2:(上)非弾性中性子散乱実験によって観測されたトリプロンの分散関係。上側の1本の分散が2.6 meVにおいてエネルギーギャップを持っている。(下)遷移確率が大小交互に並ぶ場合に予想されるトリプロンの分散関係。実験結果とよく一致している。

図3: Ba2CuSi2O6Cl2でのトリプロンの分散関係を2次元的に結合するSSH模型を用いて再現したもの。三角錐はSSH模型における仮想磁場を表している。

図4: 大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された中性子非弾性散乱分光器AMATERAS*11の模式図。

【今後への期待】

実際にSSH模型を実現する物質が発見されたことにより、今後端状態の織りなす物性が実験的に明らかになることが期待されます。例えば、トリプロンは熱を運ぶ性質があります。熱は電気伝導とは異なりジュール熱によるエネルギー損失がないことから、将来的には新しい省エネルギー情報伝達材料の開発につながることが期待されます。

【参考文献】

[1] W. P. Su, J. R. Schrieffer, and A. J. Heeger, Phys. Rev. Lett. 42, 1698 (1979).

[2] M. Okada, H. Tanaka, N. Kurita, K. Johmoto, H. Uekusa, A. Miyake, M. Tokunaga, S. Nishimoto, M. Nakamura, M. Jaime, G. Radtke, and A. Saúl. Phys. Rev. B 94, 094421 (2016).

【論文情報】

掲載誌名:Nature Communications

論文タイトル:Triplon band splitting and topologically protected edge states in the dimerized antiferromagnet

著者:K. Nawa, K. Tanaka, N. Kurita, T. J. Sato, H. Sugiyama, H. Uekusa, S. Ohira-Kawamura, K. Nakajima, and H. Tanaka

DOI:10.1038/s41467-019-10091-6

本研究は、科研費基盤研究(A)(JP17H01142)、基盤研究(C)(JP16K05414 及びJP17K05745)、新学術領域研究(JP18H04504)、挑戦的萌芽研究(JP17K18744)、国際共同研究強化(JP18KK0150)の研究費支援を受け、また、北海道大学・東北大学・東京工業大学・大阪大学・九州大学の共同研究ネットワークである「人・環境と物質をつなぐイノベーション創出ダイナミック・アライアンス」の助成を受けたものである。

【用語解説】

*1 波動関数

あらゆる粒子は粒子の性質だけではなく波の性質も持っている。この波の性質を関数の形で表したものが波動関数である。

*2 省エネルギー情報伝達材料

端状態では準粒子を無散逸で伝達できる。この性質を利用したスピン流の無散逸デバイス、すなわち無散逸スピントロニクスデバイスは、熱が発生しない、信号を確実に伝達するための電圧制御のための回路がいらない、等から計算機用素子の回路を小型化できるメリットがある。

*3 端状態

トポロジカル物質とその外側(真空状態)との境界に現れる特別な状態のこと。ここでは、無散逸で流れ続けるスピン流など。

*4 マグノン・トリプロン

電子はそれ自身の持つ自転運動によって磁石の性質を帯びている。これをスピンという。磁性体ではスピンの集団運動によってスピンの変動が波のように伝搬する。このようなスピンの波を量子化した準粒子をマグノンと呼び、原子やイオンの振動を量子化したフォノンに対応する。特にBa2CuSi2O6Cl2のように、2つのスピンが強く結合した磁性体では、量子力学的結合状態(トリプレット状態)の集団運動が波のように伝搬する。これをトリプロンと呼ぶ。

*5 準粒子

固体中では電子をはじめとする粒子が様々な相互作用で絡み合っている。このとき粒子と相互作用をひとまとめにし、固有の運動量とエネルギーを持った仮想的粒子を定義すると、この粒子はほとんど相互作用していないと見なせる場合がある。こうして新しく定義した仮想的粒子を準粒子という。磁性体の磁気の強さは準粒子マグノンやトリプロンの数で決まる。また、エネルギーは個々の準粒子の持つエネルギーの総量で決まる。

*6 統計性

量子力学においては粒子には固有の統計性がある。電子などのフェルミオンに分類される粒子は、同一の状態を2つの粒子が占有できない(パウリ排他律)というフェルミ統計に従う。一方、光子などのボソンに分類される粒子は複数占有が許されるボース統計に従う。マグノンやトリプロンは(低密度の範囲では)ボース統計に従う。

*7 反強磁性体

磁石として広く知られている磁性体はおもに強磁性体であり、構成する磁性原子のスピンの方向が揃っている。一方、磁性体には構成する磁性原子のスピンが互い違いに配列し、合計として打ち消しあっているものもある。このような磁性体を反強磁性体と呼ぶ。

*8 中性子非弾性散乱

原子炉や加速器で作られた中性子を物質に入射し、散乱される中性子のエネルギーや運動量を調べることにより物質中のスピンの運動を調べる手段。中性子はスピンを持つが電荷を持たないため、物質中の電子スピンを選択的に観測することができる。

*9 トリプロン分散関係

トリプロンの生成エネルギーの波数依存性。分散関係を測定する最も代表的な手法が中性子非弾性散乱である。

*10 J-PARC

大強度陽子加速器施設(Japan Proton Accelerator Research Complex)。茨城県東海村で高エネルギー加速器研究機構と原子力機構が共同で運営している先端大型研究施設。その中にある物質・生命科学実験施設(MLF)では、世界最高クラスの強度の中性子およびミュオンビームを利用して、素粒子・原子核物理学、物質・生命科学などの基礎研究から産業分野への応用研究まで広範囲にわたる分野での研究が行われている。

*11 中性子非弾性散乱分光器AMATERAS

大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)に設置された中性子非弾性散乱分光器(図4)。新開発の機器や新しい測定手法を組み合わせることで原子・スピンの運動を極めて高精度、低バックグラウンドで測定することができる。

1701物理及び化学
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