氷の結晶化は極少量の抗凍結タンパク質(AFP)で止まる

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氷の顕微鏡観察から必要な添加濃度を決定

2019-02-13  産業技術総合研究所

ポイント

  • 氷の再結晶化を止めるために必要なAFP量を顕微鏡で調べる方法を考案
  • 魚類Ⅱ型AFPは水1Lにわずか15 ㎎ の濃度で氷の再結晶化を防止
  • 食品や薬の冷凍技術、フリーズドライ、細胞凍結保存技術などへの応用に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】 生体分子工学研究グループ 兼 産総研・東大先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリ【ラボ長 雨宮 慶幸】津田 栄 上級主任研究員、同部門 同グループ 近藤 英昌 主任研究員、大山 恭史 主任研究員らは、現在産業化が進められている魚類や菌類の抗凍結タンパク質(Antifreeze Protein、AFP)が、凍結物の品質や生命力を損なう「氷の再結晶化」を15~60 mg/Lという極めて低濃度で阻止できることを見いだした。

氷は無数の単結晶氷(氷核)でできており、それらが成長と融合を繰り返して時間と共に大きな塊になる“氷の再結晶化”が起こる。AFPにはこの現象を止める能力(Ice Recrystallization Inhibition、 IRI活性)が認められていたが、その定量方法は確立されていなかった。今回、氷の再結晶化過程を観察できる光学顕微鏡システムを構築し(下図)複数種のAFPのIRI活性を定量する方法を発見した。最も低濃度(15 mg/L)でIRI活性を示すのは魚類Ⅱ型AFPであった。このAFPが氷結晶面の広範囲にわたって結合することも明らかになったが、それが強いIRI活性の理由と考えられる。

なお、この研究は2月13日に英科学誌Scientific Reportsにオンライン掲載された。

図

光学顕微鏡(左)で撮影した氷の経時変化 (右)
氷の中では再結晶化が起こる。AFPは極めて少ない量で再結晶化を停止できる。

開発の社会的背景

氷は無数の氷核が密集したもので、個々の氷核は周囲の水分子を取り込み再結晶化してより大きな氷核に変化する。この現象が凍結物の中で進行すると大きく氷の状態が変わるために凍結物の内部構造が損傷し生命機能が停止する。そのため、氷の再結晶化を止める技術が開発されれば野菜、果実、加工食品、パン、麺、清涼飲料、医療品、試薬、化粧品、顔料、細胞、組織、臓器などを、品質や生命力を損なわずに凍結できると考えられている。日本近海で捕獲されるカレイ、トクビレ、ゲンゲの筋肉すり身液を含んでいる魚類AFPⅠ~Ⅲ(以下AFPⅠ~Ⅲ)は、組成や構造は大きく異なるものの、いずれも0℃よりやや低い温度域でIRI活性をもつと考えられて来た。しかし、AFPのIRI活性を正確に定量する方法は確立されておらず、IRI活性に必要なAFPの最小濃度や、AFPⅠ~Ⅲの間でIRI活性がどう異なるかは不明であった。また、氷核の一部にだけ結合するAFPと全面に結合できるAFPがあるが、それとIRI活性との関係も未解明であり、これらの問題を解決するための基礎研究が強く望まれていた。

研究の経緯

産総研ではAFPを産業や医学の分野で高度利用するため研究を進めてきた。魚類を原材料とするAFP大量精製技術や高気孔率セラミックスを製造するためのAFPゲル化凍結技術などを開発する一方、菌類AFPの分子構造解明、AFPの細胞生存率改善効果の発見、氷結晶様水分子ネットワークの発見などの成果もある。AFPが塩や緩衝液の成分を含んでいるとそれら自体が氷や食材、細胞などに悪影響を及ぼすため、そのような不純物を含まない高純度AFPを得る研究にも力を注いできた。AFPのIRI活性は食品や細胞等の中に氷の塊を作らせない技術に幅広く応用できると考えられて来たが、それに必要なAFP量の基準値は明らかになっていなかった。

なお、この研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(15K13760)による支援を受けて行った。

研究の内容

一般にAFPのIRI活性は重量濃度40 %のスクロース水溶液に溶けた状態で調べられている。今回もこの水溶液をAFP試料(Ⅰ~Ⅲ型AFPと菌類AFP)の溶媒として用い、さまざまな濃度のAFP水溶液を光学顕微鏡のステージ上にセットした。-8 ℃で凍らせたAFP水溶液が無数の小さな氷核の集合物になることを確認後、その状態を約1時間保持して顕微鏡画像を撮影した。図1Aに5分間隔で撮影した3枚の氷核の顕微鏡画像を示す。これらの画像から、氷核は(1)成長してサイズが大きくなるもの(タイプA)、(2)別の氷核と融合してサイズが大きくなるもの(タイプB)、(3)次第に溶けて消滅するもの(タイプC)の3つに分類できることが分かった。タイプAの氷核の成長は、消滅する氷核(タイプC)から水分子を受け取る「オストワルド成長」というメカニズムで進むと推察し(図1B)、オストワルド成長の理論式r3(t) = r3(0) + kt (r: 氷核の半径,k:氷核の成長速度,t:時間)にのっとりタイプAの氷核半径の時間変化を解析した。統計学的標本と見なせる13~15個のタイプAの氷核を顕微鏡画像から選び、それらの半径の平均値を画像解析ソフトImage-Jを用いて計測した結果、氷核の体積(r3)は時間(t)と共に直線的に増加することが判明した(図1C)。図1Cの各直線の傾き、すなわち氷核の成長速度(k)はAFP濃度(Ci)が増加するに連れてゼロに近づいた。これはある量のAFPを添加したときに氷核の成長が止まることを示している。kをAFP濃度(C)に対してプロットすると、図1Dに示すS字型曲線が得られた。このデータもオストワルド理論で説明できる。このS字型曲線の終点(図1D、矢印)が、氷核の結晶成長を完全に停止させるために必要なAFPの最小濃度(IRIendpoint)を示すと考えられた。このような解析により今回測定したAFP試料では、約15~60 mg/Lという非常に低いIRIendpointが見積もられた(図1E)。最も優れたIRI性能(IRIendpoint = 15 mg/L)を示したのはAFPⅡであった。細胞凍結保存液には緩衝液成分、塩、グリセロールなどが含まれ、これらにも弱いながら氷核の成長を抑制する効果があることが知られている。従って、AFPは実際の細胞凍結保存液ではIRIendpointよりさらに低い濃度でIRI効果を発揮すると考えられる。IRIendpointは、そのようなAFP凍結保存技術を開発する際の基準値となる。

図1

図1 オストワルド成長を示す氷核(タイプA)の経時変化から各AFPのIRIendpointを算出

氷の再結晶化を止める能力がAFP間で異なる理由を調べるため、赤、黄、緑に光る蛍光物質を付けた各AFPの濃度0.1 mg/mL水溶液中に半球状に成形した直径約2 cmの氷の単結晶を浸し、約2時間後に取り出した(図2A、B)。これらに紫外光を照射して観察したところ、図2Cに示すように氷結晶半球の特定の箇所にだけ蛍光が観測された。半球状の単結晶氷はさまざまな間隔で並んだ無数の水分子によって構成されている。個々のAFPは、その中の特定の水分子のセットを認識して結合するために、AFP間で異なる蛍光パターンが観測されると考えられた。より広い範囲に渡って蛍光パターンを示すAFPほどIRIendpointが小さいことから、より多様な氷結晶面に結合する能力がAFPのIRI活性の強さを決定すると考えられる。

図2

図2 蛍光物質を付けたAFPを半球状の単結晶氷に吸着させて紫外光を照射して観察した結果

今後の予定

今回開発した方法によるAFP添加濃度の定量を緩衝液成分、イオン、血清、グリセロールなどの成分を含む実際の細胞保存液などについて試み、今回得られたIRIendpointの基準値と比較して、AFPの氷の再結晶化阻止能力を細胞や組織の凍結保存やほかの冷熱利用技術に活用するための研究を実施する。さらに、より多くのAFPについて構造と機能の解明を進める。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
生物プロセス研究部門 生体分子工学研究グループ
上級主任研究員  津田 栄

用語の説明

◆抗凍結タンパク質
氷の表面に結合してその成長を止めるタンパク質のこと。不凍タンパク質とも呼ばれる。低温環境に適応した複数の生物から発見されており、魚類由来のものの中には氷だけではなく、細胞膜にも結合して細胞の安定性を向上させるものがある。
◆AFP大量精製技術
寒冷地に生息する魚類の筋肉のすり身からAFPを大量に取得する技術のこと。
◆高気孔率セラミックス
部材の全体積に占める細孔(気孔)の割合の高いセラミックスのこと。微粒子を除去するためのフィルターや断熱効果の高い建築材料に用いられる。
◆AFPゲル化凍結技術
セラミックスの粉末とAFPを含ませた寒天ゲルを凍らせ、無数の氷の柱を伸長させた後にこれを焼成して、高気孔率セラミックスを製造する方法のこと。
◆菌類AFPの分子構造解明
担子菌チフラ・イシカリエンシスなどが分泌するキノコ類AFPの3次元分子構造をエックス線回折法により明らかにすること。
◆AFPの細胞生存率改善効果
インスリン生産機能をもつ膵島(すいとう)細胞やウシ黒毛和種の受精卵を非凍結温度で数日間以上生存させるAFP効果のこと。
◆氷結晶様水分子ネットワーク
氷とよく似た立体配置をとる水分子が何十個もつながっている状態のこと。AFPの分子表面にのみ見いだされているもので、通常のタンパク質には存在しない。
◆統計学的標本
たくさんのものからなるあるいは構成されている集団の一部で、その集団の性質をよく表しているもののこと。選挙の出口調査に協力してもらう投票者などがその例である。
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