照射空間に外部磁場をかけて粒子線の細胞殺傷効果を増強

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安価な技術で、より効果的な粒子線がん治療の実現に期待

2019-02-13  量子科学技術研究開発機構

発表のポイント
  • 粒子線の進行方向と平行1)に外部磁場を掛けると細胞殺傷効果が高まることを細胞レベルで確認
  • 照射線量を増加させることなく、がん細胞をより効果的に殺傷する粒子線治療の実現につながる重要な発見
  • 安価なソレノイドコイル2や電磁石3)で粒子線の進行方向と平行に外部磁場を掛けることで、大規模な加速器システムを建設せずに、もとの粒子よりも重い粒子がもつ高い細胞殺傷効果が得られると期待

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)放射線医学総合研究所(放医研)加速器工学部の稲庭拓チームリーダー、放射線障害治療研究部の鈴木雅雄上席研究員らは、粒子線照射時に粒子線の進行方向と平行に外部磁場を掛けると粒子線の細胞殺傷効果が高まり、一方で、粒子線の進行方向と直交する方向1)に外部磁場を掛けても細胞殺傷効果に変化がないことを細胞実験レベルで確認しました。
陽子線や炭素線に代表される粒子線は、停止するときに集中的にエネルギーを放出して高い細胞殺傷効果を発揮することから、体深部の腫瘍の治療に有効です。粒子線が細胞を殺傷するメカニズムには、粒子線が直接DNAを損傷する作用や、粒子線が細胞に当たってできる電子やその電子が細胞内で化学反応を起こしてできる化合物がDNAを損傷する作用があります。
これらのメカニズムによってもたらされる細胞殺傷効果は、電子および化合物のでき方や量、分布範囲などにより変わります。したがってそれらを意図的に変化させることで、線量を増加させることなく粒子線の細胞殺傷効果を高められる可能性があります。
本研究では、電子や化合物のでき方や量、分布範囲を変化させる物理因子として外部磁場に着目しました。これは、電子は外部磁場がある空間では磁力線に巻き付くように運動するという性質を持っているためです。
そこで、炭素線を用いて、粒子線を細胞に照射するときに照射空間に6キロガウスの外部磁場を掛けて電子の運動範囲を変化させることで細胞殺傷効果が変化するかを調べました。その結果、炭素線の進行方向に対して平行磁場を掛けた場合、磁場を掛けなかった場合と比べて炭素線の細胞殺傷効果が高まり、直交磁場では細胞殺傷効果に変化がないことを確認しました。
本成果は、照射空間に外部磁場を掛けることで、線量を増加させることなく粒子線の細胞殺傷効果を高められることを示唆しており、より効果的な粒子線治療の実現につながる重要な発見です。それだけでなく、安価なソレノイドコイルや電磁石で照射領域に外部磁場を掛けることで、大規模な加速器システムを建設することなく炭素よりも重く細胞殺傷効果が高い酸素やネオンといった粒子と同等の細胞殺傷効果を、炭素線で得ることが可能となります。
この成果は、放射線生物学分野でインパクトの大きい論文が数多く発表されている英国の科学誌「International Journal of Radiation Biology」に2019年1月17日オンライン掲載されました。

研究開発の背景と目的

陽子線や炭素線などを用いた粒子線治療は、正常組織へのダメージを低く抑えながら腫瘍にダメージを集中することが出来る優れた治療法の一つであり、世界的に普及が進んでいます。粒子線は停止位置付近で集中的にエネルギーを放出することに加えて、特に炭素線はその位置での細胞殺傷効果が高い、といった特性があります。
しかしながら、炭素線治療でも骨軟部肉腫や膵がんといった難治性の腫瘍では十分な成績を上げることはまだできていません。難治性の腫瘍に対する治療成績を劇的に改善させるためには、正常組織へのダメージを低く保ちながらがん細胞の殺傷効果をこれまで以上に高めることが望まれます。
細胞が粒子線により殺傷されるメカニズムには、入射粒子やそれが細胞を構成する原子や分子に当たってできる電子などの二次粒子がDNAを損傷する直接的な作用と、二次粒子が原子や分子と化学反応してできる化合物によりDNAが損傷される間接的な作用があります。現在の治療技術では、がん細胞の殺傷効果を高める場合は、①照射する炭素線の量を増やす、②炭素よりも重く、より細胞殺傷効果が高い酸素やネオンなどの粒子線を照射することが必要です。しかし、①や②では正常組織へのダメージを低く保つことができません。また、②を実現するには大規模な加速器システムの建設も必要です。
直接的または間接的な作用による細胞殺傷効果は、二次粒子やそれが化学反応してできる化合物のでき方や量、分布範囲などの影響を受けるので、それらを制御することで照射する線量や粒子線の種類を変えることなく細胞殺傷効果を高めることができる可能性があります。本研究では、二次粒子や化合物のでき方や量、分布範囲を変化させる物理因子として外部磁場に着目しました。これは、電子は外部磁場がある空間中ではローレンツ力4)を受けて、磁力線に巻き付くように運動するという性質があるためです。この性質を利用すれば、粒子線を細胞に照射するときに細胞の周囲の空間に外部磁場を掛けて、粒子が通過した位置の近傍に生じた電子の運動を変化させると考えました。そこで、外部磁場によって粒子線の細胞殺傷効果を調整することが出来るかを確認するため、炭素線を用いて、炭素線の進行方向に対して平行あるいは直交する磁場を掛けた場合に、その炭素線の細胞殺傷効果がどのように変化するかを細胞実験レベルで確認することを目的として研究を実施しました。

研究の手法と成果

外部磁場の有無で炭素線の細胞殺傷効果がどのように変化するかを確認するため、ソレノイドコイルと電磁石を用いて6キロガウスの平行磁場または直交磁場を細胞周囲の空間に発生させ、磁場有り、磁場無しの条件下で、がん細胞(ヒト扁平上皮がん細胞HSGc-C5)と正常細胞(ヒト皮膚繊維芽細胞NB1RGB)に炭素線を、線量を段階的に変えて照射しました。その後、一定数の細胞を培地に播種して培養し形成されるコロニー数を、非照射の場合のコロニー数と比較して細胞生存率を算出しました(図1、コロニーアッセイ)。

図1 細胞照射実験およびコロニーアッセイの概要

その結果、どちらの細胞も、全ての磁場条件において線量の増加に伴い細胞生存率が低下しました。
平行磁場を掛けた場合には、磁場を掛けなかった場合に比べて、がん細胞では細胞生存率30%における線量が33% (0.7 Gy)減少し(図2(a))、正常細胞でも同様の結果となりました(図2(b))。これは、平行磁場によって炭素線の細胞殺傷効果が強まり、磁場なしに比べて少ない線量で同じ細胞殺傷効果を実現できたと解釈できます。
一方、直交磁場を掛けた場合には、磁場を掛けなかった場合に比べてどちらの細胞も細胞生存率と線量の関係に有意な変化は見られませんでした(図3)。これは、直交磁場をかけても炭素線の細胞殺傷効果は、磁場なしの場合と変わらないと解釈できます。


図2 平行磁場下での炭素線照射実験のコロニーアッセイの結果
磁場あり(赤線)の方が磁場なし(黒線)よりも少ない線量で同じ細胞生存率となることから、
平行磁場によって細胞殺傷効果が高まったと解釈できる。

図3 直交磁場下での炭素線照射実験のコロニーアッセイの結果
(左:がん細胞、右:正常細胞)

今後の展開

本研究では、炭素線の細胞殺傷効果を平行磁場により増強でき、直交磁場では変わらないことを確認しました。ソレノイドコイルや電磁石の形状や配置を工夫することで、腫瘍付近にのみ平行磁場を掛けることができれば、これまで以上にダメージを腫瘍に限局することができ、より効果的な粒子線治療の実現につながります。
それだけでなく、安価なソレノイドコイルや電磁石で照射領域に外部磁場を掛けることで、大規模な加速器システムを建設することなく、炭素よりも重く、細胞殺傷効果が高い酸素やネオンといった粒子と同等の細胞殺傷効果を、炭素線で得ることが可能になります(図4)。
量研 放医研では今後、本研究成果に基づく効果的な治療方法の実現に向けて、観測された現象の機序の解明やモデル動物を用いた治療効果の実証試験を進めるとともに、臨床応用に向けたソレノイドコイルや電磁石などのハードウェアの設計や治療計画ソフトウェアの開発も進めていきたいと考えています。


図4 粒子線治療時に、粒子線の進行方向と平行な外部磁場を掛けるイメージの例

用語解説

1)平行・直交(磁場):
磁場は、方向と大きさを持つ物理量であり、それぞれ磁力線の方向と密度で記述される。平行磁場とは粒子線の進行方向と平行な磁力線をもつ磁場を表し、直交磁場とは粒子線の進行方向と直交する方向の磁力線をもつ磁場を表す。
2)ソレノイドコイル:
電線を螺旋状に密巻きにした3次元のコイルのことで、電線に電流を流して磁場を発生させる目的の機器です。
3)電磁石:
磁性材料の芯のまわりにコイルを巻き、通電することによって一時的に磁力を発生させる磁石です。
4) ローレンツ力:
ローレンツ力は磁場中で運動する荷電粒子が受ける力のことです。荷電粒子は、自身の運動方向と磁場方向に直交する方向に、運動速度と磁場強度に比例した力を受けます。

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