ハワイの北の風がコントロールする沖縄の海の酸性化

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2019-01-26  東京大学大気海洋研究所

発表のポイント

◆十年規模で変動する北太平洋中央部の風が、黒潮続流南方海域からの水の沈み込みを変化させ、日本の南の海域における海洋酸性化速度を変えていることを発見した。
◆大気循環、海洋循環、海洋化学成分の十年規模変動が北太平洋を横断してリンクしていることを示した。
◆気候変動における海洋の役割解明や、気候変動が海洋酸性化や生物生産に与える影響の解明に資することが期待される。

発表者

岡 英太郎(東京大学大気海洋研究所 海洋物理学部門 准教授)
山田 広大(東京大学大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 博士課程1年生)
笹野 大輔(気象庁地球環境・海洋部海洋気象課 技術専門官)
延与 和敬(気象庁地球環境・海洋部海洋気象課 技術専門官)
中野 俊也(気象庁地球環境・海洋部海洋気象課海洋環境解析センター 所長)
石井 雅男(気象庁気象研究所海洋・地球化学研究部 部長)

発表概要

黒潮および黒潮続流の南の海域では冬季に、海面から大量の熱が大気に放出され、深さ数百mに達する深い対流が起こる。その結果形成される、深さ方向に特性が一様な「亜熱帯モード水」は、海洋内部に沈み込んだのち、南西方向へと広がっていく。莫大な体積をもつ亜熱帯モード水の長期変動は、気候や物質循環において重要な役割を果たしている。

今回、東京大学、気象庁、気象研究所の共同研究グループは、気象庁が西部北太平洋において長年実施してきた船舶観測のデータから、過去40年間、黒潮続流の十年規模の変動に伴い、亜熱帯モード水の形成量と南西方向への広がりが変動し、それによって日本の南の海域における海洋酸性化速度が十年規模で変動していることを明らかにした。

先行研究により、黒潮続流の十年規模変動は、北太平洋中央部における風の変動が原因であることが分かっている。本研究成果は、気候変動が海洋の循環や化学・生物学的構造を変え、海洋の酸性化や生物生産に影響する新たなメカニズムを提示するものである。

発表内容

[研究の背景]
日本の南岸を流れる黒潮は、房総半島沖で離岸したのち、北緯35度付近を東向きに流れる黒潮続流となる。1992年秋に始まった衛星による海面高度観測から、黒潮続流が約10年の周期で、流路の安定した状態と不安定な状態を交互にとることが明らかとなった(図1)。この変動の原因は北太平洋中央部(ハワイの北方)における風の変動(注1)である。偏西風が強い時期には北太平洋中央部で海面が低下し、その低い状態が波として西向きにゆっくりと伝わる。そして、3-4年後に日本付近に到達すると、黒潮続流は不安定状態となる。逆に、偏西風が弱い時期には北太平洋中央部の海面が高くなり、その状態が3-4年後に日本付近に伝わると、黒潮続流は安定状態となる。

黒潮および黒潮続流の南の海域では冬季に、海面から大量の熱が大気に放出されて深い対流が起こり、海面から深さ数百mまで水温や塩分などの特性が一様な層「亜熱帯モード水」が形成される。水温約17℃の亜熱帯モード水は春以降、海洋内部の深さ200-500mに沈み込むとともに、黒潮続流南方海域から沖縄に向かって南西方向へと広がっていく(図2)。このような亜熱帯モード水の形成と広がりに伴い、海洋表面から内部に熱や物質等が運ばれる。大気中で年々増加している二酸化炭素も、亜熱帯モード水形成域の海面で盛んに海洋に吸収され、亜熱帯モード水とともに海洋内部へと運ばれている。

亜熱帯モード水の形成量は年によって変化することが分かっている。しかしながら、それが長期的にどのように変動するのか、また海洋の化学成分にどのように影響するのかは、よく分かっていなかった。

[研究内容]
気象庁は1967年以来50年以上にわたり、愛知県南方の東経137度線(図2)において、海洋気象観測船による定線観測を実施している(注2)。本研究では、東経137度線の50年間の観測データを用いて、亜熱帯モード水の形成と広がりの十年規模変動、ならびにそれが下流域の化学成分に与える影響を調べた。

東経137度線における亜熱帯モード水の断面積は過去40年間、十年規模で変動し、黒潮続流の安定期には時間とともに増加、不安定期には減少している(図3)。これは、不安定期には黒潮続流を南北に横切る亜熱帯域と亜寒帯域の間の海水交換が盛んとなり、亜熱帯モード水の主要な形成域である黒潮続流南方海域に北側の亜寒帯系の水が流入し、亜熱帯モード水の形成を阻害するためと考えられる。

化学成分も、亜熱帯モード水の形成と広がりの変動に関連した十年規模の変動を示す(図4)。黒潮続流の安定期には、黒潮続流南方海域からの亜熱帯モード水の沈み込みが増えるため、下流にあたる東経137度線では海水の古さの指標である「見かけの酸素消費量」と硝酸塩濃度(注3)がしだいに減り、逆に黒潮続流の不安定期には両者が増加する。さらに、1990年代半ばから観測が始まった全炭酸濃度(注4)は、黒潮続流の不安定期には大きく増加し、安定期には横ばいか若干減少する(図5)。これは、大気中の二酸化炭素濃度増加により海洋内部でも一定割合で増加している上に、黒潮続流の安定期には亜熱帯モード水の沈み込み増加により減り、逆に不安定期には増える効果が加わるためである。このような全炭酸濃度の変動を反映して、海水のpHは黒潮続流の不安定期に大きく減少し、安定期には横ばいか若干増加する。特に2010年以降は黒潮続流の安定期が長らく続いており、一時的に海洋酸性化の進行が止まった状態となっている。

[社会的意義・今後の予定]
18世紀ごろまで280ppmだった大気中の二酸化炭素濃度は、石油・石炭などの化石燃料の消費や森林破壊により最近ついに400ppmを超え、地球温暖化による人類社会への脅威がさらに増している。化石燃料等からの二酸化炭素排出は、地球を温暖化させるだけでなく、海洋を酸性化させており、その海洋生態系や水産業への影響も深く危惧されている。地球温暖化に伴い、大気や海洋の循環自体も変化しつつある。このような海洋循環の変化や海洋酸性化の実態とメカニズムを解明するとともに、それらが近い将来気候や海洋生態系に及ぼす影響を正しく予測することは、社会の安定に直結する海洋学の重要な研究テーマとなっている。

本研究の結果は、気候変動に伴い海洋循環が変わり、それが海洋の化学的構造に影響する様子を明確に示している。亜熱帯モード水の変動は、海洋表層の水温構造や貯熱量を変化させる。観測された全炭酸濃度やpHなどの変動は、海洋の化学・生物学的変動のメカニズムを解明する上でも、海洋酸性化の長期平均速度を正確に見積もる上でも重要である。今後は、亜熱帯モード水の変動が海面水温の分布を通じて大気にどのようなフィードバックを与えるか、また、沖縄近くの海洋内部で見いだされた化学的変動が海面付近の酸性化や生物生産にどのように影響するのかといった問題が重要な研究テーマとなる。さらに、亜熱帯モード水は各大洋の亜熱帯域に存在しており、同様の現象が北太平洋以外でも起こっているのかどうかも興味深い。

最後に、本研究成果は世界に類を見ない東経137度線の長期観測なしでは決して得られなかったということを強調したい。気候変動に対する海洋の物理・化学・生物学的応答を統合的に理解していくためにも、海洋気象観測船による定線観測を今後も継続していく必要がある。

発表雑誌

雑誌名:Geophysical Research Letters
論文タイトル:Remotely forced decadal physical and biogeochemical variability of North Pacific Subtropical Mode Water over the last 40 years
著者:Eitarou Oka*, Kodai Yamada, Daisuke Sasano, Kazutaka Enyo, Toshiya Nakano, and Masao Ishii
DOI番号:10.1029/2018GL081330
アブストラクトURL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1029/2018GL081330

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所
准教授 岡 英太郎(おか えいたろう)

用語解説
注1:北太平洋中央部における風の変動
太平洋十年規模振動と呼ばれる変動。アリューシャン低気圧の強さが十年規模で変動し、それに伴い北太平洋中央部における偏西風の強さや、北太平洋中央部から北米沿岸域にかけての海面水温が変化する現象。
参考:
http://www.data.jma.go.jp/kaiyou/data/db/climate/knowledge/pac/pacific_decadal.html
注2:東経137度線の定線観測
気象庁は1967年以来、東経137度に沿って紀伊半島東の北緯34度からニューギニア島北の北緯3度まで3400kmにおよぶ定線で、年2回の船舶観測を行っている。測定項目は海洋の物理・化学・生物特性に加え、海洋汚染、洋上大気と多岐にわたっており、これだけの規模の観測が50年以上続いている例は世界的にも稀である。公開されている観測データは、世界中の研究者によって海洋変動の研究に使われ、これまで100本以上の論文を生み出してきた。
参考:
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/mar_env/knowledge/OI/137E_summary.html
注3:見かけの酸素消費量と硝酸塩濃度
海水中の溶存酸素は、海水が海面で大気と接しているときはほぼ飽和状態にあるが、海水が海面を離れたあとは生物の呼吸や有機物(生物の死骸やフンなど)の分解に使われるため、時間とともに減少する。見かけの酸素消費量は、測定された溶存酸素量と飽和酸素量の差で、海水が海面を離れてから有機物の分解に使われた酸素量を表す。見かけの酸素消費量は海面ではほぼ0で、海水が海面を離れてからは時間とともに増加する。硝酸塩は、リン酸塩、ケイ酸塩とならぶ、栄養塩である。これら栄養塩は、海面近くでは植物プランクトンの光合成に使われる一方、海水が海面を離れたあとは有機物の分解により増加するため、見かけの酸素消費量と同様、時間とともに増加する。
注4:全炭酸濃度
二酸化炭素は海水に溶けると、二酸化炭素(CO2)と炭酸水素イオン(HCO3)と炭酸イオン(CO32-)の間で平衡状態となる。この3成分の和が全炭酸濃度であり、海水に溶けている無機炭素の量を表す。全炭酸濃度は、海水が海面を離れたあと、生物の呼吸や有機物の分解により時間とともに増加する。
添付資料

図1 2週間ごとに重ね描きした、衛星海面高度計データに基づく、各年の黒潮続流の流路(Qiu et al., 2017)。黒潮続流は1993-1994年、2002-2005年、2010年以降は安定状態、1995-2001年、2006-2009年は不安定状態にある。

図2 東経137度線(赤線)と亜熱帯モード水の循環。亜熱帯モード水は青色(上部)の海域でつくられ、海洋内部に沈み込んだのち、水色(下部)の海域へと広がる。

図3 冬季の東経137度線における亜熱帯モード水の断面積の時間変化。黒丸+細線は各年の値を、太線は長期変動を表す。パネル上部の線は1977年以降の黒潮続流の状態を表す(実線:安定期、点線:不安定期)。

図4 東経137度線の亜熱帯モード水中心部における、見かけの酸素消費量と硝酸塩濃度の時間変化。パネル上部の線は1977年以降の黒潮続流の状態を表す(実線:安定期、点線:不安定期)。

図5 東経137度線の亜熱帯モード水中心部における、全炭酸濃度とpHの時間変化。パネル上部の線は1977年以降の黒潮続流の状態を表す(実線:安定期、点線:不安定期)。

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