金属ナノ粒子の成長機構の一端を解明
2018/07/31 理化学研究所
理化学研究所(理研)放射光科学研究センター生命系放射光利用システム開発チームの苙口友隆客員研究員、中迫雅由客員主管研究員の共同研究チーム※は、金属ナノ粒子[1]の一つである「銅キューブ粒子」の成長に伴う内部構造とその変化を、X線自由電子レーザー[2](XFEL)施設「SACLA」[3]を光源として用いたX線回折イメージング(XDI)法[4]によって明らかにしました。
本研究成果は、これまで手探りと経験則で行われてきたナノ粒子作製方法に、新たな基軸と展開を与えるものと期待できます。
サブマイクロメートルサイズ[5]のナノ粒子の物性は、イメージング技術、新しいフォトニック材料[6]、医工学などの分野において技術革新をもたらす可能性があり、応用研究が進められています。応用研究では、ナノ粒子の形状・サイズ・内部構造を制御する必要があり、それらを観察することが重要です。形状・サイズは、電子顕微鏡[7]で観察できますが、内部構造を観察する測定手法はありませんでした。今回、共同研究チームは、「XFEL-XDI法」を用いて銅キューブ粒子1,637個の内部構造を可視化することに成功しました。その結果、これまで一様だと考えられていた内部構造に大きな偏りがあることを見いだしました。さらに、得られた多数の内部構造に対して、統計解析およびマニフォールド解析[8]を行うことで、粒子の成長過程に伴う内部構造の変化を明らかにしました。
本研究は、米国の科学雑誌『Nano Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(7月10日付け)に掲載されました。
※共同研究チーム
理化学研究所 放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門
生物系ビームライン基盤グループ 生命系放射光利用システム開発チーム
客員研究員 苙口 友隆(おろぐち ともたか)
(慶應義塾大学 理工学部 専任講師)
研修生 山本 隆寛(やまもと たかひろ)
(慶應義塾大学 理工学研究科)
客員主管研究員 中迫 雅由(なかさこ まさよし)
(慶應義塾大学 理工学部 教授)
東北大学 大学院 工学研究科
助教 吉留 崇(よしどめ たかし)
※研究支援
本研究は、文部科学省X線自由電子レーザー施設重点戦略課題推進事業「SACLAにおける低温X線回折イメージング実験の展開と標準化」及び日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 基盤研究A「コヒーレントX線回折による酵母核内の核酸分布イメージング(研究代表者:中迫雅由)」の支援を受けて実施されました。
背景
サブマイクロメートルサイズの「ナノ粒子」は、表面効果や量子効果によってバルク固体とは異なる独特な物性を示すため、現代のナノテクノロジーにおいて重要な基盤技術の一つを担っています。金属ナノ粒子の液相合成法[9]の発展により、さまざまな形状やサイズを持つ粒子が比較的簡単に作製できるようになりました。それに伴い、ナノ粒子をイメージング技術、センシング技術、新しいフォトニック材料、医工学といった幅広い応用技術に利用する研究が急速に発展してきました。
金属ナノ粒子の光学特性や電気特性などの物理物性は、形状・サイズ・内部構造によって決定づけられます。したがって、金属ナノ粒子の液相合成においては、粒子の構造をいかに制御するかが重要であり、合成過程にある粒子の形状・サイズ・内部構造を多数可視化して、成長メカニズムを明らかにすることが求められてきました。
「銅キューブ粒子」は、p型半導体[10]である酸化銅が主成分の金属ナノ粒子であり、これまでガス検出やリチウムイオン電池の電極に利用されてきました。硫酸銅水溶液や界面活性剤などの混合を繰り返すことで、10ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の界面活性剤で覆われた酸化銅粒子が核となって、一様な密度を持ったサイズが100~1,000nmのキューブ粒子に成長すると推測されてきました(図1)。しかし、成長した粒子の観察に主に用いられてきた透過電子顕微鏡観察では50nm以上の粒子の内部構造を可視化することができないため、これまで銅キューブ粒子の成長過程はよく分かっていませんでした。
研究手法と成果
共同研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」で得られる集光ミラー[11]で強度が増強されたXFELパルスを用いるX線回折イメージング法(XDI)測定によって、成長過程にある多数の銅キューブ粒子の内部構造を観察しました。その模式図を図2に示します。 透過性が高く、かつ強度が極めて大きいXFELパルスを用いたXDI測定では、透過電子顕微鏡観察の適用範囲を超えた厚みを持つナノ粒子の内部構造を25nm分解能で観察できます。さらにSACLAでは、XFELパルスが30Hz(1秒間に30回)で供給されるため、短時間で極めて多数の粒子の内部構造を観察できます。
集光XFELパルスは1ショットでも照射された物体を破壊するため、銅キューブ粒子を薄く散布した薄膜をXFELパルス照射位置に対して高速で並進させる(スキャンする)ことで、破壊されていない粒子の回折パターンを測定しました。高速で試料をスキャンして30Hzで回折パターンを取得する測定は、中迫客員主管研究員らが2016年に開発した低温試料照射装置『高砂六号』[12]によって既に可能になっています注1)。
注1)2016年5月18日SPring-8プレスリリース「X線自由電子レーザーによる非結晶試料からの高効率回折データ収集装置を実用化」
複数回のスキャンによって得られた約2万枚の回折パターンから、銅キューブ単一粒子からの良好なパターンを選別し、位相回復アルゴリズム[13]を適用することによって、1,637個の銅キューブ粒子の投影内部構造を可視化しました(図3左)。可視化された投影内部構造は、バルク金属から想起されるような一様密度の構造とは異なり、大きく偏った密度分布を持ち、また、その分布の仕方にも多様性があることが明らかになりました。
さらに、密度分布の形状や位置に着目すると、共通の特徴を持つ少数のグループに分類できることが分かりました(図3右)。最も多かった粒子構造は、キューブの一面の中央付近にいくつかの高密度領域があり、その面から釣鐘状に、高密度領域が伸びた構造特徴を持っていました。その他の粒子構造は、キューブの角もしくは一つの辺に高密度領域がある構造特徴を持っていました。これらの分類された粒子構造に対して、この共同研究チームが以前に開発したマニフォールド解析法注2)を適用したところ、銅キューブ粒子は成長の過程で上記の構造特徴を維持しながらも、高密度領域を広げていくことを示す結果が得られました。
注2)Yoshidome, T. at al.2015. Classification of projection images of proteins with structural polymorphism by manifold: A simulation study for X-ray free-electron laser diffraction imaging. Physical Review E 92, 032710
これらの結果は、一様な成長を前提としてきた従来の成長過程の考え方と異なり、銅キューブ粒子は、その外壁がキューブ形状へ成長すると同時に、内部構造は高密度領域を中心に非一様に成長していくことを示しています(図4)。また、キューブ形状の外形が完成すると、その内部に外部溶液から酸化銅粒子や界面活性剤分子が供給されなくなるため、内部構造は密度分布に偏りを持ったまま成長が止まり、それが今回のXDI測定によって観察されたと考えられます。
今後の期待
銅キューブ粒子の非一様かつ多様な内部構造を明らかにした今回のXFEL-XDI法の測定結果は、液相合成法による金属ナノ粒子の成長メカニズムに新しい知見を提供するだけでなく、これまで密度分布は一様であるとの前提で進められてきた金属ナノ粒子の物性研究の考え方に大きな転換を迫るものです。
今後、XFELパルスの強度を増加し、もっと多くの回折パターンを取得することで、銅キューブ粒子のより詳しい内部構造と成長過程が明らかになれば、液相合成の緻密な制御や、物性予測の理論的研究に大きな進展がもたらされると期待できます。また、液相で合成される金属ナノ粒子にXFEL-XDI法を適用することにより、それらの内部構造と成長過程が明らかになれば、金属ナノ粒子の成長メカニズムについてより統一的な理解が得られることも期待できます。
本研究は、ナノ構造の観察によりXFEL-XDI法の有用性を示したものであり、今後、本手法がナノ物理の重要な柱の一つとなるだけでなく、細胞の内部構造観察などの生物学的研究にも裾野を広げていくと考えられます。
原論文情報
Tomotaka Oroguchi, Takashi Yoshidome, Takahiro Yamamoto, and Masayoshi Nakasako, “Growth of cuprous oxide particles in liquid-phase synthesis investigated by X-ray laser diffraction”, Nano Letters, 10.1021/acs.nanolett.8b02153
発表者
理化学研究所
放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 生物系ビームライン基盤グループ 生命系放射光利用システム開発チーム
客員研究員 苙口 友隆(おろぐち ともたか)
(慶應義塾大学 理工学部 専任講師)
客員主管研究員 中迫 雅由(なかさこ まさよし)
(慶應義塾大学 理工学部 教授)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
補足説明
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- ナノ粒子
- 大きさが1マイクロメートル(1,000分の1ミリメートル)以下の粒子。主に、金属元素で合成された材料粒子を指す場合が多い。粒子が小さくなるにつれて、同じ元素で構成されたミリメートルサイズの粒子とは、物理化学的性質が著しく異なってくる。
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- X線自由電子レーザー(XFEL)
- X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とする。ほぼ完全な空間コヒーレント光であり、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルス光である。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
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- X線自由電子レーザー施設「SACLA」
- 理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。諸外国と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
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- X線回折イメージング法
- 干渉性の優れたX線を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用するイメージング手法のこと。これを利用して、金属ナノ材料粒子や細胞などの非結晶試料粒子の内部構造を可視化できる。
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- サブマイクロメートルサイズ
- 通常、マイクロメートル(100万分の1m)以下の0.1マイクロメートル(1,000万分の1m)オーダーを示す。
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- フォトニック材料
- 遠隔通信、情報の処理や保存、太陽電池、発光ダイオード、光磁気メモリー、ディスプレイなどに用いられる材料であり、半導体、磁性体などを用いて作製される。
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- 電子顕微鏡
- 通常の光学顕微鏡では可視光を試料に当てて観察するのに対し、電子顕微鏡では電子線を当てて観察する。電子線の波長は可視光よりもはるかに短いため、理論上0.1nm程度の分解能が得られる。
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- マニフォールド解析
- 今回解析した粒子の内部構造は相互に関連付けられ、画像のピクセル数に対応する多次元空間で多様体(マニフォールド)上に分布する。マニフォールド解析では、この分布の特徴を数学的手法を用いて低次元空間に落とし込み、その特徴を解析する。
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- 液相合成法
- ナノ粒子の作製方法の一つ。粒子の材料となる物質を溶解した溶液を適切な手順で混合するだけで、大きさが数十から数千nmの粒子を簡便かつ安価に作製できる。多くの場合、粒子は多面体構造を呈する。
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- p型半導体
- 正の電荷(正孔=ホール)を輸送する半導体。
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- 集光ミラー
- 楕円筒面形状ミラーは、色収差がなくさまざまな波長の光を反射できる点や、反射率が高く強度減衰が小さい点などの優れた特徴から、X線の集光に用いられることが多い。1次元集光を行う楕円筒面形状ミラーを2枚利用することで、鉛直方向と水平方向の集光を独立して行うことができる。2枚のミラー配置は提案者の名前をとってKirkpatrick-Baezミラー配置と呼ばれる。
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- 低温試料照射装置『高砂六号』
- 非結晶試料が散布された薄膜をX線照射野に搬送する装置。1秒間に30ショット入射されるX線パルスごとに薄膜を並進させる(スキャンする)ことによって、照射野に常に破壊されていない新鮮な試料粒子を供給することができる。
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- 位相回復アルゴリズム
- 回折パターンは、試料で回折されたX線の振幅情報のみを反映したもので、正しい像を再生するためには位相情報が必要になる。振幅情報から位相情報を取得する手順のこと。
図1 推定されていた銅キューブ粒子の成長過程の模式図と銅キューブ粒子の画像
上: 硫酸銅水溶液や界面活性剤水溶液などの混合を繰り返すと、界面活性剤に取り囲まれた10nm程度の酸化銅粒子(緑)が核となって会合しながら、一様な密度を持ち、サイズが100~1,000nmのキューブ粒子に成長すると推測されてた。右側の図は、キューブ状ナノ粒子へ成長している途中の様子。
下: 薄膜に散布した銅キューブ粒子の走査型電子顕微鏡(SEM)の画像。
図2 自由電子レーザー-X線回折イメージング(XFEL-XD)実験の模式図
集光XFELパルスが1秒間に30回、つまり33ミリ秒間隔で、試料薄膜に照射される。試料薄膜は、低温試料照射装置『高砂六号』内でX線照射野に搬送され、XFELパルス照射位置に対して高速で並進させる(スキャンする)ことで、粒子の回折パターンを測定する。回折パターンの検出には、SACLA検出器チームが開発したMPCCD Octal検出器とMPCCD Dual検出器を用いる。回折角が小さい領域の回折X線強度は強いため、減衰板を用いて強度を低下させ、MPCCD Dual検出器での測定を可能にしている。また、同検出器の前にはビームストップを置いて、XFELパルスが検出器を破壊するのを防いでいる。
図3 可視化された銅キューブ粒子の内部構造
左:一辺が約500nmの銅キューブ粒子1個からの回折パターンと、そのパターンに位相回復アルゴリズムを適用することによって得られた投影内部構造(差し込み図)。青→緑→黄→赤→白順に内部の密度が高くなる。
右:内部構造の投影像を分類することで得られた、銅キューブ粒子の内部構造のモデル。最も多かったのは、キューブの一面の中央付近にいくつかの高密度領域があり、その面から釣鐘状に高密度領域が伸びた構造特徴を持つ粒子であった(中)。キューブの角に高密度領域を持つ粒子も多数観察された(右)。
図4 キューブ粒子の成長過程の模式図
銅キューブ粒子は、その外形がキューブ形状へ成長すると同時に、内部構造は高密度領域(灰)を中心に非一様に成長していき、キューブ形状の外壁が完成すると、成長核となる界面活性剤と銅粒子の複合体は外に出ることができず、内部構造は密度分布に偏りを持ったまま成長が止まると考えられる。その結果、上図のような投影電子密度が観察される。