初期の宇宙で急激に酸素が増加した痕跡を捉える

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2023-11-09 東京大学宇宙線研究所,国立天文台

図1 : 研究チームがジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光器NIRSpecの観測データを解析することで得た122-133億年前の宇宙にある138個の銀河の二次元赤外線スペクトルの一覧下から上にかけて、より遠くの銀河のスペクトルが表示されています。拡大図は、うち一つの銀河の画像と一次元スペクトルを例として表しています。光っている部分が、水素や酸素などの原子やイオンから放射される輝線です。宇宙膨張の影響により、より遠くの銀河からの輝線ほど長い波長へ(より右側へ)シフトして観測されています。これらの輝線の強さから、酸素などの元素の存在比を調べることができます。(クレジット:NASA, ESA, CSA, K. Nakajima et al.)

発表のポイント

◆ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の大規模観測データを用い、133億年前の初期宇宙まで遡り、酸素の存在比を調べることに成功しました。
◆宇宙の最初の5〜7億年(131-133億年前)における銀河の中で、酸素が急激に増えたことを裏付ける証拠を初めて得ることができました。
◆これは地球や生命に欠かせない酸素が、宇宙の歴史の中でどのように作られてきたのかを明らかにする上で、大変重要な成果です。

発表の概要

国立天文台の中島王彦特任助教及び東京大学宇宙線研究所の大内正己教授らの研究チームは、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の大規模観測データを用い、宇宙誕生から5億年後にあたる、133億年前の宇宙まで遡り、酸素の存在比(※1)を調べました。その結果、宇宙の最初の5〜7億年(131-133億年前)にある銀河の中で、酸素が急激に増えたことが判明し、その成果論文が米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメントシリーズ」(電子版)に2023年11月13日付で掲載されることになりました。地球や生命に欠かせない酸素が、宇宙の始まりから現在までに作られた過程を明らかにする上で、大変重要な研究結果と言えます。

研究の内容

ビッグバンで誕生したばかりの宇宙には、水素、ヘリウム、そして微量のリチウムといった軽い元素しか存在しませんでした。その後、星の誕生によって酸素などのより重い元素は、星の内部で核融合反応を経て合成され、超新星爆発などで銀河の中にばら撒かれます。このような元素合成が宇宙の長い歴史の中で行われることにより、現在の私たちや多様な物質を構成するに至ったと考えられます。

「元素の進化の歴史を解明することは、私たちを構成する物質の起源を探ることにつながる最も基本的な知的探求の一つと言えます」と語るのは、研究チームの代表の中島さんです。

星の集まりである銀河に含まれるガスを、遠くまで観測することで、過去の宇宙における酸素の存在比を測ることができます。これまでの観測から、ビッグバンから約20億年後(120億年前)の宇宙においては、銀河の中に既に豊富な酸素が存在することが判明していました。しかし、それより過去の宇宙にある銀河からの光は、宇宙膨張の影響を強く受けて、近赤外線になるため、ほとんど観測することができませんでした。研究チームは、2022年に科学運用を始めたばかりのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の近赤外線分光器NIRSpecで得られた1-5マイクロメートルの観測データを使って、これまで酸素の存在比を調べることがほぼ不可能だった120億年以前の遠い銀河を138個(図1)見つけ、それらの酸素の存在比を測定することに成功しました。

この研究の開始時には、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測データの解析手法は世界的にもまだ確立されていませんでした。しかし、様々な試験を重ね、優れた解析手法を開発し、さらにはこの解析手法を従来の研究よりも数倍から10倍以上の大きなデータに適用しました。

その結果、現在から131億年前までの銀河では、銀河の質量などに応じた量の酸素が存在していることが明らかになりました。その一方で、131〜133億年前で⾒つかった7個の銀河中7個全てが酸素の存在比が半分程度と少なくなっており、このうち6個については95%以上の確率で酸素の存在比が少なかったのです(図2および図3)。「これによって、宇宙の誕⽣から最初の5〜7億年において、銀河における酸素の存在比が急激に増えたことが分かったのです」と中島さんは力を込めます。

図2 : (a) 酸素の存在比の欠乏が明確に示された131〜133億年前に見つかった6天体の近赤外線画像(JWST/NIRCamによる)
現在から131億年前までの銀河ではこのような欠乏は平均的に見られず、宇宙の最初の5〜7億年において銀河における酸素の存在比が急激に増えたことが示されました(図3)。(クレジット:NASA, ESA, CSA, K.Nakajima et al.)


図2 : (b) 酸素の存在比の欠乏が明確に示された131〜133億年前に見つかった6天体のうちの代表的な1天体の近赤外線画像(JWST/NIRCamによる)(クレジット:NASA, ESA, CSA, K. Nakajima et al.)図3 : 現在の宇宙を基準に、銀河に含まれる酸素の存在比(O/H)が宇宙の時代とともにどう進化してきたのかを表すグラフ 同程度の質量などの性質を持つ銀河の平均で比較をしています。黒印がこれまでの研究結果、赤星印が本研究チームの研究結果です。現在から131億年前(赤方偏移で0〜8に相当)までの銀河では、酸素の存在比に大きな進化が見られないことが判明しました。その一方で、131〜133億年前(赤方偏移で8〜10に相当)の銀河では、酸素の存在比が半分程度と少なくなっていることが明らかとなりました。宇宙初期において酸素が急激に増加した様子が初めて捉えられました。(クレジット:K. Nakajima et al.)


「宇宙が誕生して、酸素が全く存在しなかった138億年前の時代から、豊富な酸素で生命が存在する現在の時代までの間に、酸素が作られ、銀河に蓄えられていった過程は十分に理解されていませんでした」。こう話すのは研究チームのメンバーの大内正己教授 (東京大学宇宙線研究所・国立天文台) です。大内さんは続けます。「131〜133億年前という初期の宇宙で酸素の存在比が急激に高まり、現在の宇宙に至ったことが示されたことで、宇宙で初めて誕生した生命は、これまでの予想よりも早い時代だったかもしれません」。

この研究成果は、Kimihiko Nakajimaらによる論文「JWST Census for the Mass-Metallicity Star Formation Relations at z = 4-10 with Self-consistent Flux Calibration and Proper Metallicity Calibrators」として、米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメントシリーズ」に2023年11月13日付で掲載される予定です。

用語解説

(※1)酸素の存在比
酸素の存在比は、水素Hに対する酸素Oの個数比(O/H)を意味します。ここで水素は、宇宙誕生時から存在していた元素であるため、基準に使われています。

論文情報

〈雑誌〉 米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル・サプリメントシリーズ」
〈題名〉  “JWST Census for the Mass-Metallicity Star Formation Relations at z = 4-10 with Self-consistent Flux Calibration and Proper Metallicity Calibrators”
〈著者〉Kimihiko Nakajima, Masami Ouchi, Yuki Isobe, Yuichi Harikane, Yechi Zhang, Yoshiaki Ono, Hiroya Umeda, Masamune Oguri
〈DOI〉10.3847/1538-4365/acd556
〈URL〉https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4365/acd556

発表者

国立天文台 科学研究部
中島 王彦 特任助教
Yechi Zhang(張也弛)日本学術振興会特別研究員
東京大学 宇宙線研究所 宇宙基礎物理学研究部門
大内 正己 教授
兼:国立天文台 教授
播金 優一 助教
小野 宜昭 助教
磯部 優樹 博士後期課程
梅田 滉也 博士後期課程
千葉大学 先進科学センター
大栗 真宗 教授

研究助成

この研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP19H00697, JP20H00180, JP20K22373, JP21H04467, JP21J20785, JP21K13953)の支援を受けて行われました。

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