「宇宙線ミュオン」が電子機器の誤作動を引き起こす

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超スマート社会の安全・安心を支えるソフトエラー評価技術の開発に向けて

2018/05/29 九州大学 大阪大学 エネルギー加速器研究機構 J-PARCセンター

日本原子力研究開発機構

スマートフォンやパソコンだけでなく、冷蔵庫などの家電に至るまでコンピューターが搭載されるようになり、電子機器は私達の生活には欠かせないものとなりました。しかし、最近では、これら電子機器の誤作動を引き起こす原因の一つとしてソフトエラー注1)と呼ばれる現象が注目されています。ソフトエラーとは一過性の誤作動や故障のことで、その要因の一つは宇宙線注2)が電子機器に衝突して生じる半導体デバイスのビット情報反転注3)です。宇宙線は地上に降り注ぐ自然の放射線で、この正体は目に見えない中性子やミュオン注4)です。半導体デバイスの微細化・低消費電力化が進むにつれ、放射線耐性は低下しており、従来懸念されてきた宇宙線中性子ばかりでなく、宇宙線ミュオンによるソフトエラー発生の可能性も指摘されています。

九州大学大学院総合理工学研究院の渡辺幸信教授と大学院総合理工学府博士後期課程1年の真鍋征也、大阪大学大学院情報科学研究科の橋本昌宜教授と同博士後期課程3年の廖望ほか、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所、J-PARCセンター、日本原子力研究開発機構(JAEA) 原子力基礎工学研究センターの11名からなる共同研究チームは、J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)内のミュオン実験装置MUSEにて、半導体デバイスに対する正および負ミュオン照射試験を行い、正ミュオンに比べて負ミュオンの方がメモリ情報のビット反転の発生確率が高くなることを実験的に初めて明らかにしました。

今回の実験で、ソフトエラー発生には半導体デバイス内に停止する低エネルギーミュオンによる影響が大きいこと、特に負ミュオンの方が正ミュオンより高い発生確率を示すことが明らかになりました。これは、負ミュオンの停止した場所での捕獲反応注5)に起因します。

負ミュオンの照射実験結果の報告はこれまでになく、ソフトエラーの正確な評価とそれに対する対策はIoT注6)の進展による超スマート社会の実現に寄与すると考えられます。今後は、さらに試験データを蓄積し、シミュレーション手法の精度を高めたソフトエラー発生率の評価技術を確立し、その技術を次世代半導体デバイスの設計などに応用することで、自動運転やIoT分野の安心・安全な半導体技術の創出に貢献することが期待されます。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(16H03906)の助成を受けて行われました。

また、本研究成果は、2018 年5月24 日(木)(日本時間)に「IEEE Transaction on Nuclear Science誌(電子版)」に掲載されました。

研究者からひとこと:
宇宙線によるソフトエラー対策の重要性が指摘されています。本研究成果に基づいてエラー発生機構をさらに解明し、発生率の正確な評価とその対策に貢献する技術開発を進めていきます。

本共同実験チームのメンバー

(参考図)
負ミュオンが半導体メモリデバイスに入射し、負ミュオン捕獲反応で発生した二次イオン(陽子やヘリウム等)により電荷が付与されて、ビット情報反転が生じる現象の模式図

【研究成果のポイント】

  • 電子機器の誤作動を引き起こす原因の一つとしてのソフトエラーの現象が注目されている。
  • ソフトエラーの原因として宇宙線中性子だけでなく宇宙線ミュオンの可能性も指摘されている。
  • 今回の実験で低エネルギーミュオンによる影響(特に負ミュオン)が大きいことを明らかにした。
  • 今後の安全安心な次世代半導体デバイス設計への応用に期待。

【研究の背景】

今日の高度情報化社会は、情報通信技術を用いて生み出される多くの高性能・多機能な電子機器によって支えられており、これらに誤作動が生じた場合、甚大な被害が引き起こされるリスクがあります。そのため、機器の性能向上に加えて、安心・安全の観点から信頼性の確保が重要となります。近年注目されている電子機器の誤作動の原因の一つにソフトエラーと呼ばれる現象があります。ソフトエラーとは電子機器が放射線(宇宙線)に曝された際に生じる一過性の誤作動や故障のことです。宇宙線は絶えず地上に降り注いでいて、その宇宙線のうち、主要な成分(荷電粒子の約75%)はミュオンです。ミュオンは透過力が高いので、電子機器の中にも到達します。

半導体デバイスの微細化・低消費電力化が進むにつれ、半導体デバイスの放射線耐性は低下しており、従来から懸念されて対策が進んでいる宇宙線中性子ばかりでなく、宇宙線ミュオンに起因するソフトエラー発生の可能性も指摘され始めています。これまで正ミュオン照射実験結果の報告は数例ありましたが、負ミュオン照射試験の報告はありませんでした。先行のシミュレーション研究により、負ミュオンは原子核に捕獲される物理過程により正ミュオンよりソフトエラーの影響が大きいことが予想されており、その実験的検証が強く望まれていました。

【研究手法と成果】

本研究では、J-PARC MLF内のミュオン実験装置MUSEで発生可能な世界最高強度の正および負ミュオンビームを用いて、半導体デバイスの照射試験を行いました。 本試験には、65nm設計ルール注7)の12メガビットSRAM(Static RAM)に低エネルギーミュオン(運動量34~44MeV/c)を照射し、入射運動量やデバイス印加電圧を変えて、メモリセルのビット反転発生確率を測定しました。その結果(図1参照)、ミュオンがデバイスの有感領域内に停止する入射運動量領域で、負ミュオンの方が正ミュオンに比べてビット反転発生率が高くなることを実験的に初めて観測しました。粒子・重イオン輸送計算コードPHITS注8)を用いたデバイス内のミュオン挙動シミュレーション結果と比較することで、両者の差は、停止位置での負ミュオン捕獲反応により発生する二次軽イオン(陽子やヘリウム)と反跳核イオンによる局所的な電荷付与が、ミュオン自身の直接電離による電荷付与に比べて十分大きいことが影響していることを明らかにしました。

図1 SOTB(silicon on a thin buried oxide)構造のSRAM(動作電圧:0.5V)に対する測定結果の一例。赤丸と青四角がそれぞれ、負ミュオンと正ミュオンによるビット反転確率(相対値)を示す。縦軸は対数表示。38MeV/cの運動量で入射したミュオンはメモリセルのトランジスタ領域近傍に停止し、大きな電荷を付与することでビット反転を引き起こす。負ミュオンは停止位置で原子核に捕獲され二次イオンを生成するために、正ミュオンに比べて約4倍大きな発生確率を示している。

【今後の期待】

放射線による半導体デバイスの誤作動は確率的に稀にしか起こらない現象ですが、IoTの普及とともに世界中で膨大な数の半導体デバイスが使われているため、今後、発生数が増えることが予想されます。特に、社会インフラを支えている電子機器内でいったん誤作動がおこると、致命的な障害を起こす可能性があります。次世代半導体デバイスで顕在化が危惧されている宇宙線ミュオンに起因するソフトエラーの発生機構を実験・シミュレーションによりさらに解明し、エラー率推定のための基盤技術(国内ミュオン施設を活用した試験技術と先端シミュレーション技術)を開発していきます。開発された基盤技術を次世代半導体デバイスの設計などに応用することで、車の自動運転やIoT分野の安心・安全な半導体技術の創出に貢献することが期待されます。

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