大きな鼻が男前なぜテングザルの鼻は長いのか

生態・形態データからその進化のシナリオを初解明

平成30年2月22日 京都大学 中部大学 科学技術振興機構(JST)

ポイント
  • テングザルの鼻をモデルとして、ダーウィン以来の仮説である「性選択による進化」に対するエビデンスを示した。
  • 雄の鼻の大きさ、体重、睾丸容量、群れを形成する雌の数、声の低さとの相関関係を示すことで、形態、音声、社会生態学という多角的な観点から、「大きな鼻は性選択に有利」という進化のシナリオを、霊長類で初めて実証的に示した。
  • さまざまな生物学的要素のインタラクションにより創発される進化のメカニズムを解明するため、霊長類をモデルとした認知実験、内分泌動態、ゲノム情報の解読といった学際研究を推進していく。

テングザルは、名前の由来にもなっている天狗のように長く大きな鼻が特徴的なサルで、東南アジアのボルネオ島の沿岸部、川沿いに広がる密林にのみ生息し、絶滅危惧種に指定されています。

テングザルがなぜこのような奇妙な形態進化を遂げたのかは大きな謎でした。香田 啓貴 京都大学 霊長類研究所 助教と松田 一希 中部大学 創発学術院 准教授、国内外の動物園、研究機関からなる国際共同研究グループは、野外観察によるテングザルの生態や形態データを10年以上にわたり蓄積してきました。また、野外観察に基づく経験から、テングザルの雄の鳴き声と鼻の形態にも着目して研究を続けてきました。本研究成果から、テングザルが形成する特殊な社会性が雄間競争の発端となり、雌の雄選択が加速することで特異な鼻へと進化した進化のシナリオが示唆されました。

具体的には、野生テングザルの雄の鼻のサイズと体重、睾丸容量に正の相関関係が発見されました。また、野生のテングザルはハーレム型の群れ(1頭の雄、複数頭の雌とその子どもたちからなる)で暮らしており、ハーレム内の雌の数は、大きな鼻を持っている雄ほど多いことも明らかになりました。さらに、テングザルの雄が鼻を使って、雌を魅了するようなより低い鳴き声を発していることを示しました。つまりテングザルの雄の声の低さは、雄の肉体的な強さと(体格の大きさ)、高い繁殖能力の証であり(大きな睾丸)、雌を魅了するための大きな武器になっているようです。

うっそうと茂る熱帯林では、雌は視覚だけに頼って優れた雄を見極めるのは難しく、鼻の大きさや体格という見た目だけに頼らない音声という聴覚的シグナルも、雌が雄を選択するための重要な要素になっています。また、鼻の大きさや音声という分かりやすいシグナルで、雄は互いの強さを間接的に認知することで、雄同士の雌をめぐる無駄な争いを回避していると考えられます。本研究は、霊長類の雄に特徴的な「男らしさ」の進化過程において、形態やコミュニケーション、社会生態学的な要素が相互作用し鼻の肥大化を加速させた進化のシナリオを世界で初めて評価しました。

本研究は、2018年2月21日(米国東部標準時間)に米国の科学誌「Science Advances」にオンライン掲載されます。

本成果は、以下の支援によって得られました。

  • 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」(研究総括:間瀬 健二)「脳領域/個体/集団間のインタラクション創発原理の解明と適用」(代表者:津田 一郎)
  • 人類進化の霊長類的起源の解明に向けた若手研究者育成国際プログラム HOPE(京都大学 霊長類研究所)
  • 科学研究費助成事業 基盤C(#15K0030 香田)、基盤B(#16H04848 香田研究分担) 、基盤A(#16H02058 香田研究分担)、若手A(#21770261 松田)、萌芽(#15K14605 松田)
  • National Geographic Society(#9254-13 松田)
  • Wildlife Reserves Singapore(Exp14/10 松田)
  • 稲盛財団(松田)
  • 小野音響科学財団(香田)
  • Yayasan Sime Darb(Goossens、Nathan、Stark、Ramirez)
  • 文科省科研費新学術領域「共創的言語コミュニケーション」(領域代表:岡ノ谷 一夫)「言語の下位機能の生物学的実現」(代表者:岡ノ谷 一夫 #17H06380)
<研究の背景>

動物の世界で派手なのは雄です。これは進化論を唱えたダーウィンが指摘したものであり、派手で装飾的な形態は、雌をめぐる雄の争いの性選択によって進化したと考えられています。霊長類においても、我われヒト男性が生やすヒゲはもちろん、ゴリラに見られるシルバーバック、そしてテングザルの鼻など、「強い」雄だけが持つ特徴が存在します。これらは、雄間競争や雌選択が関係して進化したと考えられています。雄間競争が激化すると、雄はいわゆる「勲章」となるような視覚的に強さを理解しやすい形態進化を遂げることで、無駄な争いを避けるようになります。また、そのような雄の装飾を雌は注意深く観察し、より強い雄を選択するようになります。その過程で、雄の装飾はより顕著に進化していくと考えられます。

一方、雄間競争、雌による雄の選択は、動物の社会性とも大きく関係しています。特に複雑な社会関係が存在する霊長類社会では、雄の装飾は社会的な地位を反映しやすいと考えられています。中でもハーレム型の群れを形成する種では、より多くの雌を雄が独占するために性的競争が生じやすく、雄の派手な形態装飾が顕著になりやすいといわれています。本研究のテーマであるテングザルは、複数のハーレムが集まり、さらに大きな集団「バンド」を形成する重層社会という特殊な社会を形成します。複数のハーレムは縄張りを持たず、泊り木では複数のハーレムが近接して眠ります。つまりハーレムの雄同士は、より多くの雌を獲得するために競争し、雌は強い雄を選ぶ機会が頻繁にあることを意味します。このようなテングザルの特殊な社会性により生じた性をめぐる競争の結果として、テングザルの雄の鼻は進化したのだと考えられます。

本研究グループは、マレーシア・サバ州のキナバタンガン下流域で野生テングザルの観察を10年以上にわたり継続してきました。当初はその生態のほとんどが謎に包まれていたテングザルの基礎的な生態情報が集まり、また野外研究を通じて構築した、国外のさまざまな研究機関や動物園とのネットワークを生かしてテングザルの鼻の謎の解明に挑みました。

<研究の内容>

2011年から2015年の間に、マレーシア・サバ州政府とイギリスのカーデフ大学が主導となり、テングザル保全プロジェクトが実施されました。その一環として、テングザルにGPS内蔵の首輪を取り付けるために野生個体の捕獲が実施されました。動物倫理の観点にも注意を払いながら、本研究グループは18頭の野生テングザルの雄の形態を計測し、各計測部位の相関関係を多角的に検討しました。また2000年から実施していた、キナバタンガン下流域の支流マナングル川に生息するテングザル全群を同定した社会性の研究データから、各ハーレムに所属している雌の数を抽出しました。ハーレムの核となる大人の雄の鼻のサイズは、当時の顔写真を基に計測しました。これらのデータを基に、各ハーレムの雄の鼻のサイズと雌の数の相関関係を検討しました。

テングザルの音声に関する研究は、より高質な音声サンプルが必要であるため、シンガポール動物園、よこはま動物園、サバ動物園の飼育テングザルの雄から収集しました。集めた雄の鳴き声から、体重、鼻の影響を受けていると考えられる音域を抽出し、各雄個体の形態情報との相関関係を検討しました。これらの研究データから、テングザルの雄の声の低さは、雄の肉体的な強さと(体格の大きさ)、高い繁殖能力の証であり(大きな睾丸)、雌を魅了するための大きな武器となっている可能性を示すことに成功しました。テングザルの大きな鼻は、まさに「オスのシンボル」です。

<今後の予定>

本研究は、外部形態やコミュニケーション、特異な社会などのさまざまな要素が相互作用し、「男らしさ」を加速化させる進化のシナリオを実証的に提案した、霊長類で初めての成果です。テングザルの特異な鼻の形態進化の謎に迫る本研究は、ヒトやゴリラを代表として幅広い霊長類に見られる性選択という共通原理の解明に貢献できると言えます。我々ヒトに固有と考えられる社会や言語も、こうした性選択に代表される進化のメカニズムの制約のもと、創発・進化してきた副産物として考えることで、人類進化の解明に向けた、先端的な霊長類学の進展が期待できます。今後は認知実験や内分泌動態、進化の背景に潜むゲノム情報などの学際研究を推進することで、テングザルの鼻形成のメカニズムと進化史の「証明」を目指していきます。

<参考図>

テングザルの雄の体重は約20キロ、雌はその半分くらいの重さしかない。

長く大きな鼻を持つのは雄だけの特徴。

<論文情報>

タイトル
“Nasalization by Nasalis larvatus: Larger noses audiovisually advertise conspecifics in proboscis monkeys”

著者名
Hiroki Koda,Tadahiro Murai,Augustine Tuuga,Benoit Goossens,Senthilvel K.S.S. Nathan,Danica J. Stark, Diana A. R. Ramirez,John C. M. Sha,Ismon Osman,Rosa Sipangkui,Satoru Seino, Ikki Matsuda

doi
10.1126/sciadv.aaq0250

<関連研究機関>

京都大学 霊長類研究所、サバ州野生動物局、ダナウギランフィールドセンター、カーデフ大学、中山大学、シンガポール動物園、よこはま動物園、中部大学 創発学術院、京都大学 野生動物研究センター、日本モンキーセンター、サバ大学 熱帯保全研究所

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

香田 啓貴(コウダ ヒロキ)
京都大学 霊長類研究所 助教

松田 一希(マツダ イッキ)
中部大学 創発学術院 准教授

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

<報道担当>

京都大学 総務部 広報課 国際広報室

中部大学 渉外部

科学技術振興機構 広報課