植物の再生を司る遺伝子制御ネットワーク

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再生しやすい植物の作出に期待

2018年2月15日 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター細胞機能研究チームの池内桃子訪問研究員、柴田美智太郎訪問研究員、杉本慶子チームリーダーらの国際共同研究グループ※は、植物の器官再生を司る遺伝子制御ネットワークの全体像を明らかにしました。

植物は高い再生能力を持っており、小さな植物片から個体全体を再構築できることがあります。私たちはこの植物の再生能力を広く利用して、組織培養[1]によるランやシクラメンなどの花卉(かき)植物の大量生産、遺伝子導入による青いバラの作出などを行なっています。一方、農作物の中には組織培養が難しいものもあり、新たな組織培養技術の開発が求められています。新たな技術の開発には、植物が再生する基本的な仕組みを解明し、再生の過程で働く多くの遺伝子群の複雑なネットワークの全貌を捉えることが重要です。

今回、国際共同研究グループは、酵母ワンハイブリッド法[2]を用いて遺伝子同士の制御関係を網羅的に調べました。252転写因子[3]と48遺伝子の制御領域(プロモーター[4])について調べた結果、1162個の相互作用を検出しました。1162個の相互作用をネットワーク解析[5]した結果、再生に関与する因子として既に知られているESR1とPLT3が重要な位置を占めることが確認されました。また、熱や傷ストレスによって活性化されることが知られるHSFB1が、再生に関与する可能性が新たに分かりました。今回の大規模な解析によって、これまで再生現象に関わることが確認されていなかった因子が再生に重要な役割を果たす可能性が示されました。

本成果は今後、農作物の組織培養技術の改善などに役立ち、再生しやすい植物の作出につながると期待できます。

本研究は、国際誌『Plant and Cell Physiology』オンライン版(2月15日付け)に掲載されます。

本研究は、文部科学省の科学研究費補助金新学術領域「植物の成長可塑性を支える環境認識と記憶の自律分散型統御システム」および日本学術振興会の科学研究費助成事業基盤B「植物の器官再生を制御する分子機構」、若手B「植物細胞リプログラミングにおけるWOX遺伝子の機能解析」、若手B「脱分化から茎葉再分化への分子カスケード」の支援を受けて実施されました。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 環境資源科学研究センター 細胞機能研究チーム
チームリーダー 杉本 慶子(すぎもと けいこ)
訪問研究員 池内 桃子(いけうち ももこ)(日本学術振興会 特別研究員)
訪問研究員 柴田 美智太郎(しばた みちたろう)(日本学術振興会 特別研究員)
研究員 バート・ライメン(Bart Rymen)
研究員 岩瀬 哲(いわせ あきら)
特別研究員 デービッド・ファベロ(David S. Favero)
研修生 ダンカン・コールマン(Duncan Coleman)(東京大学大学院 博士課程)
研修生 高橋 達也(たかはし たつや)(東京理科大学大学院 修士課程)
テクニカルスタッフ(研究当時) ルイス・ワット(Lewis Watt)

カリフォルニア大学 デイビス校
准教授 ショバン・ブレディ(Siobhan M. Brady)
技術職員 アンネマリット・バーグマン(Anne-Maarit Bågman)

ケンブリッジ大学 センズベリー研究所
フェロー セバスチャン・アーネルト(Sebastian E. Ahnert)

背景

植物は一般的に高い再生能力を持つと考えられています。私たちは植物の再生能力を広く利用して、組織培養によるランやシクラメンなどの花卉(かき)植物の大量生産、遺伝子導入による青いバラの作出などを行なっています。植物の再生能力は、植物種によって大きく異なり、器官を切断するだけで新たな茎葉や根を再生できる植物種、あるいは切断した茎葉などを、オーキシン[6]やサイトカイニン[6]という植物ホルモン[6]を添加した培地で培養すると新たな器官を再生できる植物種などさまざまです。一方、体組織から新たな器官再生ができない植物種もあります。ダイズやイネなどの農作物では、品種によっては器官再生の効率が非常に低く、農業上で問題になっている例が多くあります。

このような問題を解決するため、これまでは植物ホルモンの濃度など培養条件を最適化することで、組織培養技術の改良が行われてきました。しかし、器官再生に関わる遺伝子の働きが解明できれば、従来の方法では組織培養が難しい種でも組織培養が可能になり、再生しやすい品種を効率的に選定できると考えられます。

杉本チームリーダーらは、これまでに植物が傷口から新たな器官を生み出す仕組みについて研究を行い、2011年に鍵となる転写因子のWIND1遺伝子の発見注1)、2017年に茎葉再生を司るESR1をWIND1が直接制御する仕組みの発見注2)など、世界に先駆けて重要な成果を発表してきました。

細胞の中では、多くの遺伝子群が互いに関わり合いながら複雑な制御ネットワークを構築していると考えられますが、全体像はこれまで分かっていませんでした。また、傷ストレスとオーキシン・サイトカイニン投与という異なる外部刺激がどのように関連し合って器官の再生を誘導するのかという点も未解明でした。

注1)2011年3月11日プレスリリース「植物細胞の脱分化を促進するスイッチ因子を発見
注2)2017年1月17日プレスリリース「植物が傷口で茎葉を再生させる仕組み

研究手法と成果

国際共同研究グループはまず、酵母ワンハイブリッド法を用いて遺伝子同士の制御関係を網羅的に調べました(図1)。252転写因子と48遺伝子の制御領域(プロモーター)について調べた結果、合計1162個の相互作用を検出しました。得られた結果に基づき、ネットワーク解析を行うことによって、ネットワーク構造において重要な位置を占める因子を同定しました。

その中には、再生に関与する因子として既に知られているESR1とPLT3が、含まれていました。また、熱や傷ストレスによって活性化されることが知られているHSFB1が、再生の鍵となる役割を果たす可能性が新たに示されました(図2)。

また、酵母細胞中で検出された相互作用が、実際の植物においてどの程度重要であるかを調べるために、植物における遺伝子の働きを調べました。その結果、傷ストレスによってオンになる遺伝子群と植物ホルモン投与によってオンになる遺伝子群が、協調しながらさまざまな下流現象を制御する様子がみえてきました。

さらに、池内訪問研究員らが最近発表した遺伝子発現データを活用して注3)、植物が傷ストレスを受けてから遺伝子の活性がオンになるタイミングを詳しく比べたところ、早く活性化される遺伝子が他の遺伝子に働きかけることで、後からその遺伝子が活性化される例が複数見いだされました。

注3)Ikeuchi et al. Wounding triggers callus formation via dynamic hormonal and transcriptional changes. Plant Physiology (2017)

今後の期待

今回の大規模な解析によって、これまでに再生現象に関わることが確認されていなかった因子が新たに再生に重要な役割を果たす可能性が示されました。

本研究によって得られた知見に基づき、今後は植物の再生について詳しく調べることで、さらに正確で詳細な「全体図」を描けるようになります。植物の再生に関する基礎研究によって得られた知見は、今後、農作物の組織培養技術の改善などに役立ち、再生しやすい植物の作出につながると期待できます。

原論文情報

Momoko Ikeuchi, Michitaro Shibata, Bart Rymen, Akira Iwase, Anne-Maarit Bågman, Lewis Watt, Duncan Coleman, David S. Favero, Tatsuya Takahashi, Sebastian E. Ahnert, Siobhan M. Brady and Keiko Sugimoto, “A gene regulatory network for cellular reprogramming in plant regeneration”, Plant and Cell Physiology, doi: 10.1093/pcp/pcy013

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 細胞機能研究チーム
チームリーダー 杉本 慶子 (すぎもと けいこ)
訪問研究員 池内 桃子 (いけうち ももこ)
訪問研究員 柴田 美智太郎 (しばた みちたろう)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

産業利用に関するお問い合わせ

理化学研究所 産業連携本部 連携推進部

補足説明

  1. 組織培養
    動物や植物などの組織の一部を取り出して、試験管内の培地で維持したり、培養して増やしたりする技術。植物分野では、種子から育てるのが困難な植物を大量に増やしたり、ウイルスに感染していない植物を作り出すなど、広く応用されている。多くの場合、植物ホルモンを添加する。
  2. 酵母ワンハイブリッド法
    酵母細胞を使って、転写因子がプロモーターに結合するかどうかを調べる方法。転写因子がプロモーターに結合すると、そのプロモーターの制御下にある遺伝子の働き方を調節する。
  3. 転写因子
    遺伝子の制御領域に結合して遺伝子の働き方を調節するタンパク質。
  4. プロモーター
    遺伝子のオン/オフを調節する制御領域のこと。
  5. ネットワーク解析
    多くの要素が複雑に関係し合っている場合に、個々の要素に着目するよりも、関係性やネットワークの構造に着目することによって全体像を明らかにする研究手法。ネットワーク解析によって、社会のネットワークと遺伝子制御ネットワークの間には共通性があることが明らかになっている。
  6. オーキシン、サイトカイニン、植物ホルモン
    植物ホルモンは、植物によって生産され低濃度で植物の生理過程を調節する成長調節物質の総称。オーキシンやサイトカイニンも含まれる。サイトカイニンは、もともとオーキシン存在下で細胞分裂や茎葉形成を促進する一群の因子として発見された。

酵母ワンハイブリッド法の図

図1 酵母ワンハイブリッド法

半自動化システムを用いて酵母の大規模スクリーニングを行った(左)。転写因子とプロモーターが相互作用すると、コロニーが青色になる(右)。

植物の再生を司る遺伝子制御ネットワークの図

図2 植物の再生を司る遺伝子制御ネットワーク

酵母ワンハイブリッド法によって描き出された遺伝子同士の制御関係を表している。丸の大きさが重要性を示し、赤い丸で示したESR1、PLT3、HSFB1が特に重要であることが示された。

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