日本の2050年温室効果ガス削減目標にかかる費用が従来より大幅に小さいことを解明

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2019-10-21 京都大学

藤森真一郎 工学研究科准教授、大城賢 同助教、白木裕斗 滋賀県立大学講師、長谷川知子 立命館大学准教授らの研究グループは、日本の長期的な気候安定化目標である2050年に温室効果ガス(GHG)排出量を80%削減する目標について、新しいシミュレーションモデルを用いて分析を行った結果、エネルギーシステムの変革などに必要となるマクロ経済損失(費用)が従来考えられていたよりも格段に小さいことを明らかにしました。

全球平均気温の上昇を2℃以下に抑えるという気候安定化目標がパリ合意で掲げられ、日本は長期的な気候安定化目標として2050年にGHG排出量を80%削減するという目標を掲げています。しかし、既往研究では、この削減策を実施した場合に、マクロ経済GDPへの影響が2~8%といった値が報告され、GHG削減は大きな経済負担という見解もありました。

今回の本研究グループの推計ではマクロ経済GDPへの影響が0.8%となり、従来の値と比べて大幅に小さいことがわかりました。これは、従来の経済モデルでは難しかったエネルギーシステムの変化を今回新しく開発したモデルで描写しやすくなったためです。将来のエネルギーシステムについては、現状から大きく変化し、再生可能エネルギーとその変動性に対応するための蓄電池を大量導入する必要があることが明らかとなりました。本研究は、気候変動政策をより進めるうえで経済的観点、エネルギーシステム的観点両面から重要な示唆を与えるものです。

本研究成果は、2019年10月18日に、国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

日本の2050年温室効果ガス削減目標にかかる費用が従来より大幅に小さいことを解明

図:本研究の概要図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41467-019-12730-4

【KURENAIアクセスURL】http://hdl.handle.net/2433/244330

Shinichiro Fujimori, Ken Oshiro, Hiroto Shiraki and Tomoko Hasegawa (2019). Energy transformation cost for the Japanese mid-century strategy. Nature Communications, 10:4737.

詳しい研究内容について

日本の 2050 年温室効果ガス削減目標にかかる費用が 従来より大幅に小さいことを解明

概要
京都大学大学院工学研究科 都市環境工学専攻 藤森真一郎 准教授、大城賢 同助教、滋賀県立大学環境科学 部 環境政策 計画学科 白木裕斗 講師、立命館大学理工学部 環境都市工学科 長谷川知子 准教授の参画する 気候変動 エネルギーに関する研究グループが中心となり、日本の長期的な気候安定化目標である 2050 年に 温室効果ガス(GHG)排出量を 80%削減する目標について、新しいシミュレーションモデルを用いて分析を 行いました。その結果、エネルギーシステムの変革などに必要となるマクロ経済損失 (費用)が従来考えられ ていたよりも格段に安いことが明らかになりました。
全球平均気温の上昇を 2℃以下に抑えるという気候安定化目標がパリ合意で掲げられ、日本は長期的な気候 安定化目標として 2050 年に GHG 排出量を 80%削減するという目標を掲げています。しかし、既往研究では、 この削減策を実施した場合に、マクロ経済 GDP への影響が 2~8%といった値が報告され、GHG 削減は大き な経済負担という見解もありました。今回の本研究グループの推計ではマクロ経済 GDP への影響が 0.8%とな り、従来の値と比べて大幅に小さいことがわかりました。これは、従来の経済モデルでは難しかったエネルギ ーシステムの変化を今回新しく開発したモデルで描写しやすくなったためです。エネルギーシステムについて は、それに伴って、再生可能エネルギーとその変動性に対応するための蓄電池を大量導入する必要があること が明らかとなりました。本研究は、気候変動政策をより進めるうえで経済的観点、エネルギーシステム的観点 両面から重要な示唆を与えるものです。
本研究成果は、2019 年 10 月 18 日に国際学術誌 Nature Communications」のオンライン版に掲載されま した。

ポイント
● 日本の長期戦略で目標としている 2050 年 80%温室効果ガス削減目標にかかる費用は従来考えられてい たよりも大幅に小さい
●大規模な再生可能エネルギーや炭素隔離貯蔵の導入などエネルギーシステムは大きな変革を必要とし、 風力や太陽光エネルギーの変動に対応する蓄電池などの調整力が必要となる

1.背景
2015 年に採択されたパリ協定は、産業革命前から今世紀末までの地球の平均気温の上昇を 2℃より十分低 く保つとともに、1.5℃以下に抑えるような努力をすることで合意しました。この気候変動の抑制に求められ る温室効果ガス (GHG)排出の大幅な削減については、日本でも 2050 年に 80%の GHG を削減することが閣 議決定されています。この目標達成のためには風力や太陽光といった再生可能エネルギーの大量導入などのエ ネルギーシステムの大幅な変革が必要となることが従来から指摘されています。一方、これまでこの野心的な GHG 削減に対して、経済的費用が大きくなること、あるいは、変動性を持つ再生可能エネルギーの大量導入 によって電力システムの安定性が低下することを理由に慎重な見方をする論調も見られました。そこで、本研 究は、従来の手法では扱えなかった経済システム、エネルギーシステム、電力システムを一つのシミュレーシ ョンモデルに導入し、エネルギーシステムの変革とそれに伴う経済システムの影響を整合的に描くモデルを開 発し、日本の気候目標の分析を行いました。

2.研究手法
本研究では京都大学が中心となって開発した統合評価モデル AIM(Asia-Pacific Integrated Model:アジア 太平洋統合評価モデル)を用いて解析を実施しました。本モデル (AIM)は将来の人口、GDP、各種エネルギ ー技術の将来的な費用やエネルギー効率等を入力して、GHG 排出量、マクロ経済指標、エネルギー需給、お よび蓄電池等の変動性再生可能エネルギー発電に対応する調整力を含む電力システムを推計するモデルです。 本研究でこれまで単独で扱われてきたエネルギーシステム、経済システム、発電システムを結合し、それぞれ のシステムがモデル上で整合的に描けるようにしました。GHG 削減策を実施するケースは、排出量目標をモ デルへの入力条件として、モデル内ではその制約条件を満たすために炭素税が導入されます。炭素税は化石燃 料の消費や森林伐採に対して課税され、低炭素なエネルギー源の消費や植林などを経済合理的なメカニズムで 促すものです。
シナリオは以下の 2 つを実施しました。
① 成り行きケース(GHG 削減策を実施しない)
② 2050 年に GHG を 80%削減する政策を実施するケース
また、同様に比較対象の感度解析実験として、原子力発電や炭素隔離貯蔵(Carbon Capture and Storage: CCS)に頼らないという技術制約があったケースも計算しました。

3.結果
本研究では次のことが明らかになりました。
(1) 2050 年に GHG を 80%削減する政策を実施した場合のマクロ経済損失 (GDP 損失)は、2050 年におい て 0.8%でした。これは従来の報告値である 2~8%と比べ大幅に小さな値となりました。
(2) その場合、将来のエネルギーシステムは現状から大きく変化し、再生可能エネルギーに依存する割合が 高くなり、風力 太陽光は合わせて 50%程度の電力を賄うことになりました。
(3) また、再生可能エネルギーの大量導入によって、時間単位や日単位での変動に対応するための蓄電池や デマンドレスポンスなどが必要となり、2050 年には現在の揚水発電の発電容量を超えるほどの蓄電池 の導入が必要となることが明らかとなりました。

4.結果の解釈について
今回の推計は GDP 損失が発生するという結果が出ていますが、その解釈については以下 4 点の注意が必要 です。
(1) あくまで仮想的に一般均衡モデルという経済モデルを用い、気候変動対策をしない状態が最適な資源配 分と仮定した場合の推計であり、異なる手法で推計した場合は損失が必ず発生するわけではない
(2) 本研究では気候が変わることによる損害等は考慮していないので、気候変動対策をすることが社会とし て損かどうかは気候変動の影響と合わせて判断する必要がある。 (3) 気候変動対策をすることによって、気候変動対策をしない世界と比べて予期せぬ技術イノベーションな どが起きる可能性があり、その時には必ずしも経済損失が発生するわけではありません。
(4) 本推計は炭素税を経済的な手段として用いていますが、実際の政策では補助金や直接規制など様々な手 段が存在し、あくまで仮想的な状況を表しています。

5.今後の展望
今後は本研究で開発した新しいシミュレーションモデルを用いて、これまで考えられていなかった IoT や自 動運転などの革新的技術を含む社会変革が気候変動対策にどのような影響を与えるかを検討する予定です。

6.研究プロジェクトについて
本研究は :(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費課題 2-1702 (パリ協定気候目標と持続可能開発目標 の同時実現に向けた気候政策の統合分析)、2-1908(アジアにおける温室効果ガス排出削減の深掘りとその支 援による日本への裨益に関する研究)、日本学術振興会科研費基盤 B(研究課題番号: 19H02273)の支援を 受けて実施されました。

<研究者のコメント>
世界は現在気候変動を防ぐために社会全体の変革期にあります。日本政府はこれに呼応する形で長期的な目標 を示しており、これが技術的 経済的に十分実行可能であることを示せた本研究は日本社会にとって重要なこ とだったのではないかと思います。今後も日本 世界の環境行政に科学的知見の創出という形で貢献していき たいと思っています。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Energy transformation cost for the Japanese mid-century strategy (日本のパリ協定に基づく長期戦略のためのエネルギーシステム変革にかかる費用)
著 者:Shinichiro Fujimori, Ken Oshiro, Hiroto Shiraki, Tomoko Hasegawa
掲 載 誌:Nature Communications  DOI:https://doi.org/10.1038/s41467-019-12730-4

<参考図表>


図 1 エネルギーシステムの変革と CO2 排出量の推移。a、e:一次エネルギー供給量、b, f:発電量、c,g:最終エネルギ ー消費を表し、上はそれぞれ成り行きケース、下は 80%削減を行ったケース。d: CO2 排出量、h:炭素税を表す。


図 2 マクロ経済影響 一次エネルギー供給 発電 エネルギー消費量 CO2排出量 炭素税額 なりゆき 80%削減 従来型経済モデル 今回の新しい経済モデル エネルギーシステム費用


図 3 変動性再生可能エネルギーの導入による各種調整の様相。a: 風力と太陽光発電の出力抑制 (風力は出力抑制が増加)、 b: 蓄電池の容量(短期的な変動に対する蓄電池が増加)、c: 火力発電の設備利用率(石炭発電は再生可能の導入により、 設備利用率が低下)、d: 典型的な日における電力需給の様相(夏の昼間は太陽光で電力を賄う)

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