セレン化鉄の極薄膜化により室温で熱電性能が増大
2019-03-05 理化学研究所,東京大学大学院工学系研究科,東北大学金属材料研究所
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発デバイス研究チームの清水直研究員(研究当時)、岩佐義宏チームリーダー(東京大学大学院工学系研究科教授)、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループ※は、鉄系高温超伝導体[1]のセレン化鉄(FeSe)を極薄膜化することで、熱電効果(ゼーべック効果)[2]が飛躍的に上昇することを発見しました。
本研究成果は、高度に制御されたナノ物質が、熱電変換材料として高い可能性を持つことを明確に示すものです。
物質の両端に温度差をつけると、その温度差に比例する電圧が発生する現象を熱電効果といいます。熱電効果を利用することで、排熱から電気エネルギーを取り出す熱電発電が可能となります。ナノスケールの世界では、物質の機能性の役割を担う電子の振る舞いが通常の物質での振る舞いとは著しく異なることから、熱電効果が増大すると期待されています。
今回、共同研究グループは、電気化学的手法によってFeSeの極薄膜を作製し、その熱電効果の膜厚依存性を測定しました。その結果、熱電性能を示すゼーペック係数が膜厚の減少とともに急増し、1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)に迫る単層レベル(2次元物質)では厚膜時の数百倍に、また取り出せる電力値の指標となる熱電出力因子は約10万倍に増大することが分かりました。さらに、室温における出力因子はこれまで知られているどの熱電物質よりも大きく、低温になるにつれてさらに上昇することも分かりました。
本研究成果は、英国のオンライン学術雑誌『Nature Communications』(2月18日号)に掲載されました。
※共同研究グループ
理化学研究所 創発物性科学研究センター
創発デバイス研究チーム
研究員(研究当時)清水 直(しみず すなお)
(現 電力中央研究所 主任研究員。3/1より理研客員研究員)
チームリーダー 岩佐 義宏(いわさ よしひろ)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)
計算物質科学研究チーム
チームリーダー 有田 亮太郎(ありた りょうたろう)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)
東北大学 金属材料研究所
助教 塩貝 純一(しおがい じゅんいち)
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
※研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 特別推進研究「イオントロニクス学理の構築(研究代表者:岩佐義宏)」、同新学術領域研究「高密度電界キャリアドーピングによる原子層物質の新機能探索(研究代表者:清水直)」、同基盤研究S「強相関物質設計と機能開拓(研究代表者:今田正俊)」、同基盤研究B「鉄系超伝導体超薄膜における巨大熱電応答(研究代表者:清水直)」、同挑戦的研究「電気化学的界面を用いたナノ構造制御による新規熱電材料の探索(研究代表者:清水直)」などの支援を受けて行われました。
背景
熱電効果の一つであるゼーベック効果は、物質の両端に温度差をつけると、その温度差に比例する電圧が発生する現象です。これは熱エネルギーを電気エネルギーに変換する効果であり、熱電効果を利用することで排熱から電気エネルギーを取り出す熱電発電が可能となります。近年では、トリリオンセンサーネットワーク[3]の自立電源への応用など、環境発電の有力な技術としても注目されており、室温で優れた性能を持つ物質の開発が求められています。
原理的には、熱電効果自体はどのような半導体や金属材料でも観測することができますが、熱電エネルギーの変換効率は物質によって異なります。この変換効率は通常、性能指数Z、もしくはこれに温度Tをかけた「無次元性能指数ZT」によって比較評価されます。エネルギー変換の実用材料として使用するためには、利用する温度においてZT>1であることが必要だと考えられています。このZTの定義は、ゼーベック係数S、電気伝導度σ、熱伝導率κ、温度Tを用いて、ZT=(S2σ/κ)Tと表されます。特にS2σは「熱電出力因子」と呼ばれ、この値が大きい物質ほど大きな電力を取り出すことできると考えられています。
一方、厚さが1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)に迫る単層レベルのナノ薄膜(2次元物質と呼ばれる)は、2010年にグラフェン[4]の発見にノーベル物理学賞が授与されて以来、多彩な物性・機能を示す物質群として、世界中の物質科学者の興味を集め、精力的に研究されています。2次元物質は、1993年の理論予言以来、熱電変換材料としても期待されていますが、試料作製や計測の困難さから、これまで実際に大きな熱電効果が観測された例はあまりありませんでした。
研究手法と成果
共同研究グループは、鉄系高温超伝導体の一種であるセレン化鉄(FeSe)の極薄膜に着目しました。バルクのFeSeは、FeとSeからなる2次元シートが積み重なった構造をしており、超伝導現象を示す超伝導転移温度Tcが約8K(-265℃)の超伝導体です(図1)。しかし、単層膜にすると性質が大きく変わり、Tcが40K(-233℃)を超えることが知られています。そこで、FeSeの試料厚みやキャリア数(電流を担う電子の数)を電圧で制御するために、金属とFeSeの間に電解液としてイオン液体を満たした電気二重層トランジスタ[5]を作製し、その性質を調べました。
まず、金属(ゲート電極)に電圧を加えて、電気化学エッチング[6]によって膜厚を薄くしたときのFeSeのゼーベック係数を、200K(-73℃)において調べました。その結果、膜厚が減少するにつれてゼーベック係数が増大し、膜厚1nmでは膜厚18nmのときの数百倍程度に増大し(図2)、熱電出力因子は約10万倍になることが分かりました。
さらに、FeSe極薄膜の巨大な熱電応答を詳しく調べるため、室温以下での振る舞いを詳しく調べました。その結果、熱電出力因子は、室温で約260μWcm-1K-2という非常に大きな値であり、それが低温になるにつれてさらに上昇し、Tc直上の50K(-223℃)では約13,000μWcm-1K-2に達することが分かりました(図3)。これは、これまでに知られているあらゆる熱電物質よりも大きいものでした。
また今回、技術的に難しいため熱伝導率は測定できませんでしたが、バルクの鉄系高温超伝導体の熱伝導率をそのまま用いてFeSe極薄膜の無次元性能指数ZTを予測したところ、室温では1.5程度、50Kでは16程度の極めて大きな値になりました。これらの結果から、FeSe極薄膜が極めて優れた熱電物質であるとことが明らかになりました。
今後の期待
本研究により、2次元物質が熱電変換材料として大きな可能性を持つことが明らかになりました。この成果は直接に熱電発電に直結するわけではありませんが、ナノ物質が大きな可能性を秘めていることを示す重要な指針になります。近年、世界中でさまざまな2次元物質が開発されており、この中から優れた熱電材料が生み出される可能性が高いことを示しています。
一方、FeSe単層膜は、Tcが40Kを超える高温超伝導体として知られ、その超伝導機構にも注目が集まっています。この巨大ゼーベック係数の発見は、超伝導機構の解明にも大きく貢献すると期待できます。
原論文情報
Sunao Shimizu, Junichi Shiogai, Nayuta Takemori, Shiro Sakai, Hiroaki Ikeda, Ryotaro Arita, Tsutomu Nojima, Atsushi Tsukazaki, and Yoshihiro Iwasa, “Giant thermoelectric power factor in ultrathin FeSe superconductor”, Nature Communications, 10.1038/s41467-019-08784-z
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム
研究員(研究当時) 清水 直(しみず すなお)
チームリーダー 岩佐 義宏(いわさ よしひろ)
(東京大学大学院工学系研究科 教授)
東北大学 金属材料研究所
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学 大学院工学系研究科
広報室
東北大学 金属材料研究所
情報企画室 広報班
補足説明
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- 鉄系高温超伝導体
- 鉄とニクトゲン(もしくはカルコゲン)で構成される二次元レイヤーを基本構造に持つ、一連の超伝導体の総称。2008年2月に東京工業大学の細野秀雄教授によりLaFeAsO1-xFxが発見されたのを契機に、研究が世界中で爆発的に展開され、次々と新型鉄系高温超伝導体が発見された。現在、常圧では銅酸化物超高温伝導体に次ぐ高い超伝導転移温度を持つ。
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- 熱電効果(ゼーベック効果)
- 熱電効果の一つであるゼーベック効果は、物質の両端に温度差をつけた場合,その温度差に比例する電圧が発生する現象である。温度測定によく用いられる熱電対は、この効果を利用したものである。熱電効果を利用することで廃熱から電気エネルギーを取り出すことが可能となるので、IoT時代におけるセンサネットワークの自立型電源などへの利用が期待される。またゼーベック効果の逆効果であるペルチェ効果は、電流を流すことで吸放熱を起こすことができるため、パソコンのCPUの冷却やワインセラー、またアウトドア用の保冷庫に応用されている。
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- トリリオンセンサーネットワーク
- 地球規模での社会問題の解決に向け、環境やインフラなどのあらゆる部分にセンサーを導入し、1兆個を超えるセンサーを使用することで膨大なデータを管理・解析するネットワーク。
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- グラフェン
- 炭素原子が2次元上に並んだシート状物質。各炭素原子は、sp2結合により正六角形がつながった蜂の巣状の格子を組む。
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- 電気二重層トランジスタ
- 電解液をニつの電極で挟んで電圧を加えると、陽イオンは負の電圧がかかった電極側へ、陰イオンは正の電圧がかかった電極側へ移動し、電極表面に整列する。このとき、それぞれの電極の中ではイオンと反対の電荷をもつ伝導キャリア(電子あるいは正孔)が集まり、全体として電荷中性の状態を保つ。このイオンと伝導キャリアからなる層を電気二重層と呼び、この原理を電界効果トランジスタに適用し高密度キャリア蓄積を可能にした素子のことを、電気二重層トランジスタと呼ぶ。
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- 電気化学エッチング
- イオン液体と半導体材料の界面に電圧をかけると、電気二重層の形成に伴う超強電場が発生する。この電場は不可逆な電気化学反応を引き起こし、試料表面がイオン液体に溶解することでエッチングが進行する。電気化学反応を精密に制御することで、厚膜からナノ極薄膜を作り出すことが可能となる。
図1 バルクFeSeの結晶構造
FeSeの結晶構造。FeとSeからなる2次元シートが積み重なった構造をとる。FeSe薄膜から電気二重層トランジスタを作ると、試料の厚みを制御することが可能となる。
図2 ゼーベック係数の厚み依存性
ゲート電圧VGを5Vにセットし、電気化学エッチングによりFeSe薄膜試料の厚さを制御しながら、ゼーベック係数を測定した。試料の厚さの減少とともに、ゼーベック係数が大きく増大する。
図3 熱電出力因子の温度依存性の比較
FeSeのナノ極薄膜(赤色)とこれまでに知られている7種類の熱電物質の出力因子の温度依存性を比較した。FeSeのナノ極薄膜は室温以下の温度で極めて大きな出力因子を示すことが分かった。