結晶表面超構造によるトポロジカル電子の制御~表面原子層のみを操作して「頑固」なトポロジカル電子を「柔軟」に~

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2022-09-28 分子科学研究所

研究成果のポイント

◆ トポロジカル絶縁体(TI) ※1の表面電子状態(TSS)は、結晶内部の電子状態の対称性により保護されているため、表面原子構造の違いによる影響は受けないと従来は考えられていたが、結晶内部とは異なる原子構造を作製したところ、TSSが表面原子構造によって変化することを発見

◆ 新たなトポロジカル電子状態の制御手法として、低消費電力・高速な次世代素子や量子コンピューターなどへの応用に期待

概要

大阪大学大学院生命機能研究科(理学研究科兼任)の大坪嘉之助教(当時。現職:量子科学技術研究開発機構主任研究員)、中村拓人助教、木村真一教授(兼:分子科学研究所教授)、Synchrotron SOLEIL(仏研究機関)のPatrick Le Fèvre博士、François Bertran博士、茨城大学大学院理工学研究科の伊賀文俊教授らの研究グループは、結晶表面の原子構造を制御することにより、トポロジカル表面の電子状態が、結晶内部(バルク)の状態から予測されるものとは全く異なる状態を作り出すことができることを世界で初めて明らかにしました。

これまで、TIの表面電子状態はバルクの電子状態の対称性によってのみ決まってしまっており、結晶表面が変わっても変化しないものと考えられてきました。今回、同研究グループは、TIの一種である六硼化サマリウム(SmB6※2表面にバルクとは明らかに異なる対称性を持つ異方的な構造を結晶表面近くの数原子層だけ(表面超構造※3)に作製し、その電子状態を角度分解光電子分光(ARPES) ※4により観測することで、表面電子状態がバルク結晶構造ではなく表面超構造の異方性を反映することを明らかにしました。これはTSSの制御手法として新たな方向性を提供する成果であり、トポロジカル表面電子状態を利用した低消費電力・高速な次世代素子、さらには量子コンピューターの情報伝達への応用が期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Nature Communications」に、9月24日(土)5時(日本時間)に公開されました。

研究の背景

ここ10年ほど、結晶内部(バルク)の電子状態の対称性により分類される、トポロジカル物質の研究が盛んに行われています。その中でも、最初期に発見されたトポロジカル絶縁体(TI)は、バルクは絶縁体でありながら、その表面は高い電気伝導度を持つ金属であり、さらに、そこに属する電子スピンが電子の運動方向に依存した渦巻き状の偏極構造を持つことなど、次世代素子の素材として極めて有望な性質をもっており、その応用に向けて研究が進められてきました。

TIの表面電子状態、いわゆるトポロジカル表面状態(TSS)は、その性質の多くがバルク電子状態のトポロジカルな分類により決定されます。そのおかげで、結晶表面にどのような汚染や原子欠損があっても、バルクが無事であればトポロジカル表面状態は必ず出現することが知られており、様々な周辺環境で利用される応用製品にとって重要な利点と言えます。しかしながら、一方でこの特徴は、TSSを目的に応じて制御することが困難であるということも意味します。実際の半導体素子においては、特定方向にだけ電子を流したり電子スピンの方向を揃えたりといった制御機構が不可欠ですが、TIにおいてはバルク電子状態、つまり結晶全体の性質を変えなければTSSも制御できないと考えられていました。トポロジカルな分類の関係しない通常の表面電子状態においては、結晶表面に作った特殊な状態により、例えば1次元の鎖状に原子を並べることで、1方向にだけ電子を流すような技術は既に知られていましたが、TIにおいては表面に原子を並べてもバルク電子状態は変化しないと考えられているため、これによるトポロジカル表面電子状態の制御の可能性はあまり調べられてきませんでした。

研究の内容

本研究では、TIの一種であるSmB6の表面を対称性の高い正方形の結晶面[(001)方位]からわずかに傾けて研磨し、超高真空中で清浄化することで新たな表面超構造を作製しました(図1a)。得られた結晶表面の周期構造を観測する電子回折パターン(図1b)では、バルクの正方形な結晶面の対称性が保たれていたならば等価になるはずの回折スポットに明暗が生じました。これは表面のわずかな傾斜によって生じた異方性を反映し、正方形の対称性(90°回転や鏡映)が崩れた表面超構造が得られたことを示しています。

さらに、得られた表面超構造においてTSSの特長をつかむためにARPESによる観測を行いました。すると、図1cのように斜めの1方向にだけ明るいフェルミ面※5を持つトポロジカル表面状態が観測されました。これまでに知られていたSmB6(001)のTSSは、結晶構造の対称性を反映して90°回転により元の形と重なるものばかりであり、今回新しく得られた180°回転でのみ重なる結果は、微傾斜した表面超構造の作製によって、これまでとは異なるトポロジカル表面状態が作製されたことを示しています。

今回の結果は、これまで考えられていたように、TSSがバルクの状態を「頑固」に反映するわけではなく、超構造を含む表面原子構造の影響を強く受けて「柔軟」に変化することを示しています。過去の計算結果を注意深く検討したところ、実はこの結果は過去の理論的な考察と矛盾するものでは無いこともわかってきました。電子状態のトポロジカルな分類は確かにTSSの特長の多くを決定しますが、それは形や対称性を厳密に規定したものではなく、例えば「必ず奇数枚のフェルミ面が存在する」ことを予測しているだけというような曖昧さを含んでいたのです。つまり、ここでフェルミ面が1枚か5枚か、あるいはその形が等方的な円形や正方形か、今回のように1方向に長く伸びる形か、というような細部については実は定まっておらず、表面超構造を含む様々な「制御」の余地が残されていました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、バルクの対称性により「頑固」に性質が決まってしまっていると思われていたトポロジカル表面電子状態について、実は多くの自由度が残されており、表面原子構造を操作することで、「柔軟」に制御できることが明らかになりました。この成果は同電子状態を利用した低消費電力・高速な次世代素子、さらには量子コンピューターの情報伝達への応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、2022年9月24日(土)5時(日本時間)に米国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

タイトル:“Breakdown of bulk-projected isotropy in surface electronic states of topological Kondo insulator SmB6(001)”

著者名:Yoshiyuki Ohtsubo(大坪嘉之、大阪大・助教(研究当時)), Toru Nakaya(仲矢透、大阪大・大学院生(研究当時)), Takuto Nakamura(中村拓人、大阪大・助教), Patrick Le Fèvre(仏国・ソレイユ放射光施設・研究員), François Bertran(仏国・ソレイユ放射光施設・研究員), Fumitoshi Iga(伊賀文俊、茨城大・教授), and Shin-ichi Kimura(木村真一、大阪大・教授、分子科学研究所・教授(クロスアポイントメント))

DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-022-33347-0

なお、本研究は、科研費(課題番号:JP20H04453, JP19H01830, JP20K03859)の補助を受け、自然科学研究機構・分子科学研究所・UVSOR施設利用(課題番号20-784)およびSynchrotron SOLEIL共同利用研究(課題番号20191629)により行われました。

用語説明

※1 トポロジカル絶縁体(TI)
特殊な半導体(電子が詰まっている状態と空席のある状態の間にエネルギー差(バンドギャップ)がある物質。バンドギャップを横切る操作により電気を通すか通さないかを制御できる)の一種。電子状態の対称性にある種の「ねじれ」が生じており、その影響によって結晶端(表面)に特異な電子スピン構造を持つ電子状態(トポロジカル表面状態)が必ず現れる。

※2 六硼化サマリウム(SmB6
希土類のサマリウムSmを含んだ化合物の一種で、室温付近では通常の金属であるが、低温では半導体になる。その原因は、局在したSmの4f電子と伝導電子の間での高濃度近藤効果によると考えられている。低温での半導体状態では、絶対零度付近で電気抵抗が一定値になり、その原因がトポロジカル絶縁体の表面金属状態によるものと考えられ、トポロジカル近藤絶縁体と呼ばれている。

※3 表面超構造
結晶の表面から数えて1から数原子層程度の深さで現れるバルク(結晶内部)とは異なる原子構造のうち、バルクそのままの表面構造と比べて長い繰り返し周期を持つもの。バルクの原子は必ず全方位に隣り合う原子を持つが、表面ではそれが失われるためにバルクとは異なった原子構造をとって安定化する場合がある。

※4 角度分解光電子分光(ARPES)
固体に光を当てて、飛び出てくる電子(光電効果)のエネルギーと角度を観測することにより、固体内電子の束縛エネルギーと運動量(電子の動く方向と速さ)を観測する手法。

※5 フェルミ面
固体内部に詰まっている電子の中で最もエネルギーが高く、すぐ上のエネルギーに空席があるものについて、その運動量方向ごとの分布を可視化したもの。電子を介して電気や熱などが伝わる際に重要な役割を果たし、固体の電子構造の特長を一目で掴むのに役立つ。

【大坪助教のコメント】——————————————————————-
実は今回の試料は、最初から傾けて清浄化しようと思っていたわけではなく、私が少し傾けて研磨機材に取り付けてしまったために得られたものになります。意図した操作でなかったとしても、そこから注意深く研究を進めれば良い結果が得られることもありますので、1度の失敗で落ち込み過ぎないことも重要だと学べました。
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本件に関する問い合わせ先

大阪大学 大学院生命機能研究科 教授/分子科学研究所 教授
木村 真一(きむら しんいち)

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
茨城大学 広報室

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