SACLAの明るさを6倍にすることに成功

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波長のそろったX線を種としたレーザー発振を実現

2019-03-05  理化学研究所,高輝度光科学研究センター

理化学研究所(理研)放射光科学研究センタービームライン開発チームの井上伊知郎基礎科学特別研究員、理論支援チームの大坂泰斗基礎科学特別研究員、ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センター光源基盤部門の後藤俊治部門長らの共同研究グループは、新しいX線光学技術「反射型セルフシード技術」を考案・開発し、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設「SACLA[2]」において、従来よりも約6倍明るいX線レーザービームを作り出すことに成功しました。

本研究成果は、XFELを用いた実験の高効率化やX線非線形光学現象[3]の観測などの新しい科学の開拓に貢献すると期待できます。

従来のXFELでは、最終的に得られるXFELに大きな波長広がりがあるという問題がありました。今回、共同研究グループは、波長広がりが小さなXFELの発振法(反射型セルフシード法)を考案しました。この方法では、一度XFELを発振させた後に、分光器[4]によってXFELを単色化[5]し、それを「種」として再度XFELを増幅させます。これにより、波長広がりが小さなX線ビームからレーザー増幅が始まるために、最終的に得られるXFELの波長幅が極めて狭くなります。この方法をSACLAに適用した結果、従来のXFELと比較して波長幅が約10分の1、明るさ(輝度)が6倍もの超高輝度のXFELの生成に成功しました。

本研究成果は、国際科学雑誌『Nature Photonics』(4月号)の掲載に先立ち、オンライン版(3月4日付け:日本時間3月5日)に掲載されます。

※共同研究グループ

理化学研究所
放射光科学研究センター XFEL研究開発部門
ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
基礎科学特別研究員 井上 伊知郎(いのうえ いちろう)
ビームライン研究開発グループ 理論支援チーム
基礎科学特別研究員 大坂 泰斗(おおさか たいと)
加速器研究開発グループ 先端ビームチーム
チームリーダー 原 徹(はら とおる)
先任研究員 渡川和晃(とがわ かずあき)
加速器研究開発グループ 基盤光源チーム
チームリーダー 稲垣 隆宏(いながき たかひろ)
加速器研究開発グループ 光源物理チーム
チームリーダー 田中 隆次(たなか たかし)
研究員 金城 良太(きんじょう りょうた)
放射光科学研究センター 先端光源開発研究部門 制御情報グループ
上級研究員 福井 達(ふくい とおる)
放射光科学研究センター XFEL研究開発部門
部門長 田中 均(たなか ひとし)
放射光科学研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
グループディレクター 矢橋 牧名(やばし まきな)
放射光科学研究センター
センター長 石川 哲也(いしかわ てつや)

高輝度光科学研究センター
光源基盤部門
部門長 後藤 俊治(ごとう しゅんじ)
光学系・輸送チャンネルグループ
グループリーダー 大橋 治彦(おおはし はるひこ)
基盤技術グループ 共通技術チーム
チームリーダー 木村 洋昭(きむら ひろあき)
制御グループ 機器制御チーム
チームリーダー 山鹿 光裕(やまがみ つひろ)
XFEL利用研究推進室
先端光源利用研究グループ
グループリーダー 登野 健介(との けんすけ)
先端光源利用研究グループ 実験技術開発チーム
主幹研究員 犬伏 雄一(いぬぶし ゆういち)

背景

20世紀後半に誕生したレーザーは、半世紀を経た今なお、科学技術に大きな変革をもたらし続けています。通常のレーザーが発振する波長範囲は赤外線から可視光に限られますが、より短波長であるX線領域のレーザーを発振する手法としてSASE方式(自己増幅自発放射方式)[6]が考案され、近年、米国のLinac Coherent Light Source(LCLS)や日本のSPring-8 Angstrom Compact free electron LAser(SACLA)といったX線自由電子レーザー(XFEL)施設が完成しました。これらのXFELは、波長がオングストローム(100億分の1メートル)程度のX線領域において初めて実現したレーザーです。

SACLAなどのXFEL施設では、アンジュレータ[7]と呼ばれる磁石列に電子ビームを通すことでレーザー発振を実現しています。アンジュレータに入射された電子は、磁石の磁場によって方向が曲げられることでX線を放射します。そして、放射されたX線と電子ビームが相互作用することによって、電子はアンジュレータを通過している間に徐々にX線の波長間隔に並んでいきます。その結果、それぞれの電子から位相がそろったX線が放射されるようになり、強力なレーザー光が得られます。

しかし、従来のXFELでは、アンジュレータに入射直後の電子ビームからさまざまな波長の光が放射されるために、最終的に得られるXFELは大きな波長広がりを持つという問題がありました(図1上段)。XFELを利用する実験の多くは、狭い波長幅のX線ビームが必要です。そのために、不必要な波長のX線ビームを除去しなければならず、X線強度の大部分が失われていました。

研究手法と成果

共同研究グループは、波長広がりが小さなXFELの発振法を考案し、「反射型セルフシード技術」と名づけました(図1下段)。この方法では、アンジュレータを前半・後半の二つの部分に分け、その間にシリコンでできた分光器を設置します。この分光器の角度を適切に調整することで、前半のアンジュレータで発振したXFELを単色化します。そして、単色化したX線ビームを「種」として、後半のアンジュレータに入射します。後半のアンジュレータにおいて、この単色の種光を電子ビームと時空間で重ねることで、レーザー発振を実現します。これにより、従来とは異なり、波長広がりが小さなX線ビームからレーザー増幅が始まるために、最終的に発振されるXFELの波長幅が極めて狭くなります。

今回開発した分光器(2結晶分光器)に入射したX線は、第一結晶と第二結晶において2回の反射を経て単色化され、入射光と平行な向きへ出射されます。その際、第一結晶と第二結晶の間隔がわずか100マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)しかないため、後半のアンジュレータにおける単色化された種光と電子ビームの時空間の重なりが容易に達成できるようになっています(図2)。

実際に、反射型セルフシード技術をSACLAに適用した結果、スペクトルを持つ波長幅が非常に狭いXFELの発振に成功しました。従来のXFELと比較して、波長の広がりは約10分の1、X線の明るさを表す輝度は6倍という非常に明るいXFELが実現できました(図3)。

今後の期待

今回考案・開発した反射型セルフシード技術は、高輝度のXFELを実現する画期的な光学技術です。この技術によって発振させた高輝度XFELビームは、今後SACLAにおいて実験に供用される予定です。

この技術によって格段に明るいXFELの利用が可能になり、XFELを利用した実験の飛躍的な効率化が期待できるほか、X線非線形光学現象の開拓などの新しい科学を切り開く原動力となることが期待できます。

原論文情報

Ichiro Inoue, Taito Osaka, Toru Hara, Takashi Tanaka, Takahiro Inagaki, Toru Fukui, Shunji Goto, Yuichi Inubushi, Hiroaki Kimura, Ryota Kinjo, Haruhiko Ohashi, Kazuaki Togawa, Kensuke Tono, Mitsuhiro Yamaga, Hitoshi Tanaka, Tetsuya Ishikawa, and Makina Yabashi, “Generation of narrowband X-ray free-electron laser via reflection self-seeding”, Nature Photonics, 10.1038/s41566-019-0365-y

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ ビームライン開発チーム
基礎科学特別研究員 井上 伊知郎(いのうえ いちろう)

放射光科学研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ 理論支援チーム
基礎科学特別研究員 大坂 泰斗(おおさか たいと)

放射光科学研究センター XFEL研究開発部門 ビームライン研究開発グループ
グループディレクター 矢橋 牧名(やばし まきな)

高輝度光科学研究センター 光源基盤部門
部門長 後藤 俊治(ごとう しゅんじ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

補足説明
  1. X線自由電子レーザー(XFEL)
    X線自由電子レーザーとは、X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
  2. SACLA
    理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が行われている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル(nm、100億分の1m)以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を持つ。
  3. 非線形光学現象
    物質の光への応答が、光の波の振幅に比例しない光学現象のことをいう。このような現象は線形応答に比べて極めて弱いため、通常その観測には強力なレーザー光が必要とされる。
  4. 分光器
    分光器は、さまざまな波長が含まれる光から特定の波長の光のみを取り出す装置のこと。X線領域の分光器は、二つのシリコンの結晶からなる2結晶分光器が広く用いられている。2結晶分光器に入射されたX線は、結晶への入射角によって決まる特定の波長の光のみがシリコン結晶によって反射され、他の光は取り除かれる。1枚ではなく2枚の結晶を用いるのは、2回の反射によって入射したX線と平行に単色化したX線を出射するためである。
  5. 単色化
    分光器などの光学技術を用いて、複数の波長を含む光から、波長の広がりが抑えられた単色の光を取り出すこと。
  6. SASE方式(自己増幅自発放射方式)
    加速した電子を非常に長いアンジュレータ(磁石列を上下に配置して、その間を通り抜ける電子から明るい光を放射させる装置)に通して、電子から出るX線と周りの電子との相互作用によって電子を波長間隔に並べることでX線レーザーを発生させる方式。SASEはSelf Amplified Spontaneous Emissionの略。
  7. アンジュレータ
    NとSの磁極を交互に上下に配置し、その間を通り抜ける電子を周期的に小さく蛇行させ、特定の波長を持った光を作り出す装置。X線自由電子レーザー施設SACLA用に開発したアンジュレータは、1台の長さが約5mであり、1台あたり277周期で磁石が交互に配列されている。短波長のX線では、反射率の高い鏡が存在せず共振器を作ることができない。

 

従来のX線自由電子レーザー(XFEL)の発振方法と反射型セルフシード技術の概略図の画像

従来のX線自由電子レーザー(XFEL)の発振方法と反射型セルフシード技術の概略図

上段:従来のXFELでは、アンジュレータに入射直後の電子ビームからさまざまな波長の光が放射されるために、最終的に得られるXFELは大きな波長広がりを持つ。
下段:反射型セルフシード技術では、アンジュレータを前半・後半の二つの部分に分け、その間に分光器を設置することで、前半で発振したX線レーザーを分光器によって単色化し、この単色化したX線ビーム(種光)を後半のアンジュレータにおいて増幅させる仕組みになっている。

反射型セルフシード技術のために開発した分光器の図

図2 反射型セルフシード技術のために開発した分光器

一体のシリコンの結晶から作製したチャンネルカットモノクロメータと呼ばれる分光器。この分光器に入射したX線は、第一結晶と第二結晶において2回の反射を経て単色化され、入射光と平行な向きへ出射される。開発した分光器の特徴は、第一結晶と第二結晶の間隔がわずか100μmしかないことである。

通常のXFELと反射型セルフシード技術を使った場合のXFELの平均スペクトルの比較の図

図3 通常のXFELと反射型セルフシード技術を使った場合のXFELの平均スペクトルの比較

青線は通常のXFELのスペクトル、赤線は反射型セルフシード技術を使った場合のXFELのスペクトルである。反射型セルフシード技術によって、通常のXFELと比較して波長広がりを10分の1にすることに成功した。スペクトルのピークは6倍に向上している。これは、X線の明るさを表す物理量である輝度(スペクトルピークの値に比例)が、通常のXFELに比べ6倍もの大きさになることを意味している

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