2019-03-04 農研機構
ポイント
農研機構は、重要病害である紋枯病等に強くなり、かつ花が大きくなる遺伝子BSR2(ビーエスアールツー)を、イネから発見しました。今後は、BSR2遺伝子によって紋枯病に強くなる仕組みを調べ、イネ紋枯病の新たな防除方法の開発を目指します。また、この遺伝子の利用により、病害に強く大輪の花きの開発等が期待されます。
概要
紋枯病はイネの2大病害の1つで、糸状菌の一種であるリゾクトニア菌1)の感染により引き起こされます。紋枯病に対し十分な抵抗性を示すイネ品種・系統は知られておらず、その対策は施肥などの栽培管理や抗菌剤による防除に頼っていることから、紋枯病抵抗性イネの開発や、新たな防除方法の開発が望まれています。
農研機構は、理化学研究所、岡山県農林水産総合センター生物科学研究所と共同で、遺伝子組換え技術により植物全体で強く働かせると、イネ紋枯病などの病害に強くなり、かつ花が大きくなる遺伝子BSR2をイネから見出しました。
イネでBSR2遺伝子を植物全体で強く働かせると、リゾクトニア菌が原因となる紋枯病および褐色紋枯病に強くなり、かつ花が大きくなることが、室内実験で確認されました。その一方、稔りが非常に悪くなったことから、BSR2遺伝子をそのまま紋枯病抵抗性イネの開発に用いるのは難しいと考えられました。そこで今後は、BSR2遺伝子によって紋枯病に強くなる仕組みを調べ、イネ紋枯病の新たな防除方法の開発を目指します。
イネに加え、実験植物であるシロイヌナズナでも、BSR2遺伝子を強く働かせると、リゾクトニア菌等による3種の病害に強くなり、かつ花が大きくなりました。このことから、本遺伝子はイネだけでなく様々な植物において効果を発揮すると期待されます。そこでまずは、2つの特長を最も活かすことができ、また稔りの悪さが問題とならない、花きへの利用を検討しています。
この成果は2019年1月24日に英国の科学専門誌「Scientific Reports」に掲載されました。
関連情報
予算:農林水産省農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業(29004A)H29、農研機構生研支援センターイノベーション創出強化研究推進事業(29004A)H30-31、農林水産省委託プロジェクト研究ゲノム情報を活用した農畜産物の次世代生産基盤技術の開発プロジェクト「作物に画期的な形質を付与する新しいゲノム育種技術の開発」H25-29 、科学技術振興調整費「イネ完全長cDNAによる有用形質高速探索」H17-19
特許:登録特許第6210603号
問い合わせ先など
研究推進責任者 : 農研機構生物機能利用研究部門 研究部門長 朝岡 潔
研究担当者 : 同 植物・微生物機能利用研究領域 森 昌樹
広報担当者 : 同 広報プランナー 高木 英典
詳細情報
開発の社会的背景
紋枯病は日本の稲作における2大病害の1つで、糸状菌の一種であるリゾクトニア菌の感染により引き起こされます。被害量は年間34,200トン、被害面積は21万8千ヘクタールで、水稲栽培面積の15%近くに及びます(H29農薬要覧より)。紋枯病に対し十分な抵抗性を示すイネは知られておらず、その対策は施肥などの栽培管理や抗菌剤による防除に頼っていることから、紋枯病抵抗性イネの開発や、新たな防除方法の開発が望まれています。
リゾクトニア菌は紋枯病の他にも、200以上の植物種で感染することが知られており、ジャガイモ黒あざ病、トマト苗立枯病、ハクサイ尻腐病、テンサイ根腐病、キク立枯病など、様々な作物で難防除の重要病害として問題になっています。これらの作物においても、従来の交配育種で導入可能な抵抗性遺伝子の報告はほとんどありません。
そこで農研機構は、紋枯病抵抗性イネの開発や、新たな防除方法の開発に活かすため、イネにおいて紋枯病に強くなる遺伝子の探索を行いました。
研究の経緯
農研機構(当時:農業生物資源研究所)はこれまでに、理化学研究所環境資源科学研究センター(当時:理化学研究所植物科学研究センター)、岡山県農林水産総合センター生物科学研究所(当時:岡山県生物科学総合研究所)との共同研究で、イネの遺伝子の機能を効率的に調べるための研究ツールとして、イネの様々な遺伝子13,000個を遺伝子組換え技術により導入し、強く働かせた合計約2万系統の遺伝子組換えシロイヌナズナ(イネFOXナズナ系統2))を作成していました。2011年にはこれらの系統を用いて、イネのいもち病や白葉枯病に対し抵抗性を示す遺伝子BSR1を見出し報告しましたが、同遺伝子はイネ紋枯病に対しては抵抗性を示しませんでした。
今回、リゾクトニア菌の一種であるイネ紋枯病菌がシロイヌナズナにも感染することを利用し、これらの遺伝子組換えシロイヌナズナからイネ紋枯病菌に強くなる系統を選抜し、その系統に導入されていたイネの遺伝子を調べることにより、イネ紋枯病に強くなる遺伝子BSR2を発見しました。
研究の内容・意義
- 遺伝子組換え技術によりイネにBSR2遺伝子を導入し、植物全体で強く働かせると、通常のイネ(原品種)と比べて紋枯病に強くなる(抵抗性を持つ)ことが、室内実験で確認されました(図1a)。さらに、BSR2遺伝子を強く働かせたイネは、紋枯病とは別系統のリゾクトニア菌が原因となる褐色紋枯病にも強くなることがわかりました。
- 上記の組換えイネは、原品種と比べてイネの花(籾殻もみがらを含む)・種子が大きくなりました(図2a)。その一方で、稔りが非常に悪くなる(稔った籾の数が少ない)ことも確認されました。
- 逆に、BSR2遺伝子をあまり働かないようにした組換えイネは、原品種と比べて紋枯病に弱くなり、種子も小さくなることが室内実験で確認されました。このことは、イネ本来の紋枯病の抵抗性や種子サイズにBSR2遺伝子が関わっていることを示唆しています。
- BSR2は新規のシトクロームP4504)と呼ばれる酵素をコードしていました。シトクロームP450は様々な基質を酸化し、植物の二次代謝などにも関与することが知られています。BSR2遺伝子から作られるBSR2タンパク質も、例えば新規植物ホルモンのような何らかの低分子化合物を生産し、その化合物が紋枯病等への抵抗性や花の大きさに関与していると推定されます。
- シロイヌナズナでも、イネのBSR2遺伝子を植物全体で強く働かせると、イネ紋枯病菌による感染に抵抗性になり、かつ花が大きくなることが、室内実験で確認されました(図1b、図2b)。またイネ同様、稔りが非常に悪くなることも確認されました。
- 上記の組換えシロイヌナズナは、トマト斑葉細菌病の原因となるトマト斑葉細菌病菌5)や、アブラナ科野菜類炭疽病の原因菌であるアブラナ科野菜類炭疽病菌6)にも強くなりました。
今後の予定・期待
今回発見したBSR2遺伝子は、植物全体で強く働かせると紋枯病等複数の病害に抵抗性になると同時に稔りが非常に悪くなることから、BSR2遺伝子をそのまま紋枯病抵抗性イネの開発に用いるのは困難です。そこで今後は、BSR2遺伝子によって植物が紋枯病に強くなる仕組みを調べ、イネ紋枯病を含む多くの病害に有効な新たな防除方法の開発を目指します。具体的には、BSR2タンパク質(酵素)が生産する低分子化合物の同定を進めています。
BSR2遺伝子は、単子葉植物であるイネに加え、双子葉植物であるシロイヌナズナでも効果が確認されたことから、飼料用作物やバイオマス作物、観賞用植物等、様々な作物/植物で効果を発揮すると期待されます。そこでまずは、「病害に強くなり、かつ花が大きくなる」という特性を最も活かすことができ、また稔りの悪さが問題とならない、花きへの利用を検討しています。例えば、リゾクトニア菌の一種が原因となる立枯病等の病気に強い、大輪のキクの作出などが期待できます。
用語の解説
1)リゾクトニア菌
病原糸状菌Rhizoctonia solaniのこと。リゾクトニア菌は様々な作物で様々な病気、例えばイネ紋枯病、ジャガイモ黒あざ病、トマト苗立枯病、ハクサイ尻腐病、テンサイ根腐病、キク立枯病など難防除な病害を引き起こすことが知られています。リゾクトニア菌はさらに菌糸融合を指標にAG1からAG13までの13グループに分類されます。イネ紋枯病菌はAG1グループに、イネ褐色紋枯病菌はAG2グループに分類されます。イネ紋枯病菌はシロイヌナズナにも感染します。
2)イネFOXナズナ系統
農研機構(当時:農業生物資源研究所)で収集したイネ完全長cDNA3)のうち、約13,000個を高発現するように、2009年に作製された約2万の形質転換シロイヌナズナ系統の集団(2009年に作製種子の一部は現在も理化学研究所バイオリソースセンターより提供中)。シロイヌナズナはイネよりも生育が早く小型なため、イネFOXナズナ系統を用いると、狭い栽培スペースでも効率よくイネの有用遺伝子の探索が行えます。
本研究では、トマト斑葉細菌病菌及びアブラナ科野菜類炭疽病菌の両方に抵抗性を示したイネFOXナズナ系統6系統から、イネ紋枯病菌に強くなる1系統を選抜し、その系統に導入されていたイネの遺伝子を調べることにより、BSR2遺伝子を発見しました。
3)完全長cDNA
cDNAは、タンパク質の設計図である遺伝情報を含むmRNA(メッセンジャーRNA)を鋳型にして作られた相補的なDNAです。完全長cDNAは、一つのタンパク質の設計情報を完全に含み、これを用いて完全な長さのタンパク質を合成できます。
4)シトクロームP450
特定の酸化還元酵素ファミリーに属する酵素の総称。様々な基質を酸化し、植物の二次代謝などにも関与します。動物の肝臓において解毒を行う酵素としても有名です。植物は動物に比べて非常に多くのシトクロームP450遺伝子を持っていることが知られています。
5)トマト斑葉細菌病菌
トマトの葉に斑点を生ずるトマト斑葉細菌病を引き起こす病原細菌シュードモナス(Pseudomonas syringae pv. tomato DC3000)のこと。
6)アブラナ科野菜類炭疽病菌
種々のアブラナ科野菜に、暗褐色ないし黒色の潰瘍状の病斑を生じる炭疽病を引き起こす病原糸状菌Colletotrichum higginsianumのこと。人畜の炭疽病細菌(Bacillus anthracis)とは全く別物です。
発表論文
The rice CYP78A gene BSR2 confers resistance to Rhizoctonia solani and affects seed size and growth in Arabidopsis and rice Satoru Maeda, Joseph G. Dubouzet, Youichi Kondou, Yusuke Jikumaru, Shigemi Seo, Kenji Oda, Minami Matsui, Hirohiko Hirochika and Masaki Mori Scientific Reports (2019) 9:587
参考図
図1 BSR2遺伝子を強く働かせたイネ及びシロイヌナズナのイネ紋枯病菌感染への抵抗性
(a)通常のイネでは菌を接種した葉が感染によりしおれていますが、BSR2を強く働かせたイネの葉は鮮やかな緑色のままです。(矢印は菌の接種部位)。(b)通常のシロイヌナズナも、菌を接種した葉(矢印)が感染によりしおれていますが、イネのBSR2遺伝子を強く働かせたシロイヌナズナの葉は鮮やかな緑色のままです。
図2 BSR2遺伝子を強く働かせたイネ及びシロイヌナズナにおける花や種子の大型化
(a)BSR2を強く働かせたイネの葯、めしべ、種子(籾)は、通常(原品種)の日本晴に比べ大きくなっていました(長さで20%以上増加)。イネの花の写真は籾殻の片方(外頴)を除いて撮影しました。(b)イネのBSR2を強く働かせたシロイヌナズナの花も大きくなっていました。