小惑星リュウグウの起源と進化- 地球化学総合解析による太陽系物質進化の描像

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2022-06-10 岡山大学

研究成果の概要

日本の小惑星探査機「はやぶさ2」の探査対象であった小惑星リュウグウから回収された 16 粒子を用いて、詳細な地球化学総合解析を行いました。その結果、小惑星物質試料が太陽系形成前から現在に至る複雑な物理化学過程の証拠を保持していることがわかり、生命の起源を含む太陽系物質進化の新しい描像を導くに至りました。

研究のポイント
  1. 有機物を多く含むと考えられていたC型小惑星リュウグウのサンプルリターンを実施し、回収された試料の地球化学総合解析を、世界に先駆けて実施した。
  2. 試料は地球上の汚染を最も受けていない小惑星物質である。小惑星リュウグウの二地点から回収されたこれらの試料に対して、地質学的観点を踏まえた分析をおこなった。
  3. 試料は主に含水層状ケイ酸塩鉱物から構成され、空隙率は約50%である。
  4. 小惑星リュウグウの化学組成はCIコンドライトと類似している。またリュウグウ最表面からだけでなく、人工クレーター形成に伴って噴出した内部物質を採取出来ていたことが確認された。
  5. 採取に用いたタンタル製弾丸による汚染が一部試料において確認されたが、人工クレーターを作成するために用いた銅製衝突体(SCI:搭載型小型衝突装置)に起因する汚染は認められなかった。
  6. 水素、炭素および窒素同位体異常を示す星間雲を起源とするミクロンサイズの有機物質が検出された。
  7. 生命の起源に結びつくアミノ酸やその他の有機物が検出された。
  8. 原始太陽系を構成した星間物質や太陽系前駆物質を含む始原的な特徴が保持されていた。
  9. 小惑星リュウグウの前駆天体は、太陽系外縁部において有機物およびケイ酸塩を含む氷に富むダストが集積した氷天体である(氷前駆天体)。
  10. 氷前駆天体の大きさは数十キロメートルであり、太陽系形成後約260万年までの期間に水質変質を被った。
  11. 氷前駆天体は破砕され、大きさ数キロメートル程度の彗星核が形成された。その後これは地球近傍軌道に移動した。彗星核から氷が昇華し、天体サイズの縮小および固体―ガスジェットに伴う物質の再堆積によって、空隙の多い低密度物質が形成された。
  12. 有機物は試料に普遍的に存在し、これらは宇宙線および太陽風の照射による宇宙風化を被り、小惑星表面のアルベド特性を決定している。

小惑星リュウグウの起源と進化- 地球化学総合解析による太陽系物質進化の描像
図1、リュウグウ粒子の外観。黒色無光沢で、細かな割れ目が発達している(左)。細粒緻密なマトリクスに鉱物の集合体や自形結晶が散在している(右)。


図2、氷前駆天体の熱史。リュウグウ試料が主に含水鉱物から構成されることから、非晶質ケイ酸塩と流体との反応が物質進化に重要な役割を果たしたことがわかります。そのタイミングと温度は、太陽系形成から約260 万年後(45.647億年前)であり、その時の温度は 0~30 ˚Cと見積もられました。これらを制約条件として、氷前駆天体の熱史を推測することができます。天体を加熱した主な熱源は、形成時に取り込まれた放射性核種 26Al が壊変した際に放出されるエネルギーです。天体が小さいと表面積/体積比が大きく放射冷却が無視できないため、天体は十分に加熱されず、流体が形成されない、あるいはたとえ形成されたとしても、太陽系形成後260万年まで流体を保持できません(熱史a、 b).一方で天体が大きくとも形成のタイミングが遅れると26Al が失われているため、やはり十分に温度が上昇しません(熱史 z)。熱力学計算から氷天体のサイズは数十㎞程度と見積もられますが、(熱史c: リュウグウの氷前駆天体)このサイズの氷天体が太陽系形成後早い時期に集積すれば、求められた水質変質(炭酸塩と磁鉄鉱の晶出)の時間的制約を満たし、内部に十分な流体を形成することができます。その後26Alの消費と共に天体は冷却され、天体表層から内側に向かって再凍結が進んだ結果、固液境界層は中心に移動します。この固液境界層がリュウグウ試料の主たる形成場であったと考えられます(詳細は図4を参照)。


図3、多面体磁鉄鉱粒子の産状を示す走査電子顕微鏡像。晶癖やサイズの異なる磁鉄鉱粒子が約10ミクロンの領域に共存している。


図4、氷前駆天体内における水質変質プロセス。(左上)放射性核種の壊変による熱でダスト周辺の氷が相転移する。表層付近の極低圧条件では昇華するが、内部の封圧化では氷が解けて水流体が発生する。(左下)ダスト中の珪酸塩成分や有機物が水流体との反応で含水珪酸塩鉱物などに変化し、天体内部から表層部に向かって広範な水質変質をもたらす。(右上)放射壊変が終了すると、天体表層から内部に向かって凍結が進行する。水流体の化学組成多様性による凝固点や反応速度の差、および凍結に伴う体積変化による局所的応力変化によって、固液二相からなる漸移帯が発達し、凍結融解が繰り返される。(右下)鉱物や有機物の成分を多く固溶していた水流体の液滴中では、早期に凍結したマトリクスから隔離された状態で凍結融解が繰り返され、多様な鉱物の生成や成長が進行する。

図5、氷の昇華による彗星核表層のダイナミクス。(上段)太陽放射による氷の昇華が進むと地下に空洞を生じる。続く昇華と水蒸気の圧力によって割れ目が伝搬して空洞が大きくなると、やがて天井部分の崩落が起こる。(下段)天井部分が崩落してすり鉢状の窪地ができると、氷の昇華によって窪地壁面から水蒸気とともに、地下の物質(氷を含む)が噴出する (Vincent et al., 2015)。降下してきた破片は、非同源性天体由来の破片を含む表層物質とともに、氷を含む地下物質と混合してから再堆積するため、岩圧下で凝結して整然層になる。こうして、彗星核表層の構造が局所的に改変される。図6、小惑星リュウグウの起源と進化。星間物質や太陽系前駆物質などを起源として、太陽系外縁部で誕生した氷微惑星は、その内部の広範な水質変質の後に破砕され、彗星様小惑星として地球近傍軌道に至り、氷の昇華を伴いながら、瓦礫集積体様の小惑星へと進化した。

論文情報

タイトル:On the origin and evolution of the asteroid Ryugu: A comprehensive geochemical perspective
掲載誌:Proceedings of The Japan Academy、 Series B. Vol 98、 No. 6、 pp.227-282
DOI: 10.2183/pjab.98.015
著者:Eizo Nakamura1、 Katsura Kobayashi1、 Ryoji Tanaka1、 Tak Kunihiro1、 Hiroshi Kitagawa1、 Christian Potiszil1、 Tsutomu Ota1、 Chie Sakaguchi1、 Masahiro Yamanaka1、 Dilan M. Ratnayake1、 Havishk Tripathi1、 Rahul Kumar1、 Maya-Liliana Avramescu1、 Hidehisa Tsuchida1、 Yusuke Yachi1、 Hitoshi Miura2、 Masanao Abe3、4、 Ryota Fukai3、 Shizuho Furuya3、5、 Kentaro Hatakeda3、 Tasuku Hayashi3、 Yuya Hitomi3、6、 Kazuya Kumagai3、6、 Akiko Miyazaki3、 Aiko Nakato3、 Masahiro Nishimura3、 Tatsuaki Okada3、5、 Hiromichi Soejima3、6、 Seiji Sugita5、7、 Ayako Suzuki3、6⁑、 Tomohiro Usui3、 Toru Yada3、 Daiki Yamamoto3、 Kasumi Yogata3、 Miwa Yoshitake3‡、 Masahiko Arakawa8、 Atsushi Fujii3、 Masahiko Hayakawa3、 Naoyuki Hirata8、 Naru Hirata9、 Rie Honda10、 Chikatoshi Honda9、 Satoshi Hosoda3、 Yu-ichi Iijima3†、 Hitoshi Ikeda11、 Masateru Ishiguro12、 Yoshiaki Ishihara3、 Takahiro Iwata3、4、 Kosuke Kawahara3、 Shota Kikuchi3、7、 Kohei Kitazato9、 Koji Matsumoto13、 Moe Matsuoka3、14、 Tatsuhiro Michikami15、 Yuya Mimasu3、 Akira Miura3、 Tomokatsu Morota16、 Satoru Nakazawa3、 Noriyuki Namiki13、 Hirotomo Noda13、 Rina Noguchi3、17、 Naoko Ogawa3、18、 Kazunori Ogawa3、 Chisato Okamoto8†、 Go Ono11、 Masanobu Ozaki3、 Takanao Saiki3、 Naoya Sakatani19、 Hirotaka Sawada3、 Hiroki Senshu7、 Yuri Shimaki3、 Kei Shirai3、8、 Yuto Takei3、 Hiroshi Takeuchi3、 Satoshi Tanaka3、4、20、 Eri Tatsumi5、21、 Fuyuto Terui3、22、 Ryudo Tsukizaki3、 Koji Wada7、 Manabu Yamada7、 Tetsuya Yamada3、 Yukio Yamamoto3、 Hajime Yano3、 Yasuhiro Yokota3、 Keisuke Yoshihara3、 Makoto Yoshikawa3、4、 Kent Yoshikawa11、 Masaki Fujimoto3、 Sei-ichiro Watanabe16、 Yuichi Tsuda3、5
所属:*1 岡山大学惑星物質研究所 PML
*2 名古屋市立大学大学院理学研究科・総合生命理学部
*3 宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所
*4 総合研究大学院大学(葉山)
*5 東京大学大学院理学系研究科
*6 株式会社マリン・ワーク・ジャパン
*7 千葉工業大学惑星探査研究センター
*8 神戸大学大学院理学系研究科
*9 会津大学コンピューター理工学部
*10 高知大学理工学部
*11 宇宙航空研究開発機構研究開発部門
*12 ソウル国立大学物理天文学学科、韓国.
*13 国立天文台
*14 パリ天文台、フランス
*15 近畿大学工学部
*16 名古屋大学大学院環境学研究科
*17 新潟大学理学部
*18 宇宙研究開発機構国際宇宙探査センター
*19 立教大学理学部
*20 東京大学大学院新領域創成科学研究科
*21 ラ・ラグーナ大学カナリア宇宙物理学研究所、スペイン
*22 神奈川工科大学工学部
現アドレス: 東洋大学
現アドレス: 特許庁
太字:責任著者

<詳しい研究内容について>
小惑星リュウグウの起源と進化- 地球化学総合解析による太陽系物質進化の描像[PDF]
<お問い合わせ>
岡山大学自然生命科学研究支援センター
特任教授 中村 栄三
Pheasant Memorial Laboratory

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