統合核燃料サイクルシミュレーター「NMB4.0」の無償提供を開始

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先進エネルギーシステム開発の戦略立案に資する、原子力のサイクル全体を計算可能な基盤プラットフォームを構築し、一般に公開

2022-04-20 東京工業大学,日本原子力研究開発機構

【要点】

  • 低炭素社会を実現し、変化する国際情勢に対応するための原子力エネルギーシステム開発の戦略立案には、エネルギー需給予測、新技術の導入効果、廃棄物量などの定量的な評価が不可欠。
  • 東京工業大学ゼロカーボンエネルギー研究所と日本原子力研究開発機構が高速、汎用、柔軟な核燃料サイクルシミュレーター「NMB4.0」の開発に成功。
  • 同シミュレーターを無償公開し、分野を超えてユーザー・開発者を募集。標準シミュレーター化で脱炭素化への貢献を目指す。

【概要】

東京工業大学 科学技術創成研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所(以下「ZC研」)の中瀬正彦助教、岡村知拓大学院生、竹下健二教授らの研究グループは、日本原子力研究開発機構(JAEA、以下「原子力機構」)の西原健司グループリーダーらの研究グループと共同で、将来の原子力利用シナリオを評価するシミュレーター(用語1)「NMB4.0(用語2)」を開発し、3月15日に無償公開した。

日本における脱炭素化を見据え、様々な国際情勢に対応できるエネルギー戦略の立案には、各電源の長所・短所の定量的な評価が欠かせない。特に原子力エネルギー利用においては、いかなる炉型や核燃料サイクル(用語3)を採用すべきかを見極めるため、必要となるウラン資源、プラント規模、核燃料サイクル規模、廃棄物発生量などの物量を事前に見積もっておく必要がある。しかし国内の既存シミュレーターはいずれも非公開で、包括的な戦略立案に向けた横断的議論が困難な状況であった。

ZC研と原子力機構は、今後のエネルギーや原子力戦略を闊達に議論するための基盤となるシミュレーターが不可欠と考え、共同開発を実施。高速な計算アルゴリズムを備え、燃料製造、再処理、処分といった広汎な核燃料サイクルのプロセスや多様な炉型に対応しながら、それらの組合せやパラメータを柔軟に設定でき、将来想定される多くのシナリオ解析を可能とする「NMB4.0」を開発した。

その上で、この「NMB4.0」を無償で公開し、開発者とユーザーを広く募集。今後は国内外の標準シミュレーターを目指し、経済性や環境負荷などの評価機能をさらに充実させながら、他電源を含むエネルギー分野全般を横断した評価研究の実現に向けた研究プラットフォームの構築に取り組んでいく。

●研究の背景

現在、日本では、脱炭素化を実現し、変化する国際情勢に対応したエネルギー安定供給のために、原子力利用を目指し、軽水炉、高速炉、小型炉をはじめとするさまざまな炉型の研究や、原子力発電による廃棄物の負荷を低減する再処理技術の開発が進められている。こうした先進技術を社会に実装するには、これらの技術が原子力利用にどう貢献できるかについて、経済性、リスク、実現可能性などを踏まえた多面的な分析を行うことが欠かせない。そこで必要になるのが、こうしたさまざまな技術の導入を仮定しながら、将来取り得る原子力利用シナリオを包括的に定量化・見える化し、検討できるシミュレーターだ。

これまで核燃料サイクルシミュレーション(用語4)の分野において、国内では汎用的な公開シミュレーターは整備されておらず、海外でも多くの優れたシミュレーターは非公開であった。しかし、将来取り得るさまざまな技術を比較するには同一のシナリオ・シミュレーターによる解析を通じた深い研究が不可欠であり、共通して使用できる公開シミュレーターがないことが大きな障害となっていた。

また、現在の核燃料サイクルシミュレーションでは放射性廃棄物の発生や処分について正確に評価するという解析ニーズが生まれており、そのためにはウランが核分裂して生成される150種類程度の核分裂生成物の解析が必要となっている。しかし、従来の核燃料サイクルシミュレーターでは計算負荷の観点からウランやプルトニウムをはじめとする20~30種類程度の核物質の流れを解析することが主流で、核分裂生成物までを含む詳細な解析は扱われてこなかった。

さらに、原子力利用シナリオの検討にあたっては、ウラン採掘、濃縮、燃料製造といった前段階(フロントエンド)、原子炉運転、また使用済み燃料の貯蔵、再処理・固定化、放射性廃棄物処分といった後段階(バックエンド)を統合的に分析する必要がある。しかし、これまで国内外で開発されてきた核燃料サイクルシミュレーターは、使用済み燃料の貯蔵付近までのシナリオ分析が中心で、バックエンド全体を含めた包括的な解析が行えるシミュレーターは公開されてこなかった。

加えて、カーボンニュートラル実現や国際情勢への対応など、エネルギーを取り巻く環境が大きく転換する中、シミュレーターには、その分析結果を政策や研究開発に素早く活用できるよう、多様な原子力利用の将来シナリオを柔軟かつ包括的に分析できる能力が求められるようにもなっている。

東工大ZC研と原子力機構はこうした数々の課題に対応すべく、高速で汎用性、柔軟性に優れたシミュレーターの共同開発を行った。原子力機構は以前より開発していたNMB3を提供し、東工大ZC研は計算高速化と精度検証を行うと共に得意とするバックエンド部の知見を組み込むことで様々な課題を解決し、機能の向上と公開を目指した。

統合核燃料サイクルシミュレーター「NMB4.0」の無償提供を開始

NMB4.0のデザインイラスト(作成者:yÅoki https://www.instagram.com/aomushi_collage/)

●研究の特徴と成果

①約150種に及ぶ核分裂生成物を含む、精緻な解析を高速で実行
今回の研究では、放射性廃棄物の発生・処分における正確な評価を目指し、従来、計算負荷の観点から困難とされてきた多様な核分裂生成物の解析手法の開発に注力。多種類の物質の原子炉内の燃焼変化を解析する燃焼方程式を、高速かつ十分な精度で解く解法(OEM; Okamura explicit method)の開発に取り組み、成功させた。その結果、核燃料サイクルシミュレーター「NMB4.0」では、150種類程度の核分裂生成物を含む精緻な解析が可能となった。また、従来の解法では数時間を要する解析が数分で終わるようになり、解析できるシナリオが多様化した。

②広汎な対応範囲で、原子力発電に関わるほぼ全ての工程を評価
本シミュレーター「NMB4.0」では、原子炉運転後の使用済み燃料貯蔵付近までの過程の評価を中心としていた既存シミュレーターの課題に対応すべく、ウラン採掘、濃縮、燃料製造といった前段階(フロントエンド)、原子炉運転、さらに使用済み燃料の貯蔵、再処理・固定化、放射性廃棄物処分といった後段階(バックエンド)まで、原子力発電に関わるほぼ全ての工程を解析の対象とし(図1)、原子炉運転や地層処分といった各段階においても、細やかな評価が行えるようにした。
例えば原子炉については、現代の主力炉である軽水炉の他、次世代型の炉である高速炉、ガス炉、加速器駆動システムといった幅広い炉心データベースを整備した。現在世界的に開発が進む小型モジュール炉(SMR)に対しても、データベースを拡張することにより対応可能である。また、先に挙げた核分裂生成物の解析における計算負荷の課題から、従来はあまり扱われてこなかった放射性廃棄物の地層処分についても、充実した解析モデルとデータベースを開発。それにより、地層処分場の規模評価に不可欠でありながら、大半のシミュレーターで評価が行われてこなかった処分場の温度上昇についても、日本で検討されている多くの地層処分場設計に対応した、現実的な処分場規模の評価が行えるようになっている。この機能により、現在わが国でも研究が行われている先進的な再処理技術を用いた場合に、どの程度処分場の大きさが縮小できるか計算することができる。

図1 核燃料サイクルシミュレーター「NMB4.0」の解析に含まれる核燃料サイクル

③先読みの難しい状況の変化にも対応しやすい柔軟なシステム設計
日本の原子力利用の将来像は、軽水炉リプレースの不透明さ、高速炉開発の遅れ、地層処分地選定の困難さといった諸要因によって、非常に見通しが悪い状態になっており、例えば国によるエネルギー基本計画でも2050年の原子力利用像が明確に示されていない。
そのため本シミュレーター「NMB4.0」では、原子力利用の撤退や継続、高速炉導入時期の変化など多彩なシナリオを解析できるようなシミュレーター設計を行った。
さらに幅広い状況に対応できるよう、パラメータを固定化することなくモデル式で記述しているのも大きな特徴である。例えば高速炉の新燃料に含まれるプルトニウムの量は、プルトニウムの発生元によって大きく異なるが、独自のモデル式を組み込むことで適切な決定を行えるようにした。同様に、放射性廃棄物をガラス固化する際に含むことのできる放射性物質の量は、放射性廃棄物の組成によって異なるが、これについても、妥当な評価を可能とするモデル式を作成している。
これらのさまざまな工夫により、多くの将来シナリオの解析を柔軟に実施できるような設計とした。

④開発や横断的議論のツールとして、多彩な利点を備えたシミュレーターを広く無償で公開
開発元であるZC研と原子力機構は、原子力利用分野の研究開発、および横断的議論のツールとして、以上のように高速、汎用、柔軟という特徴を兼ね備えた核燃料サイクルシミュレーター「NMB4.0」を、東工大ZC研のホームページより無償で公開することとした(公開HP https://nmb-code.jp)。

●今後の展開

本研究グループでは、このたび開発した核燃料サイクルシミュレーター「NMB4.0」の性能をさらに向上させ、原子力活用技術の開発、実装戦略の立案に関わるより多くのユーザーの研究に資する国内外の共通シミュレーターとすることによって、持続的な原子力利用と脱炭素社会の実現にいっそう貢献したいと考え、今回の無償公開を契機に、広くシミュレーター開発に協力する研究開発者とユーザーを募っていく。

本研究グループを含め、これまで国内の核燃料サイクルシミュレーター開発は、小規模の研究グループで独立に行われることが多かった(図2は現在の「NMB4.0」の開発メンバー)。しかし今後は多くの開発者の力を集結しながら、より優れたシミュレーターへの改良をスピーディーに実現し、さらに経済性や環境負荷などの評価機能の充実、他電源を含めエネルギー分野横断的な評価研究の実現に向けた研究プラットフォームへの発展を目指していく。

また、大学、研究所、メーカー、電力事業者などをはじめとするユーザー想定層に対しては、ぜひ次世代型原子炉および核燃料サイクル技術の研究開発や実装戦略の立案に役立てていただければと考えている。

 

【用語説明】

(1) シミュレーター:
一定のモデルを作成し、その影響をコンピュータなどで予想して評価を行っていくシミュレーションにおいて用いられる、コンピュータープログラムのこと。

(2) NMB4.0:
ZC研と原子力機構が共同開発した核燃料サイクルシミュレーター。NMBは、Nuclear Material Balance(核物質収支)の略。

(3) 核燃料サイクル:
原子力をエネルギーとして用いる場合に核燃料がたどる一連の過程を指す。原子炉の運転の前段階にあたるウランの採掘・濃縮・精製や、燃料への加工、原子炉での使用、さらに、後段階となる使用済み燃料の貯蔵、その再処理、放射性廃棄物処分などが主な工程となる。また上記の過程のなかで、特に、後工程にあたる使用済み燃料の再処理と有効資源の抽出・加工、その再利用の部分を指して核燃料サイクルと呼ぶ場合もある。

(4) 核燃料サイクルシミュレーション:
核燃料サイクルおよび原子炉の各工程の物質処理量や、発電量、燃料本数、廃棄物本数などを計算し、評価を行うシミュレーション。

【関連文献】

・Tomohiro Okamura, Ryota Katano, Akito Oizumi, Kenji Nishihara, Masahiko Nakase, Hidekazu Asano and Kenji Takeshita, “NMB4.0: development of integrated nuclear fuel cycle simulator from the front to back-end”, EPJ Nuclear Sci. Technol., 7, 19, 2021.
DOI: 10.1051/epjn/2021019

・岡村知拓, 大泉昭人, 西原健司, 中瀬 正彦, 竹下 健二, “核分裂生成物のマスバランス解析のための核種選定”, JAEA-Data/Code 2020-023, 2021.

・岡村知拓, 西原健司, 方野量太, 大泉昭人, 中瀬 正彦, 竹下 健二, “NMB4.0ユーザーマニュアル”, JAEA-Data/Code 2021-016, 2022.

2003核燃料サイクルの技術
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