雑草の生育を抑制する「開張型」のイネを開発~野生イネの遺伝子を活用、雑草防除の負担が少ない品種の開発に期待~

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2022-04-05 農研機構

ポイント

農研機構は、野生イネ1)の遺伝子を活用して、米の品質や収量は保持しつつ、雑草の生育を抑制する「開張型2)」のイネを開発しました。開張型イネは、従来の品種に比べて効率的に太陽光を遮ることで水稲群落下の雑草の生育を元品種の半分以下に抑制します。本成果は、水稲栽培における雑草防除の負担(除草剤の散布や除草作業)を軽減させ、生産者にも環境にもやさしい新たな水稲品種のための道を拓くものです。

概要

雑草の生育を抑制する「開張型」のイネを開発~野生イネの遺伝子を活用、雑草防除の負担が少ない品種の開発に期待~

農研機構は、野生イネの遺伝子を交配により導入することで、雑草の生育を抑制する「開張型」のイネを開発しました。開張型イネは扇型に拡がった葉を持ち(写真)、従来の品種に比べて効率的に太陽光を遮ることにより、水稲群落下の雑草の生育を半分以下に抑制します。また、太陽光をより高い効率で受容できるため、初期生育が促進されます。加えて、開張していた葉は生育後半には直立するので、従来品種と同様に収穫することが可能です。今回用いた野生イネ遺伝子は、収量や穀粒品質、食味にはほとんど影響を与えないことから、開張型イネを育種素材として活用し、日本の各地で栽培されている様々な品種と交配することで、雑草抑制力に優れる水稲の実用品種の育成が期待されます。

開張型イネは、水稲栽培において負担の大きい雑草防除、具体的には除草剤散布や手取り除草作業を軽減させ、生産のコストを減らせると期待されます。また、除草剤の散布量の低減は、低環境負荷の食料生産システムの構築につながり、みどりの食料システム戦略やSDGsの達成にも貢献すると期待されます。

現在栽培されているイネは、野生イネから「栽培化3)」と言う過程を経て確立されたものです。栽培化は、それが行われた時代(およそ1万年前)の人々が、その時の農業形態に適した個体を選抜することで達成されました。しかし、一方で、この選抜の過程で、野生イネが本来持っていた多様で多彩な遺伝子が失われました。開張型の草型4)を与える遺伝子は、このように栽培化で失われた遺伝子の中から、現在の農業においても有用であるものを探索する過程で見出されました。本研究は、栽培イネに引き継がれなかった有用な遺伝子が、野生イネの遺伝資源5)の中に眠っていることも示しています。

関連情報

予算:農林水産省委託プロジェクト研究「イネのDNAマーカー育種の利用推進」JPJ002005、農林水産省委託プロジェクト研究「直播栽培拡大のための雑草イネ等難防除雑草の省力的防除技術の開発」JPJ007962

問い合わせ先など

研究推進責任者 :
農研機構基盤技術研究本部 高度分析研究センター センター長山崎 俊正

研究担当者 :
同 基盤技術研究本部 高度分析研究センター ユニット長稲垣 言要
同 西日本農業研究センター 研究員浅見 秀則

広報担当者 :
同 基盤技術研究本部 研究推進室 渉外チーム長野口 真己

詳細情報

開発の社会的背景

イネは、日本の主食のみならず、全世界で数十億人の主要な栄養源として栽培されている重要な作物です。イネの収量は雑草害によって低下するため、国内では除草剤による防除が主流ですが、除草剤使用量に応じて生産コストがかかり、過度な除草剤の使用は環境への負荷が大きいことから、除草剤使用量を削減した持続可能な農業システムの構築が求められています。また、有機農業や減農薬栽培においては、手取り除草は生産者にとって大きな労働負担となっています。

現在のイネは、野生イネ(Oryza rufipogon)から、古代の人々が行っていた農業に適した形質を示す個体の選抜を続けることで栽培化されたと考えられています。この選抜の結果と近代育種によって、良食味で安定した収量が得られる優れた栽培品種が育成されてきました。一方で、栽培化の過程においては、野生イネが保有していた多様な遺伝資源が喪失したと考えられます。この失われた遺伝資源の中には農業にとって有用な形質にかかわるものも存在すると考えられ、これらの育種への活用が検討され始めています。

研究の経緯

本研究で用いた新たな草型のイネ(以後、開張型イネと記す)は、当機構が過去に構築した野生イネの染色体の一部を体系的に持つ染色体断片置換系統群6)(KRIL群7))から、農業にとって有用な形質を示す野生イネの染色体領域を同定する過程で構築されました。

開張型イネは、葉の枚数が少ない時期(栄養成長期8))には葉が横に展開(開張)する特性に加え、分げつ9)を増やす性質も併せ持つので、従来型のイネに比べて地表面を被覆します。そのため、地面への入射光が減り,雑草の生育を抑制する可能性が示されました。また、穂の形成期に入ると開張していた葉が直立する性質を持っており、草型が生育期に応じてダイナミックに変化することで全栽培期間を通じて最適な受光態勢10)を保つことが可能になりました。そこで、本研究ではこれらの優良な形質について検証することにしました。

研究の内容・意義

本研究で開発した新たな開張型イネは、タイで採取された野生イネ(Oryza rufipogon)に由来するおよそ360kbpの染色体断片を持つコシヒカリで、成長初期には開張し、多分げつの草型を示しました(図1)。

開張型イネは、葉が少ない初期に葉が横に展開することで、コシヒカリよりも受光態勢に優れることから、栄養成長がコシヒカリよりも促進されました(図2左)。また、この草型により、地面を被覆する時期がコシヒカリよりも早まり(図2右)、水田での主要な雑草であるノビエの生育をコシヒカリと比較して半分以下に抑制することができました(図3)。さらに開張型イネは、穂の形成期に入る頃から、茎葉が直立する草姿に移行しました(図4)。穂の形成期は、葉の枚数が増加して葉同士が相互に光を遮蔽するようになるため、この時期以降は茎葉を直立させた方が効率的に光を受容できます。茎葉が直立したことにより、効率的な受光態勢が保たれ、コシヒカリよりも高い成長が維持されました(図2左)。

この開張型イネは、野生イネ染色体を保有するものの、コシヒカリと同等の収量性を示すだけでなく(図5左)、精白米の白度、タンパク質やアミロース含量、炊飯米の食味に関する値はコシヒカリと同等でした(図5右)。一方で、炊飯米がコシヒカリより柔らかくなる傾向が示されました(図5右)。今回用いた野生イネ染色体は、食味や収量に与える影響が小さいことから、今後、農業現場に広く活用できると考えられます。

今回用いた、開張型の草型を与える野生イネ由来の遺伝子は、栽培化の過程で失われた遺伝子の一つです。本研究は、栽培イネに引き継がれなかった野生イネの遺伝資源の中に、現在の農業においても有用であるものが眠っていることも示しています。

今後の予定・期待

本研究で見出した、開張性を付与する野生イネの染色体領域は、コシヒカリ以外の他の日本型の栽培イネ品種にも同様の形質を付与することが可能と考えられます。開帳型イネは、雑草抑制力に優れる水稲品種の育成を進めるための育種素材として、活用が期待されます。

農研機構では、開張型イネを育種素材として活用し、日本の各地で栽培されている様々な品種と交配を試みています。また将来的には、開張型イネ品種を用いて除草剤散布量を削減させた雑草管理体系を確立し、普及を目指します。また、試験研究用試料として開張型イネの提供も行います。

近年は、SDGsに代表される環境重視の活動が国内外で推進されており、日本の食料・農林水産業においても、化学農薬・化学肥料の使用量を削減して持続可能な食料生産システムを構築することが急務となっています。また、有機農業や減農薬栽培においては手取り除草による除草コストが大きな負担となっています。本研究で作出された開張型イネの雑草抑制効果を、これらの生産システムにどのように組み込んで活用していくかの検討も進めます。

世界的に見ると、発展途上国では除草を人力に頼っている国々は多く、こうした国々に対しても、開張型イネは除草労働負荷の低減という形で貢献する可能性があります。一方で、それらの国々で栽培されている品種(多くはインディカ型イネ品種)に対しても雑草抑制機能を付与できるかの検討は必要です。インディカ型イネ品種に、開張性を付与する野生イネの染色体領域の導入を行い、その農業形質の検討も行っていきます。

用語の解説
1)野生イネ
一般に、イネ科イネ属に含まれる種の内、二つの栽培種(アジア栽培種、アフリカ栽培種)を除いた野外で自生しているイネ種を指します。ここでは、アジア栽培イネの直接の祖先種と考えられている Oryza rufipogon を特に指しています。
2)開張型
地上部基部から扇型(あるいはパラボラアンテナ型)に茎葉を展開させる草型を示します。栽培化の過程で、現在の水稲品種は大きく開張する性質を失っています。
3)栽培化
古代人は、原生の植物から実や籾などを採取していましたが、その植物を居住地近くで植え育てることで農業が始まったと考えられています。その際、その育成に都合が良い形質を示す個体を選びながら継続的に育てていくことにより、野生種から栽培種へと確立されたと考えられています。本研究では、野生イネ(Oryza rufipogon)からアジア栽培イネ(Oryza sativa)が確立していった過程を指します。
4)草型
茎や葉の展開様式などの特性によって規定される作物の地上部の概形を指します。ここでは、イネ地上部形態の外観的な特徴を指しています。
5)遺伝資源
ここでは、イネ属が長い年月をかけて蓄積してきた多様な遺伝変異や、様々な有用な機能を持つように変化した遺伝子群を指します。栽培化の過程は、それが行われた当時に都合が良い個体を選ぶことで行われ、この選抜の過程で、遺伝資源の多様性が大規模に喪失したことが知られています。この失われた多様性は、栽培イネの改良において活用できる可能性が高く、遺伝性の資源と捉えることもできます。
6)染色体断片置換系統群
交配した後代(子世代)について、交配親の一方だけで戻し交配を続け(その交配に用いる親を反復親、反復親との交配を戻し交配と呼びます)、戻し交配の後代について、染色体の解析を行い、ほぼ全ての染色体が反復親由来に戻る一方、ごく一部の染色体領域だけが供与親(一番最初の交配において反復親の相手であった親)由来の株を選び、これらを集めて供与親由来の全ての染色体をカバーするように作成したシリーズです。
7)KRIL群
KRIL群は、コシヒカリを反復親に、タイで採取された Oryza rufipogon を供与親とする40系統からなる染色体断片置換系統群で、2012年9月10日農研機構公開のプレスリリース「野生稲の染色体を日本水稲に導入した、新しい育種素材としての染色体断片導入系統群の作出」で報告された系統群の一つです。
8)栄養成長期
作物の成長における期間の一つで、具体的には、発芽から花芽分化(イネの場合は穂分化)までの期間における成長を指します。この期間においてイネでは、茎葉や根が増加し、個体重が増加します。
9)分げつ
イネ科作物の分枝を特に分げつと呼びます。生育が良好な分げつは、穂を形成し多くの籾(お米)を生産することから、分げつの数と生育量は重要な農業形質と捉えられています。
10)受光態勢
作物は太陽光を受け、光合成により栄養を得て成長します。葉などの光合成器官の全体的な配置や傾き(草型)を太陽光の受光の効率の観点からみた態勢のことを示します。
発表論文

N. Inagaki, H. Asami, H. Hirabayashi, A. Uchino, T. Imaizumi, K. Ishimaru (2021) A rice ancestral genetic resource conferring ideal plant shapes for vegetative growth and weed suppression Frontiers in Plant Science 12: 748531(doi: 10.3389/fpls.2021.748531)

参考図

図1 本研究のまとめ
本研究で開発したイネは、野生イネの染色体の一部を交配により取り込んだコシヒカリです。この野生イネ染色体に由来する草型の変化は、成長促進や雑草抑制に貢献しました。一方、導入した野生イネの染色体領域は、コシヒカリ同等の収量や米穀品質を示しており、今後、育種活用が期待されます。
図2 開張型イネのメリット1
栄養成長期における太陽光の受光態勢が改善されるため、開張型イネは、コシヒカリより成長が促進されました。また、水稲群落による土壌被覆も速まりました(*印のついたデータは有意差があります)。
図3 開張型イネのメリット2
土壌被覆が速まることで、水稲群落下への入射光が減少し、群落下の雑草の成長をコシヒカリよりも抑制できました(*印のついたデータは有意差があります)。
図4 繁茂期に現れる開張のデメリットの回避
繁茂期は、葉同士の相互遮蔽が大きくなるため、葉が直立する方が好ましいとされています。今回開発した開張型イネは、穂の形成期を境に開張型から直立型にダイナミックに草型を変えるため、栽培の全期間にわたって良好な受光態勢を保ちました(*印のついたデータは有意差があります)。
図5 開張型イネの収量と米の品質
開張型イネの1アールあたりの玄米収量は、コシヒカリと同等でした(有意差はありませんでした)。精白米はコシヒカリ同様に白く、味に関する値は、コシヒカリと比較すると、アミロース含量がわずかに高い以外は同等でした。一方、炊飯米の物性は、グラフ中心に値が近づくほど炊飯米が柔らかいことを示しており、開張型イネから得られた米は、コシヒカリよりも柔らかく炊けることが示されました。

1202農芸化学
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