世界初、ダイヤ中でエラー耐性量子演算処理に成功

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室温万能量子コンピューターに道

2018/08/13 科学技術振興機構(JST),横浜国立大学

ポイント
  • 量子コンピューターの実現には量子ビットの脆弱性の克服が課題であった。
  • ダイヤモンド中の電子や核子のスピンを量子ビットとして用い、操作エラーや環境ノイズに耐性のある演算処理を実現した。
  • 室温かつ完全無磁場下でのスピン操作が可能となり、より汎用的な量子情報技術として発展が期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業において、横浜国立大学の小坂 英男 教授、同 大学院工学府 博士課程の長田 昂大 大学院生(前期2年)、倉見谷 航洋 大学院生(後期1年)は、ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)注1)にある電子や核子のスピン注2)を量子ビット注3)として用い、室温の完全無磁場下で、操作エラーや環境ノイズに耐性を持ち自在に多量子操作ができる万能な量子ゲート操作注4)に世界で初めて成功しました。幾何学性を利用することにより、従来必要であったエラー訂正が不要で任意の精度の量子操作が可能となります。幾何学量子ビット注5)と名付けたこの独自の量子ビットのホロノミック量子ゲート操作注6)により、エラー耐性を持ち、より高速で高精度な演算が可能になります。

量子コンピューターや量子暗号通信の実現には量子ビットの脆弱性の克服が課題でしたが、ダイヤモンド中のNV中心に存在するスピン量子ビットは、操作の正確性や情報保持時間の観点で有望視されていました。本研究では、これまでの量子ビットとは異なり、エネルギー差がない2つのスピン状態を量子ビットとして用いた独自の量子ゲート操作技術を開発しました。

本成果は、室温で動作する万能量子コンピューターや量子シミュレーター、これらを量子暗号通信注7)でネットワーク接続するために不可欠な量子中継注8)や量子センシング、量子計測、IoTセキュリティーデバイスなど、あらゆる量子情報素子の実現へ道を拓くと期待されます。

本研究成果は、2018年8月13日(英国時間)に「Nature Communications」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」
(研究総括:荒川 泰彦 東京大学 特任教授)

研究課題:「ダイヤモンド量子セキュリティ」(課題番号 JPMJCR1773)

研究代表者:小坂 英男(横浜国立大学 大学院工学研究院/先端科学高等研究院 教授)

研究期間:平成29年10月~平成35年3月

本研究課題では、ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)における光子と電子の自発的な量子もつれ発光・吸収を基礎とし、光子から核子への伝令付き量子テレポーテーション転写、電子と核子のエラー耐性のあるホロノミック量子ゲートなどの研究開発により、量子コンピューターや量子暗号通信とこれらを接続する量子中継の実用化に道を拓きます。

<研究の背景と経緯>

近年、ゲート方式によるアルゴリズムを採用した、どのような計算もできる万能量子コンピューターの実現が期待されています。しかし、量子ゲートの研究開発では、操作エラーや環境ノイズに対する脆弱性の克服(エラー耐性の獲得)が課題となっています。また、ゲート方式で用いられる超伝導体はミリケルビン(mK)域の極低温環境で動作させる必要があり、室温で動作可能な量子コンピューターの開発が望まれています。

一方で、盗聴できない絶対安全な通信を可能とする量子暗号通信の開発も進んでいます。現状の技術では量子暗号通信ができる距離は100km程度ですが、1,000km以上に大規模ネットワーク化できれば、絶対安全な量子インターネット通信が実現するだけでなく、量子クラウドネットワーク上に置かれた情報を開示することなく利用できるようにもなります。しかしその実現には、インターフェース機能を備えた量子中継器と呼ばれる小型の量子コンピューターが必要です。

これらの実現には、量子情報の最小単位である量子ビットを正確に操作し、かつ量子ビットの持つ情報が長時間保存されている必要があります。しかし、量子ビットは操作エラーや環境ノイズに対して脆弱であり、エラー訂正をするためには膨大な冗長性が必要となるという問題がありました。そこで、この量子の脆弱性を克服するための操作手法の開発や量子ビットの候補となる量子系などが世界中で探索されてきました。

このような状況の中で、窒素空孔中心(NV中心)が、量子ビットの有力候補として注目されています。NV中心は、ダイヤモンド中の炭素原子が1つ欠損した空孔とこれに隣接した窒素原子から構成される色中心(カラーセンター)の一種です。NV中心に天然に存在するスピン量子ビットは、操作の正確さや保存時間の長さ、また将来のデバイス化に向けた高密度集積性という観点から有力視されています。

これまでの研究では、このスピン量子ビットに対してマイクロ波やレーザー光を用いた量子操作法が考案され、量子情報を10秒以上保存できることが実証されました。ところが、これらの量子操作法には原理上避けることができない操作エラーが含まれており、量子ビットに対する操作精度の向上に限界がありました。

<研究の内容>

本研究では、磁場を完全に排除し、エネルギー差のない上向きと下向きのスピンを量子ビットとして用いました。エネルギー差がないため操作が困難になるのと引き換えに、操作エラーや環境ノイズに対する耐性が得られます。本グループは、NV中心にあるエネルギー差のないスピン量子ビットに、2本の直交したワイヤーから「偏光したマイクロ波」を印加して幾何学的に量子操作することを提案し、量子ゲート操作の実験に成功しました。「幾何学量子ビット」と名付けたこのスピン量子ビット操作手法は、課題であったエラーを排除することができ、操作精度の限界を実質上なくすことができます(図1)。

ダイヤモンド中のNV中心では、空孔内の電子や窒素原子内の核子が、粒子の自転運動(スピン)に対応した特有の量子自由度を持ち、それぞれ電子スピン、核スピンと呼ばれます。これらのスピンは、完全な無磁場下において、エネルギー差のない上向きと下向きのスピンの準位とこれらより低いエネルギーを持つ補助準位で構成される、V型の準位構造を取ります(図2)。

光は空間を伝わる電磁波で、その振動方向が空間的に偏ることを偏光といいます。今回提案した幾何学量子ビットでは、同様に電磁波であるマイクロ波を「偏光」することで、幾何学的な量子ゲート操作を実現しました。ここでいう空間とは、通常の空間ではなく、SU(3)と呼ばれるV型三準位で構成された特殊な幾何学的空間です。

幾何学量子ビットのスピン状態を表す幾何学量子ビット空間は、マイクロ波の偏光状態を表す偏光空間と1対1に対応します。ある偏光を持つマイクロ波を一定時間印加すると、その偏光に対応するスピン状態(明状態)と補助準位で構成された幾何空間(明空間)内で閉じた経路を描いて元の明状態に戻ります。この際、幾何空間での経路を反映した位相(幾何位相)が明状態に付与され、間接的に幾何学量子ビットの回転が生じます。このような幾何位相を利用した量子操作を幾何学的量子操作あるいはホロノミック量子操作と呼び、操作が間接的であるために通常の量子ビット空間を直接操作する手法(動的量子操作)よりも操作エラーに対して耐性があります。

ホロノミック量子操作は可視光を用いても可能ですが、本研究では、電子スピンのみならず核スピンをも操作できるマイクロ波を用いて、ホロノミック量子操作を実装しました。マイクロ波はスピンに対して直接作用を及ぼすため、全ての操作は基底状態内で完結できます。その結果、室温でも安定であるというNV中心スピンの特性を最大限に生かすことができます。また、マイクロ波は可視光と比較してエネルギーが5桁以上小さいため、同じくエネルギーの小さい電子スピン-核スピン間の相互作用を生かした量子もつれ注9)操作も可能になります。

任意の偏光を持ったマイクロ波を生み出す新たなアンテナの機構として、本グループは2本の直交したワイヤー(クロスワイヤー)を作製しダイヤモンド上に配置しました(図3)。ワイヤーに流れる交流電流の相対的な強度や位相を調整すれば、NV中心に照射されるマイクロ波の偏波自由度を実効的に操作できます。量子トモグラフィー法注10)による評価の結果、電子スピン、核スピンそれぞれに対して高精度に量子ゲート操作できたことが確認できました。さらに、電子スピン-核スピン間の量子もつれを操作する二量子ゲート操作を合わせて、量子情報処理において必要とされる全てのゲート操作が実現できたことを確認しました。

エネルギー差のある二準位を利用した従来の量子ビット操作では準位間干渉によってエラーが起こりますが、本手法ではそれを排除できます。また本研究では、操作精度の限界を実質上なくすことが可能であることをシミュレーションにより証明しました。

<今後の展開>

本研究の成果は、偏光マイクロ波を用いることで量子情報処理において必要とされる万能な多量子ゲート操作を任意の精度で実行する手法を提供します。本グループは今後、この技術をさらに高精度化することにより、量子テレポーテーション転写注11)や量子もつれ測定などの発展的な量子情報技術の実証、量子暗号通信やその量子中継などの応用を進めていきます。これにより、超高感度なベクトル電磁場温度センシング、量子計測、量子シミュレーション、光-マイクロ波トランスデューサー、IoTセキュリティーデバイスといった応用への道を拓きます。

<付記>

本研究は、情報通信研究機構(NICT) 高度通信・放送研究開発委託研究、科学研究費 補助金基盤研究S(課題番号 16H06326)、基盤研究A(課題番号 24244044)、新学術領域「ハイブリッド量子科学」(課題番号 16H01052)、文部科学省 ポスト「京」萌芽的課題1「基礎科学のフロンティア-極限への挑戦」、光科学技術研究振興財団 研究助成の支援を受けました。

<参考図>

図1 ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)と偏光マイクロ波による 幾何学量子ビット制御の概略図

図1 ダイヤモンド中の窒素空孔中心(NV中心)と偏光マイクロ波による幾何学量子ビット制御の概略図

ダイヤモンド中のNV中心では、空孔部分に電子スピンが局在しており、この電子スピンと窒素核スピンを量子ビットとして用いている。ダイヤモンドサンプル上の2本の直交ワイヤーで構成されたアンテナからNV中心に対して強度や位相を調整したマイクロ波を印加することで、これらの量子ビットを操作する。

図2 偏光マイクロ波によるホロノミック量子ゲート操作の概念図

図2 偏光マイクロ波によるホロノミック量子ゲート操作の概念図
  • 上段:マイクロ波偏光と幾何学量子ビット空間での回転の対応関係
  • 下段:幾何学量子ビットのエネルギー準位

無磁場下では、偏光の状態と幾何学量子ビットの状態が1対1で対応する。偏光マイクロ波を印加すると、その偏光に対応する量子状態(明状態)と補助準位との間で遷移が生じる。この遷移を1往復させると、たどった経路によって決まる位相(幾何学位相)が明状態に付与される。この性質を利用することで、量子ビット空間で任意の回転軸かつ任意の角度で量子状態の回転操作ができる。

図3 サンプル表面の構造および偏光マイクロ波の概要

図3 サンプル表面の構造および偏光マイクロ波の概要

室温下で、ダイヤモンドサンプルの上には直交した2本のワイヤーが取り付けられている。この2本のワイヤーのそれぞれからNV中心に対して印加される交流磁場(マイクロ波)は空間的に2種類の直線偏光と見なすことができる。この2種類の直線偏光それぞれの強度や位相を調整することによって任意の偏光を作ることができる。

<用語解説>
注1)窒素空孔中心(NV中心)
ダイヤモンドに不純物や格子欠陥が入ると、光学的性質が変わってさまざまな色が付く。この欠陥構造は色中心(カラーセンター)と呼ばれ、処理条件によって選択的に形成できる。
NV中心はその一種で、ダイヤモンド中で炭素原子から置き換わった窒素原子と、炭素原子が1つ欠損した空孔とが隣接した構造をしている。空孔内の電子や窒素原子の核子は特有のスピンに対応した量子自由度を持ち、それぞれ電子スピン、核スピンと呼ばれる。
注2)スピン
こまのような自転回転に例えられる磁気的な性質を持った量子状態。上向き(↑)と下向き(↓)だけでなく、これらの量子的重ね合わせ状態である↑+↓、↑―↓など位相の自由度を持つ。NV中心のスピンは複数のスピンが組み合わさって1体のスピンであるかのように振る舞う特殊な状態にある。その結果、単に上向きや下向きといった磁気的な性質のみならず、光子の振動の方向を意味する偏光と似た量子的な性質を持つ。
注3)量子ビット
量子コンピューターや量子暗号通信などの量子情報処理における基本単位。通常の計算機ではビットは0か1のどちらかを表すが、量子コンピューターの基本単位となる量子ビットは、0と1の「重ね合わせ状態」を取ることができる。また、この重ね合わせ状態は異なる量子ビット同士で量子的な相関(量子もつれ)を持つことができる。量子コンピューターは、量子ビットの重ね合わせ状態を活用して高速な計算を実現する。
注4)量子ゲート操作
量子ビットが量子情報処理における情報そのものの基本単位であるのに対して、量子ゲート操作は量子情報における演算の基本単位である。通常のビットによる情報処理がいくつかの論理回路の組み合わせで全て表現できるように、量子情報処理においても特定の量子ゲートの組み合わせで全ての処理が実装できる。そのような量子ゲート操作の集合を万能量子ゲートと呼ぶ。一般に、1量子ビットに対する任意操作ゲートと、2個の量子ビット同士の量子的な相関を操るもつれ操作ゲート(CNOTゲート)を組み合わせることでこの万能量子ゲートが達成される。
注5)幾何学量子ビット
通常の量子ビットはエネルギー差のある2つの準位を基底(通常の計算機の0と1)として用いるが、幾何学量子ビットはエネルギー差のない2つの準位を基底として用いる。これでは読み書きや操作が全くできないので、2つの準位とはエネルギーが異なり、両方と結合し得る第三の準位を補助準位として用い、幾何学操作(下記のホロノミック量子ゲート操作)によってこれらを可能とする。本研究では、電子や核子のスピン三重項によりV型の三準位を構成し、幾何学量子ビットとする。
注6)ホロノミック量子ゲート操作
曲率を持つ平面内をベクトルが平行移動で巡回したときに、ベクトルの向きが元に戻らない性質を利用した量子ゲート操作。量子の性質を表す幾何学的な空間における特有の性質を利用しているため、幾何学的量子ゲート操作とも呼ぶ。
注7)量子暗号通信
量子通信とは、量子状態が複製できないという量子力学の原理を応用し、共通の秘密鍵を離れた2者間に安全に配送する技術。この秘密鍵を用いて秘匿通信ができる。量子鍵配送のイニシャルを取りQKDとも呼ばれる。現在、光子を通信媒体としてこの技術の開発が進んでいる。この技術の延長線上には、量子の超並列処理特性を利用した量子計算がある。
注8)量子中継
光子が届かない遠方に量子情報を送るための手段。光は伝達媒体である光ファイバーを透過する際減衰作用を受けるため、光子の伝達成功率は距離に応じて下がってしまう。通常の光通信ではこの減少した光子を通信途上で補完するという中継方法が取られているが、量子通信においては送受信される情報が原理上複製できないことから同様の方法は取れない。ここでいう量子中継とは、これまでの中継とは本質的に異なった、いわゆる量子テレポーテーションを動作原理とする新たな中継方法のことを指している。
注9)量子もつれ
2つの量子の間に量子的な相関がある状態。量子的な相関とは、片方を測定したとき、その測定の種類に関わらず他方も同じ測定をしたときと1対1に対応する結果を得るもの。
注10)量子トモグラフィー法
量子状態あるいは量子ゲート操作は一般に複素行列の形で書き表されるが、一度の測定でこの行列要素の全てを同定することはできない。量子トモグラフィー法とは、一連の量子測定実験を繰り返し、その結果を統計的に処理して、この行列要素全てを調べ上げる手法。
注11)量子テレポーテーション転写
量子中継の基本原理。量子もつれにある2つの量子を用意し、この片方と別の量子との間の量子もつれを測定することで、直接は相互作用していない他方の量子に量子状態を再生するもの。
<論文情報>

“Universal holonomic quantum gates over geometric spin qubits with polarised microwaves”
(マイクロ波偏光による幾何学スピン量子ビットに対する万能ホロノミック量ゲート)
DOI:10.1038/s41467-018-05664-w

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

小坂 英男(コサカ ヒデオ)
横浜国立大学 大学院工学研究院/先端科学高等研究院 教授

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

横浜国立大学 学長室 広報・渉外係

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