2022-11-29 農研機構
ポイント
農研機構は、野生のカモ等が、水が張られたハス田の泥中にあるレンコンを食べる様子の確認に初めて成功しました。ハス田に試験的にレンコンを埋め、夜間のカモ等の行動を動画撮影した結果、一部のカモ等(マガモ1)、オオバン2))が倒立したりして、水面下約40cmの深さまで採食することがわかりました。マガモでは、途中、脚で泥を掘る行動も見られました。本成果は、鳥類による全国の農作物被害額の約1割を占める霞ケ浦周辺でのレンコン被害(年間約3億円)に対し、実態を正しく理解した上で効果的な被害対策を講じていくために欠かせない知見となります。
概要
全国一のレンコン産地である茨城県霞ケ浦周辺では、カモ等によるレンコン被害が報告されています。その被害額は、鳥類による全国の農作物被害額の約1割を占める年間約3億円(2020年度)にのぼっています。
レンコンはハス田の泥中にあり、食害は夜間に生じるため、その様子を直接確かめることが極めて困難です。秋~冬の収穫の際、泥中から掘り上げたレンコンにえぐられた傷があって出荷できなくなる場合があり、夜間のハス田でカモ等の群れが見られることなどから「カモ被害」と広く認識されてきましたが、実際にどの種が、どのようにレンコンを食害しているかは不明でした。対策として多くのハス田に防鳥網が設置されていますが、カモ等の侵入を完全に防ぐことは難しく、野鳥の羅網死3)が相次いでいるため環境保全上の問題にもなっています。レンコンを食害する種や採食行動を明らかにすることは、被害の実態を把握し、効果的な対策を計画・実行していく上で不可欠です。
そこで農研機構は、収穫後のハス田に試験的にレンコンを設置して夜間のカモ等の採食行動を動画で撮影し、マガモとオオバンが繰り返し倒立しながら泥中(水面下約20~40cm)のレンコンを食べる様子を確認しました。その際、マガモは脚で泥を掘る動作も行っていました。翌朝、レンコンが食べられた範囲の泥面はすり鉢状に掘られており、その底(水面下約40cm)よりも深くにはレンコンが残っていました。他の種では今回は撮影個体数が少なかったため、さらに調査が望まれるものの、泥中のレンコンを食べないカモも見られました。
これらの結果から、ハス田の泥中にある収穫前の商品価値のあるレンコンが少なくともマガモとオオバンによる食害を受けること、浅く位置するレンコンほど食害を受けやすいことが示されました。同時に、霞ケ浦で越冬する多数のカモ等にとって、周辺のハス田が好適な生息場所となっていることが示唆されました。本成果は、夜間に生じる「カモ被害」の実態の理解に役立つとともに、今後の対策手法を検討していくために重要な知見となります。
関連情報
予算 : 運営費交付金
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構畜産研究部門 所長三森 眞琴
研究担当者 :
同 動物行動管理研究領域 任期付研究員益子 美由希
広報担当者 :
同 研究推進室粕谷 悦子
詳細情報
社会的背景と研究の経緯
鳥類による農作物被害は、2020年度の農林水産省の調査では全国で約30.2億円が報告されています。その内訳では、最多のカラス類(約13.8億円、46%)に次いで、カモ類(約5.1億円、17%)が2番目に多くなっています。カモ類による被害のうち、38%にあたる約2億円を茨城県におけるレンコン被害が占めています。
露地栽培のレンコンは、8月頃から年末をピークに翌年3月頃まで少しずつ収穫されますが、この期間は越冬カモ類が日本に渡ってくる時期と重なっています。全国のレンコン出荷量の半分以上を生産する茨城県のハス田は、通年で水が張られ、多数のカモ類が越冬する霞ケ浦に隣接して広がっているため、カモによる被害が他の産地に比べて甚大となっています。収穫したレンコンに少しでも食べ傷があると、そこから変色したり、傷から入った泥がレンコンの穴を通じて前後の節へも浸透して出荷困難になったりすることから、大きな損害となります。こうした被害は、夜間のハス田でカモの群れが見られることなどから「カモ被害」として広く認識されていましたが、泥中にあるレンコンを夜間にどの種がどのように食害しているかはこれまで確認されていませんでした。対策として、多くのハス田に防鳥網が設置されていますが、野鳥が防鳥網に絡まって羅網死する事例が多発し問題となっています。そのため、今回、食害を引き起こすカモ等の種類や採食行動を明らかにすることで、効果的な被害対策の助けとなる科学的知見を得ることを目的として、ハス田での試験と夜間の行動観察を行いました。
研究の内容と意義
1.レンコン農家の協力のもと、2021年2~3月に、収穫後のハス田1ほ場(茨城県土浦市)において、泥中や水面、畦上にレンコンを設置し(図1左)、自動撮影カメラを用いて夜間の様子を撮影しました。設置したレンコンは翌朝回収し、食害の様子を確認しました(図1右)。
2.その結果、泥中のレンコンを食べたのはマガモとオオバンの2種で、頭を水中に浸したり倒立を繰り返してレンコンを食べる様子が観察されました(図2a)。マガモが脚で泥を掘る動作(図2b)や、オオバンが潜水してレンコンを食べる行動も見られました。
3.レンコンを設置する深さを変えながら試験を16回行った結果、浅い位置のレンコンほど食害を受けやすいことがわかりました(図3)。水面下20cmまでのレンコンは完食、40cmまでは食べられにくくなるもののマガモの泥掘りやオオバンの潜水で採食可能で、40cmより深いものは採食されませんでした。霞ケ浦周辺では水掘り4)によってレンコンの収穫が行われ、収穫期もハス田に水が張られているためカモ等が飛来・採食しやすく、被害を受けやすいと考えられます。
4.マガモとオオバン以外にも、5種のカモが撮影され、採食行動は種によって異なっていることがわかりました(図4)。これら5種は撮影された個体数が少なかったため、さらに調査が必要ですが、水面や畦上に設置したレンコンを食べる行動が一部の種で観察されたものの、いずれも泥中のレンコンを食べる様子は確認されませんでした。収穫後のハス田には、収穫残さのレンコンが水面に浮いていたり、畦に積まれていたりする場合があること、また、ハス田には他にもウキクサ類、プランクトンといったカモの餌となる生物が豊富に存在することから、泥中のレンコンは食害しないカモにとっても、ハス田が好適な採食場所となっていると考えられます。
今後の予定・期待
今回、レンコンの食害を引き起こすカモ等の種類やその採食行動の様子が初めて明らかになりました。加えて、レンコンを食害しないカモもハス田を生息場所としていることがわかってきました。従来用いられている防鳥網は野鳥の生息環境に影響することから、今回得られた知見を踏まえたより効果的な対策手法の開発が望まれます。レンコン被害の軽減と鳥類の生息環境の保全を両立できる技術の確立に向け、現場の生産者や自治体などと協力し、実証試験を進めて行く予定です。
用語の解説
- 1)マガモ
- カモ目カモ科に属する水鳥です。大部分のマガモは日本に冬に渡ってきます。霞ケ浦で越冬するカモ類は毎年十数種類、7万羽前後が報告されていますが、マガモはそのうち3~5万羽を占め、最も個体数が多いカモです。
- 2)オオバン
- ツル目クイナ科に属する水鳥で、カモ(カモ目カモ科)の仲間ではありません。近年全国的に個体数が増加し、霞ケ浦周辺では一年中生息しています。茨城県では2013年度以降、カモ類と分けてバン類によるレンコン被害も報告しており、2020年度は約1億円となっています。なお、バン(ツル目クイナ科)もバン類ですが、茨城県の報告では種は区別されていません。
- 3)羅網(らもう)死
- 防鳥網の網に野鳥が絡まり死亡すること。防鳥網で鳥と作物を物理的に遮断することは、鳥害対策の基本で、最も効果的な方法です。しかし、鳥が通り抜けられるような大きさの網目の場合や細い糸の場合、網がたるんでいる場合等では、鳥が絡まる事故が生じやすくなります。
- 4)水掘り
- 井戸や用水路、ほ場から機械で水をくみ上げて、ポンプの水圧でレンコンの周りの泥を落として収穫する方法です。レンコンの収穫方法には水掘りと手掘りの2つがあり、産地ごとに土質等によって掘り方が異なります。茨城県では水掘りが主流で、手掘り(収穫前にハス田の水を抜いて、専用のクワ等で掘る)よりも作業効率がよい反面、カモ等の採食も受けやすいと考えられます。
発表論文
益子美由希・山口恭弘・吉田保志子(2022)「泥中のレンコンはカモ類等の食害を受ける:実地試験による確認」日本鳥学会誌71(2):153-169(2022/10/24発行、2022/11/1ウェブ公開)
参考図
図1 1回の試験で設置・回収したレンコンの様子(発表論文の図5より一部改変)
左のように、新鮮で傷のないレンコンを園芸用支柱に紐で結わえ、ハス田に挿して固定しました。日没前に設置し、翌朝回収すると、右のように水面下40cmよりも深い一節(矢印)が残った以外は食べられて無くなっていました。泥面の深さを計測すると、すり鉢状に掘られていました(泥面の破線)。なお、ハス田で栽培されるレンコンは泥中で水平方向に伸びていますが、カモ等がどの程度の深さまで食べるか確かめることを目的に、垂直方向でも設置しました。また、水面のレンコンは、収穫後のハス田に浮いていることがある収穫残さのレンコンを模して設置しました。
図2 マガモとオオバンの採食行動の様子
(a)オオバンとマガモがレンコンを食べる様子。図1に示した試験回の動画から(発表論文の電子付録-動画3,4,及び7)。最初から泥中深くにあるレンコンを狙って食べるのではなく、浅い位置のレンコンから順に食べていきました。
(b)マガモが脚で泥を掘る様子。動作が鮮明に映った別の試験回の動画から(発表論文の電子付録-動画8)。
動画はhttps://www.naro.affrc.go.jp/org/narc/chougai/wildlife/video_j.htmlで見ることができます。
図3 レンコンの設置状態と回収時の残存状況の模式図(発表論文の図4より一部改変)
レンコンを設置した深さと、それらが回収時にどうなっていたかについて、マガモとオオバンによる採食が観察された11回分の試験結果をまとめたものです。畦上では全てが、ハス田内の水面では1本を除く全てのレンコンが回収時には無くなっていました(完食)。水面下では20cmまではほぼ完食、40cmまでは完食と残存(食べ傷あり・なし)が混在し、40cmよりも深くは食べ傷なしで残存しました。レンコンが完食された最も深い深さは、垂直方向の設置の方が10cm深く、水面下30~40cmはカモ等に見つからなければ採食されないものの、見つかれば完食されうる深さと示唆されました。ただし、今回は土壌の柔らかな1ほ場のみの結果であるため、泥の硬さを計測した上で複数のほ場で比較するなど、さらに精度の高い調査も望まれます。
図4 種ごとの採食行動の違い(発表論文の図2より一部改変)
16回の試験で撮影された7種(バン類が1種、カモ類が6種)について、その採食行動を8通りに整理し、割合で示しています。数値はその行動が確認されたのべ個体数、赤枠・斜線ありはその行動でレンコンを食べたのべ個体数を示します。泥中のレンコンを食べたオオバンとマガモのほかに、ヨシガモは泥面のレンコンを、ヒドリガモは畦上と水面のレンコンを食べる行動が観察されました。ハシビロガモ、コガモ、オカヨシガモはレンコンを食べる行動は観察されませんでした。