スキルミオン人工知能素子~スキルミオンを用いた画像認識に成功~

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2022-10-01 理化学研究所,東京大学

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チームの横内智行客員研究員(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻助教)、東京大学物性研究所の大谷義近教授(理研創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チームチームリーダー)らの国際共同研究グループは、スキルミオン[1]を用いた人工知能素子[2]により画像認識を行うことに成功しました。

本研究成果は、トポロジカル磁気構造[3]の一つであるスキルミオンを用いた低消費電力かつ高性能な人工知能素子の実現に向けた基礎動作原理の確立に貢献すると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、磁場によって誘起されるスキルミオンの変形が、人工知能素子の一種である物理リザバー[4]素子に応用可能であることを発見しました。そして、スキルミオン人工知能素子を設計し、実際に手書き数字の認識ができることを明らかにしました。さらに、スキルミオンの数と認識精度との関係を調べ、スキルミオンの数が増えると認識率が向上することも明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Science Advances』オンライン版(9月30日付:日本時間10月1日)に掲載されました。

スキルミオン人工知能素子~スキルミオンを用いた画像認識に成功~

スキルミオンによる画像認識の概念図

背景

近年、人工知能(AI)が画像認識や機械翻訳などにおいて高い性能を持つことが明らかになってきています。一方で、人工知能を従来型の演算素子で実行する際の大きな消費電力への対策は喫緊の課題となっています。また、従来の演算素子は微細化の限界に近づいており、これ以上の集積化・高性能化が難しいという問題もあります。そこで近年、人工知能の実行に特化した「人工知能素子(ニューロモルフィック素子[2])」の研究が盛んに行われており、これまでにさまざまな人工知能素子が提唱されてきました。

その中の一つに、スキルミオンを用いたものがあります。スキルミオンとは、粒子状のスピン構造です。スキルミオンは低消費電力で操作が可能であり、ナノスケール(1ナノメートルは10億分の1メートル)であることから、スキルミオンを用いることで、低消費電力かつ高集積・高性能な人工知能素子の実現が期待されています。しかし、これまでスキルミオン人工知能素子の性能は十分には調べられていませんでした。

研究手法と成果

スキルミオンには磁場をかけると、大きさが変化したり、生成・消失したりして変形するという特徴があります。国際共同研究グループは、この磁場によるスキルミオンの変形が人工知能素子の一つである、物理リザバー素子に要求される性質を満たしていることを明らかにしました。物理リザバー素子には、入力信号を非線形に変換し出力すること、出力が現在の入力だけでなく過去の入力にも依存することが要求されます。

最初に、スキルミオンが形成される白金(Pt)/コバルト(Co)/イリジウム(Ir)積層薄膜を成膜し、十字状の形に加工しました。そして、この十字状の素子を並列に接続することで、スキルミオン物理リザバー素子を作製しました(図1)。このスキルミオン物理リザバー素子では、入力が磁場、出力が磁化の値となります。このとき磁化の値はスキルミオンの状態を反映します。交流磁場をかけたときのスキルミオンの状態と磁化の値を、それぞれ磁気構造を観察できるカー顕微鏡と磁化の値を反映する異常ホール効果[5]を用いて、詳細に調べました。その結果、スキルミオンの変形および磁化の値が、入力した磁場に対して非線形であること、現在の入力だけでなく過去の入力信号にも依存していることが明らかになりました(図2)。このことから、磁場誘起のスキルミオン変形は物理リザバー素子に要求される性質を持っており、スキルミオンが物理リザバー素子に応用可能であることが分かりました。

スキルミオン物理リザバー素子の概念図と実際の素子の図

図1 スキルミオン物理リザバー素子の概念図と実際の素子の写真

十字状に加工したスキルミオン薄膜を並べて作製した、スキルミオン物理リザバー素子を模式的に示したもの(左)。十字状の素子はカー顕微鏡を用いて撮影した実際の磁気構造である。入力信号は、それぞれの十字状の素子で変換される。その変換された信号をある重みWで重み付けした後、足し合わせたものが、最終的な出力となる。本研究で使用した実際の素子の写真(右)。

入力信号に対する出力信号の振る舞いの図

図2 入力信号に対する出力信号の振る舞い

出力信号の過去の入力に対する依存性(左)。グラフは入力として一周期目(緑の網掛け部分)が矩形波、二周期目(紫の網掛け部分)がサイン波の波形を入力したとき(青線)と、一周期目・二周期目ともにサイン波の波形を入れたとき(赤線)の出力の振る舞いを示している。二周期目の入力はともにサイン波であるにも関わらず、出力信号の値が異なっている。これは、一周期目に入力した波形が異なるためであり、出力信号が過去の入力にも依存していることを示している。入力信号の大きさに対する電圧の依存性(右)。出力信号は入力信号の大きさに比例せず、非線形な振る舞いを示していることが分かる。


次に、スキルミオン物理リザバー素子を用いて、人工知能素子の性能評価手法の一つである、波形認識問題[6]が実行可能であることを確認しました(図3)。さらに、形成するスキルミオンの数が異なる複数の物理リザバー素子を作製し、それぞれの波形認識問題での認識率を調べました。その結果、スキルミオンの数が増えるにつれ波形認識の認識率が高くなる傾向があることを発見しました。このことは、スキルミオンを用いることで物理リザバー素子の高性能化につながる可能性を示しています。

スキルミオン物理リザバー素子による波形認識の図

図3 スキルミオン物理リザバー素子による波形認識

スキルミオン物理リザバー素子による波形識別の概念図。入力信号は、サイン波(赤)と矩形波(青)のランダムな組み合わせ(左)とする。この信号をスキルミオン物理リザバー素子により変換する(中央)。変換した信号をある重みで足し合わせたものが出力となる。入力信号がサイン波なら出力が1、矩形波なら-1となるように、重みを最適化(学習)する。データを前半と後半に分け、最適化には前半のデータを用いた。学習に用いてない後半のデータ(テスト)に対しても、正しい出力が得られることが分かる(右)。


最後に、同様のスキルミオン物理リザバー素子を用いて、波形識別よりもより複雑かつ実用的な識別問題である、手書き数字識別問題を実行できることを確認しました。まず、0から9までのさまざまな人が書いた手書き数字(図4左)を、スキルミオン物理リザバー素子に入力できるように前処理を施しました。そして、合計で13,000個の手書き数字のデータをスキルミオン物理リザバー素子に入力し、学習させました。その後、学習データに含まれない0から9までの手書数字データを識別できるかをテストしたところ、スキルミオン物理リザバー素子は、95%近い認識率を得ることができました(図4右)。この認識率は、これまで報告された人工知能素子における手書き数字識別の認識率に匹敵するものであり、スキルミオンを人工知能素子として利用できる可能性があることを示しています。

スキルミオン物理リザバー素子による手書き数字認識の図

図4 スキルミオン物理リザバー素子による手書き数字認識

手書き数字のいくつかの例(左)と、実際に入力した数字とスキルミオンが予想した数字の関係(右)。右図の色は該当するデータの数を示す。対角線上は、実際の数字とスキルミオンが予想した数字が一致した場合に該当する。95%近い認識率が得られた。

今後の期待

本研究では、スキルミオンの変形を用いて人工知能素子を作製することが可能であることが明らかになりました。一方で、今回入力信号として用いた磁場は素子の微細化が難しいという問題点があります。今後、本研究で得られた知見を基に、磁場の代わりに電流や表面弾性波[7]といった微細化に適した信号を入力とした、スキルミオン人工知能素子の研究を進めることで、スキルミオンを用いた低消費電力かつ高集積・高性能な人工知能素子の実現につながると期待できます。

補足説明

1.スキルミオン
固体中の電子は、スピンと呼ばれる電子の自転に対応する自由度を持つ。このスピンの間には相互作用があるために、スピンが整列した状態が実現することがある。例えば、磁石(強磁性状態)は電子のスピンが全て同じ状態にそろった状態である。ある条件下では、スピンが渦巻き状に整列した状態のスキルミオンが生成される。スキルミオンでは、中心のスピンと外側のスピンが反対向きになっており、その中間ではその間を連続的につなげた構造をしている。中間の構造はさまざまな種類があり、どのような中間構造が安定かは物質の構造によって決まる。

2.人工知能素子、ニューロモルフィック素子
現在のほとんどのコンピュータの処理には論理演算と呼ばれる演算が使われているが、その論理演算を行う素子が論理素子である。一方で、近年、従来の論理演算ではない原理によって動作するコンピュータも提唱されている。その一つに、人間の脳の動きを模倣した素子を利用したコンピュータがあり、その素子のことを人工知能素子あるいはニューロモルフィック素子と呼ぶ。

3.トポロジカル磁気構造
トポロジーとは位相幾何学のことで、連続変形に対して保存される量を扱う学問である。スキルミオンは、「巻き数」と呼ばれるスピンの向きを連続的に変化しても不変な量が有限になる特殊な構造をしている。このように、有限な巻き数を持つ構造をトポロジカル磁気構造と呼ぶ。

4.物理リザバー
リザバー計算とは、ニューラルネットワークの一種である。通常のニューラルネットワークでは、ネットワーク内の全ての重みを最適化するのに対し、リザバー計算では、出力の重みのみを最適化し、出力以外の部分(リザバー)は、固定した重みで入力信号を変換する役割を担っている。ある物質に信号を入力した際の応答が、リザバーによる入力信号の変換と同じ振る舞いを示すことがある。したがって、リザバーを物理系で代用することが可能であり、そのようなものを物理リザバーと呼ぶ。

5.異常ホール効果
ホール効果とは、磁場と電流の双方に垂直な方向に電圧が生じる現象である。磁性体では、磁場がなくても磁化と電流の双方に垂直な方向に電圧が生じる。これを異常ホール効果と呼び、その大きさは磁化の大きさに比例する。

6.波形認識問題
入力の波形に対応した値を出力する問題。例えば、サイン波と矩形波のランダムな組み合わせを入力し、入力がサイン波なら1、矩形波なら-1を出力する。

7.表面弾性波
物質表面付近に局在して伝搬する弾性波。タッチパネルのセンサーやフィルターとして利用されている。

国際共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
量子ナノ磁性研究チーム
客員研究員 横内 智行(ヨコウチ・トモユキ)
(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
創発光物性研究チーム
チームリーダー 小川 直毅(オガワ・ナオキ)
(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
物質・材料研究機構 磁性スピントロニクス材料研究拠点
磁気記録材料グループ
研究員 杉本 聡志(スギモト・サトシ)
スピン物性グループ
グループリーダー 葛西 伸哉(カサイ・シンヤ)
(科学技術振興機構 さきがけ研究者)

アダム・ミツキェヴィチ大学(ポーランド) 物理学科
助教 ビヴァス・ラナ(Bivas Rana)

東京大学
大学院工学系研究科 附属総合研究機構・物理工学専攻
准教授 関 真一郎(セキ・シンイチロウ)
(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
大学院総合文化研究科 広域科学専攻
准教授 塩見 雄毅(シオミ・ユウキ)

東京大学 物性研究所
教授 大谷 義近(オオタニ・ヨシチカ)
(理所 創発物性科学研究センター 量子ナノ磁性研究チーム チームリーダー)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究A「磁気構造のトポロジー・対称性に由来した新しいマグノン・熱輸送現象の開拓(代表者:関真一郎)」、「X線磁気トモグラフィー法を用いた3次元ナノ磁区構造観察による磁性機能の解明(代表者:鈴木基寛)」、「マクロな時間反転対称性の破れた反強磁性体の物質設計と電気的制御(代表者:関真一郎)」、同基盤研究B「スキルミオンのダイナミクスとそのニューロモルフィックデバイスへの応用(代表者:横内智行)」、同若手研究「トポロジカルスピン構造での実空間ベリー位相起源の高効率スピン電荷変換現象の開拓(代表者:横内智行)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)「磁気構造と電子構造のトポロジーを利用した巨大創発電磁場の生成と制御(研究者:関真一郎)」、「磁気スキルミオン素子の構築と新規材料探索(研究者:葛西伸哉)」、「イメージング分光による非相反量子輸送物質の開拓(研究者:小川直毅)」、旭硝子財団、村田学術振興財団による助成を受けて行われました。

原論文情報

Tomoyuki Yokouchi, Satoshi Sugimoto, Bivas Rana, Shinichiro Seki, Naoki Ogawa, Yuki Shiomi, Shinya Kasai, Yoshichika Otani, “Pattern recognition with neuromorphic computing using magnetic-field induced dynamics of skyrmions”, Science Advances, 10.1126/sciadv.abq5652

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 量子ナノ磁性研究チーム
客員研究員 横内 智行(ヨコウチ・トモユキ)
(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 助教)

東京大学 物性研究所
教授 大谷 義近(オオタニ・ヨシチカ)
(理研創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チーム チームリーダー)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学 物性研究所 広報室
東京大学 教養学部等総務課広報・情報企画チーム

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