100 ℃以下の温度でリチウムイオン二次電池を充電できる有機熱電素子を開発~手のひらに収まるわずか5 gの薄膜積層素子~

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2022-09-28 産業技術総合研究所

ポイント

  • 電気コンセント不要で充電が可能
  • 内部電気抵抗を抑えて出力電圧を上げられる素子を開発
  • IoT用などの既存電子機器をそのまま利用可能

概要図

有機熱電素子によるリチウムイオン電池の充電と機器使用のイメージ図

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門 接着界面グループの 向田 雅一 主任研究員と 衛 慶碩 主任研究員は、世界で初めて、リチウムイオン二次電池の充電ができる多層型有機熱電素子を開発しました。私たちは、有機熱電材料を圧縮薄膜化することで、結晶間隔の変化により内部電気抵抗(以下「電気抵抗」という)が小さくなる現象を見いだしました。また、その特性を生かした薄膜の多層化による高電圧化に加え、電圧昇圧回路を利用することでリチウムイオン二次電池の充電器として十分な性能を達成しました。開発した有機熱電素子を充電器に用いると、既存の電子機器を本体デザインや部品構成などの変更なしにそのまま使えます。さらに、本素子は機器の電源部に組み込むこともできるので、熱のある場所では、充電や電池交換の手間が不要になり、リモート通信用電子機器などが長期間安定に動作することを可能にします。

開発の社会的背景

現在、多くの無線電子機器の電源には、リチウムイオン二次電池が使用されています。二次電池は広く普及していますが、定期的な充電、あるいは交換が必要不可欠です。しかし、電気自動車の内部や工場などの高所に設置したセンサー機器では、電池交換が困難な場合も少なくありません。一方、機器周りの熱源から直接発電できる熱電素子は、電気コンセントからの配線が不要な有力な電源の候補です。しかし、熱電素子を新たな電源として使うためには、センサー機器本体のデザインや部品構成などを新しくしなければなりません。また、それに対して、商品の製造ラインも作り直す必要があります。

もし、熱電素子をリチウムイオン二次電池の充電器として採用できれば、製造ラインなどを改良せずに既存機器を使用できます。

また、電気コンセントから充電する現在の方法では、機器によっては電源電圧(100 V)から数Vまで電圧を低下させて使う必要があり、余ったエネルギーは熱として捨てられ無駄になってしまいます。一方、熱電素子を用いた充電方法では、今まで使われていなかった熱で充電できるため、エネルギーを有効に使うことができます。

研究の経緯

私たちは、有機熱電材料のひとつであるPEDOT/PSSを主材として、無線通信用電源に使用するための有機熱電素子を開発してきました。熱電素子では、部材の端から端までの電気が流れやすいほど、また熱が流れにくいほど高性能になります。シミュレーション計算を用いて、電気抵抗をできるだけ低く保ったまま熱抵抗を大きくし、大きな温度差がとれるよう設計を改良してきました。これまでに、熱電素子の一方を100 ℃の熱源に置き、他方を自然冷却することで、40 µW/cm2 の出力密度を達成しました(120 ℃では60 µW/cm2 の出力密度)。この素子が、各種センサーとBluetooth無線通信の稼働電源として使用できることを実証しています(2020年1月21日 産総研プレス発表)。

今回、電気コンセントからの給電が不要で、電子機器を改良せずに使用するための方法のひとつとして、リチウムイオン二次電池を充電できる熱電素子を開発しました。リチウムイオン二次電池の充電には、数 Vの電圧が必要です。これまでに開発した有機熱電素子の出力電圧は、数~数十mV程度であり、リチウムイオン二次電池の充電に適用するためには不十分でした。そこで、電圧昇圧回路を利用して、出力電圧を増大させ、充電器として効率的に機能するか検証しました。

電圧昇圧回路は、有機熱電素子からの入力電圧が大きくかつ素子の電気抵抗が小さいほど効率よく動作します。これまでに開発した出力密度40 µW/cm2 の素子を使って、リチウムイオン二次電池を充電するための電圧昇圧回路を稼働させる場合、必要な電圧を得るには、少なくとも750枚のPEDOT/PSSを直列に積層しなければなりません。このときの総重量は30 g 以上になります。そのうえ、直列数が増えると電気の流れる距離が長くなり、電気抵抗が約500 Ωと大きくなるため、出力が大きくなりません。

そこで、出力密度の観点から、PEDOT/PSSの膜厚を最適化し(膜厚20 µm)、この薄膜を積み重ねて圧着することで、熱電素子の電気抵抗が大幅に低下することを見いだし、高電圧化と低電気抵抗化を両立しました。新しく開発した素子を使うことで、電圧昇圧回路を利用してリチウムイオン二次電池の充電が可能な出力を得ることに成功しました。

研究の内容

市販のリチウムイオン二次電池(定格電圧:2.4 V)を充電できる有機熱電素子の開発を目指しました。電圧2.4 Vを得るために、電圧昇圧回路を使用しました。入力側となる有機熱電素子の出力密度を向上させることで、電圧昇圧回路を効率的に稼働させることができます。また、熱電素子の出力密度を向上させるためには、高電圧化と低電気抵抗化の両立が重要です。さらに、軽量という有機材料の利点を生かすために、素子を大きくしないことを目指しました。例えば、私たちの身の回りにあるボタン電池は重さ6 g 以下です。それ以下の重さで、充電ができる素子を作ることに挑戦しました。

これまでの有機熱電素子(出力密度40 µW/cm2、積層数100枚、重さ5 g、縦22 mm×横22 mm×幅5 mm)では、製膜時の均一性を優先してPEDOT/PSSの1枚当たりの膜厚を50 µmとしていました。出力電圧は枚数(直列数)で決まるので、1枚当たりの膜厚を薄くして枚数を増やせば、同じ大きさ(積層幅)で電圧を大きくできるはずです。しかし、薄くすることは電流の流路を狭くしてしまうので、1枚当たりの電気抵抗は増えてしまいます。また、積層枚数を増やすと電流の流れる距離が長くなり、素子全体の電気抵抗も増えてしまいます。そこで、電圧と電気抵抗が膜厚でどのように変化するかを計算すると、膜厚20 µmで出力密度が最大となり、幅5 mmでの出力密度は46 µW/cm2と予想しました。膜厚50 µmでの40 µW/cm2から15%の向上になります。

膜厚20 µmのPEDOT/PSS 素子は、キャスト法で作製したPEDOT/PSS膜を重ねて圧着させて作りました。この出力密度は、先述の予想を大きく上回り、電圧昇圧回路の動作に十二分な72 µW/cm2となりました。この値は、膜厚50 µmでの40 µW/cm2から80%の向上です。電気特性を調べた結果、膜の電気抵抗が、予想に反して小さくなっていることがわかりました。X線回折測定により、圧縮で薄くした膜の結晶構造を解析したところ、PEDOT/PSSの結晶間隔が狭まることが確かめられました。PEDOT/PSSは、電気伝導部分(PEDOT)と絶縁部分(PSS)からなりますが、圧縮で結晶間隔が狭まったことで電気伝導部同士が近接し、電気が通りやすくなったと考えています。

図1は、新しく開発した有機熱電素子の写真と構造模式図です。この素子(積層合計枚数200枚、縦22 mm×横22 mm×幅6 mm)は、直列50枚のユニットを4つ並列につなげることで、電気抵抗を11Ωに抑えています。重量は5 gです。

図1

図1 新開発の有機熱電素子

図2は、図1の有機熱電素子を使い、電圧昇圧回路を利用して行った市販リチウムイオン二次電池の充電試験結果です。高温側の温度(熱源温度)は、100 ℃としました。充電開始後、電池出力電圧は速やかに上昇し、3時間で定格電圧2.4 Vに到達しています。その後、時間が経過しても電圧がほぼ一定値であることは充電されていることを示しています。36時間後には電圧が再び上昇をはじめており、その時点で充電が完了したことがわかります。連続使用試験を3カ月間行い、出力値が定時観測によって同じであることから、この有機熱電素子の充電性能が低下しないことを確認しています。使用した電圧昇圧回路は、今回開発した有機熱電素子では高温端温度60 ℃以上で稼働します。温度が低いほど熱電素子の出力電圧は小さくなり、それにともない電圧昇圧回路の効率も低下してしまいます。理論計算の結果では、充電時間は80 ℃の熱源では出力電圧約50 mVで60時間、60 ℃の熱源では出力電圧約30 mVで100時間の見込みです。

二次電池の充電器に使えるこの熱電素子は、センサーや無線通信用の電源としても使えます。利用できる熱源としては、自動車や工場内の配管、加熱調理機や給湯器、夏の農業用ハウス表面や太陽電池パネル、冬の暖房機器などが考えられます。また、温度差があればよいので、暑い所だけでなく寒い所の建物の内外の温度差を利用することも考えられます。

図2

図2 有機熱電素子によるリチウムイオン電池の充電試験結果

この時の温度差は40 ℃(自然冷却)、出力電圧は70 mV、出力は94 W

今後の予定

PEDOT/PSSの結晶構造と電気伝導の関係をさらに調べることで、薄膜化および積層技術をさらに進化させ、有機熱電素子による充電完了時間を短縮します。そして、さらなる軽量化を進め、容量の大きい市販のコイン型電池を充電できる、あるいは市販のコイン型電池のすべてを代替できる有機熱電素子の開発を目指します。

用語解説
リチウムイオン二次電池
リチウムイオンが動くことで電力を得る電池で、充電(と放電)が可能です。リチウムバッテリー、LiBなどの呼び方もあります。充電できない電池は一次電池といいます。
有機熱電素子
熱エネルギーを直接電気エネルギーに変換することを熱電変換といい、熱電変換できる材料を熱電材料といいます。熱源さえあればよく、二酸化炭素を排出しない電源となります。有機材料で作られるものを有機熱電材料といい、有機熱電材料を使って実際に発電できるように組み上げたものを有機熱電素子といいます。
内部電気抵抗
材料の中を通る電気の抵抗のことです。今回の開発品においては、膜面方向に電気を流すため、膜厚が薄くなると電気の通り道が狭くなり、一般的には電気抵抗を大きくしてしまいます。内部電気抵抗が小さいほど得られる電力は大きくなります。
電圧昇圧回路
電圧を大きくして出力するもので、小電力用のものは小さなひとつのICチップ(集積回路)です。DC/DCコンバーターやチャージポンプといった呼び方をすることもあります。入力電圧が大きいほど、また入力側の電気抵抗が小さいほど、効率よく短時間で電圧を大きくして出力できます。
PEDOT/PSS
導電性高分子の一種で、熱電材料として利用できます。正式名称は、ポリエチレンジオキシチオフェン/ポリスチレンスルホン酸(poly(3,4-ethylenedioxythiophene)/poly(styrenesulfonate))。電気伝導部分のPEDOT部が基材となる絶縁性のPSSでつながる構造をしています。
出力密度
発電出力は、発電機を大きくすることで大きくできます。熱電素子では、熱源との接触面積を大きく取れば、多くの熱が得られるので出力を大きくできます。そこで、材料の性能を比較する時には、同じ面積当たりでどれくらいの出力が得られるかで比較します。それを出力密度と言います。出力密度が大きいものほど高性能で、特に小型化するうえでは重要な指標となります。
キャスト法
原料が水溶液なので、型枠に原料を入れて水分を蒸発させることで製膜しています。この手法をキャスト法といいます。
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