2次元金属に「フェロバレー強磁性」を誘起することに成功 ~第3のエレクトロニクスである「バレートロニクス」への応用展開が期待~

ad

2022-09-16 東京大学

1.発表者

松岡 秀樹(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 博士課程/現在:理化学研究所 創発物性科学研究センター創発デバイス研究チーム 基礎科学特別研究員)

羽部 哲朗(研究当時:北海道大学 大学院工学院・大学院工学研究院応用物理学専攻 博士研究員/現在:京都先端科学大学 ナガモリアクチュエータ研究所 助教)

岩佐 義宏(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・同研究科物理工学専攻 教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター創発デバイス研究チーム チームリーダー)

越野 幹人(大阪大学 大学院理学研究科物理学専攻 教授)

中野 匡規(東京大学 大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・同研究科物理工学専攻 特任准教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター創発機能界面研究ユニット ユニットリーダー)

2.発表のポイント
◆原子層数層からなる二次元金属と二次元強磁性体を重ねた磁性ファンデルワールスヘテロ構造を作製することに成功しました。
◆実験と理論の比較から、このヘテロ構造の界面では二次元金属が「フェロバレー強磁性」という新しい状態を形成していることを明らかにしました。
◆第三のエレクトロニクスである「バレートロニクス」への応用展開が期待されると共に、極低温では超伝導とフェロバレー強磁性が結合した新奇量子相の発現が期待されます。

3.発表概要

東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻の松岡秀樹大学院生(研究当時、現在:理化学研究所創発物性科学研究センター創発デバイス研究チーム 基礎科学特別研究員)、同研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻の岩佐義宏教授(理化学研究所創発物性科学研究センター創発デバイス研究チーム チームリーダー兼任)、中野匡規特任准教授(理化学研究所創発物性科学研究センター創発機能界面研究ユニット ユニットリーダー兼任)の研究グループは、北海道大学大学院工学院・大学院工学研究院の羽部哲朗研究員(研究当時、現在:京都先端科学大学)および大阪大学大学院理学研究科の越野幹人教授と共同で、原子層数層からなる二次元金属NbSe2と二次元強磁性体V5Se8を重ねた磁性ファンデルワールス(vdW)ヘテロ構造(注1)を作製することに成功しました(図1a)。そして、実験と理論の比較から、このヘテロ構造の界面ではNbSe2中の伝導電子のスピンとバレー(注2)の両方が自発的に分極した「フェロバレー強磁性」という新しい状態が形成されていることを明らかにしました(図1b)。伝導電子のスピンが自発的に分極した強磁性状態は、多くの強磁性金属で実現されており、スピントロニクスへの応用が盛んに研究されています。今回、スピンに加えてバレーも自発的に分極したフェロバレー強磁性が実現されたことにより、従来のスピントロニクスだけでなく、電子のバレー自由度を情報担体として利用するバレートロニクスへの応用展開も期待されます。また、NbSe2はもともと超伝導体であるため、極低温では超伝導とフェロバレー強磁性が結合した新奇量子相の発現が期待されます。

本研究成果は、2022年9月15日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

4.発表内容

<研究の背景>

異なる物質を積層させることで得られる人工超構造のことを、ヘテロ構造と呼びます。このヘテロ構造では、積層させる物質の種類や積層パターンなどを工夫することによって、単一物質では実現が不可能な物性や機能性を実現できるため、古くから非常に重要な研究対象になってきました。しかし従来のヘテロ構造の場合、原子レベルで急峻な界面を構築するには格子整合性(注3)の良い組み合わせを選ぶ必要があるため、原理的には無制限であるはずの組み合わせは、実際には限定的です。一方で、近年、各層がvdWギャップで隔てられた構造を持つvdW物質を原子層数層レベルにまで薄くした上で積層させたvdWヘテロ構造の研究が注目を集めています。このvdWヘテロ構造では、層間の結合力が極めて弱いため、格子整合の制約を超えたヘテロ構造の構築が可能です。また、各層を構成する物質を単層レベルにまで薄くすることで、界面の物性を系全体の物性として取り出すことが可能です。これらの特徴を最大限に利用することで、非常に幅広い物質を対象としたヘテロ構造の構築が可能となり、さまざまな物性や機能性の実現につながるものと期待されています。

このようなvdWヘテロ構造の研究は、世界中で爆発的な勢いで行われています。特に、ヘテロ構造を構成する物質の一方に磁性体を用いた磁性vdWヘテロ構造では、隣接する非磁性体に磁気的な性質を誘起することが可能であるため、大きな注目を集めています。とりわけ強磁性体と非磁性金属を積層させた磁性vdWヘテロ構造では、もともと磁性とは縁のない物質に対しても磁性を導入することが原理的には可能であるため、新物質創成・新機能創出の観点から非常に重要です。しかしながら、これまでそのような磁性vdWヘテロ構造で非磁性金属に磁性(特に強磁性などの長距離磁気秩序)を誘起した例はありませんでした。

<研究内容>

本研究では、非磁性金属に二次元金属であるNbSe2超薄膜、強磁性体に二次元強磁性体であるV5Se8超薄膜を用いた磁性vdWヘテロ構造を作製し、NbSe2に強磁性を誘起することに成功しました。試料作製には従来のスコッチテープを用いた劈開(へきかい)法(注4)ではなく、半導体や酸化物の分野で確立された技術である分子線エピタキシー法(注5)を用いました。そして、反射高速電子線回折(注6)という製膜モニタリング技術を利用することで、それぞれの物質を一層ずつ制御しながら基板上に結晶成長させ、原子レベルで急峻な界面を有する高品質な磁性vdWヘテロ構造を作製することに成功しました。

このような薄膜エピタキシー技術を駆使してV5Se8の層数を系統的に変化させた一連の磁性vdWヘテロ構造試料を作製し、異常ホール効果(注7)の測定を通して試料の磁性を評価しました。その結果、V5Se8を単層極限まで薄くしてNbSe2の寄与を最大化した試料では、V5Se8が十分に厚いときとは逆の符号である「①正の異常ホール効果」が出現することがわかりました(図2a)。また、そのような正の異常ホール効果を示す試料に対して、異常ホール効果の外部磁場角度依存性を評価したところ、「②外部磁場を面内に傾けるとシグナルが増大する」という極めて異常な振る舞いが観測されました(図2b,c)。この①と②の振る舞いは、V5Se8単体やV5Se8が十分に厚いヘテロ構造試料では見られないため、界面で強磁性状態を形成したNbSe2が発現しているものと考えられます。その仮説を確かめるために、NbSe2が強磁性状態を形成した状況を仮定して異常ホール効果を計算したところ、①と②の振る舞いをよく再現できることがわかりました。以上の結果から、NbSe2とV5Se8を積層させた磁性vdWヘテロ構造では、もともと非磁性金属であったNbSe2が強磁性状態を形成しているという結論が得られました。また、強磁性NbSe2のバンド構造に対する考察から、この強磁性状態は、スピンに加えてバレーも自発的に分極した「フェロバレー強磁性」であるという結論が得られました。

<研究の意義・今後の展望>

本研究で実現したフェロバレー強磁性はスピンとバレーが自発的に分極した状態であり、これをスピン流・バレー流のソースとして利用することで、スピントロニクス・バレートロニクスの分野において新たな展開が期待されます。また、より広い視点に立つと、本研究の意義は、磁性vdWヘテロ構造を利用することで、非磁性金属に磁性を誘起できることを実証した点にあると言えます。特に、もともと超伝導という磁性とは本質的に相容れない性質を示すNbSe2に強磁性を誘起できたことは、基礎研究の観点からも極めてインパクトが大きく、将来的には超伝導とフェロバレー強磁性が共存する「フェロバレー強磁性超伝導」や量子コンピュータへの応用が期待される「トポロジカル超伝導」などを実現するためのプラットフォームになることが期待されます。また、このアプローチをさまざまな物質系に適用することで、これまで磁性とは無縁であった物質の磁気的性質の開拓にもつながるものと期待されます。

<謝辞>

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ研究領域「原子・分子の自在配列と特性・機能(課題番号:JPMJPR20AC)」、CREST研究領域「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出(課題番号:JPMJCR20T3)」、科研費「基盤研究S(課題番号:19H05602)」、「基盤研究B(課題番号:19H02593)」、「基盤研究A(課題番号:19H00653)」、「基盤研究B(課題番号:20H01840)」、「基盤研究A(課題番号:20H00127)」、「若手研究(課題番号:21K13888)」の支援により実施されました。

 

5.発表雑誌

雑誌名:「Nature Communications」(オンライン版:9月15日)
論文タイトル:Spontaneous spin-valley polarization in NbSe2 at a van der Waals interface
著者:H. Matsuoka, T. Habe, Y. Iwasa, M. Koshino, and M. Nakano*
DOI番号:10.1038/s41467-022-32810-2
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41467-022-32810-2

6.用語解説

(注1)ファンデルワールスヘテロ構造
各層がファンデルワールス(vdW)力と呼ばれる弱い力で結合した層状物質のことをvdW物質と呼びます。このようなvdW物質は層間の結合力が非常に弱いため、スコッチテープを用いた劈開法(注4)によって、各層を単離することができます。そのようにして作製した原子層数層レベルの厚みを持つvdW物質のことを二次元物質と呼び、異なる二次元物質を人工的に積層させたヘテロ構造のことをvdWヘテロ構造と呼びます。

(注2)スピンとバレー
電子は電荷以外にスピンという自由度を持ちます。このスピンの流れをスピン流と呼び、スピン流を利用したエレクトロニクスのことをスピントロニクスと呼びます。一方、固体中の電子は電荷とスピン以外にバレーという新しい自由度(より専門的には「結晶運動量」という固体中の電子に対してのみ定義される量)を持つ場合があり、このバレーを情報担体として利用するエレクトロニクスのことをバレートロニクスと呼びます。グラフェンはこのようなバレー自由度を持つ物質の代表例ですが、その他にMoS2や本研究で用いたNbSe2などもバレー自由度を持つことが知られており、バレートロニクスへの応用が期待されています。このようなバレー自由度を持つ物質においてバレーが自発的に分極した状態、つまり、正負のバレーの数にもともと差がある状態のことをフェロバレーと呼び、今回のようにスピンとバレーの両方が自発的に分極した状態のことをフェロバレー強磁性と呼びます。

(注3)格子整合性
ある単結晶基板上に薄膜を成長させる場合、基板物質と薄膜物質の格子定数が一致するように薄膜物質の格子が歪みます。それにより薄膜物質は不安定になりますが、もともと格子定数の差が小さい場合には、薄膜物質は歪んだ状態で安定化します。このような組み合わせを「格子整合性が良い」と表現します。一方、格子定数の差が大きい場合には、薄膜物質の格子歪みが許容量を超えてしまい、界面に多量の欠陥が発生します。このような事情から、欠陥フリーな界面を形成するためには格子整合性の良い組み合わせを選ぶ必要があるというのがこれまでの常識でした。それに対して、vdWヘテロ構造では、物質同士がvdWギャップという物理的な空隙で隔てられているためにこのような格子歪みが発生せず、格子整合の制約を超えたヘテロ構造の構築が可能です。

(注4)劈開法

vdW物質は層間の結合力が非常に弱いため、スコッチテープなどの粘着物質を用いて機械的に剥離することができます。この点に注目して、さまざまなvdW物質を原子層数層レベルにまで薄くしてその性質を調べる研究が世界中で行われています。このように、スコッチテープを用いて二次元物質を作製する手法のことを劈開法と呼び、高品質な二次元物質を簡便に作製できる手法として、今なお世界中で利用されています。

(注5)分子線エピタキシー法
超高真空中で原材料を加熱することで一旦蒸発させ、対向する位置に置かれた基板上で再結晶させる手法のことを、分子線エピタキシー(MBE)法と呼びます。これは主に半導体や酸化物の薄膜成長に古くから用いられている手法で、高品質な薄膜ヘテロ構造を作製する手法として既に確立されています。

(注6)反射高速電子線回折
MBEでは、反射高速電子線回折と呼ばれる手法を用いて、薄膜成長過程をリアルタイムで観察することが可能です。この手法では、高電圧で加速した電子線を基板表面すれすれに入射して、基板上で結晶成長した薄膜物質の電子線回折パターンをリアルタイムで取得することにより、回折パターンの時間変化から薄膜物質の面内格子定数や表面平坦性などの情報を、回折強度の時間変化から製膜速度の情報を、それぞれリアルタイムで取得することが可能です。この技術も半導体や酸化物のMBE成長では既に確立されています。

(注7)異常ホール効果
金属に電流を流しながら電流と垂直方向に磁場をかけると、電流と磁場の両方に直交する方向に電圧が発生します。これは、磁場によって電子がローレンツ力を受けることで発生する効果で、正常ホール効果と呼ばれます。一方、試料が強磁性体の場合は、この外部磁場に比例する正常ホール効果に加えて、試料の磁化に比例する異常ホール効果が発生します。この異常ホール効果の符号と大きさは、一般に物質のバンド構造によって決まることが知られています。

7.添付資料:

fig1

図1: (a) NbSe2 / V5Se8磁性vdWヘテロ構造の模式図。二次元金属であるNbSe2超薄膜と二次元強磁性体であるV5Se8超薄膜を積層させると、界面に新しい状態が出現する。(b) 特にNbSe2に注目すると、V5Se8からの磁気近接効果によってスピン(上下矢印)とバレー(Kと-K)が自発的に分極した「フェロバレー強磁性」が形成される。

fig2図2: (a) NbSe2 / V5Se8磁性vdWヘテロ構造の異常ホール効果。V5Se8が十分に厚いときは負の異常ホール効果(黒いデータ)を示すが、V5Se8を単層極限まで薄くすると正の異常ホール効果(赤いデータ)が出現する。(b) 正の異常ホール効果を示す試料に対して測定した異常ホール効果の外部磁場角度依存性。外部磁場を面直(0°)から面内(90°)に傾けると、異常ホール効果のシグナルは全体的に減少する。(c) 磁場9 Tにおけるシグナルの角度依存性。一般に外部磁場を面内に傾けるとシグナルはcosθに従って単調に減少するが、この試料では一度「増大」してから減少する極めて異常な振る舞いが観測された。この振る舞いは計算でよく再現され、NbSe2がフェロバレー強磁性を形成していることを示す直接的な証拠となっている。

ad

1700応用理学一般
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました