2022-09-05 東北大学
【本学研究者情報】
〇国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授 高橋幸生
【発表のポイント】
- 物質内部の軽元素が示す化学状態を非破壊かつ高分解能で観察可能なテンダーX線タイコグラフィ計測システムを確立
- 含硫黄高分子粒子内部の不均一な硫黄化学状態の可視化に成功
- 現状のリチウムイオン電池より様々な点で優れるリチウム硫黄電池の反応・劣化メカニズムの解明による性能向上への貢献に期待
【概要】
硫黄やリンなどの軽元素は、電池材料や生体が機能を発現する際に重要な役割を果たすことが知られています。それらの軽元素が機能発現にどのように関与しているかを正しく理解するためには、物質中での分布や化学状態を非破壊かつ高分解能で観察できる計測手法が必要です。
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの高橋幸生教授(理化学研究所放射光科学研究センター チームリーダー)と石黒志助教(理化学研究所放射光科学研究センター 客員研究員)、東北大学大学院工学研究科の阿部真樹大学院生(理化学研究所放射光科学研究センター 研修生)、住友ゴム工業株式会社の金子房恵博士(東北大学 多元物質科学研究所 助教)と岸本浩通博士、理化学研究所放射光科学研究センターの初井宇記チームリーダー、高輝度光科学研究センターの為則雄祐室長らの共同研究グループは、SOPHIAS検出器の新規開発等を通じて、干渉性(コヒーレンス)[注1]に優れたX線を用いて物質の微細構造と化学状態を高分解能で観察する「X線タイコグラフィ」[注2]の計測を硫黄やリンなどのK吸収端[注3]が含まれるテンダーX線[注4]のエネルギー領域で実施可能なシステムを大型放射光施設「SPring-8」[注5]において初めて確立し、50ナノメートル(nm, 1 nmは10億分の1メートル)程度の空間分解能を達成してきました※1。そして、今回、リチウム硫黄電池正極材として開発された含硫黄高分子粒子の内部における不均一な硫黄化学状態を非破壊で可視化することに成功しました。
今後、本システムを動作中のリチウム硫黄電池[注6]の計測に応用することで、これまで不明瞭だった正極の反応・劣化メカニズムの解明および電池性能向上への貢献が期待できます。
本研究成果は、現地時間の8月11日に米国化学会の物理化学専門誌「The Journal of Physical Chemistry C」のオンライン速報版に掲載されました。
図1 テンダーX線タイコグラフィ計測システムの外観写真および光学系模式図(左)と本装置により2.5 keVで測定されたテスト用試料の位相像(右)。
【用語解説】
[注1] コヒーレンス
光が強め合ったり弱め合ったりする現象(干渉)の起こりやすさを示す度合い。コヒーレンスに優れた光をコヒーレント光とよぶ。
[注2] X線タイコグラフィ
コヒーレントX線回折イメージングと呼ばれるX線顕微法の一つ。試料にコヒーレントX線を照射する際、試料面上でX線照射領域が重なるように試料を二次元的に走査し、各走査点において試料後方で観測されるコヒーレント回折強度パターンを測定する。このようにして得られた複数の回折強度パターンに対して位相回復計算を実行することで試料像が再構成される。
[注3] 吸収端
物質に入射するX線のエネルギーを徐々に上げた際に、原子の内殻電子の励起に伴う吸光度の急激な上昇が観測されるエネルギーを指す。吸収端エネルギーは各元素に固有であり、吸収端近傍での吸光度変化は元素の化学状態を反映する。そのため、任意元素の吸収端近傍における吸光度変化を示す「X線吸収スペクトル」を解析することで元素選択的な化学状態分析が可能。なお、電子殻はエネルギー準位が低い順にK殻、L殻、M殻などと名付けられており、それぞれに対応するエネルギーをK吸収端、L吸収端、M吸収端とよぶ。
[注4] テンダーX線
明確な定義はないが、軟X線と硬X線の間である2-5 keV程度の光子エネルギーを有するX線。
[注5] 大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
[注6] リチウム硫黄電池
正極活物質として硫黄、負極に金属リチウムを用いる二次電池。軽元素である硫黄を用いることで、理論的にはリチウムイオン電池の6-7倍のエネルギーを蓄積できると試算されている。またニッケルやコバルトを使わないためコストも下がると期待されている。しかし、現状は充放電サイクルを重ねるにつれて次第に容量が低下するという課題を抱えており、その解決に向けた材料開発が進められている。
問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(東北大学多元物質科学研究所 兼務)
(東北大学金属材料研究所 兼務)
教授 高橋 幸生(たかはし ゆきお)
東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター
(東北大学多元物質科学研究所 兼務)
助教 石黒 志(いしぐろ のぞむ)
(報道に関すること)
東北大学多元物質科学研究所
広報情報室