⽜のオレイン酸の含有量を⽣きたまま計測する道が開けた!~⾵味を決める⽜脂の質の磁気共鳴による計測に成功~

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2022-09-05 産業技術総合研究所

ポイント

  • 牛脂のプロトン横緩和時間データからオレイン酸の含有量を誤差2.2%で推定することに成功
  • 磁気共鳴表面スキャナーを使って、肉用牛の脂質を生きたまま非破壊・非侵襲で計測可能に
  • オレイン酸含有量を重視するブランド牛の品質維持および畜産農家の収益向上に貢献

磁気共鳴表面スキャナーによる生きた牛のオレイン酸含有量計測風景のイメージ

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門 物理探査研究グループ 中島善人 上級主任研究員は、生きた牛のオレイン酸の計測への道を開く磁気共鳴計測実験に成功しました。オレイン酸は、牛肉の風味や口溶けの良さに影響を与えるだけでなく、健康にも良いとされており、畜産業界では牛肉の付加価値を上げる物質のひとつとして注目されています。牛脂サンプルに対して磁気共鳴実験を行ったところ、プロトン横緩和時間の長短が、牛脂中のオレイン酸などの不飽和脂肪酸の含有量と高い相関があることを発見しました。これを利用して、牛脂のプロトン横緩和時間からオレイン酸含有量を誤差2.2%で推定できました。この発見を別途開発中の磁気共鳴表面スキャナーで取得したデータ解析に適用することで、生きた肉用牛に対する不飽和脂肪酸の含有量を非破壊・非侵襲・原位置で計測できる道が開けます。この測定法を用いて、畜舎内で肉用牛の肥育過程を追跡すれば、オレイン酸含有量を効率よく仕上げるための給餌法の開発や最適な出荷時期の決定などに利用でき、ご当地ブランド牛の品質維持や畜産農家の収益向上につながります。

なお、この技術の詳細は、2022年9月8日にJST新技術説明会でオンライン発表されます[1]。

開発の社会的背景

オレイン酸に代表される不飽和脂肪酸の含有量は、牛肉の脂肪の質という観点でブランド牛の価値・価格を支配する重要な特性として近年注目されています。しかし、と畜の度に枝肉の断面を分析する現在の方法は、手間がかかります。高く売れるオレイン酸を多く含む肉用牛を効率よく肥育するためには、子牛から出荷直前の成牛段階まで、畜舎で連続的に非破壊・非侵襲でオレイン酸を計測できる手法が望まれています。そのような装置ができれば、個体ごとに最適な給餌内容と出荷時期の選択を行うことができるため、ブランド牛の品質維持・畜産農家の収益向上に貢献できます。

しかし、生きた牛のオレイン酸などの不飽和脂肪酸の含有量を非破壊・非侵襲で精度よく定量できる計測方法は現在のところありません。例えば、近赤外分光法は枝肉のロース断面のようなむき出しの肉に対して汎用されていますが、生きた牛の体毛・皮を通して、皮下脂肪あるいはより深部にある霜降り肉のオレイン酸含有量を定量することは困難です。

研究の経緯

私たちはこの課題を解決するために、生きた牛を傷つけずにオレイン酸などの不飽和脂肪酸の含有量を畜舎で計測できるポータブルな磁気共鳴表面スキャナーの開発を行っています。イメージとして上記イラストを参照ください。片側開放型という特殊な設計の磁石のおかげで、生きた牛の体毛・皮を通して、体表から1~3 cm程度の深部の脂肪の質を非破壊・非侵襲で調べることができます。このスキャナーを用いると、一カ所の部位につき十秒~数分で計測が済み、鎮静剤や麻酔剤は不要です。さらに、超音波エコー法と違い、剃毛やゲル塗布も不要で、牛への負担も小さくて済みます。当初、私たちは肉用牛の霜降りの程度、つまり脂肪の量を計測する装置として、この磁気共鳴スキャナーの開発を行っていました[2,3]。今回の研究では、牛肉の質を決めるのに重要な脂肪酸組成の計測法を同装置で新たに開発しました。

このスキャナーの開発の発想点は、オレイン酸などの不飽和脂肪酸は飽和脂肪酸にくらべて融点が低いことです。もともと当研究部門では、地下油田評価などに磁気共鳴現象を利用し、石油分子の融点が低いほどプロトン横緩和時間が長いことを把握していました。この石油分子の磁気共鳴物性の特徴が牛脂にも成立することが確認できれば、牛脂のプロトン横緩和時間をオレイン酸などの不飽和脂肪酸の含有量に変換できます。そして、上述した磁石を採用すれば、生きた牛の体表付近の不飽和脂肪酸の含有量を非破壊・非侵襲で走査できることになります。

研究の内容

牛脂の質を定量的に判定するには、不飽和脂肪酸の含有量とプロトン横緩和時間の正の相関関係を牛脂について確認することが重要です。その確認のための磁気共鳴実験を以下のように実施しました。小売店で購入した国内外の牛の脂肪サンプル12個をサンプル管に個別装填し、牛の体温である40 ℃におけるプロトン横緩和時間(T2)を計測しました。なお、正確な温度制御のために、片側開放型ではなく従来型の磁気共鳴装置でプロトン横緩和過程を計測しました。また、磁気共鳴実験と並行して、ガスクロマトグラフィー法によって牛脂サンプル中の全脂肪酸に対するオレイン酸含有量、全不飽和脂肪酸含有量、一価不飽和脂肪酸含有量を重量%単位で定量分析しました。

図1にプロトン横緩和波形の減衰について代表的な2例、図2に12個の総合結果を示します。図1の生の波形データは、オレイン酸含有量が高い牛脂は、プロトン横緩和信号の減衰の時定数(T2)が長いことを例示しています。また、図2の総合結果から、プロトン横緩和時間とオレイン酸含有量との間に強い正の相関関係が確認できました。図は省略しますが、プロトン横緩和時間と全不飽和脂肪酸含有量、プロトン横緩和時間と一価不飽和脂肪酸含有量との間にもそれぞれ良い相関が確認できました。このように、プロトン横緩和時間という磁気共鳴から導かれる物理量を牛脂のオレイン酸含有量、全不飽和脂肪酸含有量、一価不飽和脂肪酸含有量という生化学的な量と関連付けることができました。

図1

図1 牛脂サンプルのプロトン横緩和過程の計測例。実線と破線の曲線は、時定数T2の指数関数的な減衰モデルで最小二乗近似した結果。オレイン酸含有量が多いと、T2値も長くなる。

図2

図2 牛脂サンプルの12例に関する従来法で分析したオレイン酸含有量とプロトン横緩和時間との相関。最小二乗法で決定した検量線(緑実線)の相関係数は0.91。


図2の検量線を用いた、磁気共鳴法によるオレイン酸含有量の計測精度を図3に示します。図3によれば、本法の計測誤差は2.2%であり、これは、牛枝肉のむき出しのロース断面に対する近赤外分光法によるオレイン酸の計測誤差と同じ程度です。図は省略しますが、本法による全不飽和脂肪酸と一価不飽和脂肪酸の含有量の計測精度も良好でした。このように、生体の肉用牛に対し、プロトン横緩和時間を用いて、オレイン酸をはじめとする不飽和脂肪酸の含有量を非破壊・非侵襲で計測する可能性が開けました。

図3

図3 磁気共鳴法によるオレイン酸の計測精度。水色の点線は、誤差ゼロのライン。図2の縦軸を検量線をもちいてオレイン酸含有量に換算。この図におけるオレイン酸の計測誤差(根平均二乗誤差)は2.2%。

今後の予定

私たちは、片側開放型の磁気共鳴表面スキャナーのハードウェア開発も並行して進めています。すでに探査深度約1 cmのタイプについては小型軽量のセンサーユニットを完成させ(図4(a))、うろこ付きクロマグロ肉や皮下脂肪付き黒毛和牛肉のブロックの脂肪含有量の計測に成功しています[3]。また、探査深度約3 cmの大型センサーも組み上げ中で(図5(a))、これを用いれば生きた牛の霜降り状態のサーロインの部位を計測できると考えています(図5(b))。

図1~3で示したプロトン横緩和時間の計測によるオレイン酸の含有量推定手法は、これらのハードウェアに組み込み可能です。たとえば図4(a)に示すセンサーであれば、体表から1 cm程度にある生きた牛の皮下脂肪のオレイン酸含有量を計測できます(図4(b))。また、図5(a)のセンサーであれば、生きた牛の霜降り状態のサーロインの部位のオレイン酸含有量を計測できます(図5(b))。ポータブルなこれらのスキャナーを畜舎で肥育中の肉用牛に適用すれば、高いオレイン酸含有量の牛肉を少ない餌で早期に仕上げるための給餌法の開発に貢献できます。また、畜産農家は高いオレイン酸含有量値を生体で保証した上で、肉用牛の最適な出荷時期を決定できるようになります。

このように産総研が開発している磁気共鳴表面スキャナーは、脂肪の量(霜降りとしての脂肪の含有量)と質(オレイン酸に代表される不飽和脂肪酸の含有量)の両方を評価できる装置に進化しつつあります。私たちはひきつづき、このスキャナーの開発を通して、ご当地牛のブランディングひいては畜産農家の収益向上に貢献していきます。

図4

図4 開発したポータブル磁気共鳴表面スキャナー。探査深度約1 cmのタイプ(小型磁石の重量は約5 kg)で100 V商用電源で動作[3]。 (a) スキャナーシステムの全景。センサーユニットは、希土類永久磁石と高周波コイルからなる。 (b) このセンサーユニットで牛の皮下脂肪を計測しているイメージ(牛の断面図)。

図5

図5 開発中の磁気共鳴表面スキャナー(探査深度約3 cmのタイプ)。 (a) 大型の永久磁石と高周波コイルからなる重さ約15kgのセンサーユニット。磁石は青い樹脂でカバーされている。2015年に開発した同じ探査深度約3 cmのセンサーユニット(約43kg)[2]に比べて大幅な軽量化に成功。 (b) このセンサーユニットで皮下脂肪よりも深部にあるサーロインなどの霜降り状態の可食部を計測しているイメージ(牛の断面図)。

文献情報

[1] JST新技術説明会オンライン講演(2022年9月8日). 講演資料は後日下記URLで公開予定.
https://shingi.jst.go.jp/ 磁気共鳴表面スキャナー:生きた牛やトンネルの計測を目ざして. 中島善人
[2] 産総研プレスリリース(2015年). 牛の霜降り状態を計測できる核磁気共鳴スキャナーを開発https://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/2015/nr20150518/nr20150518.html
[3] International Journal of Food Properties. 24, 1722-1736 (2021年).

Nondestructive measurement of intramuscular fat content of fresh beef meat by a hand-held magnetic resonance sensor. Nakashima, Y. and Shiba, N.

用語解説
プロトン横緩和時間
プロトン磁気共鳴現象において、個々の水素原子核の磁気モーメントのベクトル和である核磁化は、プロトンの共鳴周波数のラジオ波で励起された後、熱平衡状態に向かって緩和する。静磁場ベクトルに垂直方向の核磁化成分の減衰過程を横緩和とよび、その指数関数的な減衰の時定数を横緩和時間(T2)という。
オレイン酸
動植物由来の油や脂肪に含まれる代表的な一価不飽和脂肪酸。化学式はC18H34O2
磁気共鳴
Magnetic Resonance(略称はMR)とよばれる分光法の一種。核磁気共鳴あるいはNuclear Magnetic Resonance(略称はNMR)とも呼称される。静磁場中に置かれた原子核のスピンの歳差運動を、共鳴周波数に相当するラジオ波(高周波磁場)を用いて計測する。本研究では、脂肪分子に含まれる水素原子の核(プロトン)を計測対象としている。
磁気共鳴表面スキャナー
磁石が片側開放型であることを特徴とする磁気共鳴計測装置の一種。通常の磁気共鳴計測装置では、例えば2つの磁石の磁極間に試料と高周波コイルを配置して、プロトンの横緩和現象などを計測する。この配置では精密な計測が可能であるが、牛のような磁極間に収まらない大きな物体は計測できない。これに対して、磁石を一つに減らして磁石の反対側を自由空間として開放し、大きな物体でも表面を非破壊スキャンできるように工夫したものが片側開放型である。片側開放型の従来型に対する利点(概念図)を下図に示すが、磁石と高周波コイルの実物写真は図5(a)を参照のこと。

磁気共鳴表面スキャナー説明図

非破壊・非侵襲・原位置計測
非破壊計測は、計測対象(この場合は生きた牛)を傷つけない計測。非侵襲計測は、計測対象である生きた牛の皮膚内部や口などの開口部に器具を挿入しない計測。原位置計測は、ラボではなく現場(この場合は畜舎)で実施する計測(計測システムが小型・ポータブルであることが必須)。
不飽和脂肪酸
脂肪分子の構成要素である脂肪酸のうち、炭素・炭素間の結合に1箇所以上の二重結合あるいは三重結合を含むもので、一般に融点が低い。不飽和脂肪酸のうち、二重結合あるいは三重結合を1箇所だけもつものを一価不飽和脂肪酸(たとえばオレイン酸やパルミトレイン酸)、2箇所以上もつものを多価不飽和脂肪酸(たとえばリノール酸)という。一価と多価の不飽和脂肪酸の総和を、全不飽和脂肪酸という。また、炭素・炭素間の結合がすべて単結合である脂肪酸を飽和脂肪酸といい、一般に融点が高い(たとえばパルミチン酸)。
近赤外分光法
近赤外領域(800~2500 nm)の赤外光を測定対象物に照射し、吸収スペクトルを計測することで、分子の種類や物理化学的状態を推定する分光法の一種。
超音波エコー法
超音波を体表から照射して、音響インピーダンスが異なる器官・組織の境界で反射してきた超音波(エコー)を検出することで、体内を映像化する診断装置。
ガスクロマトグラフィー法
分析対象物質と移動相としてともに気体(ガス)を用いるクロマトグラフィー。非破壊分析ではないが、物質を精度良く分離・精製・定量する標準的な計測手法である。ガスクロと略称される。
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