2022-06-14 理化学研究所
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理化学研究所(理研)放射光科学研究センター放射光イメージング利用システム開発チームの香村芳樹チームリーダーらの国際共同研究グループは、X線領域での高解像度ライトシート顕微鏡(光シート顕微鏡)[1]の開発に世界で初めて成功しました。
本研究成果は、可視光領域のライトシート顕微鏡を上回る性能を実現しており、脳神経回路網の三次元構造の解明などに貢献すると期待できます。
今回、国際共同研究グループは、X線領域における優れた集光特性とX線発光を起こすシンチレーター[2]の導入によって、試料の奥行き方向について70ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の解像度で三次元イメージングできるライトシート顕微鏡を開発し、MAXWELL(Microscopy by Achromatic X-rays With Emission of Laminar Light)顕微鏡と名付けました。面内方向については、400nm程度の解像度で回折限界[3]に達しました。大型放射光施設「SPring-8」[4]の放射光を使って、低ノイズのX線カメラによる測定により、10~20nm程度のシンチレーター微粒子の観察および生体試料の三次元イメージングに成功しました。
本研究は、オンライン科学雑誌『Scientific Reports』(6月11日付)に掲載されました。
開発した高解像度X線ライトシート顕微鏡(MAXWELL顕微鏡)の構造
背景
近年、X線を用いた三次元イメージングが高精度化し、幅広い分野で使用されています。特によく使われているのが、X線の吸収や位相でコントラストを付けるX線コンピューター断層撮影法(CT法)[5]と、散乱でコントラストを付けるコヒーレントX線回折顕微鏡法[6]の二つです。
これらの手法では、試料を回転させて測定し、計算によって三次元情報を求めます。大きな試料の三次元情報を求める場合、高い解像度での観察では視野が狭くなり、データをつなぎ合わせる必要があるため、計算が煩雑になります。また、1cm程度の大きな生体試料中の微小組織に対し、10nm程度の金などの微粒子標識を導入して観察する際には、コントラストが付きにくいという問題もあります。
試料を回転させずに断層像を観察する方法として、可視光領域のライトシート顕微鏡(光シート顕微鏡)が開発されています。ライトシート顕微鏡では、シート型の励起光(ライトシート)を試料の横から照射し、ライトシートと直交する方向に試料中の蛍光体分布を観察する顕微鏡システムを設置します。試料をライトシートに対して垂直に並進運動させることで、計算の助けなしに三次元情報を取得できます。蛍光観察を行う顕微鏡のピントが合った面だけにライトシートを照射するため、他の面でのピンボケした像の重なりや、観察面以外での余分な放射線損傷[7]を避けられます。
可視光を使った三次元イメージングには、ライトシート顕微鏡のほかに共焦点顕微鏡[8]と二光子顕微鏡[9]が開発されていますが、いずれも試料の奥行き方向の解像度が面内方向の解像度よりも劣ることが課題となっています。可視光ライトシート顕微鏡において、奥行き方向の解像度を決めるライトシートの厚みを1マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)以下にするには、高度な技術が必要となります。一方、面内方向に関しては、200nm程度の解像度を容易に達成でき、近年の超解像顕微鏡法[10]の技術を併用すると、さらに改善でき、奥行き方向と面内方向の解像度の非対称性がより際立ち使い勝手が悪くなります。
そこで国際共同研究グループは、SYNAPSE(Synchrotrons for Neuroscience – an Asia-Pacific Strategic Enterprise)プロジェクトの一環として、ライトシートの厚みが圧倒的に低減されることが期待されるX線領域でのライトシート顕微鏡の開発に取り組みました。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、高解像度の三次元イメージング用のX線ライトシート顕微鏡を、大型放射光施設「SPring-8」の理研ビームラインBL29XUに構築しました(図1a)。構築したX線ライトシート顕微鏡では、全反射ミラー[11]でX線をシート状に絞ることで、シートの最小厚みが65nmであることをナイフエッジ測定[12]で確認しました(図1b、c)。かつ、20倍のレンズの場合、顕微鏡の視野(600μm角)の縁でも、厚みは300nm以下でした。また、X線により発光するシンチレーター微粒子を試料中に導入し、広視野で薄い断面の像から、試料の奥行き方向に解像度の高い三次元イメージング計測ができることを示しました。
今回用いた全反射ミラーは、X線を極限まで小さく集光するのに適し、かつ、色収差(像の色のずれ)がありません。このため、光源からの非常に強いX線を単色化せずに試料に直接当てても、集光サイズ(X線ライトシートの厚み)が小さいままであり、高速での三次元イメージング計測に有利です。国際共同研究グループは、開発したX線領域のライトシート顕微鏡を「MAXWELL(Microscopy by Achromatic X-rays With Emission of Laminar Light)顕微鏡」と名付けました。
図1 X線ライトシート顕微鏡の構成とシートの厚み測定の結果
aX線ライトシート顕微鏡の構成。X線ビームを全反射ミラーで反射させて垂直方向に絞り、細長いライトシートにする。赤や緑で発光する微小シンチレーターを含んだ試料にライトシートを当て、これらの発光をX線光軸と垂直方向から可視光顕微鏡システムで観察する。カラーフィルターを用いて、別々の波長での発光を区別し観察する。試料は水色矢印の向きに並進移動させる。
bライトシートの厚み。X線が絞られた点から光軸方向に、何通りかずらしながらナイフエッジ測定を行った。横軸がX線の光軸方向の位置、縦軸がシートの厚み方向の位置を示し、これらの座標の各点で測定されたX線強度を明るさで表現している。
cbの赤矢印と水色矢印に沿ったX線の一次元強度分布。FWHMは半値全幅。
MAXWELL顕微鏡では、X線用の微小蛍光体(サイズ10~20nmのシンチレーター)を試料内の標識として導入し、ライトシートを当てた非常に薄い断面だけで蛍光を発生させます。その蛍光体の二次元分布をX線光軸に直交する可視光用顕微鏡で観察し、試料をライトシートの厚み方向に移動させながら像を撮影することで、三次元分布を求めます。
MAXWELL顕微鏡の解像度を調べるため、微細パターン上に20nm程度の量子ドット[13]の微粒子を付着させた試料を作製しました。観察の結果、約400nmの距離に近接する微粒子を解像できることから、面内方向の解像度は400nm程度であり回折限界に達していることが分かりました(図2a)。また、奥行き方向の解像度は70nm程度であることが示されました(図2b、c)。これらの結果は、可視光のライトシート顕微鏡(奥行き方向の解像度数百nmから1μm前後)に比べ、MAXWELL顕微鏡の解像度は奥行き方向では圧倒的に優り、面内でも回折限界程度を達成できていることを示しています。
図2 X線ライトシート顕微鏡の三次元の解像度評価
a50倍の対物レンズを用いて取得された、微細パターン上の近接する量子ドット微粒子の像。顕微鏡の面内の像(緑線がX方向、赤線がY方向のXY平面内)。Z方向は紙面に垂直方向(奥行き方向)。青い丸のそれぞれの中心に20nm程度の量子ドットがあり、黄線上に並んでいる。下のグラフは、二つの量子ドットの蛍光強度を示す。0~0.4μmと0.4~0.9μmに二つのピークがあることが、MAXWELL顕微鏡の面内の解像度が400nm程度であることを示している。
bcbはXZ面内での微粒子の像。緑線の横方向(X方向)と青線の縦方向(Z方向)の長さがそれぞれ50 nmに対応する。cはYZ面内での微粒子の像。赤線の横方向(Y方向)と青線の縦方向(Z方向)の長さがそれぞれ50nmに対応する。bcは、MAXWELL顕微鏡の奥行き方向の解像度が70nm程度であることを示している。
MAXWELL顕微鏡を用いた生体試料の三次元観察では、厚さが数十μm程度以上の場合は透明化処理が必要ですが、それよりも薄い場合、透明化処理は不要です。ショウジョウバエの三次元イメージングを行った結果を動画で示します。
今後の期待
本研究では、70nm程度の奥行き方向の解像度を持つX線ライトシート顕微鏡の開発に世界で初めて成功しました。面内方向の解像度は回折限界にあたる400nm程度ですが、今後、超解像顕微鏡法を利用して10倍程度向上させることで、等方的な高解像度三次元イメージングを達成できる見込みです。
また、低ノイズカメラの使用によって、単分子イメージング実験に必要な性能が得られ、SYNAPSEプロジェクトの主な研究対象となっている脳神経回路網の三次元構造などについて画期的な科学的知見が得られると期待できます。
励起光として紫外線を使う蛍光顕微鏡技術の開発が世界中で進んでいます。また、近年、シンチレーターをマウスの脳内に導入し、脳組織に損傷を与えずに特定の脳神経機能を操作する新しい光遺伝学法[14]の確立が報告されています。これらの技術を、今回報告した高解像度の三次元イメージング技術と相補的に用いれば、生命科学、脳科学の分野において有力なツールになると期待できます。
補足説明
1.ライトシート顕微鏡(光シート顕微鏡)
試料中の蛍光体分布を観察するため、シート型の励起光(ライトシート)を試料の横から照射し、ライトシートと直交する方向に顕微鏡を設置するシステムのこと。試料をライトシートに対して垂直に並進運動させることで、計算の助けなしに三次元情報を取得できる。
2.シンチレーター
X線、γ線や電子線などが照射された際に、そのエネルギーを吸収して発光する物質。
3.回折限界
光の波の回折を利用して顕微鏡観察を行うため、波長の半分程度までの分解能しか達成できないという限界があること。
4.大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
5.コンピューター断層撮影法(CT法)
物体を回転しながらX線透過像のデータセットを取得し、コンピューター処理によって物体内部の三次元分布を再構成する手法。
6.コヒーレントX線回折顕微鏡
干渉性を持ったX線ビームを試料に照射することで得られる回折パターンから、試料像を再構成する顕微鏡。レンズを必要とせず、高い空間分解能が得られる。
7.放射線損傷
固体試料に放射線を照射したときに,特性や形状の変化が生じること。高分子材料では化学結合状態が切れ脆弱化が見られる、結晶では格子欠陥が生じるなど、一定の条件で測定が行えなくなる。
8.共焦点顕微鏡
物体の照射側と反射側に置いた二つのピンホールを透過する光の強度を計測することで、特定の深さの面からの反射だけを計測でき、奥行き方向の解像度を上げることのできる三次元計測用の顕微鏡。
9.二光子顕微鏡
電子が2光子吸収を起こす光子密度が高い光の領域だけを観察することで、奥行き方向の解像度を上げた三次元計測用の顕微鏡。
10.超解像顕微鏡法
光の回折限界以下の分解能に到達するための顕微鏡法で、複数の手法が開発されている。
11.全反射ミラー
今回用いた全反射ミラーは楕円面と双曲面からなり、点源の像が点となる。収差が小さいため、安定度に優れており、調整作業が容易という特徴がある。
12.ナイフエッジ測定
X線を透過しない板をX線集光点付近で微小量ずつ動かしながらX線強度を計測し、差分から集光点での強度分布を求める方法。
13.量子ドット
電子を三次元的に閉じ込めるために20nm以下に加工された半導体などの粒状の構造のことで、可視光領域での新しい発光材料として利用される。
14.光遺伝学法
光でタンパク質を制御するため、光学と遺伝子工学を融合した手法の総称で、特に神経回路機能を調べるために利用されている。
国際共同研究グループ
理化学研究所
放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門
物理・化学系ビームライン基盤グループ
放射光イメージング利用システム開発チーム
チームリーダー 香村 芳樹(コウムラ・ヨシキ)
SACLAビームライン基盤グループ ビームライン開発チーム
客員研究員 山田 純平(ヤマダ・ジュンペイ)
エンジニアリング部門 エンジニアリングチーム
テクニカルスタッフⅠ 高野 秀和(タカノ・ヒデカズ)
放射光科学研究センター
センター長 石川 哲也(イシカワ・テツヤ)
名古屋大学大学院 工学研究科 物質科学専攻
准教授 松山 智至(マツヤマ・サトシ)
シンガポール国立大学 薬理学科
准教授 Chian-Ming Low(チャンミン・ロウ)
台湾中央研究院 物理研究所
教授 Yeukuang Hwu(ユーカン・フウ)
研究支援
本研究は、RIKEN-MOST(臺灣科技部-日本理化學研究所雙邊合作研究計畫)による支援を受けて行われました。
原論文情報
Yoshiki Kohmura, Shun-Min Yang, Hsiang-Hsin Chen, Hidekazu Takano, Chia-Ju Chang, Ya-Sian Wang, Tsung-Tse Lee, Ching-Yu Chiu, Kai-En Yang, Yu-Ting Chien, Huan-Ming Hu, Tzu-Ling Su, Cyril Petibois, Yi-Yun Chen, Cheng-Huan Hsu, Peilin Chen, Dueng-Yuan Hueng, Shean-Jen Chen, Chi Lin Yang, An-Lun Chin, Chian-Ming Low, Francis Chee Kuan Tan, Alvin Teo, Eng Soon Tok, Xu Xiang Cai, Hong-Ming Lin, John Boeckl, Anton P. Stampfl, Jumpei Yamada, Satoshi Matsuyama, Tetsuya Ishikawa, Giorgio Margaritondo, Ann-Shyn Chiang and Yeukuang Hwu, “The new X-ray/visible microscopy MAXWELL technique for fast three-dimensional nanoimaging with isotropic resolution”, Scientific Reports, 10.1038/s41598-022-13377-w
発表者
理化学研究所
放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ 放射光イメージング利用システム開発チーム
チームリーダー 香村 芳樹(コウムラ・ヨシキ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当