流体中のナノ・マイクロ粒子の物性・粒径分布の自動測定法

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2020-01-06 東京大学

発表のポイント

  • 安価で汎用的な、非破壊・前処理不要・全自動の微粒子測定法を考案・実証した。
  • 球形粒子だけでなく未知形状粒子に対しても、粒子構成物質の複素屈折率の実部・虚部と粒径別数濃度を測定できる。
  • 地球環境計測、物理学・化学・生物学の基礎実験、産業応用計測、生体医療分析など、幅広い分野への応用が期待される。

発表概要

空気や水などの流体に浮遊する微小粒子や微小気泡の正確かつ高速な自動測定法は、物理学・化学・生物学の実験、地球環境計測、産業応用計測、生体医療分析、水質検査など、多くの科学技術研究・産業分野において必要とされている。しかしこれまで、直径数マイクロメートル未満の微小粒子について、粒子の構成物質と粒子の大きさを両方とも正確に決定できる利便性の高い自動測定法はなかった。今回、東京大学大学院理学系研究科の茂木信宏 助教 は、流体中に浮遊する直径1マイクロメートル以下の微粒子について、粒子を構成する物質の複素屈折率(注1)と粒径別数濃度を、両方とも同時にかつ正確に自動測定できる手法を考案・実証した。流体試料の前処理が不要で、安価に実現可能であるため環境中の微粒子の広域観測などに適する。また非破壊分析であるため、他の任意の手法と組み合わせた複合分析を行うことができる。このような汎用性と拡張性の高さから、本研究の手法は、今後、多方面に多様な形で応用されていくことが期待される。

発表内容

研究の背景
近年、光学顕微鏡では観察できない直径数マイクロメートル未満の微小粒子(あるいは微小気泡)を正確に自動測定するための方法が、機能性ナノ粒子やファインバブルなどの産業応用研究、空気・水・飲料・医薬品の精製、生体医療検査、大気・海洋に拡散する汚染微粒子の観測など、幅広い科学技術分野から必要とされている。これまで、粒子を構成する物質を同定するためには、多くの場合、前処理として流体試料から粒子を抽出し、抽出後の粒子試料に対して元素分析・化学構造解析を行う必要があった。一方、流体中の微粒子の粒径別数濃度を乱すことなく測るためには、レーザー光散乱法など、物質の判別能を持たない非接触測定法を使う以外に方法がなかった。これまで、「粒子を構成する物質の同定」と「粒径別数濃度の測定」の両方を同時に実施できる、単一の測定原理がなかった。このため、一般に複数の異なる未知の粒子種が未知の粒径分布で共存している流体試料(例えば大気や海水)について、正確かつ自動的な測定を実施することはほぼ不可能であった。

研究内容
本研究では、流体中の粒子がレーザー光線のビームウエスト(注2)を横断するときに生じる散乱波の振幅と位相を検出する方法(イタリアの物理学者が2006年に発明)の独自改良型(図1)と、散乱波の振幅と位相のデータから粒子の特徴を推定する逆解析法(注3)(発表者が考案)を組み合わせることで、「粒子の構成物質の同定」と「粒径別数濃度の測定」の両方を同時に実施できる単一の測定原理を初めて実現した。開発した逆解析法は、形状が未知の粒子にも対応する工夫を施しており、球形粒子に限らず非球形粒子に対しても正確な測定ができる。本手法では、各物質に固有の電気的物性値である複素屈折率の実部・虚部を正確に測定できるため、構成物質を推定可能である(図1)。

図1:本測定手法の概略図(左側)と測定データの例(右側)。本測定法では、粒子の前方散乱波の振幅と位相を、粒子がビームを通過する際に前方方向に現れる入射波と散乱波の干渉パターンの時間変化から導出する。測定データにおける横軸・縦軸は、前方散乱波の振幅・位相を複素数で表した数値(複素散乱振幅S22(注4)の実部・虚部に対応する。図中の各点は個々の検出粒子のデータ点を表す。全データ点から自動クラスタリング法(注5)で抽出された、各々のデータクラスターに対して逆解析を行うことで、各クラスターに属する粒子の複素屈折率(図中に表示)を決定することができる。各クラスターに属する粒子の粒径別数濃度も同時に決定される。

また、複素屈折率が固有の粒子群ごとに、粒径別数濃度を決定することができる。現試作装置で測定可能な粒径範囲はおおよそ0.2から1.0マイクロメートルである。流体媒質の必要条件は、媒質が入射波の波長の光に対してほぼ透明であることのみで、波長をそのように選びさえすれば、空気・水・有機溶媒いずれに対しても適用できる。

社会的意義・今後の予定
本研究の微粒子測定法は、図1のように単純な装置構成で実現できる。そのため製作費が安く、目的に応じた改造・拡張もしやすい。また、試料の前処理が要らないため、例えば大気や海水をそのまま導入して連続的に測定することができる。クリーンな非破壊分析であるため、他の分析装置を直列接続する複合分析や、血液など生体試料の計測にも利用できる。産業利用が急速に広まっている水中の微小気泡(ファインバブル)について、他の不純物粒子と区別した正確な測定が初めて可能となる。このように、本研究で確立した基本原理は、さまざまな形で、産業や医療の技術に応用されていくことが期待される。

発表者は今後、地球環境問題に関わる大気・海洋中の多種多様な汚染微粒子の広域観測に応用することを考えている。

本研究は、JSPS科研費(15H05465, 16H01770, 19H04236, 19H04259, 19H05699)、環境研究総合推進費(2-1403, 2-1703)、ArCS北極研究推進プロジェクトの支援のもとで行われました。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Quantitative Spectroscopy & Radiative Transfer

論文タイトル
Capabilities and limitations of the single-particle extinction and scattering method for estimating the complex refractive index and size-distribution of spherical and non-spherical submicron particles

著者
Nobuhiro Moteki*

DOI番号
10.1016/j.jqsrt.2019.106811

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用語解説
注1 複素屈折率

物質の巨視的な電気的性質を特徴づける物性値であり、非磁性体ではMaxwell方程式の中に現れる複素誘電率の平方根に等しい。複素屈折率の実部は、一般に知られる屈折率のことであり、物質中における電磁波の伝搬速度を決める。複素屈折率の虚部は、物質中における電磁波の減衰率(吸収率)を決める。

注2 ビームウエスト

自由空間を伝わるレーザー光線の光路上においてビーム径が最も小さくなる位置のこと。

注3 逆解析法

測定されたデータから、そのデータを生成した原因となる対象の特徴量を推定する手法の一般的呼称。本研究では、有限の粒径分布をもつ粒子集団から生成される散乱波の位相・振幅のデータ点群の密度分布から、粒子の形状カテゴリー・複素屈折率・粒子体積を統計的に推定する機械学習アルゴリズムを開発した。

注4 複素散乱振幅

一様な媒質中におかれた粒子などの散乱体が入射波にさらされると、粒子から放射状に広がる散乱波が励起される。入射波に対する散乱波の振幅の大きさと、入射波に対する散乱波の位相差を一つの複素数として表したものが、複素散乱振幅である。複素散乱振幅は、粒子の体積・複素屈折率・形状・配向に依存する。本測定法では、特に前方方向(入射波と同一方向)の散乱波の複素散乱振幅のことを指す。

注5 自動クラスタリング法

観測で得られた多数のデータ点を、何らかの類似性(例えばデータ点間のユークリッド距離)に基づいて幾つかのグループに分類することをクラスタリングと呼ぶ。自動化されたクラスタリング法は教師なし機械学習の一種である。本研究では、自動クラスタリング法の中でも、クラスターの形状や個数を仮定する必要がなく、密度が異なる複数のクラスターも同時に抽出できる最新のアルゴリズムHDBSCAN(Campello et al. 2013)を、距離関数を改造した上で用いている。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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