触媒活性理論の実証に前進~実験、数理、機械学習の融合による非平衡触媒活性の解析~

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2021-06-03 理化学研究所

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター生体機能触媒研究チームの大岡英史研究員、マリー・ウィンツァーテクニカルスタッフ、中村龍平チームリーダーの研究チームは、新しい触媒[1]活性理論を支持する実験データの取得に成功しました。

本研究成果は、高活性な触媒材料の効率的な開発、そして近年研究が加速している触媒インフォマティクス[2]の精度向上に貢献すると期待できます。

従来の触媒理論は、反応がゆっくりと進行する平衡状態[3]近傍を前提としていました。しかし、化学産業など実社会では、反応が活発に進行する非平衡状態で触媒が使われるため、正しく活性を予測できないという課題がありました。この課題を解消するため、研究チームは従来理論を拡張させ、2019年に非平衡状態における触媒活性に関する新たな理論を発表しました。

今回、研究チームはこの新理論の実験検証を目的として、白金(Pt)を触媒とした水の電気分解による水素製造を検討しました。非平衡状態での水素発生の活性を実測し、数理[4]と機械学習[5]により実験データを解析した結果、触媒と水素原子の吸着エネルギー[6]が0.094±0.002eV[7]であることが分かりました。これは、「吸着エネルギーがゼロからずれた高活性材料がある」という新理論の予測を支持するものであり、新理論の実証に向けた第一歩になります。

本研究は、科学雑誌『ACS Catalysis』オンライン版(5月10日付)に掲載されました。

本研究による理論検証の概要

背景

触媒は、私たちの生活を豊かで健康的なものにするために不可欠なものです。例えば化学肥料の合成や排ガスの浄化は、触媒により促進されています。また、燃料電池や水素製造など、次世代のエネルギー技術にも触媒は中心的な役割が期待されています。

活性の高い触媒を開発するためには、材料の設計指針が必要です。現在の固体触媒開発では、「触媒と基質は強く結合しすぎても、弱く結合しすぎてもならない」と主張するSabatier則[8]が指針となっています。この法則は、触媒と基質の結合が弱すぎると触媒が十分に作用できず、逆に結合が強すぎると基質が触媒から離れないことに由来します。従って、その中間にある「ほど良い結合の強さ」を持つ材料こそが優れた触媒だと考えられてきました。現在、この結合の強さは「吸着エネルギー」という厳密な尺度で測られるようになり、2000年頃に普及した量子化学計算[9]により、「吸着エネルギーの最適値はゼロである」という説が有力になりました。

ただし、この理論には「平衡状態近傍」という条件が付いています。平衡状態とは、化学反応が見かけ上何も起こらない状態を指し、その近傍では反応がごくゆっくりとしか進行しません。これに対し、化学産業では目的反応を促進するために触媒が使われるため、触媒環境は全く平衡状態ではありません。つまり、従来理論は反応がゆっくり進む条件の中で良い材料を探しているのであって、実環境の中で高い活性を示す材料を探しているわけではないのです。

この現実と理論の乖離を解消するため、研究チームは2019年に従来の触媒理論を拡張し、非平衡状態における触媒活性を予測できる新たな数理モデルを発表しました注1)。今回はこの新理論の実証に向け、高活性材料である白金(Pt)の吸着エネルギーを実験的に測定し、新理論の予測と適合するか否かを調べました。

注1)2019年10月18日プレスリリース「触媒探索に向けた理論の拡張

研究手法と成果

研究チームが提唱した新理論では、「非平衡状態で高い活性を示す触媒の吸着エネルギーがゼロとは限らない」と予測されます。その仮説を実験的に検証するため、白金触媒を用いた水の電気分解をモデルとして非平衡状態の触媒活性を実際に評価しました。白金は水素製造に対する活性が極めて高く、古くから研究されてきた材料であることから、反応の仕組みに関する知見も豊富で、モデル系として適しています。そして、もしその吸着エネルギーが拡張理論の予測と合致すれば、新理論の妥当性および有用性が支持されることになります。

触媒活性を支配する重要な指標の一つである吸着エネルギーは、実験から直接評価することは難しく、これまでは量子化学計算で概算される場合がほとんどでした。このため、研究チームはまず、実験的に吸着エネルギーを評価する手法の開発に取り組みました。

具体的には、白金を触媒とした水の電気分解を用い、電圧を変えることで非平衡状態を作り出します。続いて、白金の反応機構の数理解析により、電圧に対する触媒活性の変化を表現する方程式を導出しました。この理論方程式から導かれる活性は、吸着エネルギーにも依存します。従って、実験結果をうまく説明する吸着エネルギーが見つかれば、それが白金の吸着エネルギーだと考えられます。

この逆算をする際、遺伝的アルゴリズム[10]という機械学習手法を活用しました。遺伝的アルゴリズムの特徴は、中程度に良い解が見つかっても、さらに良い解がないか、貪欲に探し続けることです。これによって、白金の真の吸着エネルギーを実験データから算出可能になります。

実験データと理論方程式、そして機械学習を活用することで得られた吸着エネルギーは、0.094eV±0.002eVでした。これは従来理論からすると想定外の値です。なぜなら、白金は高い活性を持つのに吸着エネルギーがゼロではないからです。この結果は、従来理論と実験が乖離していることを意味します。

この乖離は、従来理論が平衡状態近傍でしか成立しないことに由来すると考えられます。図1の黒い点は白金の実験データを表しています。また、理論方程式の吸着エネルギーを0.094eVに設定すると、この実験結果をよく説明できます(図1赤線)。従来理論の予測通り、いずれも平衡状態近傍ではあまり高い活性を示しませんが、わずかでも電圧を与えると、触媒活性が急速に増大することが分かりました(図1)。これが、非平衡状態になると白金触媒の活性が従来理論から逸脱する理由です。吸着エネルギーがゼロでないにもかかわらず、非平衡状態における活性が高い材料があるということは、新理論の予測が妥当であるといえます。

実験データと理論方程式の整合性の図

図1 実験データと理論方程式の整合性

縦軸は触媒の活性、横軸は電位(電圧)に相当する。黒の点は実験で得られた、水素製造に対する白金の触媒活性である。赤線は機械学習により算出された吸着エネルギー(0.094eV)に基づく理論活性であり、実験データと良い一致を示す。白金の吸着エネルギーはゼロではないため、従来理論が予測するように、平衡近傍では活性は高くない。しかし、電圧に敏感に応答し、非平衡にすると急速に触媒活性が増大する(青矢印)。

今後の期待

今回得られた白金の実験結果は、新理論を支持する第一歩です。新理論を確立するためには、多数の材料が理論予測に従うことが実証されなければならず、今後もさらなる検証が必要です。

新理論が確立されれば、今後の触媒開発に大きな変革をもたらします。現在の触媒開発は、「吸着エネルギーがゼロか?」という基準でスクリーニング[11]されており、機械学習や材料データベースなどの技術的進歩により、その傾向はますます顕著になっています。しかし、触媒材料の良し悪しを判定するための基準が新理論により更新されれば、これまで見落とされてきた材料が再発見され、新たな方向性での材料探索が進むものと期待できます。

特に水素製造や燃料電池など、次世代のエネルギー関連技術は触媒開発がボトルネックとなっています。このため、本研究による触媒探索の促進は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[12]」のうち、「7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに」に貢献する成果です。

補足説明

1.触媒
ある特定の化学反応を起こりやすくするにもかかわらず、その反応で消費されない物質。ごく微量の不純物により反応が促進されるなど、古くから触媒反応は知られていたが、それが触媒によるものだと体系立てて理解されるようになったのは1800年代初頭である。触媒が実生活に応用された初期の例として、1823年に発明されたデーベライナーランプが挙げられる。白金と水素を接触させて炎を起こすこの装置は、マッチが発明されるまで点火器として広く活用された。

2.触媒インフォマティクス
機械学習やデータベース解析など、データ科学の手法を活用することで、優れた触媒材料を予測・発見する研究分野。類似分野にバイオ・インフォマティクスやマテリアル・インフォマティクスが挙げられるが、触媒は温度や電圧などの反応条件によって活性が全く異なるため、データベース構築が困難であり、今後の発展が望まれる。

3.平衡状態
目的の反応とその逆反応が釣り合った、見かけ上何も起こらない状態のこと。このような静的な環境は、理論を構築する上で扱いやすい土台である。一方で、実際の触媒には目的となる反応があるため、目的反応と逆反応が釣り合った状態で運用されることはない。つまり、大きく平衡からずれた非平衡環境こそが、触媒の実際の反応環境であり、その状況における活性予測が重要である。

4.数理
数学的なテクニックを活用した研究方法。本研究の土台となる非平衡状態の活性を記述する理論方程式は、手計算(紙と鉛筆)で導出したものである。

5.機械学習
人間の学習能力と同様に、機械(コンピュータ)に学習能力を持たせる手法。たくさんのデータに隠れた法則を見つけるだけでなく、それを考慮した予測を行うため、データの重要度の緩急を考慮しない従来手法よりも計算効率が高い。今後もますます普及すると想定される。

6.吸着エネルギー
触媒反応は、反応基質と触媒が一時的な結合を作ることで進行する。吸着エネルギーとは、このとき作られる結合の強さを表す数値である。吸着エネルギーが負であるほど結合は安定であり、正であるほど不安定となる。

7.eV(エレクトロンボルト)
エネルギーの単位の一つで、1eVは1.6 x 10-19Jに相当する。一つの分子の中の結合など、非常に小さなエネルギーを表す際に使われる単位である。

8.Sabatier則
1911年ごろ発見された触媒の経験則で、発見者の名前Paul Sabatierに因む。もともとは温度を上げることで反応が促進される熱触媒に関する法則だが、のちに電圧を与えて反応が促進される電極触媒にも適用できることが分かった。さらにこの5年ほどで、有機合成触媒や酵素触媒もSabatier則に従うことが提唱され始めており、その有用性は幅広い。

9.量子化学計算
化学反応のシミュレーション手法の一つで、触媒活性以外にも磁性や耐熱温度、透明度など、さまざまな材料特性を予測できる。シュレーディンガー方程式と呼ばれる量子論の基礎方程式があり、それを解くことで予測を行う。

10.遺伝的アルゴリズム
生物の進化から着想を得た機械学習の方法の一つ。今回の研究では、白金の吸着エネルギーなど、方程式の未知変数の候補を最初に多数用意し、実験データと理論活性が適合するかを評価した。そして、適合度が高い候補同士を繰り返し組み合わせることで、実験データを最もよく説明する未知変数を求めた。適合度が高い変数を「親」、得られた新たな変数を「子」と呼び、適合度の低いものが自然淘汰されていく様子から、進化的アルゴリズムと呼ばれることもある。

11.スクリーニング
多数の候補を素早く評価し、良いものを選び出す研究手法。速さを優先すると精度が犠牲になるため、スクリーニングで残った候補に対して、より精密な検査を追加で行うことが多い。

12.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴールから構成され、地球上の誰一人として取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に推進している。

原論文情報

Hideshi Ooka, Marie E. Wintzer, Ryuhei Nakamura, “Non-Zero Binding Enhances Kinetics of Catalysis: Machine Learning Analysis on the Experimental Hydrogen Binding Energy of Platinum”, ACS Catalysis, 10.1021/acscatal.1c01018

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 生体機能触媒研究チーム
研究員 大岡 英史(おおおか ひでし)
テクニカルスタッフ マリー・ウィンツァー(Marie E. Wintzer)
チームリーダー 中村 龍平(なかむら りゅうへい)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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