ジアゾ酢酸エステルのC1重合のための新しいPd錯体開始剤系
2019-10-16 愛媛大学
【概要】
ジアゾ酢酸エステルの C1 重合のための2つの新しい Pd 錯体開始剤系が報告された。それらは、 Pd(nq)2/borate (nq = naphthoquinone, borate = NaBPh4)と[Pd(cod)(Cl-nq)Cl/borate] [cod = 1,5- cyclooctadiene, Cl-nq = 2,3-dichloro-1,4-naphthoquinone]である。ジアゾ酢酸エステルの重合において、前者は高分子量のポリマーを高収率で与え、後者は立体構造が制御されたポリマーを与えた。
【詳細】
愛媛大学の研究グループは、ジアゾ酢酸エステルの C1 重合において特徴的な活性を示す2つの新しい Pd 錯体開始剤系の開発に成功した。それらはどちらも Pd、ナフトキノン(nq)、およびボラート (NaBPh4)から合成されるもので、一つは高分子量ポリマーを高収率で与えることができ、もう一つは立体構造の制御されたポリマーを与えることができる。今回報告された、これらの開始剤系によるジアゾ酢酸エステルの C1 重合に関する詳細な研究結果は、今後のさらに高活性な Pd 錯体開始剤系の開発にとって、極めて有益な知見となるものである。
(図 1:新しい Pd 錯体開始剤系によるジアゾ酢酸エステルの C1 重合)
C1 重合とは、炭素―炭素(C-C)結合を主鎖とするポリマーを“1 炭素ユニット”から合成する手法のことであり、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレンを始めとする工業的に重要な数多くのポリマーの合成手法として用いられているビニル重合と呼ばれる“2 炭素ユニット”から主鎖を構築する手法とは対照的なものである。この C1 重合の最大の特徴は、主鎖のすべての炭素に置換基が結合したポリマーが得られることであり、そのようなポリマーには独特の物性や機能性の発現が期待できるが、それらを従来のビニル重合で合成することは一般的には困難である。そのため、ここ数十年、C1 重合に関する研究が注目を集めている。中でも、愛媛大学の井原、下元らの研究グループは、2003 年に Pd 錯体系を開始剤とする重合によって、ジアゾ酢酸エステルが主鎖のすべての炭素にアルコキシカルボニル基が結合したポリマーを与える C1 重合のモノマーとして有効であることを世界に先駆けて(ほぼ同時期に報告した中国グループとは独立に)報告して以来、この分野の研究をリードしてきた。このグループは、 (NHC)Pd/borate 系 [NHC = N-heterocyclic carbene, borate = NaBPh4] や -allylPdCl/borate 系といった、ジアゾ酢酸エステルの重合に有効な Pd 錯体開始剤系の開発に成功してきたものの、得られるポリマーの分子量、収率、および立体構造制御に関して、開始剤系の活性にはいまだに改善の余地がある。
(図 2:ビニル重合と C1 重合)
今回の報告でこの研究グループは、Pd、ナフトキノン(nq)、およびボラート(NaBPh4)から成る新しい 2 つの開始剤系の開発に成功した。一つは Pd(nq)2/borate 系であり、従来報告された Pd 開始剤系と比較して、より高い分子量のポリマーをより高い収率で与えることが特徴である。もう一つの開始剤系は Pd(cod)(Cl-nq)Cl/borate 系 [cod = 1,5-cyclooctadiene, Cl-nq = 2,3-dichloro-1,4-naphthoquinone]で あり、収率は低いものの、立体構造の制御されたポリマーを与えることができる。これらの新しい開始剤系の活性に加えて、この研究グループは今回、高分解能なマススペクトルを用いたポリマーの末端構造の解析や、活性種の前駆体錯体である Pd(cod)(Cl-nq)Cl の X 線結晶構造解析といった、重合機構に関する重要な研究結果を報告している。
本論文に報告された結果は、ジアゾ酢酸エステルの C1 重合に有効な Pd 錯体開始剤系の活性をさらに向上させるために、極めて重要な知見となるものである。
【論文情報】
掲載誌:Macromolecules
題名:Polymerization of Alkyl Diazoacetates Initiated by Pd(Naphthoquinone)/Borate Systems: Dual Role of Naphthoquinones as Oxidant and Anionic Ligand for Generating Active Pd(II) Species [Pd(ナフトキノン)/ボラート系によるジアゾ酢酸エステルの重合:重合活性種である Pd II 価錯体を発生させるための、ナフトキノンの酸化剤とアニオン性配位子としての二重の役割について]
著者:Hiroaki Shimomoto, Shohei Ichihara, Hinano Hayashi, Tomomichi Itoh, and Eiji Ihara
DOI:10.1021/acs.macromol.9b00857
【研究サポート】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(16K17916、18H02021、19K05586、 19K22219)の助成を受けて実施しました。
【本件に関する問い合わせ先】
愛媛大学理工学研究科 教授 井原 栄治