2019-06-18 科学技術振興機構,大阪大学,京都大学
ポイント
- 光エネルギーを化学エネルギーに変換する光触媒の開発では、性能に影響する因子が多いため、最適化に多大な時間と労力を要していた。
- 速く簡便なマイクロ波分光法で粉末の光触媒を評価したところ、信号の強度と寿命の積が、光触媒による酸素発生速度と相関することを見いだした。
- この相関に基づいて、オキシハライド光触媒の最適な焼結温度を導き、光触媒能を従来の約3倍に向上。光触媒の開発の効率化につながる手法として期待される。
大阪大学 大学院工学研究科の鈴木 肇 特任研究員 兼 日本学術振興会 特別研究員(ともに研究当時)、佐伯 昭紀 教授、京都大学 大学院工学研究科の阿部 竜 教授らは、光触媒の性能を速く簡便に評価する手法を確立し、ビスマス系のオキシハライド光触媒注1)の最適な焼結温度注2)を導いた結果、光触媒能を従来の約3倍に向上させることに成功しました。得られた量子収率注3)(~3%)は固相反応注4)で作製したオキシハライド光触媒の中で世界最高値であり、今回実証した手法は今後、他の光触媒材料のスクリーニングに期待できます。
ほぼ無尽蔵に地球に降り注ぐ太陽光エネルギーを利用することは、持続可能な社会の実現にとって非常に有効です。光エネルギーを電気エネルギーに変換する太陽電池に加え、本多・藤嶋が1972年に二酸化チタン注5)で報告した光エネルギーを化学エネルギーに変換する光触媒も世界中で研究が進められています。しかし、光触媒の性能はその電子特性や電気特性に加え、粒径、表面形状、助触媒の物性、焼結温度、組成比など多くの因子が複雑に影響し、高効率化には多大な時間と労力を必要としてきました(図1)。
本研究では、佐伯教授らがこれまでに開発した、簡便に光電気特性を評価できるマイクロ波分光法注6)を用いてオキシハライド光触媒1(図2)を評価したところ、信号の強度と減衰寿命の積が、光触媒による酸素発生速度と相関する指標となることを見いだしました。この相関に基づいて、新しく報告されたオキシハライド光触媒2の最適な焼結温度を導き、実際に光触媒能を従来の約3倍に向上させることに成功しました(図3)。
本研究成果は、近日中に米国化学会誌「ACS Energy Letters」のオンライン版に掲載されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域:「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」
(研究総括:常行 真司 東京大学 大学院理学系研究科 教授)
研究課題名:「超高速スクリーニング法を駆使したエネルギー変換材料の探索」
研究者:佐伯 昭紀(大阪大学 大学院工学研究科 准教授(採択当時))
研究実施場所:大阪大学 大学院工学研究科
研究期間:平成27年12月~平成31年3月
本研究領域では、実験科学、理論科学、計算科学、データ科学の連携・融合によって、それぞれの手法の強みを生かしつつ得られた知見を相互に活用しながら新物質・材料設計に挑む先進的マテリアルズインフォマティクスの基盤構築と、それを牽引する将来の世界レベルの若手研究リーダーの輩出を目指しています。
<研究の背景と経緯>
化石燃料に依存しない持続可能な社会を実現するために、太陽光などの再生可能エネルギーの利用が望まれています。光エネルギーを化学エネルギーに変換する光触媒は、光エネルギー変換技術の1つとして活発に研究されており、中でも光を用いて水分解する技術は注目を集めています。
ここ数十年の精力的な研究開発によって、単純な酸化物から複合アニオン化合物注7)まで多種多様な半導体が光触媒として水の酸化・還元反応に活性を示すことが分かってきました。最近では、これら既存光触媒の高効率化と新規材料の開発が急速に進んでいます。
光触媒による水分解は、1)光吸収による電荷の生成、2)生成した電荷の移動、3)光触媒表面での水の酸化・還元、という3つの過程に大別されます。高効率な水分解反応が進行するためには3つの過程全ての効率が高くなければなりません。これらの過程には光触媒の電子物性に加え、結晶性や粒子の大きさ(粒径)と表面形状、助触媒の物性、焼結温度、組成比など多くの因子が複雑に影響することから、これまで光触媒の研究者は高効率化・最適化に膨大な時間と労力をつぎ込んできました(図1)。もし、光触媒の持つ本質的な性能と反応速度を決めている因子を速く簡便に評価することができれば、光触媒材料の開発と高効率化は飛躍的に進展するはずです。
本研究では、このような高速評価法の候補の1つとして、佐伯教授らがこれまでに開発した、簡便に光電気特性を評価できるマイクロ波分光法に着目しました。この手法では、光触媒活性に大きな影響を及ぼす電荷ダイナミクス(上記の1)2)に対応する電荷の生成効率と、その電荷の移動度と寿命)の情報を瞬時に得ることができます。しかし、これまでこのマイクロ波分光により得られるシグナルと光触媒活性の関係はよく分かっていませんでした。
<研究の内容>
本研究では、近年高効率な水分解用光触媒として注目されているビスマス系の層状オキシハライド(酸ハロゲン化物)(図2)を各焼結温度で合成し、得られたサンプルのマイクロ波信号と光触媒活性を比較しました。これにより、両者の相関関係を明らかにするとともに、この系において光触媒活性を左右する因子を突き止めることを目標としました。
まず、すでに高効率な酸素生成活性が報告されているオキシハライド光触媒1のマイクロ波分光測定を行ったところ、焼結温度が高いほど結晶性が向上し、マイクロ波信号強度が増大するという、光触媒としては「プラスの効果」があることが分かりました。一方で、焼結温度が高いとハロゲン欠陥(ここでは塩素欠陥)が増加し、その欠陥が電荷のトラップサイトとして働くことで、マイクロ波信号が速く減衰する(寿命が短くなる)という「マイナスの効果」も同時に起こることが分かりました。このトレードオフにより、この材料には適切な焼結温度(800度)が存在し、それより高温でも低温でも活性が低下することを明らかにしました。
このように活性が温度に対して山型になる傾向は、マイクロ波信号の強度と寿命の積をプロットすることで見事に再現することができました。ここまでの結果から、マイクロ波信号の強度と寿命の積を指標とすることで光触媒活性を高速で診断できる可能性が示されました。
続いて、オキシハライド光触媒1の実験で確立した手法を基に、2018年に報告された新しいオキシハライド光触媒2の最適な焼結温度を検討しました。この材料はいまだ最適な合成条件が精査されておらず、大幅に効率を改善できる余地があると考えました。
この材料のマイクロ波分光測定を行ったところ、オキシハライド光触媒1と同様に結晶性の向上とハロゲン欠陥の生成がマイクロ波信号強度の増大と寿命の減少につながる因子であることが示されました。マイクロ波信号の強度と寿命の積は600度で最大値を持つ山型となり、最適な焼結温度は従来の報告(700度)よりも100度低いことが示唆されました(図3a)。
実際に600度で焼結したオキシハライド光触媒2の性能を評価したところ、酸素発生速度は従来の3倍に向上しました(図3b)。この酸素発生反応の量子収率(400nmの光照射)は3%であり、固相反応で合成したオキシハライド光触媒の中では世界最高値を実現しました。
<今後の展開>
本成果から、マイクロ波分光で得られる信号の強度と寿命の積を指標とすることで、さまざまな半導体材料の光触媒能を瞬時にスクリーニングできる可能性が示されました。特に、本研究で注目した層状オキシハライドは近年新たに開拓された材料群であり、各層の積層パターンや元素置換によって無限の組み合わせが考えられ、すでに多数のオキシハライドが報告されています。今回確立した手法を用いてオキシハライドの光触媒能を高速に予測・評価することで有望な材料に絞り込むと同時に、それら材料の合成条件までも高速に最適化することによって、高効率な水分解用光触媒の開発につながると期待しています。
<付記>
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(A)「非鉛ペロブスカイト太陽電池の探究と基礎物性の包括的解明(16H02285)(研究代表者:佐伯 昭紀 教授)」、JST 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「アニオン超空間を活かした無機化合物の創製と機能開拓(MJCR1421)(研究代表者:京都大学 大学院工学研究科 陰山 洋 教授、研究分担者:阿部 竜 教授)」の支援も受けました。
<参考図>
図1 光触媒反応のイメージ(右)と活性に影響するさまざまな因子(左)
図2 オキシハライド光触媒1、2の結晶構造
オキシハライド化合物1はビスマス酸化物層、タンタルペロブスカイト酸化物層、ハロゲン(塩素)層が積層した構造を有する。オキシハライド化合物2は鉛/ビスマス酸化物層とハロゲン層が交互に積層した構造を有する。Bi:ビスマス、Ta:タンタル、O:酸素、Cl:塩素、Pb:鉛。
図3 マイクロ波分光評価による光触媒活性の向上
(a)マイクロ波信号強度×寿命の焼結温度依存性
(b)酸素生成速度の焼結温度依存性
オキシハライド光触媒2のマイクロ波分光評価を基に、光触媒活性を従来と比べて約3倍に向上させることに成功。酸素生成速度は、電子受容体として三価の鉄イオンを含んだ水溶液からの酸素生成速度を測定した。
<用語解説>
- 注1)オキシハライド光触媒
- 酸素とハロゲンを含む化合物の光触媒。酸ハロゲン化物光触媒とも呼ばれる。2016年に初めて水分解用光触媒として応用され、近年注目を集めている。
- 注2)焼結温度
- 混合した固体原料を反応させ、生成物に変換させるときの温度。固相反応では、数百~千数百度の温度を用いる。
- 注3)量子収率
- 入射した光子数の内、反応に利用された光子の割合。本研究での量子収率は外部量子収率(見かけの量子収率)ともいう。
- 注4)固相反応
- 原料である金属酸化物や炭酸塩などの金属塩を混合し、熱処理することで行う固相間の反応。
- 注5)二酸化チタン
- 光触媒効果が初めて見いだされた物質。二酸化チタン単結晶と白金を用いた電極系にバンドギャップ以上のエネルギーを持った光を照射すると水分解反応が進行することを、本多・藤嶋が1972年にイギリスの科学雑誌ネイチャーに発表した。
- 注6)マイクロ波分光法
- 正式には、時間分解マイクロ波伝導度法と呼ばれる。光パルスを材料に照射すると電荷が生じ、その電荷がマイクロ波と相互作用してマイクロ波のエネルギーが減衰する。その量から、電荷の時間挙動や電荷キャリアの局所的な移動度をナノスケールで評価できる。
- 注7)複合アニオン化合物
- 2種類以上のアニオンを含む化合物。
<論文情報>
- タイトル:“Photoconductivity–Lifetime Product Correlates Well with Photocatalytic Activity of Oxyhalides Bi4TaO8Cl and PbBiO2Cl: An Approach to Boost Their O2 Evolution Rates”
(光伝導度-寿命の積がオキシハライド(Bi4TaO8Cl PbBiO2Cl)の光触媒能に良く相関:酸素発生速度を向上させるアプローチ) - DOI:10.1021/acsenergylett.9b00793
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
佐伯 昭紀(サエキ アキノリ)
大阪大学 大学院工学研究科 教授
<JST事業に関すること>
舘澤 博子(タテサワ ヒロコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
大阪大学 工学研究科 総務課 評価・広報係
京都大学 総務部 広報課 国際広報室