光で動かす「電子の路線切替えスイッチ」を1分子で開発 ~1分子への超高速スイッチ集積化に道を開く~

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2023-03-01 東京大学,科学技術振興機構

発表のポイント
  • 大きさが1ナノメートル(10億分の1メートル)程度のフラーレン1分子に電子を通させ、同時に光照射することで、光照射による固体からの電子の取り出し精度を、従来の10ナノメートル程度から1ナノメートル以下のスケールで達成した。
  • フラーレン1分子が持つ量子的な効果を利用することで実現したものであり、約70年間未解明であった、電子が1分子を通過するメカニズムも理論的に解明した。
  • これは光により動作する電子の線路の切替えスイッチ(分岐器)をフラーレン1分子で作製したことになる。本分岐機能は、1分子に複数の超高速スイッチを集積できる画期的な技術に繋がることが期待される。

fig1

図:(a)フラーレン1分子を用いた電子の分岐器の概念図。(b)電界電子顕微鏡により観測された電子放出パターン。

発表概要

東京大学物性研究所の柳澤啓史 特任研究員(研究当時:ドイツLudwig-Maximillians大学 DFGプロジェクトリーダー)らの研究チームは、大きさが1ナノメートル程度のサッカーボール状の炭素から成る分子(フラーレン、注1)を固体の上に配置し、そこに電子を通過させる際に光を照射することで、フラーレンから放出される電子の位置を1ナノメートル以下のスケールで制御することに成功しました。この成果は、光で動作する電子の分岐器をフラーレン1分子で作製できることを示しています。さらに約70年間未解明であった、電子が1分子を通過するメカニズムについて、近畿大学理工学部の鬼頭宏任准教授との共同研究により解明しました。この結果、分岐器の機能は、1分子の量子的な効果(注2)が基となり発現していることを理論的に解明しました。

光を固体に照射することで、固体から電子が飛び出す現象を利用した電子の取り出し技術は、現在のコンピュータに用いられるスイッチの速度を1000倍から100万倍に上げるスイッチとして期待されています。電子が飛び出す位置は10ナノメートル程度の精度で制御することが可能で、この技術により超高速スイッチを固体内に集積することができます。一方で、より小さい領域での放出位置操作は超高速スイッチのさらなる集積化のために重要ですが、その達成はこれまで技術的に困難でした。

本研究成果は、超高速スイッチのサイズを1分子にしただけでなく、今後、分岐機能により1分子に複数スイッチを集積できる画期的な技術となることが期待されます。

本研究成果は、2023年3月6日(現地時間)に米国科学誌Physical Review Lettersのオンライン版に掲載予定、注目論文であるEditor’s Suggestionに選ばれました。

発表内容
① 研究の背景・先行研究における問題点

光を固体に照射すると、固体から電子を飛び出させることができます。光による固体からの電子の取り出しは、現在のコンピュータの速さを1000倍から100万倍にするスイッチとして期待を集めています。電子が飛び出す位置は、古典電磁気学的な効果(注3)を用いると10ナノメートル程度の精度で制御することが可能であり[1]、このような電子放出位置を制御する技術により超高速スイッチを固体内に集積することができます。さらなる集積化のためにはより小さな領域で電子の放出位置を制御する必要がありますが、10ナノメートルをきる小さい領域での操作は技術的に困難でした。

本研究チームは、さらに小さな領域で電子の放出位置を制御するために、大きさが1ナノメートル程度のサッカーボール状の分子(フラーレン)を1つ固体の上に配置し、その分子に電子を通過させることで、量子的な効果が働き、1ナノメートル以下のスケールで電子の飛び出す位置を変化させられるのではないかと考えました。そこでこの実験を実現するために、固体上に配置したフラーレン1分子から電子が放出される構造(このような構造を以下1分子電子源と呼びます)を用いました[2]。一方で、この1分子電子源からどのようなメカニズムで電子が放出されるのかは約70年間未解明でした。そのため、本実験と併行して電子が1分子電子源を通過するメカニズムを解明する必要がありました。

② 研究内容(具体的な手法など詳細)

フラーレン1分子を固定した電子源に光を照射し、その際にどのように電子の放出パターンが変化するかを観測しました。電子の放出位置を観測するために電界電子放出顕微鏡(以下FE顕微鏡、注4)を用いました。その結果、電子の放出位置が光を照射した場合と、光を照射しない場合で大きく変化することを観測することに成功しました。この変化は、電子の分岐器を1分子で作製したことを示しています(図1、図2)。さらに量子的な計算モデルを構築して、実験と比較することで、このような大きな変化はフラーレン1分子に広がる電子の特異な広がり方に起因していることを示しました。これにより約70年未解明であった、1分子を電子が通過する現象のメカニズムを説明することに成功しました。

fig1

図1:(a)フラーレン1分子を用いた電子の分岐器の概念図。
緑の半球は電子の波の進行を示しており、左側からフラーレンに入り、光照射がない場合は、そのまま右側へと通過する。光の粒が照射される場合、右へ抜け出る電子は、例えば、赤色のリング状の波へと変化する。これは、光により電子の進行方向を切替える1分子でできた分岐器となる。

fig2

図2:電車(a)と電子(b)の分岐器の概念図。
1分子を用いた電子の分岐器では、電子の放出位置と方向が、1分子を起点に変化する。この現象は(a)で示すような電車の分岐器と概念的に同じである。電子波の場合の対応する概念図を(b)で示すように、1分子の分岐器で起こる現象は、線路を通過する電子の波が、光の照射により、走る線路を変えられることと同じである。

③ 社会的意義・今後の予定など

本研究の社会的意義は技術発展と量子教育の2点において考えられます。

技術発展への意義:
光による固体からの電子の取り出しは、フェムト秒(1000兆分の1秒)やアト秒(100京分の1秒)といった時間スケールで動作するスイッチとなるため、現在のコンピュータの速さを1000倍から100万倍にする技術として期待を集めています。本研究成果である電子の分岐器は、光のパラメータを変えることにより、さらに分岐の機能を増やすことが理論上可能です。分岐を増やすことは、超高速スイッチを1分子に集積させることを意味しています。この技術ではいくらスイッチを集積化しても1分子のサイズは変わらない画期的な技術に繋がることが期待されます。

また、本研究はスイッチ集積化という技術開発の側面だけでなく、顕微鏡法の側面もあります。光により固体から出された電子は顕微鏡に用いられ、ナノスケールに潜む、フェムト秒、アト秒の超高速時間における現象を実空間で観測できます。一方で、このような顕微鏡の空間分解能は10ナノメートル程度でした。本研究は、FE顕微鏡を用いるとこの分解能を0.3ナノメートル程度まで改善させることが可能であるということも示しております。現在、さらにFE顕微鏡の分解能を改善させるプロジェクトをさきがけ研究において行っております。この顕微鏡により、まだ誰も達成できていない1生体分子の原子分解能観察を目指します。本研究にて解明されたメカニズムにより、原子を観測するための方法は1つではなく、いくつかあることが見えてきています。今後それらのアイディアを検証し、世界初の顕微鏡法を開発します。

量子科学教育への意義:
本研究成果として解明された電子の1分子通過メカニズムは、FE顕微鏡が1分子内に潜む特異な電子の広がりを観測するための手法であることを示しています。1分子内に潜む電子の特異な広がりには様々なパターンがあり、たとえば2つ葉や、4つ葉、リング構造といったものが見られ、まるでお花畑のような世界が広がっています。これらの構造は電子が原子レベルの領域に閉じ込められた時に現れ、量子的な効果により引き起こされるものです。すなわち、FE顕微鏡は量子という極めて小さな世界を観測できるツールとなります。FE顕微鏡はその動作原理がその他の電子顕微鏡に比べて非常に簡単であるため、少し高価なパソコンを購入する程度の価格で作製できる可能性があります。本研究チームでは今後、1分子に潜む量子の世界を観測できるFE顕微鏡を手に入れやすい価格で作製し、教育機関で使用していただくことを検討しています。近い将来、小学校・中学校で量子の世界をのぞける日が来るかもしれません。

参考論文

[1] H. Yanagisawa, C. Hafner, P. Dona, M. Klöckner, D. Leuenberger, T. Greber, M. Hengsberger, and J. Osterwalder, “Optical Control of Field-Emission Sites by Femtosecond Laser Pulses”, Physical Review Letters 103, 257603 (2009).
[2] H. Yanagisawa, M. Bohn, F. Goschin, A. P. Seitsonen, and M. F. Kling, “Field emission microscope for a single fullerene molecule”, Scientific Reports 12, 2174 (2022).

発表者

東京大学物性研究所 柳澤 啓史 特任研究員(科学技術振興機構 さきがけ専任、研究当時:ドイツLudwig-Maximillians大学 研究員)

発表論文

雑誌:Physical Review Letters
題名:Light-induced subnanometric modulation of a single-molecule electron source
著者:Hirofumi Yanagisawa*, Markus Bohn, Hirotaka Kitoh-Nishioka, Florian Goschin, and Matthias F. Kling

研究助成

本研究は、「JST さきがけ「量子技術を適用した生命科学基盤の創出」領域、研究課題名:原子分解能・低速電子ホログラフィーの開発(課題番号:JPMJPR19GA)」、「DFGプロジェクト資金(課題番号:389759512)」、「光科学技術研究振興財団助成金」、「住友財団助成金」、「村田学術振興財団助成金」、「PETACom」、「精密測定財団助成金」の支援により実施されました。

用語解説
(注1)フラーレン:
大きさが1ナノメートル程度のサッカーボール状の炭素から成る分子。
(注2)量子的な効果:
ここでの量子的な効果は、1分子内に潜む特異な電子の広がりが、電子のエネルギーの変化により、大きく変わることを指しています。
(注3)古典電磁気学的な効果:
ここでの典電磁気学的な効果とは、光をナノスケールの物体に照射した際に起こる、1.光電場のナノスケール領域への局在化と、2.その光電場分布の光パラメータ変調による制御性のことを示しています。これらはプラズモニクス効果とも呼ばれていて、量子性を伴わない古典的な現象として説明できます。
(注4)電界電子放出顕微鏡(FE顕微鏡):
電界電子放出顕微鏡は電子顕微鏡の一種です。この顕微鏡法では、ナノスケールに先端が先鋭化された金属針と、その対向面に蛍光スクリーンを配置します。針に高い電圧を印加すると、針先端から放射状に電子が飛び出し、針先端のナノスケールの情報を拡大します。そして、その電子の分布を蛍光スクリーンにより観測することで、顕微鏡として用いることができます。
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