2019-06-14 東京工業大学, 国立極地研究所
○小惑星ベスタを起源とする隕石の超高精度年代測定を実施
○ベスタは今から45.25億年前に北半球が崩壊するほどの巨大衝突を経験
○ベスタ南半球の異常に分厚い地殻の謎を初めて解明
東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の羽場麻希子助教、国立極地研究所の山口亮准教授、スイス連邦工科大学のJörn-Frederik Wotzlaw博士、Yi-Jen Lai博士、Maria Schönbächler教授の研究チームは、小惑星ベスタが、太陽系初期にあたる今から45.25億年前に巨大衝突を起こしたことを初めて提唱しました。
ベスタは原始惑星の姿を残す稀有な天体であり、現在も形成当時の層構造を保持していると考えられてきました。しかし、ベスタに起源を持つ隕石のメソシデライトは、地殻物質と金属コアの混合によって形成されたことが知られています。そのため、この隕石のベスタにおける形成過程は理解されていませんでした。
本研究チームはメソシデライトに存在する微小鉱物ジルコンについて超高精度年代測定を実施しました。その結果、メソシデライトは今から45.25億年前にベスタで起こった巨大衝突によって形成したことが判明しました。新たに見えてきたベスタの歴史は、従来想定されていた「手つかずの原始惑星ベスタ」はもう存在しないことを示しています。一方で、近年のドーン探査機(NASA)による観測以降に問題となっていた、ベスタの南半球の異常に分厚い地殻について、本研究チームは、巨大衝突による内部構造の変化によるものであると明らかにしました。
本研究成果は、日本時間2019年6月11日(火)午前0時(英国時間6月10日午後4時)公開の「Nature Geoscience」電子版に掲載されました。
背景
太陽系初期に存在した、地球などの惑星の卵である原始惑星が、いつ・どのように誕生し成長したのかは、私たちの太陽系の形成シナリオを考える上でとても重要な問題です。ほとんどの原始惑星は衝突などによって失われてしまいましたが、火星と木星の間の小惑星帯で2番目に大きい小惑星ベスタ(用語1)は、原始惑星の数少ない生き残りとして知られています。ベスタに起源を持つHED隕石(用語2)グループの研究から、この天体は他の多くの小惑星とは異なり、現在も形成当時の地殻・マントル・金属コアの層構造を保っていて、地殻の厚さは40km程度と見積もられていました(図1)。
一方で、ベスタの南半球には、ベスタの直径(約525km)とほぼ同じサイズの巨大クレーターが存在します。2011~2012年にかけて行われたドーン探査機(NASA)による観測では、ベスタの内部構造を観察するため、このクレーター内部が詳細に調べられました。しかし、存在するはずのマントル物質が検出されず、この観測結果に基づいたシミュレーション研究により、ベスタの地殻の厚さは80km以上であると推定されました。ベスタがなぜこのような異常に分厚い地殻を持つのかは未だに理解されていません。
ベスタに起源を持つもう一つの隕石グループにメソシデライト(用語3)があります。メソシデライトはHED隕石とは異なり、地殻物質と金属コアから構成される石鉄隕石であり、その性質上、層構造を持つ天体が大規模に破壊された時に形成したと考えられています。しかし、この隕石がベスタで形成されたとすれば、ベスタは一度大きく崩壊していたことになり、形成当時の層構造が残っているという説と矛盾してしまいます。そのため、メソシデライトがベスタでどのように形成されたのかは良くわかっていませんでした。
図1: (左)ドーン探査機が撮影した小惑星ベスタ(NASA)。(右)ベスタの内部構造の推定。隕石研究とドーン探査後のシミュレーション研究では、地殻の厚さの見積もりが異なる。
研究の着眼点と手法
本研究では、小惑星ベスタにおけるメソシデライトの形成過程を明らかにし、従来の研究では考慮されていなかったベスタにおける巨大衝突の可能性について検討しました。メソシデライトの母天体がベスタであるなら、ベスタではメソシデライトの形成に必要な大規模な破壊が起こっていて、その原因は巨大衝突であったと考えられます。そして、その巨大衝突が起こった年代は、メソシデライトとHED隕石の両方に記録されているはずです。そこで本研究チームはメソシデライトの形成年代を高精度に決定することを試みました。
メソシデライトには非常にわずかですが微小鉱物ジルコンが存在しています。ジルコンは非常に安定な鉱物であり、ウラン-鉛年代測定法(用語4)に適した鉱物です。近年発展したジルコンの表面電離型質量分析計によるウラン-鉛年代測定法(ID-TIMS法)は、ジルコンの形成年代を超高精度で求めることが可能です。本研究では5つのメソシデライトに含まれていたジルコンに対して、初めてID-TIMS法による超高精度年代測定を実施しました。
研究成果
決定されたメソシデライトの形成年代から、その母天体は、今から45.59±0.02億年前に地殻が形成した後、45.254±0.009億年前に大規模な破壊(巨大衝突)を経験したことが判明しました(図2上)。また、過去に実施されたHED隕石の年代測定では、ベスタの地殻は45.5億年前に形成し、今から45.2~45.3億年前に何らかの原因で外部から再加熱されたことが知られています(図2下)。メソシデライトの母天体における地殻形成と巨大衝突の年代は、HED隕石からわかっているベスタの進化史と良く一致しています(図2)。年代含めてこれまでに得られた全ての科学データがHED隕石と一致しており、メソシデライトの母天体はHED隕石と同様にベスタであることが確認されました。
図2: メソシデライトおよびHED隕石の年代に関するヒストグラム。(上)メソシデライトに含まれるジルコンのウラン-鉛年代に基づく母天体の進化史。(下)HED隕石(ユークライト)のウラン-鉛年代に基づくベスタの進化史。双方の隕石グループで、地殻形成と再加熱(巨大衝突)の年代が一致する。
この結果に基づき、ベスタでの巨大衝突モデルがいくつか検討されました。その中でも、当て逃げ型(ヒットエンドラン)の衝突モデルが、メソシデライトの形成だけではなく、ベスタ南半球の分厚い地殻の謎を説明できることがわかりました(図3)。まず、小惑星ベスタは40km程度の地殻を持って誕生しました。その後、45.25億年前に別の小惑星と衝突を起こし、北半球の大部分が崩壊しました。この時、地殻やマントル物質に加え溶融状態の金属コアもわずかに宇宙空間に飛び出しました。これらの物質の大部分はベスタの重力から脱することが出来ず、衝突の影響が比較的小さかった南半球に分厚く降り積もりました。メソシデライトは、金属コア物質を含む衝突破砕物が南半球に降り積もった際に、地殻物質と混合を起こすことによって形成されたと考えられます。最終的に、南半球のマントルの上には、地殻と衝突破砕物から成る厚さ80km以上の分厚い層が存在することになりました。ドーン探査機が目撃した異常に分厚い地殻の正体は、この地殻と衝突破砕物の層であり、つまりは45.25億年前の巨大衝突によってベスタの層構造が大きく変化した証拠であると考えられます。
図3: 小惑星ベスタにおける巨大衝突モデル
今後の展開
本研究では、世界で初めて天体の巨大衝突が起こった年代を超高精度で決定しました。その結果、小惑星ベスタの現在に至る進化史をより鮮明に描き出すことに成功しました。今後、このような超高精度年代測定法を、他の隕石や探査機による回収試料に応用することによって、私たちの太陽系に存在する小惑星や惑星の多様性についての理解が進むことが期待されます。
用語説明
(1)小惑星ベスタ:木星と火星の間の小惑星帯に存在し、平均直径が525kmである小惑星。小惑星帯では準惑星ケレス(平均直径950 km)の次に大きく、条件によっては肉眼でも観測できる。地殻・マントル・金属コアの層構造を持つ地球型天体である。
(2)HED隕石:ベスタから来た隕石グループ。上部地殻に由来するユークライト隕石(E)、下部地殻に由来するダイオジェナイト隕石(D)、ユークライトとダイオジェナイトの混合物であるホワルダイト隕石(H)の3つのサブグループから構成される。
(3)メソシデライト:隕石の一種で、岩石と金属から成る石鉄隕石に分類される。岩石部分の鉱物組成、化学組成、同位体組成がHED隕石と一致することから、ベスタから飛来したと考えられている。
(4)ウラン-鉛年代測定法:放射性核種のウランが固有の半減期を経て、最終的に安定な鉛に壊変することを利用した年代測定法。
45.25億年前のベスタにおける巨大衝突のイメージ
論文情報
掲載誌:Nature Geoscience
論文タイトル:Mesosiderite formation on asteroid 4 Vesta by a hit-and-run collision(当て逃げ型衝突による小惑星4ベスタでのメソシデライトの形成)
著者:Makiko K. Haba, Jörn-Frederik Wotzlaw, Yi-Jen Lai, Akira Yamaguchi, Maria Schönbächler
DOI:10.1038/s41561-019-0377-8
お問い合わせ先
東京工業大学 理学院 地球惑星科学系 助教 羽場麻希子
国立極地研究所 准教授 山口亮
東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門
国立極地研究所 広報室