フッ素とネオンの同位元素の存在限界を初めて決定~原子核の地図の境界線を20年ぶりに更新~

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2019-11-19 理化学研究所,東京工業大学

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター実験装置運転・維持管理室の稲辺尚人先任技師、福田直樹技師、久保敏幸協力研究員、東京工業大学理学院物理学系の中村隆司教授らの国際共同研究グループは、理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[1]」を用いて、フッ素(陽子数9)とネオン(陽子数10)の「中性子ドリップライン[2](各元素において中性子数が最も多い同位元素[3]の存在限界)」が、それぞれフッ素-31(31F:中性子数22、質量数31)とネオン-34(34Ne:中性子数24、質量数34)であることを初めて同定しました。

本研究成果は、中性子数が過剰な極限付近にある放射性同位元素(RI)[4]の原子核構造の解明に貢献するとともに、宇宙における元素合成過程などを理解する上で重要な原子核の質量モデルの有効性を検証する試金石になると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、大強度重イオンビームや高効率のRIビーム分離生成装置BigRIPS[5]など、RIBFにおける卓越した実験条件により、酸素(陽子数8)の中性子ドリップラインが酸素-24(24O:中性子数16、質量数24)と同定されて以来20年ぶりに、中性子ドリップラインの位置をネオン(陽子数10)まで拡張し、原子核の地図の境界線を更新することに成功しました。

本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』のEditors’ SuggestionとViewpointに選ばれ、オンライン版(11月18日付:日本時間11月19日)に掲載されます。

背景

元素の同位体[3](原子核)に、中性子は何個まで付け加えられるでしょうか。例えば酸素(O:陽子数8)の場合、酸素-16(16O:中性子数8、質量数16)、酸素-17(17O:中性子数9、質量数17)、酸素-18(18O:中性子数10、質量数18)の3種が天然に存在する同位体(安定核)です。これに中性子を付け加えた同位体である酸素-19(19O:中性子数11、質量数19)、酸素-20(20O:中性子数12、質量数20)などは、ベータ崩壊[6]によって時間をかけて中性子から陽子へ変換されていくものの、酸素-24(24O:中性子数16、質量数24)までは陽子と中性子は結合し、原子核として存在できます。

しかし、さらに中性子を加えて酸素-25(25O:中性子数17、質量数25)を作ろうとしても結合せず、直ちに中性子を放出して崩壊してしまいます。こうした原子核としての存在限界を、原子核の地図(核図表[7])上で「中性子ドリップライン」と呼んでいて、核図表上では、右側(中性子過剰側)の境界線にあたります。

したがって、最初の問いは、「限界となるライン(線)はどこに引かれるのか」に置きかえてもいいでしょう。これは、原子核物理学において重要で基本的な問題ですが、いまだに解決されていません。中性子ドリップラインの近傍にある極限原子核は、中性子ハロー[8]のような特異な構造を持ち、原子核の中で陽子と中性子を結び付けている力、すなわち湯川秀樹博士が発見した「核力」は、天然に存在する安定な原子核とは異なる性質を持つ原子核構造を出現させると考えられています。

中性子数が過剰な原子核(中性子過剰核)の生成は、今日の加速器技術や生成技術を用いても容易ではありません。実際、中性子ドリップラインは1999年に陽子数8の酸素で、酸素-24(24O:中性子数16、質量数24)と決定されて以来20年間も、酸素より陽子数が多い元素については定まっていませんでした(図1)。これは、重い元素になればなるほど、中性子ドリップライン近傍の同位元素の中性子数が格段に多くなるため、天然に存在する安定同位元素の重イオンビームを使った反応では生成率が減少し、生成が極めて難しくなるからです。この困難を乗り越え中性子ドリップラインに到達するには、高い生成効率をもたらす優れた実験条件の実現が不可欠でした。

今回、国際共同研究グループは、従来の施設・装置に比べて卓越した生成効率を持つ、RIビームファクトリー(RIBF)が供給する大強度重イオンビームと次世代型の大口径超伝導RIビーム分離生成装置BigRIPSを用いて、20年ぶりに酸素より重い元素であるフッ素(F:陽子数9)とネオン(Ne:陽子数10)の中性子ドリップラインの決定に挑みました。

本研究の対象領域を示す核図表の画像

図1 本研究の対象領域を示す核図表

本研究においてフッ素(F)とネオン(Ne)元素の中性子ドリップライン探索を行った領域を示す。升目が縦方向上側に行くと陽子数が増加し、横方向右側に行くほど中性子数が増加する。本研究で決定したドリップライン(青)、並びに約20年前もしくはそれ以前に決定された酸素とそれより軽い元素のドリップライン(橙)が示されている。緑の線は、Aを質量数、Zを陽子数としたとき、A=3Z+4の式を満たす同位元素を結んだ直線を示している。

研究手法と成果

本研究では、RIBFの加速器から供給される、光速の約70%まで加速された大強度カルシウム-48(48Ca、陽子数20、質量数48)ビームを厚さ20mmのベリリウム(Be)標的に照射し、入射核破砕反応[9]によって中性子過剰放射性同位元素[4]ビーム(RIビーム)を生成しました。さらに、大口径超伝導RIビーム分離生成装置BigRIPSを用い、生成されたRIビームを収集・分離し、観測される放射性同位元素の粒子識別(同定)を行いました(図2、3)。本研究は、大強度48Caビームの使用とBigRIPSの持つ高いRIビーム収集能力により、中性子ドリップライン近傍の同位元素に対して高い生成効率を実現しました。

RIビームファクトリー(RIBF)の配の画像

図2 RIビームファクトリー(RIBF)の配置

RIBFは、重イオンビームを供給する加速器系(サイクロトロンのRRC、fRC、IRC、SRCなど)、超伝導RIビーム分離生成装置のBigRIPSからなるRIビーム生成系、そして生成系で生成したRIビームを用いて多角的な研究・利用を行う基幹実験装置系から構成される。

本研究の対象領域を示す核図表の画像

図3 超伝導RIビーム分離生成装置(BigRIPS)

BigRIPSは常伝導偏向電磁石6台と大口径の超伝導三連四重極電磁石14台から構成される二段階型のRIビーム生成装置である。一段目の第1ステージでは、生成標的で生成されたRIビームを収集・分離し、二段目の第2ステージでは、さらなる分離とRIビームの高分解能粒子識別(同定)を行うことができる。この二段階ステージの構成と高効率のRIビーム生成を強く意識した大口径・高磁場仕様が大きな特長である。

粒子識別は、RIビームの飛行時間(速度)、磁気剛性[10]、物質通過中のエネルギー減衰を測定し、放射性同位元素の陽子数(Z)および質量数(A)と陽子数の比(A/Z)を事象ごとに導出することによって行いました。図4はその粒子識別図で、観測された事象を二次元プロットしたものです。

ドリップラインの探索は、中性子ドリップライン付近の同位元素が観測されるか否かを調べることにより行いました。その結果、フッ素(F)については、フッ素-31(31F:中性子22、質量数31)の事象が多く観測されましたが、それより中性子数の多いフッ素-32(32F:中性子23、質量数32)とフッ素-33(33F:中性子24、質量数33)は全く観測されませんでした。ネオン(Ne)については、ネオン-34(34Ne:中性子24、質量数34)の事象は観測されましたが、それより中性子数の多いネオン-35(35Ne:中性子25、質量数35)とネオン-36(36Ne:中性子26、質量数36)は観測されないことが分かりました(図4)。

フッ素とネオン元素の中性子ドリップライン探索実験時の粒子識別図の画像

図4 フッ素とネオン元素の中性子ドリップライン探索実験時の粒子識別図

フッ素-31(31F)とネオン-34(34Ne)の事象が明瞭に観測されたにもかかわらず、フッ素-32,33(32F,33F)とネオン-35,36(35Ne,36Ne)の事象(図中赤点線に現れるはずの事象)は全く観測されなかった。

さらに、本実験では、放射性同位元素の生成量について系統的測定も行い、FとNeの同位元素の生成量の質量数依存性を導出しました。得られた質量数依存性のカーブを外挿し、観測されなかった32Fと33F、35Neと36Neが存在すると仮定した場合に期待されるそれぞれの生成量を求めました。この生成量の期待値は約10~100個と評価され、それをもとに統計的検定[11]を行った結果、100%に近い、高い信頼度でこれらの同位元素が存在しないと結論づけることができました。

以上により、FとNe元素の中性子ドリップラインをそれぞれ31F(中性子数22、質量数31)、34Ne(中性子数24、質量数34)と決定しました(図1)。

今後の期待

今回の新たな中性子ドリップラインの位置決定は、まず、この中性子過剰極限に特徴的な原子核構造や核力の解明に寄与すると期待できます。

宇宙の爆発的な現象によって引き起こされるr過程[12]と呼ばれる元素合成過程には、中性子過剰核が介在しますが、その解明にはそれらの質量予想が重要です。今回の成果は、こうした中性子過剰核の質量モデルの有効性を検証する上で重要な試金石になると期待できます。さらに、正しい質量モデルは、中性子星[13]の構造の解明に必要な中性子過剰核の状態方程式[14]の決定にも重要な役割を果たします。

次の挑戦としては、さらに重い陽子数11~13の元素(ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム)の中性子ドリップライン探索を行う予定です。2020年代半ばまでに、欧米にも大型のRIビーム施設が誕生します。理研のRIBFも増強を目指しています。世界中で中性子過剰極限に向けた研究が進むことで、核図表の境界線の確定が進みます。こうして、極限状態にある原子核の謎、宇宙の物質の起源などがより明らかにされるものと考えられます。

補足説明

1.RIビームファクトリー(RIBF)
水素からウランまでの全元素の放射性同位元素(RI)を世界最大強度のRIビームとして発生させ、それを多角的に利用することにより、基礎から応用にわたるまで幅広い研究と産業技術の発展に貢献することを目的とする次世代加速器施設。施設はRIビームを生成するために必要な重イオンビームを供給するfRC、IRC、SRCなどからなる「加速器系」、RIビーム分離生成装置のBigRIPSからなる「RIビーム生成系」、生成系で生成したRIビームを用いて多角的な研究・利用を行う「基幹実験装置系」で構成される。RIBFは、以前の施設に比べ卓越した性能を持ち、これまで生成不可能だったRIビームを多種生成できるようになっている。RIビームは原子核の構成メカニズムの解明、元素の起源解明に有用であるとともに、RI利用による産業発展に寄与することも期待され、ドイツ、アメリカなど世界の主だった重イオン加速器施設でも同様な計画が進行中で、国際競争も激しい状況にある。

2.中性子ドリップライン
同じ元素(同一の陽子数)に中性子数を増やしていくと、束縛エネルギーが減少していき、やがて非束縛状態になり原子核として存在できなくなる。この存在限界を中性子ドリップラインと呼び、同じ元素において、中性子数の最も多い放射性同位元素(原子核)に対応する。例えば、酸素元素の場合、酸素-24(陽子数:8、中性子数:16)が中性子ドリップラインである。さらに中性子数を増やすと束縛エネルギーがゼロを切ってしまい、中性子数が16より多い酸素の同位元素は存在しない。

3.同位元素、同位体
同じ元素には、異なる中性子数を持つものが複数存在する。これらを同位元素や同位体と呼ぶ。それらのうち、自然界に存在する安定なものを安定同位元素、時間とともに放射線を出し崩壊する不安定なものを放射性同位元素と呼ぶ。

4.放射性同位元素(RI)、中性子過剰放射性同位元素
物質を構成する原子核には、構造が不安定なため時間とともに放射線を放出しながら崩壊していくものがある。このような原子核を放射性同位元素と呼ぶ。放射性同位体、不安定同位体、不安定原子核、不安定核、ラジオアイソトープは同義語である。同じ元素において、中性子の数が異なる放射性同位元素が多数存在する。このうち、中性子数が陽子数より多いものを中性子過剰放射性同位元素と呼ぶ。RIは、Radioactive Isotope、Rare Isotope、Radioisotopeの略。

5.BigRIPS
RIBFで使用される超伝導RIビーム生成分離装置。重イオンビームを生成標的に照射することによって生成されるさまざまな放射性同位元素(RI)を収集・分離・識別し、放射性同位元素ビーム(RIビーム)として供給する。大口径・高磁場の超伝導電磁石を使用し、第1、第2の二段階のステージから構成される次世代型RIビーム生成装置である。高効率のRIビーム生成、高分解能の粒子識別など卓越した性能を持ち、これまで生成不可能であった多数のRIビームの生成を可能にしている。

6.ベータ崩壊
弱い相互作用によって、原子核内の中性子が陽子と電子に(あるいは陽子が中性子と陽電子に)崩壊し、原子核がゆっくりとより安定なものに変換していく過程をいう。

7.核図表

縦軸に陽子数、横軸に中性子数をとり、原子核の核種(同位元素の種類)を示した配置図。原子核の地図。

核図表の画像

8.中性子ハロー
通常の安定な原子核では、陽子と中性子が均一に混ざり合って分布し、陽子の占める体積と中性子の占める体積はほぼ等しいと考えられている。しかし、ドリップライン近傍の中性子過剰不安定核には、通常のこのコアの部分と遠方まで広がる過剰な中性子の部分とに分かれた分布構造を持つものが存在する。この過剰な中性子が、異常に大きな半径を持ってコアの周りに薄く広がっている状態を中性子ハローと呼ぶ。

9.入射核破砕反応
高速に加速された入射原子核(重イオンビーム)が標的の原子核に衝突したとき、複数の破砕片が速度を保って前方(ゼロ度方向)に放出される原子核反応をいう。この破砕片には、陽子過剰側から中性子過剰側まで広範囲な領域にわたるさまざまな放射性同位元素が含まれる。

10.磁気剛性
電荷を持った粒子が磁場中を運動するときの曲がりにくさを表す量。粒子の運動量(質量数と速度の積)に比例し、電荷に反比例する。磁気剛性の大きな粒子は大きな軌道半径、小さなものは小さな軌道半径で曲がる。

11.統計的検定
同位元素が存在したとしても事象が観測されない確率を、事象の期待値とポアッソン確率分布から求める検定。この確率が小さければ小さいほど、非存在の信頼度が高くなる。

12.r過程
中性子星合体など宇宙の爆発的な現象のときに起こると考えられている元素合成過程のモデル。鉄よりも重い元素(重元素)のほぼ半分は、r過程(rapid process)で生成されると考えられている。

13.中性子星
原子核の構成粒子である中性子がぎっしり詰まった超高密度の天体。大質量の恒星が一生を終える際、超新星爆発によってその中心部が圧縮されることにより形成される。

14.原子核の状態方程式
原子核の状態量であるエネルギー(温度)、密度、対称度の間の関係式をいう。

国際共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
実験装置運転・維持管理室 RIビーム分離生成装置チーム
先任技師 稲辺 尚人(いなべ なおひと)
技師 福田 直樹(ふくだ なおき)
協力研究員 安 得順(アン デュック スン)
協力研究員 鈴木 宏(すずき ひろし)
協力研究員 清水 陽平(しみず ようへい)
技師 竹田 浩之(たけだ ひろゆき)
実験装置運転・維持管理室
協力研究員 久保 敏幸(くぼ としゆき)

東京工業大学 理学院 物理学系
教授 中村 隆司(なかむら たかし)

本研究には、理化学研究所、東京工業大学、東北大学、立教大学、ドイツGSI研究所、米国ミシガン州立大学より、総勢21人の研究者から構成される国際研究チームが参加しました。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金新学術領域研究「量子クラスターで読み解く物質の階層構造(研究代表者:中村隆司)」、米国国立科学財団などによって一部支援されています。

原論文情報

  • D.S. Ahn, N. Fukuda, H. Geissel, N. Inabe, N. Iwasa, T. Kubo, K. Kusaka, D.J. Morrissey, D. Murai, T. Nakamura, M. Ohtake, H. Otsu, H. Sato, B.M. Sherrill, Y. Shimizu, H. Suzuki, H. Takeda, O.B. Tarasov, H. Ueno, Y. Yanagisawa, and K. Yoshida, “Location of the Neutron Dripline at Fluorine and Neon”, Physical Review Letters, 10.1103/PhysRevLett.123.212501

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 実験装置運転・維持管理室 RIビーム分離生成装置チーム
先任技師 稲辺 尚人(いなべ なおひと)
技師 福田 直樹(ふくだ なおき)
仁科加速器科学研究センター 実験装置運転・維持管理室
協力研究員 久保 敏幸(くぼ としゆき)

東京工業大学 理学院 物理学系
教授 中村 隆司(なかむら たかし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門