核融合発電におけるプラズマの自己加熱の研究が大きく加速
2019-06-05 核融合科学研究所
概要
核融合発電では高温のプラズマ中の核融合反応で発生した高速粒子がプラズマを加熱する「プラズマの自己加熱」が必要ですが、高速粒子は主に電子を加熱するため、高速粒子が引き起こすプラズマの振動によってイオンを加熱する機構が提唱されています。数値実験炉研究プロジェクトの王灏(ワン ハオ)助教、藤堂泰教授らの研究グループは、高速粒子とプラズマ振動とイオンの3種類の計算を連結するプログラムを新たに開発し、スーパーコンピュータを用いた大規模シミュレーションを行って、プラズマ振動によるイオンの加熱を世界で初めて証明しました。このイオンの加熱機構は長年に亘って確証が得られていなかったものであり、今後、本成果を基盤として、プラズマの自己加熱の研究が大きく加速すると期待されます。
研究の背景
安全で環境に優しい次世代エネルギーとして期待されている核融合発電は、1億度以上の超高温プラズマ中のイオン(原子核)同士の核融合反応を利用します。プラズマの超高温状態を保持して核融合反応を持続させるためには、プラズマ中の核融合反応によって発生する高速の粒子が、そのプラズマを加熱するという「プラズマの自己加熱」が必要です。ところが、高速粒子は主に電子を加熱するため、核融合反応の燃料であるイオンへの加熱が弱いという問題があります。
この問題解決の鍵として注目されているのが「プラズマの振動」です。プラズマは多くのイオンと電子の集まりであり、多くの分子の集まりである水や空気と似た性質を持ちます。例えば、風が吹くと水面が波打って振動するように、プラズマの中を高速粒子が動くと振動が起こります。このようなプラズマの振動と高速粒子の動きが共鳴すると、高速粒子のエネルギーが振動に移って、振動が大きくなることがあります。この際、その振動のエネルギーをイオンに与えることができれば、イオンを加熱することができます。ところが、このようなプラズマ振動によるイオン加熱は、未だ確証が得られていません。それを証明できれば、これを基盤として、プラズマの自己加熱の研究が、大きく進展すると期待されています。
研究成果
王助教、藤堂教授らの研究グループは、高速粒子が引き起こすプラズマの振動によってイオンを加熱できることを、計算機シミュレーションで証明することに取り組みました。
これまで藤堂教授らは、高速粒子が引き起こすプラズマ振動を調べるための計算プログラムを開発してきました。このプログラムでは、高速粒子とプラズマ振動の2種類の計算を連結しながら同時に進めることで、高速粒子とプラズマ振動の相互作用を再現します。このプログラムは、技術的に非常に困難だとされていた2種類の連結計算(ハイブリッド・シミュレーションと呼びます)を実現した、革新的かつ信頼性の高いものとして、世界から評価されており、現在これを用いて、国内外の多くの実験装置のプラズマに関するシミュレーション研究が、世界中で進められています。
この高速粒子とプラズマ振動の研究を発展させて、高速粒子が引き起こすプラズマ振動によるイオン加熱を調べるためには、これまでの2種類の計算よりもさらに困難な、高速粒子とプラズマ振動とイオンという3種類の計算が必要です。今回、研究グループは、プラズマ中のイオンの動きを精密に計算するとともに、イオンとプラズマ振動と高速粒子の3種類の計算を連結させて、それら3つの相互作用を調べることのできる新しいプログラムを完成させました。そして、これを用い、核融合科学研究所のスーパーコンピュータであるプラズマシミュレータを活用して、大型ヘリカル装置(LHD)のプラズマ(図1)の大規模シミュレーションを実行しました。プラズマの振動(図2)とエネルギーの時間変化(図3)を詳しく解析した結果、高速粒子が大きなプラズマの振動を引き起こし、その振動のエネルギーがイオンに吸収されていることを示すことができました。これにより、これまで確証が得られていなかった、高速粒子が引き起こすプラズマの振動によるイオン加熱を、世界で初めて証明しました。
研究成果の意義と今後の展開
ハイブリッド・シミュレーションプログラムの開発とスーパーコンピュータの活用によって得られた本成果は、プラズマ振動を利用すれば、高速粒子によるイオンの加熱を強めることができることを、はっきりと示しています。今後、本研究が基盤となって、高速粒子によるイオンの加熱率の向上を目指す、実験および理論・シミュレーション研究が大きく前進し、プラズマの自己加熱によって維持される核融合発電の実現に大きく近づくと期待されます。
図1 LHDの高速粒子は、ねじれたドーナツの形をしたプラズマの中を周回し、プラズマの振動を引き起こします。特に、高速粒子の周回の周期とプラズマの振動の周期が一致すると、共鳴によって振動が大きくなります。なお、LHD実験では高い電圧で加速した高速の水素ビームをプラズマに入射することで、高速粒子を生成しています。そして、この高速粒子を利用して、プラズマの振動の研究をしています。
図2 シミュレーションによって得られたLHDプラズマ中で高速粒子が引き起こす振動の様子。ドーナツの断面での、プラズマ振動による圧力変化を表しています。振動によってプラズマが圧縮されて圧力が増大した部分と、膨張して圧力が減少した部分があります。時間変化を見ると、圧力が大きくなったり小さくなったりと、振動しています。
図3 プラズマの振動の時間発展(上)と高速粒子(赤)、イオン(青)、電子(ピンク)のエネルギーの時間発展。縦軸の単位は、上図はキロメートル/秒、下図はジュールです。大きなプラズマ振動が起こっている時間は、高速粒子のエネルギーが減少して、イオンのエネルギーが増加しています。これは、高速粒子が引き起こす振動によって、イオンを加熱できることを証明しています。
【用語解説】
※1 ハイブリッド・シミュレーション
プラズマの振る舞いを記述する計算モデル(方程式)には、どのような時間・空間スケールに注目するかによって異なる、いくつかのモデルがある。プラズマを総体としてとらえるモデルが、磁気流体モデルで、プラズマの密度、流体速度、圧力と電磁場の時間発展を計算する。逆に、プラズマを構成する個々の粒子の運動方程式を計算するのが粒子モデルである。藤堂教授らは、これまで、プラズマ振動を磁気流体モデルで、高速粒子を粒子モデルで計算して、それらの時間発展を追跡するとともに、それらを物理的に矛盾なく連結したハイブリッド・シミュレーションプログラムを開発してきた。今回は、高速粒子に加えて、プラズマ中の個々のイオン粒子の運動を粒子モデルで計算するように拡張し、プラズマ振動と高速粒子とイオン粒子の3種類の計算を結合した。
成果情報
今回の研究成果は、2018年10月22日-27日にインド・アーメダバードで開かれた第27回国際原子力機関核融合エネルギー会議(IAEA FEC 2018)などで報告されました。
また、以下の論文が、近々掲載される予定です。
雑誌名:Nuclear Fusion
題名: Simulation of energetic particle driven geodesic acoustic modes and the energy channeling in the Large Helical Device plasmas
(大型ヘリカル装置プラズマにおける高エネルギー粒子駆動測地的音響モードとエネルギーチャネリングのシミュレーション)
著者名: 王灏、藤堂泰、長壁正樹、井戸毅、鈴木康浩
所属: 自然科学研究機構核融合科学研究所
本研究は、文部科学省の科学研究費助成事業(15K06652, 18K13529, 18H01202)による支援を受けて行われました。