電子ビームイオントラップ装置を用いた多価イオン原子物理学~ 極めて稀な発光を世界で初めて観測~

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2021-01-13 核融合科学研究所

原子は、正の電気を持つ原子核と負の電気を持つ電子で構成されています。原子から電子を1個取り去るとイオンになり、それを1価イオンと呼びます。水素原子の電子は1個ですが、炭素や鉄などの原子は複数の電子を持っていて、その原子から2個、3個の電子を取り去ると、それぞれ2価、3価の多価イオンになります。多価イオンは、そのイオン固有の様々な波長の光を発します。核融合科学研究所では、多価イオンを生成する装置を独自に開発し、それを用いて、多価イオンの発光に関する研究を行っています。

核融合発電を実現するためには、燃料の水素ガスをイオンと電子がバラバラになったプラズマ状態にして、1億度以上の高温にする必要があります。そのような高温プラズマの中では、原子はプラズマ内の高エネルギー電子と衝突を繰り返し、次々と電子がはぎ取られて多価イオンになります。タングステンという熱に強い金属の原子は、原子番号が74で電子を74個持っています。タングステンは、将来の核融合炉でプラズマに面する部分に用いられる材料として有望視されていますが、タングステンが高温プラズマ中に混入すると、どんどん電子がはぎ取られて、40価、50価の多価イオンにもなることもあります。このような多価イオンは光を発してエネルギーを放出するため、プラズマの温度を下げてしまうことがあります。そのため、多価イオンのプラズマ中での振る舞いや発光を明らかにすることが重要な研究課題となっています。
核融合科学研究所では、この多価イオン研究に必要な基礎データを得るために、独自に多価イオンを生成する装置「電子ビームイオントラップ装置(CoBIT)」を開発して研究を進めています。CoBITは、外部から電子ビームを入射してタングステンなどの多価イオンを効率よく生成し、それを閉じ込めることが可能です。また、専用の分光器を用いて、生成した多価イオンからの発光を高精度に計測できます。さらに、入射する電子ビームのエネルギーを変えることにより、生成する多価イオンの価数を変えられます。このような利点を持つCoBITを用いて、価数などを制御して生成した多価イオンからの発光を調べ、核融合研究に欠かせない多価イオンに関する基礎データを提供してきました(詳しくは、バックナンバー207をご覧ください)。
さらに、このような研究を進める中で、多価イオンの発光に関する新発見がありました。多価イオンはエネルギーの高い状態から低い状態へと移る(遷移する)時に、そのイオン固有の波長の光を発します。これを発光線と呼びます。様々な遷移に対応した様々な発光線がありますが、CoBITを用いてタングステン多価イオンの発光を調べていたところ、これまで観測されたことがなかった発光線を発見しました。タングステン多価イオンの発光についての計算と比較した結果、観測された発光線は、ある特殊な遷移(電気八重極子遷移(E3)と呼ばれる)によるものであることが分かりました。原子物理学の理論によると、このE3遷移は、他の通常の遷移の10億分の1程度の確率でしか起こりません。通常は禁止されているという意味で、この発光線は禁制線と呼ばれています。この極めて稀なE3遷移による禁制線が、CoBITによって世界で初めて観測されたのです。また、タングステン多価イオンが持つ特有の性質によって、E3遷移が起こる確率が増加し、強い発光が観測されたことも分かりました。さらにCoBITを用いて、原子番号が75と76のレニウムとオスミウムの多価イオンにおいても、同様のE3遷移による禁制線の観測に成功しました。これらの成果は、原子物理学にインパクトを与えるものとして、高く評価されています。

このように、CoBITは核融合研究に必要な基礎データを提供するとともに、原子物理学の発展にも貢献しています。

以上

図1 電子ビームイオントラップ装置(CoBIT)の模式図

図2 CoBIT内のタングステン(W)の多価イオンが放出する発光線スペクトル。様々なエネルギー遷移(6g-4f, 5g-4f, 4f-4dなど)に対応する様々な発光線が計測されています。図中の太線は、波長が約80オングストロームから150オングストロームの領域の拡大図です。90オングストローム付近の2本の発光線が、タングステンの27価イオンにおける電気八重極子遷移(E3)によるもので、世界で初めて観測されました。(1オングストロームは、0.1ナノメートル(ナノは10億分の1)です。)

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